ゆっくりですが、完結はさせるのでゆるりとお楽しみください。
それから、思ったよりも早く書き上がったので一話のみです。
日曜日、月曜日と肉体労働を終えたあとの学校はなかなか面倒臭い。といいながらも、朝練があるのでギターを二つ持って家を出る。
月曜は日曜とは違う事務所の搬入設営の手伝いで、まあそっちのプロデューサーさんと思しき眼鏡の人物――赤羽さんというらしい――にも大吾さんは色々話していたらしく案の定名刺を渡されて、いつでも頼れと念を押された。プロデューサーって職業はお人好ししかいないのだろうか。
ぼんやりと考え事をしながら歩いていると、思ったよりも早く学校につく。携帯で時間を見るとざっと七時半。朝練はいつも四十五分からと決まっているのだが……まあ、元々朝練に来てるの俺ぐらいだし早く部室を開けても、問題はないだろう。うちの部活は活発なのである。誰がなんと言おうと活発なのだ。
学校に到着し玄関で上靴に履き替えると、職員室に向かう。
荷物を廊下においてノックしてから扉を開けてから職員室に入ると、部活の顧問の中間先生が片手をあげて挨拶してきた。
「おー、井藤。おはよう」
「おはようございます。部室の鍵借りていってもいいすか」
「おうよ。いつも通りそこから持っていけ」
ありがとうございますと言って、言われた通り鍵の吊るされた場所から部室の鍵をとって職員室を出ようとする。
「あっ、井藤くん!」
そう声をかけられたのは扉に手をかけた瞬間だった。
「……なんすか。飯田先生」
自分でも明らかに不機嫌になっているのがわかる声音で、声をかけてきた女教師にそう言う。
しかし、こちらが明らかな拒絶を示しているにも関わらず飯田は続けた。
「ダンス部の件、考えてくれた?」
その問いに思わずため息が出そうになる。
「前も言いましたけど、ダンス部に入る気はありませんよ」
「でも考えてくれるって」
「それは飯田先生がしつこいからです」
そもそも俺が何度も断ったにもかかわらずしつこく考えておいてと言い出したのはあんただろうが。
「でも君の才能なら」
「才能なんてないです。それと、しつこいです」
言うだけ言って、職員室を出る。
練習を始める前だというのに少し疲れた。嫌な疲れだなと思う。
さっさとここから離れようと荷物を持ち上げようとした時、職員室から声が聞こえた。
『中野先生からも何か言ってくださいよ。井藤くんは、軽音楽部よりもずっと競技ダンス部に来るべきですよ』
『いやあ、でも本人が嫌がってるんだからさ。無理強いするべきじゃないんじゃないかと俺は思いますよ』
『でも、彼はあの井藤組の息子さんなんですよ! 一度だけ私も中学時代の井藤くんのダンスをみたことがありますけど、やっぱり彼は天才です! 絶対に彼はダンスをやるべきなんです! だから、ね! お願いしますよ!』
『はあ……一応、言ってはみるけど断られても文句言わないでくださいよ。あいつもあいつで、理由があって断ってるみたいですから』
その会話に今度こそため息が出た。これが嫌だから家からなるべく遠い高校を選んだのに、まさか二年に上がると同時に競技ダンスなんてマイナー部活が出来るなんて思いもしなかった……
仕方がないから、諦めるまで飯田には付き合うしかない。
改めて、荷物を持ち上げて最悪な気分のまま職員室を離れた。
それからほどなくして部室にたどり着いて、中にはいると荷物を全部放り出して近くの椅子に座る。
吐きそうな感覚を抑えつけるために少しだけ呼吸を整えてゆっくりと立ち上がる。そして、部室にある大鏡の前に立つと深く深く息を吸った。
背筋は伸ばし、胸を張り内蔵を引き上げるようなイメージで下っ腹を持ち上げ尻は骨盤を意識しながら持ち上げる。頭は天井に吊るされるたような気持ちで、それから足もゆっくりストレッチさせて……
ホールドを作る。
我ながら馬鹿だな、と思う。
飯田に言われたからではない。これは言ってしまえば日課だった。
毎朝、俺はここでこうしてホールドを作る。そして、十分にも満たないほんの少しの間だけボックスを踊る。幼い頃から繰り返してきた行為。この体に染み付いて離れてくれない俺の未練を象徴するかのような普通の日常。
何度もやめようとして、やめられなくて、もうとっくに捨てたはずのものにどこかでしがみついている。
笑ってしまうぐらい滑稽な姿だ。
ワンツーとカウントをとって、ワルツのベーシックステップを踊る。一周終えてタンゴ、スローフォックトロット、クイックステップと一つ一つの種目のステップを確かめるように踊り、最後に一曲通すつもりでワルツを踊る。頭の中に流れている曲はノクターン。幻想的で穏やかな夜の曲で、初めて聞いた時はまだ幼かったから夜の湖沼を小さな妖精たちが飛び回っている様子を想像した。
