ディーラ紛いのウィール   作:ムク文鳥

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甦った“出来損ない”

 

 ジャバディーンは、サンドリーヌの細くて白い首筋を狙って剣を振り上げた。

 そしてサンドリーヌの首を両断せんと振り下ろそうとした時、何かに気づいたように慌てて後ろへと飛ぶ。

 その一拍後、それまでジャバディーンのいた場所に、一筋の火線が走り抜けた。惜しくも目標を捕らえ損ねた火線は、サンドリーヌから少し離れた地面にぶつかってぱっと明るくて赤い炎の花を咲かせて消える。

 その火線の飛来した方へと目を向けたジャバディーンは、そこにいる存在を見て忌々しそうに眉を寄せた。

「来たか……“ディーラ紛い”……!」

 暗い夜空を背景に、巨大な飛竜(ワイヴァーン)が浮かんでいる。

 その背には二十歳前後の人間の青年が跨り、鋭い視線をジャバディーンへと向けていた。

 

 

 

 飛竜の背の青年は、上空から短槍(ショートスピア)をジャバディーン目がけて投げ下ろす。

 合わせて飛竜もまた、その巨大な口腔から真紅の炎を吐き出してジャバディーンをその異名通りに黒こげにせんとする。

 しかし、ジャバディーンは自分へと迫る短槍を剣で弾き飛ばし、一瞬遅く襲いかかってきた炎は更に後ろへと飛び下がって回避した。

 しかし、これは青年──蛮族たちから“ディーラ紛い”と呼ばれる人物の狙い通りだった。

 彼はジャバディーンが距離を取った隙に、飛竜を倒れているサンドリーヌの近くへと着地させると、その背から飛び降りて彼女を抱き起こす。

「大丈夫か、サンドリーヌ?」

「ウィール……到着が遅くてよ……? 美女の危機にぎりぎりで助けに入るのが英雄というものではなくて?」

 声こそは弱々しいが、軽口を叩けるぐらいの余裕はあるようだ。

 そう判断した“ディーラ紛い”と呼ばれた青年──ウィールは、安堵の溜め息と共に苦笑を浮かべる。

「では、次からその時に登場できるように努力するよ」

「ええ、そうなさい……それより……ここから先はあなたに任せてもよろしくて?」

 サンドリーヌの問いに、ウィールは真面目な顔で頷いた。そしてそのまま目を閉じた彼女を横たえると、改めてその視線をジャバディーンへと向ける。

 どうやらご丁寧にも、ジャバディーンはウィールたちの会話を待ってくれたようだ。

「別れは済ませたかね?」

 にたり、と嫌らしい笑みを浮かべるジャバディーン。彼の言葉に無言でもって返事とし、ウィールは腰に佩いた愛剣の『首切り刀』を引き抜いた。

 彼が愛用する『首切り刀』は、複数の製法でもって鍛えた鉄を混ぜ合わせて造り上げた片刃の長剣で、彼のような剣の熟練者が扱えば恐ろしいほどの威力を発揮する。しかも、彼の愛剣はそれを更に魔化して威力を底上げしたあった。

 そんな恐るべき凶器の切っ先を向けられながら、ジャバディーンは相変わらず嫌らしい笑みを浮かべたままウィールを見詰め返す。

「カシュカーンに来れば、絶対に君ともう一度会えると思っていたよ」

 かつて、ウィールは『霧の街』でこのジャバディーンと合間見えた事があった。

 『霧の街』でジャバディーンが営む料亭、《灼熱の踊り子》亭に迷い込んだウィールは、そこで人間が生きながらにして巨大な鉄板で焼かれ、蛮族たちに食べられるという悲惨な光景に出くわした。

 当時のウィールは今ほどの実力はなく、そこに居合わせた無数の蛮族たちに囲まれて暴行を受けつつも、何とか逃げ延びることに成功した。

 その時、店の二階席のテラスで悠然と笑みを湛えたまま、おもしろそうに自分を見下ろしているジャバディーンと一度だけ目が合ったのだ。

 あの時に感じた恐怖。心臓を直接鷲掴みにされたような、死を直接目撃したようなあの恐怖をウィールは今でも忘れない。

 その恐怖そのものと、ウィールは再びこうして対峙した。

 しかし、あの時に感じた恐怖はもうない。あれから幾度となく強敵と戦い、勝利し、様々な経験を積み上げた彼は、再びジャバディーンを目にしても、もう恐いとは思わない。

 身体が震えていない事を改めて確信したウィールは、剣を構えたままその背の翼をばさりと翻すと、地表すれすれを飛翔してジャバディーンへと迫る。

 まさに閃光と呼ぶべき速さでジャバディーンへと肉薄するウィール。彼は手にした剣を、ジャバディーンを貫こうと勢いよく突き出す。

 しかし。

 しかし、彼の剣がジャバディーンの身体を貫こうとした瞬間、その身体と剣の間に割り込む者がいた。

 それはジャバディーンの傍にずっと控え、サンドリーヌと戦っていた時にはやや後方で控えていたあのローブ姿の者だ。その者はウィールとジャバディーンの間に割り込みながら、ローブの中から伸ばした鞭のようなものでウィールの剣を絡め取るようにして受け止めていた。

