樋口と俺   作:ナルミユズル

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あらすじがプロローグなので読んでおいてね


出会いの章、あるいは決別の話
雨女


 その日は強い雨が降っていた。

 午前中は晴れていたこともあって、傘を持ってきていない生徒も多かったからいつもは閑静な図書館が少しだけ騒がしくなっていた。

 俺は部活前に借りていた本を返して、新しく借りようと思って図書館に来ていたところでその喧騒に少しだけ目を細めた。不快ではないし、こういう時だから仕方がないとは思うのだが図書館ではお静かにというルールも守れないのかよと思わないでもない。どうせ、今日は本を借り終えればさっさと部活に行くので気にする必要もない。

 今日は何を借りようか。久しぶりによだかを読みたい気持ちもあるし、華氏四五一度を一度読んでおきたいという気持ちもある。しかしながら、未だ読み切れていない廻廊にてに挑戦するというのも一興か。

 そんなことを考えながら、一人書架を見て回っているとふとテーブルの方に見知った人影を見つけた。

 それは席が隣のあいつ。樋口円香だった。どうやら友人たちと一緒にいるらしく、授業中にみかける退屈そうな表情とは違ってその顔はどこか柔らかい笑みを浮かべているような気がする。

 まあ、だからなんだという話である。

 意外なものを見たな、という気持ちはあったが結局の所俺は教室で見る彼女の姿以上のことは何も知らないわけだから実際は意外もクソもないのだ。

 どうでもいいからさっさと選ぶものを選んでしまおう。そう思い、俺は目の前に広がる小説の山へと突っ込んだ。

 

 

 

 部活が終わり、時刻はすでに六時半。校内にはすでに人の気配は無い。

 部室にぽつんと一人でいる感覚はどうもむず痒くて俺もギターの練習を切り上げて家に帰ることにした。一時間近く居残りで練習していたから、同じ部活の部員たちはすでに帰宅している。

 玄関で靴を履いて、カバンに入れてある折りたたみ傘を取り出すと学校から出る。楽器は濡れるといけないので、ケースの上からさらに常備しているレインカバーをつけている。

 家庭の事情で一人暮らしをしているから学校と家は結構近いのだが、それでも念をいれることにしているのは風邪をひいたとき誰も面倒を見てくれないということと、万が一にも楽器が使えなくなれば余暇を過ごすための手段が一つ減ってしまうから。多芸というほど多芸ではないが多趣味ではあるから、一つ一つのことを大切にしたい。

 傘を差して、学校を出てしばらく歩く。毎度思うのだが教科書の入ったリュックというのはどうしてこうも重いのか。いっそ置き勉させてくれりゃ楽器を持ち運ぶだけなので楽なのだが、校則で禁止されている以上持ち帰るほかにないわけで……

 どうでもいい不満をつらつらと並べながら、一人で家路を歩いているとどうしようもなく寂しくなる。

 そんな時だった。

 

「……あれ?」

 

 ちょうど自分の帰路の途中にある公園で人影を見つけた。

 気になって少し目を凝らして見るとそこにいる人物が少なくともこのどしゃ降りの中で傘も刺さずに突っ立っている同じ高校の女子生徒だということはわかった。後ろ姿のようで顔はわからない。だが、少しだけ見覚えがある気がした。

 ほんの数秒ぼうっとその様子を画になるな、なんて考えながら眺めていると少しだけ顔が横を向いた。

 はっと、息を飲んでしばらくの間思考すらも忘れていた。

 その横顔は俺の知る横顔だったからだ。

 

「樋口……?」

 

 思わずそう口に出してからハッとする。小声だったしこの雨だから聞こえていなかったかもしれないと一縷の望みを抱くが、しかし声に反応して樋口はこちらを向いた。

 

「誰?」

 

 訝しげな視線とともにそう端的に発された言葉に驚いたといえば嘘になるだろう。彼女の中で自分がそういう立ち位置であることに全くの疑問はなかった。

 ただ、やはり名前を呼んでしまったことには後悔した。

 

「……井藤智也。一応、お前の隣の席だ」

 

 端的な言葉にはこちらも端的にでいいだろうと思い、その通り己の身分を明かした。

 彼女はなるほど、という顔をするが未だに疑念は尽きないらしく怪訝そうな表情はそのままだ。

 

「そのお隣さんが、私に何の用」

「いや、用っていうか」

 

 知ってる顔がずぶ濡れで黄昏れてたらそりゃあ気になりもする。

 

「家、こっちなんだよ。で、ずぶ濡れの同級生がいたから気になったってそんだけ」

「それだけ……ああ、なるほど」

 

 そう言って彼女は自分の状況を改めて確認すると、こちらを本気で怪しむような目で見てくる。気持ちはわかるがそうではないのだ、と思う。

 ここで変に「違う」と言ってしまうようなら、自分が彼女のその透けた制服を意識していると言ってしまうようなものなのでそこには触れないことにして、話題をそらす。

 

「どうしてかは聞かないが、風邪引くぞ」

「別に、関係ないでしょ」

 

 まあ確かにその通りだ。彼女が風邪をひこうがどうしようが俺には関係ない。

 ただ少し夢見が悪くなることに違いはなかった。

 

「傘、ないのか」

「この状況見てわからないの。持ってるわけ無い」

 

