樋口と俺   作:ナルミユズル

8 / 10
ちょい重め。オリジナル小説かよってぐらいオリジナル要素盛り盛りスライムですが、もうちっとだけ続くんじゃよ。


ーーの解像度

 イベント当日。

 想像以上の熱気に気圧されながら、とかそんなことを言えればよかったのだろうが、俺はスタッフ参加であるために裏方に回って、楽屋の方でフリの最終チェックをしているアイドルたちを眺めていた。

 正直、俺が思っていた以上にみんな踊れているし、この最終チェックもほとんどウォーミングアップのようなものだ。積み重ねて来た地力と才能というのは恐ろしいものである。

 

 いやあ、それにしても……。なんとも……。

 

「……すけべ」

「まだ何も言ってないんだが?」

 

 ジトッとした眼付きで俺を睨む樋口に、さもなんでもないと言ったような態度を取る。

 

「まだ、って聞こえたんだけど?」

「何か言おうとしたのは確かだからな。やましい事でない以上は、そこを否定するわけにもいかんだろ」

 

 まあ、ラテン踊るアイドルを見てエロいとは思いましたけども、いやらしい意味ではないよ。ホントだよ。

 

「それより、いいのかお前は」

「……何が?」

「最終チェック、しておいた方がいいんじゃないか?」

 

 誤魔化すようにそう問いかけると、樋口は小さくため息をついた。

 

「どっかの誰かさんがいやらしい目で見るから嫌」

「……そうか」

 

 そんなにいやらしかっただろうか。全くもってそんなつもりはなかったのだが、ダンスから離れて久しいし自分で思ってるよりも思春期男子らしい反応をしていたのかもしれない。

 

「わかった。そしたら俺は飲み物でも買ってくる」

 

 俺が見ている必要もないだろうと思ってそう言ってやると、樋口は小さく頷いて「私、水でいいから」などと言ってくる。いつからそこまで気安くなったのだ、己は。

 

「へいへい……」

 

 あんまりな態度の樋口に、そう雑に返事をして控室を出る。

 会場はそれなりに立派だが、何も迷うほど広くはないし探検がてら、控室から少し遠い方の自販機へと向かう。

 自販機までたどり着くと五百円を入れて、樋口御所望の水と、自分で飲むための缶コーヒーを買って、近くにある椅子に腰を下ろした。

 ポケットからスマホを取り出し、SNSを開いて適当にスクロールしながら、缶のプルタブを開けて一口含むと、心地良い苦味が口内へと広がる。

 やはりというか、今回のイベントそれなりに規模が大きいようで、色々な事務所が競技ダンスの講師を呼んで練習しているらしい。中には昔、何度かお世話になった先生なんかもいて、元気にしているようで少し安心した反面、出会したくない。 

 やめ方がやめ方だっただけに、合わせる顔がないのだ。

 

「……そろそろ戻るか」

 

 開演まであと少し。別にもう俺が居なくても関係ないだろうが、おつかいぐらいちゃんと完遂しなくては、樋口がまた嫌味を言うことだろう。あいつは人の粗を探すのが上手いからな。

 そこまで考えてからよっこいせとばかりに、腰を持ち上げて椅子を離れた時だ。

 聞き覚えのある声で、名前を呼ばれたのは……

 

「智也……?」

 

 声のした方を見て、目を見開く。

 そこには俺が会いたくなかった相手の一人、井藤有紗、俺の実の姉である彼女が茫然とした様子で立っていた。

 彼女だけではない。その横に同じような顔で佇んでいる壮年の男性もまた、いや、姉よりももっと会いたくはなかった相手。この世の誰よりも会いたくなかった、この世の誰よりも尊敬する父が、居た。

 

「智也、よね?」

「人違いです」

 

 繰り返される呼びかけに、そう返事をして俺はその場から立ち去ろうとした。だが、すぐに肩を掴まれて引き留められる。

 

「待って!」

「……離してください」

 

 しかし、有紗は俺の肩を掴んだまま続ける。

 

「ねえ、智也なんでしょ? 髪も身長も伸びてるけど、私が弟を見間違えるはずないもの!」

「離してくれ……」

「いやよ! ねえ、智也少しでいいの! 少しでいいから話を……」

「……離せつってんだろッ!」

 

 彼女の手を無理やり振り払って、その顔を睨みつけた。

 

「今更、何を話すってんだよ」

 

 自分でも驚くほどに冷たい声で、俺はそう言っていた。

 

「……ッ」

 

 言葉を失った様子の有紗が泣きそうな顔で俺を見る。

 そんな顔で俺を見るな。こっちが泣きそうになる。

 

「……智也はどうしてここにいるんだ?」

 

 険悪な俺たちの様子に、それまで静観していた親父が口を開く。

 

「別に、ちょっとな」

「……ダンス、続けてるのか?」

「どうでもいいだろそんなこと」

「そう、だな……すまない、いらないことを聞いた」

 

 やめろよ、その反応。

 

「あんたが言ったんだろ。無理してダンサーにならなくていいって。なら、そんな腫れ物に触るみたいな態度とんじゃねえよ」

「……すまない」

 

 なんで謝るんだよ。

 

「……もういいか」

 

 俺がそう言って踵を返したところで、有紗が口を開いた。

 