まあ、それをイメージしたからと言ってその通り踊るわけではない。少しだけそれら自分に投影しながらステップとカウントを大切に、正確にしかし慎重になりすぎないようにに踊っていく。
時間にして約三分ほど。誰も見ていないはずの日差ししか感じない部室の中で無心に、ただ作業をこなすように踊る。
やがて頭の中の曲が止む。そこで俺は踊るのをやめて静かに流れる汗を雑に拭った。
あとは楽器を弾く時間、なのだが……
「いつから見てた」
問いかけるのは部室の入り口。
踊っている時は極度に視野が広くなり、神経が過敏になる。こっそり入ってこようが何しようがこの時ばっかりは気づいてしまう。ダンサーならみんな自然と周囲に対しては敏感になる。
だから、以前は演奏に集中して拍手されるまで気がつかなかった彼女の存在も容易に察することが出来た
俺が余程鈍ってなければ彼女は……
「ステップを踏み始めたぐらいから」
「やっぱりな」
予想的中。俺の感覚もまだ捨てたもんじゃないのかもしれない。
「で、どうだった。俺の秘密を覗いた感想は」
「別に、踊れるんだなって思ったぐらい」
「雑すぎないかその感想」
今まで顧問ぐらいにしかバレたことがない俺の秘密を見ておいてこいつ、と思うが樋口らしいといえば樋口らしい反応だ。イメージ通りで安心する。
「んで、どうしてこんな時間に学校にいるんだ?」
開門しているとはいえ、部活動のない生徒が登校して来るにはまだいくらか時間が早い。
「仕事で出せてなかった分の課題を出すために早く来ただけ。今は提出し終えて、教室に向かう途中」
その完璧な返答になるほどと頷いて、俺はカバンに入れてあるタオルで汗を軽く拭い近くの椅子に座ってギターケースからギターを取り出した。
「……聞いてくか?」
「ん」
聞くと、樋口は小さく返事して俺から少し離れた場所に椅子を持っていって座った。
とは言っても何を弾こうか。さっきまで踊ってたせいで頭の中に流れてるのはクラシックばっかりなのだ。悲しいかな、クラシックギターは音楽室まで取りに行かなければいけないのである。
それは面倒臭い。
「なあ樋口」
「なに」
「……弾いてほしい曲とかないか」
「は?」
いやまあそうなるよね。聞いていくかって言った側が突然リクエスト聞いてくるとか思わないもんな。
しかし素っ気ない返事を返してきたかと思えば意外にも樋口は考えてくれているらしい。それから十秒ほどで意を決したように彼女は言った。
「バックナンバー、とか……無理ならあまざらしだっけ? それで」
相変わらず雑な感じの返答ではあったが口調以上にさっきの考えている様子がだいぶ丁寧だったので素直じゃないな、と思う。とはいっても、選ぶバンドはだいぶ素直だ。変に斜に構えて、捻くれてないと思う。
じゃあ、俺も変に捻くれて曲を選ぶべきではないのだと思う。
頭の中でカウントをとって、弾き始める。
「このまま終わってしまうのは……」
スーパースターになったら、だ。
歌っていて、正直なんとも言えない気分になる。悪い意味ではない。歌詞にある男らしくなったらという言葉には女々しさを感じるし、そもそも冒頭で自分を優柔不断だとか口だけとか言っているところから何も変わっていない気さえもする。ただ、この曲の主人公はどんな形であれ前に進もうとしている。変わろうとする心があれば人はどこまでも、進んでいける。成長していける。
では変わろうと思えない人間はどうすればいい。歌いながらそう自問する。その答えがいつまでも出ないからなんとも言えなくなる。
歌い終えて、ふっと息を吐いた。
樋口はこちらを真剣な眼差しで見つめている。
目が合って、お互いに数秒の間見つめ合った。それに特別何かの意味があるわけではない。ただ、彼女の瞳がとても綺麗だなと思って、ずっと見ていたら吸い込まれてしまいそうで……
誤魔化すように続けて、俺は弾き始めていた。
二つ目に彼女が名前を出したあまざらしの曲。
それは一人の絵描きの物語だ。自分や自分の周囲のことを表現していた彼は恋人と二人で暮らしながら絵を描いている。売れはしないが幸せな日々。朝も昼も季節すら忘れて、彼は絵を書いた。
そして売れない絵描きの物語は明転する。誰もが彼の絵を素晴らしいと讃えてくれるようになった。
だが、それだけでは終わらない。
「最高傑作が出来た、彼女もステキねと笑った」
果たしてそれは本当に周囲が求める彼の絵だったかは定かではない。あとはこの曲の歌詞が告げる通りのことだ。
ふと、父のことを思い出した。幼い時、自分を天才だと褒めそやしてくれた実の父親。
求められるがまま、喜ばれるがままに俺は踊った。踊って、踊って、踊って……
こちらを憐れむ父の顔が思い出されて、思わず演奏を止めた。樋口が不思議そうな顔でこちらを見ている。
「……悪い」
