私の中でのオイゲンのテーマが「笑うこと」だったので、こういったお話を作りました。
※pixivに投稿した作品の加筆・修正版です。
笑うということ。
それはとても簡単なこと。
私にとっては、笑うということは何の特別なことでもなく、難しいことはなかった。
ただ、笑えばいいだけなのだから。
――今日はどう可愛がられたい?
――ねぇ、一緒にお風呂でサッパリしない?
――Ich liebe dich――ふふ、冗談よ。
この学園に来て以来、私はあの手この手で指揮官をからかってみた。
退屈を紛らわせるための暇つぶし。彼をからかう理由は、その程度だった。
指揮官は照れて慌てることはあるが、その後は必ず悲しそうな顔で私の頭を撫でた。
――なんでそんな顔をするの?
指揮官にそう聞いたことがあった。すると、彼はこう言った。
――お前……笑わないな。
彼は、私の満たされぬ心を感じ取っていた。
何をしても空虚な穴の開く心。
退屈と倦怠感が私の心を支配する。
私にとって、笑うという行為は指を動かすのと変わらない。
特別でもなんでもない。
だからこそ、私はいつでも笑える。
笑っても満たされないと分かっているから、私はいつでも笑える。
そんな私の心を、彼は見透かしていた。
私には、それが少しだけ嬉しかった。
いつしか、私は指揮官と一緒にいる時間が増えた。
彼の秘書艦として、私は彼を手伝った。秘書艦じゃない時でも、私は執務室にいた。
前と同じく、私は彼をからかう。だけど、前と少し違うところがあった。
私は考えるようになった。
彼と笑ってみたい、と。
彼となら笑えるかもしれない、と。
だから、私は彼をからかっている。暇つぶしではなく、自分が楽しめるように。
しばらくは彼も悲しそうに頭を撫でてきた。しかし、いつしかそれが無くなった。
ある日、彼に理由を聞いた。
――なんであの顔をしなくなったの?
彼は答えた。
――なんだか、楽しそうに見えたからな。
ある日のこと、私は彼に呼び出された。
執務室に行くと、彼は少し緊張したような様子だった。
――何かしら、指揮官。
すると、彼は私に何かを差し出した。
小さな箱。開けてみると、エメラルドのブローチが入っていた。
――いつも助けられているから、感謝の気持ちだ。
彼は照れくさそうに言った。
エメラルド――幸運を意味する宝石。
――幸運艦って呼ばれる私への皮肉かしら?
思わず毒を吐いてしまう。
分かっている。彼がそんなことをする人ではないことを。
しかし、幸運という言葉は、私にとっては別の意味を持つ。
自分の幸運と引き換えに……みんないなくなってしまう呪い。
私が頑張れば頑張るほど……私以外のみんなが不幸になる。
私に幸運が集まれば集まるほど……私以外のみんなが不幸になる。
だから、私は幸運艦と呼ばれることが嫌いだった。
そう考えているのを察したのか、彼は苦笑した。
――お前、今幸せか?
その言葉を聞いて、私の中で何かが開いたような気がした。
自分が幸せだと気付いてしまったら、周囲が不幸になるかもしれない。
だから、いつからか自分が幸せなのかを考えるのをやめていた。
だけど、彼の言葉は……考えるのをやめることを許してくれなかった。
気付けば、私は泣いていた。声を上げて、彼の胸に抱かれながら。
――ずっと気付いていた。自分が今幸せだと。指揮官といられて幸せだと。
――いつの間にか、心の穴がどんどん埋められていくと。
――だけど、それに気付いたらみんないなくなってしまうかもしれない。
――指揮官も私の前からいなくなってしまうかもしれない。
――それが恐ろしい。それが怖い。
――私の幸運は私しか守ってくれない。
――私の幸運ではみんなを守れない。
――だから……だから……。
彼は何も言わず、ただ私を抱きしめてくれていた。
そして泣き終わって顔を上げた時、彼は私に言った。
――俺、今幸せだぞ。
まるで陽だまりのような笑顔。私の空虚だった心に差し込んでくるかのような笑顔。
――それで、お前の幸せを俺が吸っているんじゃないか。そう思ったんだよ。
だから、幸運のブローチをプレゼントした。
――お前が幸せでも、誰もいなくなっていないだろう?俺もちゃんとここにいる。
スッと、心の何かが晴れるような気がした。
――お前が幸せで、俺達も幸せになれるよう頑張るから。だから――
――安心してくれ。
私の心が満たされていくのを感じた。
――ありがとう。
ブローチを握り締め、私は指揮官にそう言った。
――やっと、笑ったな。
指揮官は嬉しそうな笑顔で、私の頭を撫でた。
それからは、私は笑う回数が減った。
笑うことに特別な意味が生まれるとこんなにも笑うことが難しいのか、と驚いた。
しかし、同時に笑うことに幸せを感じるようにもなった。
指揮官との関係は変わっていない。
いつものように、彼をからかい、彼は慌てふためく。
それを見るのが楽しいと、私はハッキリと自覚するようになった。
彼といれば私の心が満たされる。
彼が私の心を満たしてくれる。
時々、彼は私に言ってくれる。
――お前が笑うの、俺は好きだ。
その時に私は必ず問う。
――幸せ?
彼は答える。
――あぁ。
そして私は彼に伝える。
――私も、幸せよ。
彼が幸せになってくれるなら、私も一緒に幸せになろう。
私の本気の笑顔を、彼に与えよう。
それが、私の心を満たしてくれる彼への感謝であり、恩返しだ。
私は、今日も仲間と一緒に海へと出る。
みんなが笑えるこの場所と、みんなの幸せを守るために。
私はギュッとあのブローチを握り締めた。
私の幸運と指揮官から貰った幸運。それがあれば、もう私に怖いものは無い。
いつか争いが無くなり、みんなを守れ、平和な世界が訪れたら、私は彼に届けよう。
今度は冗談じゃない、本気の笑顔と共にこの言葉を――
――Ich liebe dich.――
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