「で、でも、智也がここに居るってことはダンス、やりたいんじゃないの? ね、そうだよね?」

「……だから、どうでもいいだろ」

「じ、じゃあさ、智也、せめて今住んでる場所ぐらい教えてよ。いいでしょ?」

「悪いな有紗、関わって欲しくないんだ。だから、断る」

 

 息を呑む気配と視線を背中に感じながら、俺は廊下を歩く。

 そしてしばらくして、視線を感じなくなった頃に俺は廊下の隅へと座り込んだ。とてもじゃないが、今の顔はみんなには見せられないほど、グシャグシャだ。今が人が少ないタイミングで良かった。

 罪悪感と苛立ちで訳が分からなくなっている。それもタチの悪いことに苛立ちの原因は、有紗でも親父でもない。俺自身にあった。

 

「……あんな顔、させるつもりじゃなかったんだけどな」

 

 そうして顔を隠して、しばらく蹲っていると近くに人の気配を感じた。

 流石に廊下でこれは迷惑か、とそう思って再び立ち上がろうと顔を上げると同時に、上から声をかけられる。

 

「なにやってんの」

「樋口……」

 

 呆れたような調子で俺を見下ろしている樋口。

 

「酷い顔、どうするのそれ」

 

 見られてしまった。

 

「いいだろ別に」

「よくはないんじゃないの。さっきの大声、井藤のだったでしょ」

 

 聞こえてたのかよ。恥ずかしい。

 

「……その、なにかあったの?」

 

 俺が自分の醜態に、内心で悶えていると樋口がそう訪ねてくる。なんとなく他人の内情に踏み込むタイプには見えなかったから、先日のことも含めて、少し意外だった。

 

「まあな」

「そう」

 

 俺の簡潔な応答に、彼女も簡潔にそう返事する。

 別になんてこともないやり取りだが、それが湧き立つ心を心を妙に落ち着かせてくれた。

 どうしてか、その先を話すつもりなんてなかったのに自然と口が開く。

 

「親父と有紗、姉さんに会ったんだよ」

「それって前に話してた……」

「ああ。弟はいなかったんだけどな。……俺の知ってる先生も他事務所アイドルの講師やってるみたいだから、可能性はあるってのは分かってた。出会すかもしれないって、思ってはいたんだ」

 

 それでも、やっぱり今は会いたくなかった。

 

「けどまあ、まさか会うなんてことはないだろうって高を括ってたんだよ。そしたらびっくり、声かけられちまってさ」

 

 色々頭からすっ飛んで、言わなくてもいい酷いことを言った。

 親父も有紗も悪くないのに、俺は自分がダンスをやめた理由を親父に擦りつけて、有紗には嫌な態度を取った。

 

「動揺しちまったんだよ。なんか、後ろめたくて」

 

 有紗に言われたことは図星だったのだと思う。

 自分で決めてやめたくせに、その世界から距離を置いたくせにこんな場所に、それも講師として、教える側として居るってことが、自分の未練を象徴するかのようで、恥ずかしかった。

 樋口に話したように全ては終わったことだと思えていたのなら、どうして俺はあの時、プロデューサーさんの誘いを断らなかったのか。本当に諦めがついていたのなら、割り切れていたのなら断っていたはずなのだ。

 心で思っていることと実際にしていることが、あまりにも矛盾していて我ながら気持ち悪い。

 

「ほんと、馬鹿だよなあ」

 

 そこまで言って、樋口の返事を待つ。

 自分で喋っていてもイマイチ要領の得ない話だったが、聞いてくれていただろうか。

 

「本当に恥ずかしい人」

 

 返ってきた言葉に、まあそうだよなと思う。

 こんな自分語りみたいなくだんない事をさも自分傷ついてますみたいな調子で話したんだから、妥当な返しだ。

 今度こそ本当に嫌われたかもしれない。いや、嫌われただろうなあ。だって、めっちゃ痛いことやっちゃったし。樋口ってそういうの嫌いそうなんだもんな。

 そんな事を思って、ため息を吐こうとする俺に、しかし樋口は今までに見た事ないほど、優しい笑顔で言った。

 

「……でもありがとう。話してくれて」

 

 だが、俺はその笑顔にそれでもため息を吐いた。

 

「なんでお礼?」

「特に意味はないけど。それより早く戻らないと」

 

 そうだった。それと、

 

「樋口。これ、水」

 

 思い出したように手に持っていた水を樋口に渡そうとすると、彼女はまた呆れたような顔をする。

 

「どっかの誰かさんが遅いからもう自分で買った」

 

 さいですか。

 

「……戻るか」

 

 居た堪れなくなってそう言って、俺が歩き始めると彼女は俺の横を歩きながら小さな声で呟いた。

 

「勝つから」

「……そうか」

 

 何に、とは聞くまでもないだろう。

 イベント自体は単純な構造だし、本物の競技ダンスのように勝ち負けがあるわけではないが、それでも彼女が「勝つ」と言ったということはつまりきっとそういうことだ。

 彼女の小さくも力強い言葉に、柄にもなく俺は安心していた。





コメントやお気に入り・評価ありがとうございます。全然更新できなくてごめんね。
あと、ウマ娘には見事ハマりました。
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