こんな趣味全開の話を読んでくださり本当にありがとうございます!
ちょっと今回長いです。具体的には1万字ぐらい
それは放課後、部室に向かおうとギターとカバンを持って教室を出た時だった。
プルルルと鳴り響く着信音に、何事かと思いポケットに入れてあったスマホを取り出した。液晶に表示される名前に少しの困惑と確信にも近い予感を感じた
面倒くせえと思わなかったといえば嘘であるが、俺はその電話に出ることにした。
「もしもし、井藤です」
『あ、よかった。もう授業終わってたんだな』
「ええ、とっくに……で、何用ですか。風炉出さん」
訪ねるとちょっと待ってくれるかと言って風炉出さんは何やらガサガサと書類を探しているようだった。
『そこに円香はいるか?』
言われて周囲を見るがすでに樋口は教室には居ないらしい。
まあ、そうだろうなと思う。授業が終わってから実に十分は経っている。
「いえ、いませんが」
『そうか……なら、しょうがない。先日から間を置かずに申し訳ないんだが、折り入って君に頼みがあるんだ』
「……俺が出来ることなら、まあ」
『よかった! じゃあ、さっそく迎えに行くから校門で待っていてくれないか』
あ、今からなんですね……と思うが、言葉の節々からそんな気はしていたのでわかりましたとだけ返事して電話を切る。
それから、顧問と部長に休むことを伝えて校舎を出る。出てからバンド仲間には伝えなくてもよかっただろうか、と一瞬考えるが戻るのは面倒だし、以前彼らがサボったときに俺への連絡を怠ったことから必要なしと判断する。いつだって蚊帳の外に置かれる人間の気持ちを考えろ。少しは困るが良い。
待つこと十分ほど、それらしい車が校門の近くに止まったの見つける。
車に近づくと、窓が開き風炉出さんが「やあ」と挨拶してきた。
「どうも」
「ごめんな突然。じゃあ、乗ってくれ」
促されるまま助手席の扉を開けて車に乗り込んだ。
こちらがシートベルトを締めるのを確認してから、風炉出さんは車を出した。
大吾さん意外の車に乗るのは久しぶりだなあと思いながら、俺は風炉出さんにまず気になっていることを訪ねた。
「えっと、頼み事ってなんですか」
「あ、ああ。あのさ、井藤くんは社交ダンス踊れるんだよな」
風炉出さんは少しだけ言いづらそうにしながら、そう聞いてくる。
「踊れますけど、それが何か」
「ああうん。実はさ……」
最初に彼が社交ダンスと言ったからだいたい分かっていたことではあるが、どうやら今度あるイベントでノクチルのメンバー含め十名ほどがカップルを組んでそれっぽいフリつけのダンスを踊ることになったらしい。そこで、大吾さんから俺について詳しいことを聞いているためにもちろん俺の経験を知っているので頼むことにしたのだという。
「でも、それっぽいフリつけってだけなんですよね。なら俺が教える必要って……」
「いや、それが天井社長……うちの社長なんだけど、もしかしたら今後に役立つかもしれないから一度しっかりやってみたほうがいいだろうって言い始めてさ。けど、トレーナーさんたちもそういう方向での伝手はないらしくて、誰かいないかって聞かれたときに君の名前出しちゃってさ……」
どうやら詳しいことを聞かれてそのまま全て話してしまったらしい。俺の個人情報ってどうなってるんだろう。全然保護されていない気がする。
「でも、もう二年も人と踊ってない俺が教えるなんて……」
「倉持さんから君が以前に中学生から大学生レベルの指導してたって聞いてる。もちろん無理にとは言わない。けど、もしよければ手を貸してくれないか」
頼む、とほとんど懇願にも近い形で風炉出さんは言う。
正直面倒だし、不安だ。もう随分と人と組んでないのは本当だし、人に教えることもしていない。彼らが望む成果をあげられるかわからない。
それにきっとこの人は俺がやめた理由を知っている。そのうえでこうして頼むなんてなんて残酷な人なのだろうか。それとも知っているが故に見抜かれているのか……
「わざわざ迎えに来ておいて何言ってるんですか」
俺がそう言うと、風炉出さんは事務所に着いたら話そうと思ってたからと言って苦笑する。