そう口に出して、少しだけ反省する。歌詞に自分を投影してのめり込みすぎていた。
いつもはこんなことはない。たとえ踊った後だろうと、飯田が不快極まりない勧誘をしてこようとも曲は曲として自分と切り離して考えることが出来ていたはずだった。
「はあ、無理しなくていいから。さっきからなんか変だったし」
「さっき?」
「一曲目終わった時。なんか、こっちのことぼんやりみてたでしょ」
「ああ……いや、曲に入り込んでただけだから心配してくれなくていい」
「別に心配なんてしてないんだけど」
ムッと顔をしかめてこちらを見る樋口にさいですか、と言って会話を切り上げる。二回目の時はともかく一回目の時は見惚れていたなんて言えるわけがない。あながち曲の雰囲気に飲み込まれてたというのも嘘ではないから、まあいいだろう。
それからしばらく無言のまま時間が流れる。お互いに目を逸してなんだか居心地が悪い。なにか弾くような空気でもない。
「あー、樋口」
「なに」
話しかけてから何も話題がなかったことを思い出す。ノクチルのことを聞こうかと思うが、どのメンバーのことを聞いても厳しい顔をされる気がするのでその話題はなしだろう。視線だけで殺される気がする。
「えっと昼、どうする」
結局、思い出したようにそんなことを聞くことにした。前みたいに何も言わず招き入れるまでじっと見られているというのも嫌だから。
「は? なに、突然」
しかしながら、返ってきたのは冷たい視線と声音であった。
「いや、昼は部室に来んのかなって」
「そういう……私はてっきり」
そこまで言って樋口は言葉を閉ざした。
「てっきり、なんだよ」
「なんでもない」
そう言うとふいっと顔を逸してしまう。
なんなんだマジで……
「今日はやめとく。浅倉たちと約束してるし」
でも、と彼女は続ける。
「来ていいなら、明日」
一呼吸置いて、そんな事を言う。いらん予防線を張るやつだな、と思う。二日前は自分からまた行くだとかなんだとか言ってたくせに……強気なんだか弱気なんだかやっぱりよくわからんやつだ。
「良いも悪いもどうせ他の部員なんてこねえし、好きにしてくれ」
「それって、部活としてどうなの」
「昼練は俺が勝手にやってるだけだからどうもこうもない。まあ、朝誰も来ないのは俺もどうかと思うが……」
もっとも、放課後の部活にはだいたいのやつが顔を出すのでやる気がないということはないはずだ。みんなそれなりに楽しめればオッケーなのだから、昼にまで部活するやつがおかしいのである。
……教室には一緒に昼飯を食う友達がいないし、他クラスの友人は普通にクラスに馴染んでいるからそこに飛び込むわけにもいかない。いわば昼練は一人で居ても憐れまれないための苦肉の策なのである。無論、寂しくなんてない。
「ま、おかげで一人で弾くぶんにはだいぶうまくなったし、朝は一人で気持ちよく踊れる。お前が言うところのソロアーティストでソロダンサーの俺にとって不都合なんてないし、オールオッケーってわけだ」
むしろ有益なまである。そう伝えると樋口は本気で引いてますというような顔をこちらに向ける。
「……痛」
「その反応は本気で傷つくからやめてくれない?」
自分で言っておいて同感だからなおさら悲しくて泣きそうになる。
「ほんと、変な人」
項垂れる俺を前にして、樋口は薄く笑う。
「うっせ」
言い返す言葉もなくて、苦し紛れにそういった。
結局、そんな調子で練習する気にもならず適当にギターを鳴らしたり樋口と何にもならないような言い合いをしていたらチャイムが鳴った。
宣言通り昼の部室には樋口は来ず、俺は一人で練習に集中することが出来た。
しかして、その日はそれだけでは終わらない。
それは放課後のこと。部活に向かおうとする俺の携帯に一つの着信がはいった。
見慣れはしないが確かに知っている。というか、つい先日交換したばかりの番号。
液晶画面に浮かんだ風炉出さんという文字に、面倒ごとの予感を感じた。
アイマス世界でオリ主が完璧な無個性だと生き残れなくない? という感覚。わかってほしい。
それから、僕自身がノクターンを使ったワルツを生で実際に見た回数ですが二回ぐらいです。
社交ダンスネタについて
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もっと全力で書いてよし
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ほんの少し濃くしてほしい
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程良い
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ちょっとくどいけど、耐えられる