チートを授けようとしたら嫁に貰われた件   作:ベリーナイスメル/靴下香

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最良の特典

「ってその後の母さんは見ものだったんだぞ? 熱烈プロポーズが皆にモロバレでな? そりゃ魔獣も裸足で逃げ出すってもんだ」

 

「えーお母さん恥ずかしいー」

 

「おいバカリューヤに最愛の娘。その辺りにするんだ」

 

 父の膝上できゃっきゃとはしゃいでいた女の子は迫りくる危険を察知した。

 

「あ、遊びに行ってきまーす!!」

 

「こらっ! 何処にいくのさ! あーもうっ! ちゃんと暗くなる前には帰ってくるんだよっ!」

 

「はーいっ!」

 

 裸足で逃げ出したのは魔獣じゃない。娘です。

 なんて一人でくつくつと笑うリューヤへ向けられるミコトの視線は冷たい。

 

「……いい加減あの時のことは忘れてよ……」

 

「忘れられるわけないじゃないですか。究極の誘い受けプロポーズですから」

 

 ニヤニヤ顔のリューヤの前でこれはダメだと膝をつくミコト。

 もはやその姿は神を思わせる威厳も、かつての幼さも残しておらず、ただ一人の女性、母親という言葉が一番似合う。

 

 その姿に心が満たされたリューヤは静かに縁側へと移動した。

 昔話をしたせいか、高台に作られた神社(我が家)から見下ろす村の光景が見たくなったからだ。

 

「まさかこの世界の神様をすることになるとは思わなかったよね」

 

「良いじゃないですか。随分と庶民的な神様ではありますが、俺は好きですよ」

 

「すっ!? ……あうあー」

 

 人目もはばからずあんな事をしたのだ。

 しかもしっかり村の窮地を救ったのだ。

 

 それは神様と言われて祀られても仕方がない。

 

「うー……」

 

「拗ねないで下さいよ。俺は今幸せですよ? 神様を嫁に出来たし、可愛い娘も出来た。言うことなし最高の今です」

 

「そりゃ、ボクだって……そうだけどさぁ。まさか神様クビになって神様に再就職するなんて思っても無かったよ」

 

 ようやくリューヤの隣へと腰掛けたミコト。

 まだ少し顔と耳に赤みを残してはいるものの、普通に話せる程度には自分を取り戻したらしい。

 

 ミコトはリューヤの嫁になったことで人の命を管理する神様をクビになった。

 堕天使ならぬ堕神というべきだろうか、今はもう誰かに特典を与えるなんてことは不可能で。

 今となっては縁結びの神としてかつて開拓村と呼ばれていたこの村で、誰かの恋路相談に乗る程度しか出来ない。

 

「というか神様であるボクを嫁にしたキミはなんなんだろうね。大神様?」

 

「その辺は気にしないで行きましょう。俺はこの神社の神主。それ以上でも以下でもないです」

 

 その話になれば娘は一体何になるんだと頭を抱えること請け合いのため思考放棄している。

 うん、そうだったそうだねと頷くミコトもすっかり人そのものだ。

 

「でもまさか問答無用でクビになるとは思わなかったよ。ちゃんと許可も貰ってたのにさ」

 

「許可? 初めて聞きますね。そんなの貰ってたんですか?」

 

「うん、キミが天寿をまっとうするか、特典を望むまでって期間はここに居て良いよって言われてたんだよ。なのにさぁ……」

 

 別に未練は無かったけど……なんて続いている言葉に笑ってしまうリューヤ。

 神様の間で結ばれた約束はよくわからないが、人として思うのは。

 

「もしかしたら寿退社ってやつかもしれませんね」

 

「あ、なるほどね」

 

 合点がいったと笑うミコト。

 

 二人の間に距離は無い。

 それでも風は間を流れる。

 

 心地よい風。

 温かい風。

 

 沈黙の間を奏でる風は、確かに二人を優しく包む。

 

「結局、さ」

 

「はい?」

 

 沈黙に耐えられなかったわけじゃない。

 昔の話をしたせいか、かつて気になっていたことを聞きたくなったミコト。

 

「リューヤの望みって、何だったのさ」

 

「そりゃミコトを嫁にすること――」

 

「そうじゃなくて」

 

 静かに、笑顔を携えて。

 そんな顔を向けられてリューヤは敵わないなと口を開く。

 

「転生者であると思い出した時……思ったんです。俺は孤独だって」

 

「孤独?」

 

「はい。志藤竜也であった頃を知らなければ……きっと、それなりの幸せを築けたのかも知れないです。けど、思い出してしまったリューヤはリューヤとして生きられなくなった」

 

 世界のコマはコマになり得ぬ異物となった。

 

「誰も知らない世界の知識を持って、誰も知らない理を知って。誰とも共感できない想いを抱えた。……ミコトが目の前に現れていなかったら、もしかしたら自殺していたかも知れません」

 

「……それは」

 

 ミコトが現れたせいでリューヤは志藤竜也を思い出した。

 紛れもない、傲慢な神の思いつきというワガママで起こった現象。

 

「でもそうはならなかった。すぐにミコトが目の前に来てくれたから」

 

「……うん」

 

「悪いなんて思わないで下さいね? 築けたかも知れない幸せはあったのかも知れませんけど……今以上なんて考えられませんから」

 

 だからこそ同じ境遇を欲した。

 全てを知って、理解してくれる何かを求めた。

 そうして傷を舐めて欲しかったとリューヤは言う。

 

「ミコトと出会ってから少しして……それは既に叶ってしまったんです。そしてようやく本当の欲に気づけた」

 

 ミコトを嫁にするまで。

 なんとなくあやふやなまま続いていた関係と暮らし。

 それで十分に癒されて、そのままを維持したいと考えた時。

 

「俺は……愛して愛される家族を欲していたんです。愛することが出来る人、そうだと信じられる人を」

 

「……」

 

「目が見えなかった。それは自分が世界に参加しているかすらわからない孤独でしたから。親にすら愛されているのか信じられなかった……でも」

 

 そこで止めた。息を吸った。

 今だからこそ伝えられる言葉があって、伝えたいと心底思えたから。

 

「愛する人が出来て、愛したいと思える子が出来て。そう思えることで俺は救われたんです。だから、ありがとうございます。神様」

 

 一言一句。

 伝えたい、感謝しているとミコトへ告げるリューヤ。

 

「――」

 

 恐らく初めて。

 かつての神生から今の人生において。

 

 本当の意味で求められて、感謝されたのは。

 

「あー……もうっ!」

 

「ど、どうしたんですか!?」

 

 勢いよく立ち上がったミコトの顔はもう茹でられたタコ以上に真っ赤で、頭から湯気が立ち上っている。

 

「だからずっと敬語のままなのかい? 感謝しているから、叶えて貰ったから」

 

「え、いや……どうでしょう? あんまり考えたことなかったな……」

 

 ポリポリと頬を掻きながら悩み始めたミコトの愛しい旦那様。

 

 結局特典を残したまま、ここまで共に生きてきたパートナー。

 

「はぁっ! じゃあいいよもう! キミに与える特典! 決めちゃった!」

 

「え? 特典って……いや、嫁になることなんじゃ?」

 

 それはボクも望んだことだから。

 そんなこと絶対言ってやるもんかこの鈍感野郎と心の中で毒づきながら。

 

「ボクに死ぬまで愛される! 受取拒否は許さないからねっ!」

 

「……あはは。謹んで頂きます、神様」

 

 

 

    チートを授けようとしたら嫁に貰われた件 了

 






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