「いやいや、そっちのフィールドで話すつもりな時点で逃がすつもりないのわかりますって」
「……そうか。そうだよなあ」
彼の人柄的に言葉でダメなら行動で……というか、おそらくアイドルのレッスンを見せられてそこからなし崩し的に指導をすることになりそうな気がするのだ。ちなみに風炉出さんと同じタイプの人間には倉持大吾という人物が該当する。
「いいですよ。俺が出来ることなら、って言っちゃいましたし。期待には沿えないかもしれませんけど」
「本当か!」
風炉出さんが勢いよくこちらを見る。車は信号で止まっているわけでもなく、思い切りよそ見運転になっている。
「あぶなっ、ちょ、前見てください」
「あ、すまんすまん」
はははっと嬉しそうに笑いながら、運転に戻る彼を見てため息をつきそうになるがそれをグッとこらえて車の外をみた。
窓の外を眺めながら、我ながらめちゃくちゃなことをしているなと思う。飯田の誘いは断ったのに、風炉出さんの誘いは受けるのだこれがめちゃくちゃじゃないというなら何がめちゃくちゃか。
選手として関わるか、トレーナーとして関わるかという違いこそあれど結局俺は戻りたいのではないか。捨てたはずのものに、その残骸にいつまでしがみついているつもりなのだろうか。
忌まわしい過去に俺はいつになったら別れを告げられるのか。それがわからなくて、空っぽな自分だけが今も独り歩きし続けてここにいる。
だから、少しでも俺は今を生きている人たちに関わりたいのだ。その気持ちは光に群がる羽虫にも似ている。それが虚しいことだと知りながら、それでも俺は……
風炉出さんがこれからの予定を話している。それに相槌を打ちながら、俺はただひたすらに祈った。
――ああ、どうか。この浅ましい本性がバレませんように。
それから車に揺られることしばらく、やはりというか待った時間と同じ十分ぐらいで目的地である283プロダクション事務所に到着した。
なんというか、こう外観に対してコメントしようにも普通すぎてなんとも言えない。強いて言うならペットショップとか本屋とか靴屋とかゴチャッとしてんなあという印象がある程度だ。
事務所の中に入ると、まず快適そうなソファとか立派な事務机だとかが目に入る。それと女性ものの小物もちらほら目についた。あと黄色いランドセルも……
小学生もいるんだったか。確か以前見た放課後クライマックスガールズの誰かがそうだったはずだ。
「そこに座ってくれるか」
「あ、はい」
言われるがままに近くにあったソファに座ると、風炉出さんがいくつか書類を渡してきた。
ざっと目を通した限りだと、契約書と今度のイベントに関する資料らしい。一先ず、契約書に書かれている事項だけ一通り読んでサインと印鑑を押した。
「履歴書とかいりますか?」
「ああ、いや。証明写真だけ、あればもらおうかな」
「じゃあ、これでいいですかね」
契約書と一緒にスマホのケースにいつも入れてある証明写真を渡すと風炉出さんは少しの間不備がないかだけ確認してからよし、と頷いた。
「そしたらさっそくレッスン室に行こうか。事務員さんの紹介とかはまた今度改めてしよう」
「了解です。えっと、正式にはいつから働くことになるんですかね」
「遅くとも今週中かな。井藤くんも部活とかあるだろうし、予定の折り合いもつけないと……と、着いたけど準備はいいか?」
そう聞かれて一瞬待ってくださいと伝えて、後回しにしていた資料を見る。見て、頭を抱えたくなった。
資料に書かれていたのはそれらしいフリではなく、全くどうしてこういう企画をする人間がいるのか甚だ疑問ではあるのだが、フリはほぼ完璧にボールルームダンスでそれを全体で踊り綺麗に舞っている構図を撮りたいらしい。資料を見る限りだとホールを使ってやるらしいからこれはほぼ完璧なパーティダンスだと考えていいはず。まあステージ映えはしないしステージで輝くアイドルがこれをやるってのは中々挑戦的だと思う。というかアホだと思う。