 頭からすっぽりとローブを被り、その顔どころか男か女かさえ分らない。いや、そもそもどのような蛮族であるのかさえ。

 だが、一瞬でウィールとジャバディーンの間に割り込んだ速度は並みではない。そして、ウィールの剣を鞭のようなもので受け止めたその実力も。ただ、そのローブの奥から漂う僅かな腐臭を、ウィールの鋭い嗅覚ははっきりと嗅ぎ取っていた。

 それらの事に怪訝そうに顔を顰めるウィールを、ジャバディーンは楽しそうに見詰める。

「そうそう。君がいると思ったので、懐かしい顔を連れて来ていたのだった」

 ジャバディーンの笑みが更に深くなる。相対的に、ウィールの顔は更に曇る。

「さあ、ご対面といこうじゃないか!」

 まるで芝居のように大袈裟な仕草で、ジャバディーンはその者のローブを剥ぎ取った。

 そして、そのローブの奥から現れた姿に、ウィールは思わず硬直するのだった。

 

 

 

 その報告を聞いた時、カシュカーンの守備隊の隊長であり、本日の戦闘の実質的な指揮官であるハウル・バルクマンは、いつも厳めしいその顔を更に厳めしくして報告に来た部下を睨み付けた。

「……なに? ウィールが居なくなっただと?」

「は、はいぃ……」

 不機嫌そうな上司の様子に、最初は報告のために前線から離れられた事を幸運だと思っていた彼は、この役目がとんだ貧乏くじであった事を今になって後悔する。

「それで、あいつがどこへ行ったのか、まるで不明なのか?」

「あ、い、いえ、ウィール殿が直接率いていた二人組の冒険者によると、ウィール殿は蛮族の別動隊を発見、これを抑えるために単独で戦線を離れたとの事です」

 部下のその言葉に、ハウルの厳めしい顔がやや緩められた。

「あいつが意味もなく戦線を離れるとは思えん。そして、蛮族の別動隊が大部隊であるとも思えん。大部隊で移動すれば、こちらに気づかれるおそれがある……あいつは別動隊の規模をしっかりと考えた上で、一人で別動隊を叩けると判断したのだろう」

 誰に言うでもなく、ハウルはぶつぶつと呟きを繰り返す。

 ただでさえ数に劣るカシュカーン守備軍である。敵の別動隊を抑えるためとはいえ、前線から多数の兵力を割くわけにはいかない。

 となれば、最大戦力であるウィール単騎で敵の別動隊を叩くのは理に敵った戦術であろう。

「よし! 蛮族の別動隊はこのままウィールに任せる!」

「で、ですが、『霧の街帰り』が抜けた事で、前線を支える兵や冒険者たちの中には浮き足立つ者も……」

 部下の報告を聞き、ハウルは頷く。『霧の街帰り』という大きな支柱を中心にして士気を保っている現在、その支柱が抜ければ浮き足立つのは無理もない。

 だが、何も考えずにウィールが戦線を抜けるとは考えにくい。

 そこまで考えて、ハウルはくくくと喉の奥で笑った。

「……全く、あいつは。いいだろう。おまえのその期待、しっかりと受け止めてやろう」

 あの英雄殿は、自分の事をあてにしたのだろう。ハウルはウィールの考えをしっかりと見抜いた。

 彼は立ち上がって傍らに立てかけてあった愛用の大剣をつかみ取ると、早足で今回の戦いの本陣となっている守備隊の屯所を出ようとする。

「た、隊長……? どちらへ行かれるおつもりですか……?」

 突然立ち上がり、武器を持って屯所の外へ向かう上司に、訝しげな表情でそう尋ねる。

「どこへ……だと? そんな事は決まっているだろう」

 ハウルはにやりと獰猛な笑みを浮かべると、なぜか晴々とした表情で告げた。

「私が行くのは戦場だ! ウィールの抜けた穴は、この私が埋めてみせる!」

 総大将が前線に立つなど、あまり誉められたものではない。しかし、彼は騎士だった。後ろで控えているよりも、前で剣を振るう方が性に合っている。

 金属製の甲冑をがちゃりと高らかに打ち鳴らせながら、ハウルは力強い足取りで本陣を後にした。

 

 

 

