樋口と俺   作:ナルミユズル

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スターライト

 翌日学校。活動的な我が部の朝練を終えて、教室でくあっと欠伸をする。

 結局、あのあと録画を何度か見直していつだって僕らはに関してはある程度引けるようになった。エレキの曲だし、本当はアコギで弾く曲じゃないのだがそこは無理矢理弾き語りアレンジして形にはできた。楽器弾ける友達がいればよかったのだが、生憎とバンド仲間とはバンドだけの関係だし基本ソロなのでこの手しかない。

 特有の疾走感が薄れたのはどうかと思わなくもないが、アコギアレンジなんて得てしてそんなもんだと思えば納得できなくもない。無論、満足は出来ないが……

 そんなこんなで寝不足だがまあ、授業中に寝ればいいだけだ。おい高校生それでいいのか、とセルフで脳内ツッコミをいれるが寝てても家で勉強すれば平均以上はまず間違いなく取れるし、それでいい。

 友達がいないわけではないが、どうしてか全員別のクラスなんだよなあ。神様は俺のことが嫌いらしい。

 退屈しのぎに昨日借りた本をカバンから取り出して、開いて読み始める。

 結局、最初に考えていた三択全部と恋文の技術という森見登美彦の小説とシェイクスピアのテンペストを借りた。よだかの星に関しては新潮文庫の新編銀河鉄道の夜に収録されてるのでそれにした。

 さてさて、どいつから取り掛かろうか。やっぱり読んだことない小説は後回しにして、まずは銀河鉄道の夜を読もうか。

 そう思って、ウキウキと本を開いたところで周囲の視線が自分に向かっていることに気がつく。

 何事か、と思って活字から顔をあげると樋口が立っていた。わあ、人ってここまで感情の籠もらない顔できんだなあとその表情を見て思った。

 

「……なんか用か」

 

 そう問いかけると、彼女は黙って手に持っていた傘を俺の机に置いて自分の席に座った。

 そこで周囲がひそひそ話を開始する。なんだかよくわからないがあることないこと適当に言っているらしい。まあ、そうなるよなと思って樋口の方を見ると彼女は心底どうでもいいといった様子で外を眺めている。

 彼女らしいなと思う。向こうが気にしていないのに俺も何かを言う必要もないと思い視線を外そうとした瞬間。一瞬だけ樋口の視線がこちらを向いて、目が合う。向こうもそれに気づいたらしく、目を細めた。

 俺は行き場を見失いそうになった視線を瞑目することで打ち切って、本に向き直ってからゆっくりと目を開いた。

 

 とりあえず、返却された傘はカバンにしまった。

 

 

 

 一時間目と二時間目を寝て過ごし、三、四時間目は起きながらもなんとなく昨日の余韻に浸りながら過ごしていたら気がつけば昼休みだった。

 今朝は弁当を作る時間もなかったので、ギターとコンビニで買った菓子パンを持って職員室で鍵を借りて部室へと向かう。

 昼の時間に部室を使うのは俺ぐらいだし、さっさと食って弾こう。家以外で弾けるならきっと昼のこのタイミングしかない。

 そう思ってさっさと菓子パンを貪り食らって、手を軽くおしぼりで拭ってパタパタと振って乾かしてからいつもは持ってこないアコギをケースから出して一度軽く音を鳴らしてから、少しだけズレている部分を簡単に調節して、息を吸いカウントを取って弾き始める。

 

 ああ、やっぱりこの曲は青春の香りがする。昨日聞いた彼女たちの歌声が頭の中を響いてまわる。それに促されるように自分もその歌を口ずさむ。

 

「……ふう」

 

 気持ちよく弾き終わって息を漏らす。頭の中でごやごちゃとしていた余計な思考が全部どっかに行ってクリアになっている。スッキリした。少しぼうっとするし完璧に賢者タイムだこれ。

 時間はまだまだあるし後何回か弾けるな。そう思った時だった。

 パチパチと拍手が聞こえて、俺はその音のする方を見た。

 

「……なんでいるんだ、お前」

 

 思わずそう声を漏らすと、相手はなんでもないという顔をして言う。

 

「別にたまたま通りかかっただけ。……そっちこそどうして私達の曲弾いてるの」

「あ? ああ……」

 

 問い返されるとは思わなくて少し雑な返事をしてしまった。

 まあでも、同級生が自分たちの曲弾いてたら普通に気になるよな。聞かれないと思ってるほうが問題か。

 

「昨日たまたま聞いてさ。いい曲だなあって思ったんだよ」

「月並みで退屈な感想。今朝みたけど、あんなに沢山本読んでるように思えない」

 

 うっせえよと思うが、その言葉に俺は慣れない愛想笑いで返した。

 

「下手くそな愛想笑い。もう少し練習したら」

「うっせ」

 

 随分と率直に言いやがる。流石は本場、笑顔がウリのアイドル様である。

 それにしたって少し当たり強くないかしら。俺何かしたっけとも思うが、彼女との接点なんてほとんどないので思い当たる節などあるわけもなく。

 そうなると、他人に対する彼女の対応はこれがデフォルトということになるがなんとなくそれも違う気がする。

 

「で、いつまでお前はそこにいるんだ」

 

 考えてもわからんことを放棄して部室の前でタチンボをしている樋口に訪ねると、彼女は眉を顰めた。いやなんでそういう顔するんだよ。怖いんだよ。

 

「そこ、入り口だから出てけとは言わねえけどいるならせめて閉めてくれ」

「ああ……」

 