さて肝心のフリだがヴェニーズはどうやら省かれているらしいがテンダンスの中で283プロが割り当てられている限りだと、スタンダード二種とラテン三種だ。一カップルで一種のダンスということだろう。で、それに加えて普通のアイドルダンスも混ぜると……
この主催者は馬鹿か? 極めつけは社交ダンスの優雅さとアイドルの可憐さを最大限に引き出せる最高の催しになるはず! だと。
「だ、大丈夫か?」
資料を読んで思わず頭を抱えた俺に風炉出さんが心配そうに声をかけてくる。
「いや、この主催者ふざけてんなあと思って」
「そ、そんなに?」
そんなにである。社交ダンスなんて習うだけでもえらい金がかかるうえに覚えるまでが大変な競技なのに、一つの事務所にスタンダードとラテンそれぞれやらせようとするなんてどうかしてる。どんだけ準備に金をかけさせるつもりなのか。
加えて人と組んで踊るって見た目ほど簡単じゃない。だからみんなスクールに通うし、人に教わるのに……
「風炉出さん、社交ダンスについてどこまで知ってます?」
「じ、実はあんまり……」
「これ、それっぽいどころか。まんま社交ダンスですよ」
「ほ、本当か? 激しい動きがあるみたいだからてっきり……」
まあそうだろう。というか世の中の人全般がそうだ。社交ダンスといえばワルツ。それも比較的社交界向けのヴェニーズワルツを想像するだろうから。
社交ダンスは社交ダンスでも、競技の方は最近になって少し知名度が伸びてきたとはいえ、まだまだマイナーなことに変わりはない。
先行き不安だなあと思う。でも何にしてもやらなきゃ仕方がないか……
「よし、準備オーケーです。いきましょう」
「あ、ああ。わかった」
一度ノックしてから入るぞ、と扉越しに中へと声をかけ風炉出さんはレッスン室の扉を開ける。
どうやら全員が全員ストレッチをしているらしく、一度動きを止めてこちらを見る。不思議そうな顔で俺のことを見ているもの、何かを察したという顔をするものそして、目ン玉まんまるにしてこちらを驚愕の表情で見つめるもの。多種多様な視線に刺されて、ひぇっと思ってしまった。特に最後のやつ。
「みんなに前から話してたイベントのフリを教えてくれる人を連れてきたんだ。で、いいんだよな」
「それ、俺に聞くんですか?」
「えーっと、まあそういうことだから紹介するよ。知っている人もいると思うが井藤智也くんだ」
「どうも、これからしばらくの間社交ダンスを教えさせていただきます。井藤です」
ぽかんとした顔でこちらをみる樋口以外はそれぞれの表情でよろしくと言ってくれる。
283プロ温かいなあ。と思ったら、後ろでこそこそ同い年ぐらいに見えるだのなんだの言っている輩もいる。けど、普通はそうなるだろう。そこは実力で示せばいい。
「じゃあ、さっそく教えてもらいましょうか! 自主的にやっていてもわからない部分が多かったの!」
そう言ってずいっとこちらに踏み出してきたのは見覚えがある。一昨日のイベントでノクチル以外だと一際印象に残ったアイドル。確か、名前は有栖川夏葉、だったか……
その言葉を受けて、風炉出さんはこちらをちらっと見た。その表情がどうしようかなと悩んでいるような感じだったので、きっと俺に気を使ってくれているのだろう。
「あ、あのな。夏葉張り切ってるところ悪いんだが今日は顔みせ……」
「風炉出さん大丈夫です。資料見た限りだと、今すぐにでも始めたほうがいいでしょうし、自主練するぐらいやる気なら簡単な練習方法を教えてしまった方が後々変な癖をつけなくてすみます」
「そ、そうか?」
そうです、と続けると風炉出さん納得したような表情で頷いた。
じゃあお願いしようかな、というので任されましたと返してアイドルたち総勢十名をみる。
渡された資料の中にある今回のイベントに参加するアイドル名簿を見て、簡単なプロフィールからリーダー役とパートナー役、まあいわゆる男性役と女性役を頭の中でわけていく。身長もそうだがバストサイズとヒップラインとか諸々も考えると……
いやみんなスタイル良すぎないか? なんでこんなにボン・キュッ・ボンばかりなんだ! 燕尾を着るにも、いやそこはサラシでどうにかなる。髪が長いのもまとめ方次第でどうにでもできるだろう。