 ローブの中から現れたのは、ウィールがよく知っていて、それでいて全く知らない顔だった。

「……ヒューリカ……」

 ウィールの唇から、その名前が思わず零れ落ちる。

 しかし、彼がヒューリカと呼んだ者は、ウィールの言葉などには全く反応を見せず、眼球のないぽっかりと空いた眼窩をウィールへと向けている。

 そして、ローブを剥いだことにより、それまで僅かに漂っていた腐臭が一気に強くなった。

 どす黒く変色した皮膚。両方の眼球が抉られ虚ろな窩となっている目。身体中の所々が切り刻まれ、それでいて血が流れ出る様子は全く見られない。

 何より異形なのは、その胸に据え付けられた巨大な魔動機械の部品のようなものだろう。

 死んでいるはずなのに、何らかの理由で動きだす死体──アンデット。

 どう見ても、ウィールがヒューリカと呼んだ者はアンデットだった。

 そう判断したウィールは、アンデットと化したヒューリカの向こうで涼しげな顔をしているジャバディーンを烈火のような激しい視線で睨み付ける。

「貴様……仲間を……同族をアンデットにしたのかっ!?」

「別に望んでアンデットにしたわけではないぞ? 君に殺されたこの“出来損ない”を、生き返らせようとしたら勝手にアンデットなんぞになりおったのだ」

「蛮族を生き返らせれば、アンデットになるに決まっているだろうっ!!」

 蛮族とは、強さを求めるために身体に敢えて『穢れ』を得た者たちである。

 人間を始めとした人族を蘇生させると『穢れ』が生じる。そして、それは蛮族もまた同じなのだ。

 強さを求め、身体に限界ぎりぎりまで『穢れ』を得た蛮族が、蘇生で更に『穢れ』を得れば。当然限界を超えた『穢れ』はアンデット化という最悪の状況を引き起こす。

 こうして『穢れ』によってアンデット──レブナントと呼ばれるアンデットとなる──となった者は、生前の技能を有したままアンデットとなるため、個体差があれど時に恐るべきアンデットとなる。

 蛮族でも上位種であるバジリスクがレブナントとなれば……その恐ろしさは筆舌に尽くし難いだろう。

 しかも、ヒューリカの場合はそれだけではなかった。

 先程ウィールの剣を受け止めた鞭のようなもの。ヒューリカが着ていたローブがなくなった今、それの正体も明らかになっている。

 蔓だ。

 植物の蔓のようなものがヒューリカの右腕の代わりに生えていて、それをまるで鞭のように扱っていたのだ。

 それはオーバーイーターと呼ばれる肉食植物の蔓であった。

「ジャバディーン……貴様、ヒューリカに魔改造を……っ!!」

 憎しみに燃える瞳でウィールはジャバディーンを睨むが、当の彼は実に涼しげにただ、「如何にも」と簡潔に答えただけだった。

「君に殺された“出来損ない”の死体を“塚人いらず”のムギドに預け、君と同じように魔改造を施した後で蘇生させたのだよ。ん? その顔はアンデットと化した“出来損ない”がどうして私の言う事に従っているのか不思議、といったところかね?」

 ジャバディーンは得意そうに告げる。その様子はまるで、玩具を自慢する子供のようであった。

「特別な魔道具を“出来損ない”の頭に埋め込んでね。その魔道具を埋め込まれた者は、例えアンデットと化そうとも魔道具の対となる指輪を持つ者に隷属するのだよ。ご覧のように、ね」

 ヒューリカはウィールの剣に絡んだ蔓を解くと、それを横殴りに振るう。

 背中の翼を広げたウィールは、そのまま上空へと逃れる。しかし、ヒューリカもまた、巨大なコウモリのような翼を翻すと、ウィールを追って空へと舞い上がった。

「く……右腕の蔓だけではなかったのか……?」

「うむ。ムギドの奴、随分と嬉しそうに“出来損ない”の死体を弄っていたからねぇ。他にもあるぞ?」

 ジャバディーンが言い終わると同時に、ヒューリカの胸に据え付けられていた魔動部品から電撃が放たれた。

 その魔動部品はバリンガーと呼ばれる魔法生物の部品であった。魔法生物とは、今は滅んでしまった魔動機文明(アル・メナス)時代に造られた魔力によって動く機械や、魔像(ゴーレム)など魔力を糧にして動く人形などの総称である。

 その中でバリンガーは、他の魔動機械に動力を提供するために造られた発電能力を有した魔法生物であり、その発電された電気を攻撃に用いることができるのだ。

 ヒューリカに埋め込まれたのはその発電装置であり、そこから発電された電気をウィールに向かって放電したのだ。

 放電された電気は、夜空に明るい薄紫の筋を何本も描きながらウィールへと襲いかかる。

 ウィールはその電撃を、翼を巧みに操って次々と躱していく。しかし、後から後から放射される電撃は絶え間なく、ついには一条の電撃が彼の身体を捕えた。

 電撃に焼かれ、そのまま墜落するウィール。それでも何とか翼をはためかせて地面への激突だけは免れる事に成功する。

 そこへ、ジャバディーンはその瞳に宿った石化の呪いを発動させた。

 電撃に打たれ、なんとか着地したウィールに、その呪いに備える十分な余裕はなかった。

 地面に跪き、ジャバディーンへと顔を上げたウィールに石化の呪いは容赦なく襲いかかり、その呪いは“霧の街帰り”の英雄の身体を捉えることに成功するのだった。

 

 





 『ディーラ紛いのウィール』更新しました。

 今回は少しだけ早目に更新できました。とはいえ、一週間以上間が開いてしまっていますが。
 今後もできる限り早目に更新して行きたいと思います。
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