 納得したような顔で、樋口は部室の扉を閉めると端っこまで移動して椅子に座った。

 出てかないんだ、と少し意外に思う。流石に本人がいることを意識すると、ノクチルのあの曲を弾くことはなんか気持ち的に無理だなあ、出ていってくれないかなあなんて考えながら適当に弦を鳴らしつつ彼女の様子を見る。

 向こうもこちらの様子を見ているらしく、目があって「何か?」と言ったような顔をされる。

 

「いや、練習聞かれるのなんかあれだなって」

「そっちはこっちの歌聞いたんだしおあいこでしょ」

 

 その返答にため息を一つ。一先ず何も考えないようにしよう。で、気を紛らわせるために何か弾こう。

 人が居ても聞かせられるレベルって言ったら、まあスターライトだろうか。今朝読んでた小説にもリンクするし、かなり気分的には盛り上がるからそうしよう。

 

「僕らを取り囲む……」

 

 歌い始めると、音と曲の世界観に没頭できる。緊張とか余計なものを全部取っ払って本当の意味で自然体な自分になれる気がするのだ。

 片道切符は承知だ。いいことばかりじゃなくてもそれでも僕らは行く。前に進もうという気持ちを力強く後押ししてくれるこの曲が俺は大好きで、よく弾いている。

 

「ふう……」

 

 やりきって、息をつく。若干演奏がミスってたからもう少し練度上げたほうが良いな。

 音の出方もなんか、こう納得いかない。声ももうちょっと張って出せばよかった。綺麗に歌おうとしすぎた気がする。

 一人でうんうんと反省会をしていると、樋口が声をかけてきた。

 

「今のはなんて曲?」

「スターライト。あまざらしってバンドの曲だ」

「ふーん」

 

 聞くやいなや彼女はスマホを取り出して、イヤホンを耳につける。

 スターライトは公式ミュージックビデオが動画サイトにあがっているからそれを聞いているんだろう。でもそういうことされると、音を出していいか悪いかわからなくなるからやめていただきたいのですが……

 

「音、別に出してもいいから」

 

 よっぽど俺が嫌そうな顔をしていたのか、それとも向こうの察しが良いのか樋口がそう言ってくれたので俺は二時間三十五分を弾くだけ弾くことにした。

当時の雰囲気を感じるからこの曲すげえ好きなんだよなあ。昔は二時間電話するだけでだいぶ金がかかったらしいってのは聞いたことがあるから尚更想像しやすくて、現代の数十時間通話しても無料なアプリとかよりも圧倒的なエモさを感じる。長電話がエモい時代。いいなあ。

 サクセションはうわの空とか、シューとかも好きだ。あと、女子がいるところで絶対に歌わんが国王ワノン一世の歌もいい。でも何より、サクションで一番好きなのは……

 

「イエスタデイをうたってだよなあ……」

 

 めたくそに好きだ。イエスタデイといえばやっぱりビートルズだし、あの曲はポールが死んだ母に送ったものだという話を聞いたときには、清志郎のデイ・ドリーム・ビリーバーと同じものを感じて鳥肌がたった。やっぱりあの時代の多くのバンドマンはビートルズに強く影響されてたんだなあ。

 

「悲しそうな唇で~」

 

 そこでまで口ずさんでから、思い出したように樋口の方をみる。

 向こうも向こうでどうやら演奏にノッてくれていたらしく、急に俺が演奏をやめるとピタリと止まった。

 

「……いつまでいる気なんだお前」

 

 思わずそう口に出すと、樋口は目を細めてこちらを見る。

 

「何か不都合が?」

「不都合は別にないが、いつまでも居座る理由もないだろ」

「理由、ね」

 

 含みのある笑みでこちらを見る。いやなにそれ怖い。

 

「昨日のこと誰かに言ったか聞こうと思ったけどこの様子じゃ大丈夫そう」

「おい、どういう意味だ」

「自分でわかってるでしょ。ソロアーティストさん」

 

 うぜえ……それにたまたま通りかかったって全くの嘘じゃねえか。

 

「でも、まあ一応。昨日のこと誰にも言わないでもらえる?」

「……わかった」

 

 真剣な表情で言われたらまあ、頷くしかない。

 まあ、頼まれるまでもなく誰かに言う気なんてさらさらなかったけれども。

 

「じゃあ、そういうことで」

 

 言いたかったことを言って満足したのか、樋口は部室から去っていく。

 それから程なくして、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。結局、昼休みいっぱいあいつと過ごしたことになる。つまり、最初の一回しかいつだって僕らはを弾けていないということになる。

 あんなに早く終わる用事なら来てからすぐに終わらせれば良かったのではないか、と愚痴っぽく独り言ちてギターをケースにしまうと俺も部室を出た。

 

「まあ、これでもう関わることもないだろ」

 

 部室の鍵を閉めながらそんなことを呟く。

 いつかあいつが有名アイドルになれば、今日の出来事も自慢にはなるだろう。

 

 しかして、俺のその極めて常識的な考えはどうしてか間違っていたことが程なくして判明する。

 この一件は樋口と俺の関係における始まりでしかなかったのだ。これから、俺達の関係性はよくわからない方向に進んでいくことになる。

 

 

 それはその週の日曜日のこと。知り合いの頼みで入ったイベント搬入のバイトでのことだ。

 




あまざらしはamazarashiの表記をローマ字で文章に出すのは違うかなーと思ったので旧表記を使った感じです。
ちなみに僕はあまざらし時代の秋田さんの歌い方が今も好きです。

社交ダンスネタについて

  • もっと全力で書いてよし
  • ほんの少し濃くしてほしい
  • 程良い
  • ちょっとくどいけど、耐えられる
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