ええと、したらどうすっかなあ……
「あの、さっそく質問なんですけカップル組ませるのって同ユニットじゃないとダメですかね」
「いや、みんな希望とっての参加だからその辺りはバランスで考えてくれていい。あ、でも咲耶は男性側が良いと俺は思うな」
「あー、じゃあ一先ず男役と女役だけわけますか。カップルは今度決めましょう」
そこから、風炉出さんと二人でざっとではあるが役分けをしていく。
大体が俺の提案で進んでいくが、樋口の名前を男性役として出したところで風炉出さんが不思議そうな顔をする。
「あれ、円香が男性役やっても大丈夫か? 身長とか」
「それは福丸さんがいるので問題ないかと。それに多分そっちのほうが見栄えいいです」
なるほど、と風炉出さんが納得したところでざっと役分けはすんだ。
あとは不満が出なければこのまま進めていいだろう。
「えっと、今簡単ですが決めました。聞こえていたとは思いますけどまず有栖川さん、白瀬さん、小宮さん、浅倉さん、それから樋口さんが男性役。残りは女性役にしようと思います。一応仮ぎめなので、不満があればいつでも言ってください」
「一つ聞いてもいいかしら」
そう言って有栖川さんが挙手をする。どうぞ、というと彼女は表情を輝かせる。これだけのことでなんでそんなにキラキラしてるんでしょうか。
「振り分けの基準はなにかしら」
「身長と、雰囲気、それから燕尾を着て踊ったときの見栄えです」
「なるほどね。確かに、この中だと無理に雰囲気を崩して男装させるよりも良い選出だと思うわ」
うんうん、と頷いて彼女はもう一ついいかしらと言う。
「どうぞ」
「多分みんな気になっていると思うのだけど、教えてくれるあなたの実力を見せてくれないかしら」
風炉出さんがちょっとと声を出すが、まあそうなるだろうな。と俺は思った。
アイドルたちの視線もやはり心無しかこちらに対する疑念が強い。どこの誰とも知らないやつに勝手に役を割り当てられるのも教えられるのも我慢ならないだろう。
「わかりました。有栖川さん、女性のホールドはわかりますか?」
「もちろんよ。ホールドは今日のために両方の形を覚えて来ているわ」
「そしたら、パートナー役お願いします」
言うと有栖川さんはわかったわ! と意気込んだ様子だ。
少し場所を開けてもらって、ホールドを作って待っている有栖川さんを迎えに行くようにしてポジションをとった。
ホールド自体は本人の弁通り綺麗に出来ていたのだが……触れてわかるが、かなりガチガチだ。全身に満遍なく力が入っているからほとんど自分で立っているようになってしまっている。
「有栖川さんもうちょっと力抜けますか」
「え、ええ」
心無しか笑顔が強張っている。そしてその表情を察している周囲の空気がそわそわとした落ち着かないものになっていくのを感じた。
「あの、大丈夫ですか」
「え、ええ……でも、そのこうして男性と触れ合う経験があまりないから」
なるほどと一人納得する。踊り慣れればわかることだが、別にリーダーとパートナーはそういう関係ではないのだ。もう全く相手をそういう対象として意識しなくなる事のほうが多い。結婚するカップルはもちろんいるが、それも絶対ではないのだ。
ただ初めはどうしても意識してしまうもにらしいことは理解している。
俺の場合は幼い頃からやっているからかホールドを組むことに関して特にそういった意識をしたことはないのだが、うら若き乙女というか、思春期から始める人が最初に躓くのはそこだと聞いたことはある。
でもそんなことは言ってられない。
「ま、踊ってたら忘れると思いますし、今はそうですね。どうにかするので、転ばないことだけ意識してください。カウントはワンツースリーです」
「わ、わかったわ」
「……いきますよ」
有栖川さんの返事を聞く前に、彼女の体を支えながら予備歩で有栖川さんの重心を思い切りずらし全体重を預からせてもらう。そして……
ワルツの基本足型を主体に繋いで、レッスン室を舞う。
「えっ、あっ、ちょ」