 つっけんどんなその態度は暗に一人にしてくれと言っているような気がした。

 ノスタルジィに沈みたいのか、それとも嫌なことがあってそうしているのか、まあどれにしろわざわざ雨に濡れているということは一人になりたいときに他ならないだろうし、彼女の態度の理由はよく分かる。好感を持つかは別としてではあるが。

 不機嫌そうな同級生にカバンのポケットに入れてある予備の折りたたみ傘を放ってやる。

 

「は……?」

 

 反射的にキャッチしてから意味がわからないと言った表情で樋口はこちらをみる。

 

「それ、返さなくてもいいから」

 

 それだけ言うと、俺はさっさとその場所から退散する。

 ポケットに雑に突っ込んでいたワイヤレスイヤホンを耳につけて、雨音すらも遮断する勢いで「イエスタデイをうたって」をかけて早足で家路を行く。

 

「あー、良い事した」

 

 程なくして住んでいるアパートについてからそう呟いて傘を畳んで玄関先に立てかける。

 全くの自己満足であるが、こう悦に入れるタイミングというのは大事だ。今日は存分に自分に酔うことにしよう。

 少し濡れたカバンとケースをタオルで拭ってその辺りに置いてから、制服を脱いでハンガーにかける。そのままシャワーに入ってもいいのだが、どうもそういう気分にはなれなくて日頃はあまり見ないテレビをつけた。どうしてか、そういう気分だったのだ。

 ぽちぽちと適当にチャンネルを推していると、たまに見ているバラエティ番組がやっているようでそれを見ることにした。

 音楽系のバラエティ番組で、確か最後に見た時は俺の好きなバンドの特集をやっていたのだったか。今ホットな、というよりはこれから人気になっていきそうな音楽関係のグループを隔たり無くピックアップしていく番組なので結構好きなのだ。もっと見る頻度を増やしてもいいかもしれないな、とは毎度思うのだがどうも趣味にかまけていると忘れてしまう。

 今日はどんなバンドが紹介されるのだろうか。それとも、バンドではなくて別の方向のグループだろうか。例えばそうアイドル、なんて……

 

『今日のゲストは新進気鋭の幼馴染アイドルユニット! ノクチルの四人です! どうぞ!』

 

 そんなエムシーの紹介で、スタジオに四人の少女が入ってくる。

 小柄で可愛らしい黒髪の少女と、なんか色々と大きい薄茶色のほわほわとした子、衣装がなければ男と見紛いそうな中性的な容姿の子とそれから……

 

「は?」

 

 最後に入ってきた前髪をヘアピンで留めた少女には見覚えがあった。というか、さっき会って傘を半ば無理矢理押し付けてきたところだ。

 頭の中にクエスチョンマークが乱立する。どういうことだ。

 そうこうしているうちに、彼女たち。ノクチルについての紹介が始まる。慌てて録画ボタンを押した。押してから、どうして押したのかわからんくて頭を抱えた。

 

「今どうして俺は録画しなきゃと思ったんだ……?」

 

 別に彼女がアイドルだとかそういうことには興味なんてない。練習風景とかを見ても顔がいい女が一生懸命頑張っているキラキラした映像だなとしか思えない。それに画的な美しさを感じてもそれ以上のものはない。

 意外な一面、というかアイドルをやってる事自体が低燃費というイメージから外れすぎている。いや容姿は確かに下手なモデルよりもいいがまさか、アイドル。そういうこともあるのか。

 しばらくぼんやりとノクチル四人を順に一人づつクローズアップした映像を眺めるが、なんというか彼女たち。特に樋口が歌って踊るというのはなんとなく想像し難い。いや、練習でも踊ったり歌ったりしてはいるがなんだろうな。表現が難しい。

 だが、それが次の瞬間それが勝手なイメージの押しつけだったのだと、すぐさま気づかされる。

 

『それでは、ノクチルの四人に歌ってもらいましょう』

 

 エムシーがそう言うと映像が切り替わり、四人が立つ仄暗いダンスステージが液晶に映し出される。

 

『いつだって僕らは』

 

 そんなテロップと一緒に曲がかかり始める。

 音が鳴って瞬間ぞわり、と鳥肌がたった。そして、第一声が発される。

 歌って踊る四人に目が釘付けになる、というよりはその歌詞と歌声に意識が持っていかれる。脳髄を揺すられる。青春の香りが鼻孔をくすぐって心を汚染していく。

 

――弾きたい!

 

 ドタドタと慌ただしく立て掛けてあるアコギをテレビの前まで持ってきて、音をとろうとしたところで彼女たちの曲は終わった。それぐらい曲に夢中になっていたのだろう。少し悔しく思った。

 録画してるし、あとでもう一度ゆっくり見ようと大人しくテレビの前に座ったところで踊りきった。歌いきった。そういった表情をした樋口がアップになる。

 それからエンディングトークまで見たところで録画を止めた。

 

 すげえなあ、と声が漏れる。授業中にあんな退屈そうな顔をしているやつとは思えない。

 それぐらい樋口は活力に溢れたいい表情をしていた。

 だから、それだけに今日のあいつの様子が気になった。図書館で見た時は楽しそうにしていたのに、どうしてもうすっかり暗くなっていたにも関わらず土砂降りの雨の中、佇んでいたのだろう。

 少しだけそれが気になった。

 

 

 

社交ダンスネタについて

  • もっと全力で書いてよし
  • ほんの少し濃くしてほしい
  • 程良い
  • ちょっとくどいけど、耐えられる
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