有栖川さんが困惑の声を漏らした。まあ、それもそうだろう。俺だって昔親父殿に同じことをやられた時は同じ反応をしていたと思う。
知らないフィガーを踊っている。その異様な感覚を体感して覚えることはあってもそれに慣れることはできない。
しかし、存外有栖川さんが素直で良かった。おかげでかなり踊らせやすい。
崩れそうな有栖川さんのホールドを体の操作で支えながら、目だけで彼女の方をみる。その表情は必死そのものなのに、キラキラと光る瞳でこちらを見つめている。好奇心旺盛なお嬢さんだ。
ゾクリとする。絶対に飲まれることはなかろうが、たった数秒、それもほとんど俺が踊らせているだけなのにどんどん吸収していくのだから末恐ろしい。もっと色々教えて頂戴とでも言うようなその瞳にこちらも楽しくなってきて、踊り終える直前、少しだけ調子に乗った。
上半身を回転させて、有栖川さんの左足を放り出させロワーし、そのままスウェイをかける。
スローアウェイ・オーバースウェイっぽい形を作り、少し静止してから有栖川さんの体を持ち上げて起こし、彼女から離れた。
疎らに拍手が聞こえる。
「ざっと、こんなところですけど。満足していただけましたか」
「ええ! 満足も満足! 大満足よ!」
みんなもそうでしょう? と有栖川さんが言うと概ね全員から賛同の声が上がる。小宮さんなんかはぴょんぴょん跳ねながら、格好良かったです! と言ってくれた。可愛い。
白瀬さんたちもさっそくホールドについて聞きにきてくれたり、積極的でやりやすい。風炉出さんもその様子を見て、あとは適当にと言って自分の仕事に戻っていった。
ノクチルの方も立ち方とワルツのベーシックを一通り教えたあとは市川さんがやはーっと言いながら、浅倉とクルクルしていたり、福丸さんはなんかめっちゃこっち見ていたりした。理由は定かでない。
そして樋口であるが……
「……聞いてないんだけど」
「今日突然決まったからな」
ため息を吐きながらそんな事を言われてもこっちだってため息を吐きたいぐらいである。
「つーかお前立ち方、背筋腰から反ってるからもうちょい腹に、内蔵を引き上げるようなイメージで力入れて胸を張るようしてみ」
「……こう?」
樋口は俺が指示した通りに、腹を引き上げ胸を張る。それだけで見違えるように姿勢がよくなった。元々アイドルだということもあり普通の人よりはよっぽど姿勢自体はいいのだが、社交の姿勢づくりとはまた違うので少しだけ意識を変える必要がある。
俺がいることに不満気でありながらも、言ったことは素直にやってくれる辺り真面目だなあと思う。
「そうそう。首も良い感じ。やっぱりアイドルって立ち方は基礎ができてるから教えること少なくていいな」
「どうも……けど、そういう割に結構教えてまわってるようにみえたけど?」
「そりゃあ、一つのことを教えたからってそれが十全にできるまでの時間のかかり方は人によるからな。できるまで付き合うのが講師だ」
それに競技人口が近年増えてきたとはいえ世界的に見るとまだ少ない。だから、競技ダンスの先生方は大抵生徒が一つのことをできるようになるまで諦めない。教え方の厳しい優しいはあれど、基本はみんなそういう意味で優しい。
……その優しさが身内にまで及ぶかは定かではないが。
「それに出来る出来ないに関わらず俺は期待し続けるし、それが達成できるように手伝うだけだよ。それが仕事だしな」
それは大昔、中学時代に同学年の生徒に言った言葉とほぼ同じだ。出来ない私にどうしてそこまで教えてくれるのか、と尋ねられて呆れ半分で言ったのが最初だ。あいつは続けていて、確か今年は三笠に挑戦するとか言ってた気がする。まあ、アイツのことは正直どうでもいい。
というか、こんなこと言うまでもないぐらい優秀な生徒ばかりで泣きそうである。
それに、別に彼女たちは大会に出るわけではないからそこまで気張らなくてもいい。このイベントで大事なのは社交ダンスをアイドルが踊ることだが、本当に誰もが興味を持つのは、その後に行われる本来の彼女たちの歌と踊りだ。
だからといって、教えることに手を抜いたりはしないが……
「……どうしてプロデューサーが井藤に頼んだのかわかった」
ホールドを解いて、すっとこちらを見据えて樋口が言う。
それに、有栖川さんたちの練習を眺めながら答える。
「……突然なんだよ」
「その情熱型っぽいところ。冷めてるようにみえてたけど意外と暑苦しいし」
「暑苦しいって、お前なあ……」
余計なお世話である。
「楽しそうだね樋口」
そう言って俺と樋口が喋っているところにやってきたのは浅倉だった。
「浅倉、私は別に」
彼女の言葉がよっぽど心外だったのか樋口は顔を顰めながらそういうが浅倉はそれに対してどこ吹く風といったような様子でこちらをみた。
「市川さん、置いてきてよかったんですか」
「雛菜? 雛菜ならレッスン時間が終わったから帰るって小糸ちゃんと一緒にプロデューサーのところ行っちゃったけど」
「あー、もうそんな時間なんですね」
時計をみると針はもう六時半を指している。
レッスン室に残っている者が多い中、時間を見て帰るのは早々出来ないことだがきっと市川さんは自分のペースを理解しているんだろう。何をやるにしてもそれは大事な能力だ。
「敬語やめなよ。同い年でしょ」
「あ? あー、わかった」
樋口にタメ口で浅倉に敬語というのもなんか変だったし、それでいいと言ってもらえるなら気が楽だ。
「えっと、したら浅倉と樋口も帰るのか」
「私は帰ろうと思ってるけど。樋口はどうするの」
「もう少し残る……」
そう、と言って浅倉は俺と樋口にじゃあねと声をかけてからレッスン室を出ていった。
「智也さーん! あたしにも立ち方のコツ教えてくださーい!」
「はいはい。というか、小宮さんは帰らなくて大丈夫なんですか?」
練習をしているときに聞いたのだが彼女はまだ小学生らしいから、六時過ぎても残っているのはどうなんだろうと思っていると有栖川さんがこちらまで歩いてくる。
「私達が送ることになってるから大丈夫よ! それよりも私も一緒に教えてもらってもいいかしら。できれば基本フィガー? だったかしら、それも一緒にお願いするわ!」
「え、ちょ、引っ張らないでくれませんか!」
ぐいぐいと腕を引っ張られながら、ノクチル以外のメンバーが集っている場所まで連れられていく。
「あ、連れてきてくれたんだね。智也、でいいかな。それとも先生がいいかい?」
「どっちでもいいですよ」
「ああ、じゃあ智也と呼ぶことにするよ。ご指導ご鞭撻よろしく頼むよ」
そう言って微笑んでくる白瀬さんによろしく、と返して他の人達にも改めて挨拶をした。
それから後ろからこそこそとついてきていた樋口も一緒に立方の注意点や男女で組むときに注意する点をおさらいしてから、一度それぞれ身長差が合う相手に組んでもらうことにした。
一通り組んでもらった後は最初に男女両方のパートを俺が踊ってそれをそれぞれに撮ってもらい、一時間ほどワルツの基本足型の練習をしてもらった。
時刻が七時半になった辺りでそれぞれ自主練を切り上げて、帰っていった。最後まで小宮さんは元気だった。
「……はあ、疲れた」
疲れたも疲れた。こんなに踊ったの久しぶりだし、なんなら人に教えるのも久しぶりだから疲労感倍増である……
しかし、一先ずワルツの足型を教えはしたが、本来彼女たちはそれぞれ、スタンダードはタンゴとクイックステップ、ラテンアメリカはチャチャチャ、サンバ、ジャイブの五種から選んで踊らないといけない。どういう組み合わせだよというツッコミはしないほうが良いのだろうが、まあノリが良い踊り重視という意味ではわかりやすい。ラテンはまあだいたいノリがいいんだけど……
というか、チャチャチャとジャイブを初心者に踊らせるってキツくないか? それに、短期間で十人全員を一人で教えるのは難しいかもしれない。
風炉出さんに話して確実に今週から入れるようにしてどうにか……パートごとで分ければ、アイドルたちの休みも問題ないだろう。
「なんでため息なんてついてるの」
「ん、ああ……樋口か、まだ帰ってなかったんだな」
声に返事をすると、ブスッとした顔で俺に水の入ったペットボトルを手渡してくる。
「まあまだ練習しようと思ってるから。それとはい、水だけど」
「いいのか?」
「よくなかったら渡さないから。ほら」
言われるがままに水を受け取って、半分ぐらいまで飲み干した。
冷たい水が体に沁みて、気持ちいい。
「ありがとうな」
「どういたしまして」
ペットボトルを置いて、立ち上がる。
「じゃ、練習するか」
「……は?」
訳がわからないというような顔をする樋口に、俺は続けた。
「先取りで特別にレッスンしてやるよ。お前なら多分タンゴが似合うな」
冷めているように見えるのに云々、とさっきこいつは俺に言ったが、それは樋口だってそうだ。
こいつは実際、情の塊のようなものだろう。じゃなけりゃ幼馴染とずっと一緒なんて無理だし、こうして人一倍頑張ることもない。
それに今の俺には情熱なんてものは、ない。
だから、きっと彼女たちの姿に惹かれるのだ。今日見ていて少しでも力になれるなら、なんて思ってしまった。
「どうした、練習するんだろ?」
呆けている樋口に声をかける。
「はあ……」
彼女はため息とともに立ち上がり、こちらに歩み寄ってきた。
「じゃあ、教えてもらいましょうか。ミスター・ティーチャー」
「はいよ。タンゴはホールドから違うからそこも一緒に教えていくぞ」
それから、風炉出さんから声をかけられるまで二人でタンゴの練習をした。
声をかけられたときには二人してもうクタクタで、時間が遅かったこともあり風炉出さんに家の近くまで送ってもらって途中からは一緒に歩くことになった。
「ねえ」
もはや何度目かわからない聞き慣れた調子の声で樋口が話しかけてくる。
「朝、いつもああやって踊ってるんだよね」
「それがどうかしたか」
訪ね返すと、一瞬だけ沈黙がおりる。
黙って歩く彼女の様子。それはゆっくりと言葉を選んでいるようにも感じた。
「あ、明日も見に行っても……いい……?」
窺うように出されたその言葉に俺は頷いた。
「ああ、いいけど見るだけで頼むぞ」
楽器だって弾きたい。というか、今はそれが俺の安寧なのだ。
「うん。それでいいから」
そう言って真剣な顔で頷く彼女に「そうか」と言うだけですませた。
それからしばらく無言で歩いて、最初に会話をした公園の近くで「じゃあ」と言って別れた。
空っぽな心で、彼女たちを支えられるなら。昔の自分に嫉妬してしがみついているこの愚か者が、必死になった誰かを支えられるならそれはきっと素晴らしいことではないか。
出来ることはやろう。
そうでないときっと俺は、この空に潰されてしまうから……
ぼんやり歩いて家についてから、そういえば風炉出さんと相談しなければいけないことがあったんだと思いだして慌てて電話をかけた。
結果、明後日から入れるように調整してくれるという話になった。
前途は多難。だけど、彼女たちならどうにかなるだろう。そして、その期待が外れていないことをこの先俺は思い知ることになる。
これを書くにあたって久しぶりに石川・菅野組のジャイブ見返したり、三笠の藤井・吉川組のラテンを見たり、世界一位のスタンダードを見たりなどしました。僕自身は家庭の事情で途中でスクールに通えなくなった経緯があるので踊りたくなってしょうがねーやって気分で書いてます。
割と好き勝手やってますけど、それでも読んでくれればいいなあと思います。あと二話ぐらいで社交ダンスに関わる話が終わったら本格的にW.I.N.G.に関係する話を書いていきます。元々主軸は全部そこに向いてます。
社交ダンスネタについて
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もっと全力で書いてよし
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ほんの少し濃くしてほしい
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程良い
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ちょっとくどいけど、耐えられる