ゆに様への愛です。
二人称小説。
文京区にあるあなたのアパートには一人の同居人がいる。金髪をツインテールにした身長の低い可愛らしい少女である。黒いドレスを着て、我が物顔であなたの部屋に住み着いているのだ。
この前、酔っぱらったあなたが連れてきた少女は、千年以上を生きた叡智溢れる吸血鬼と自称している。あなたはそれを全く信じなかった。それもそのはずだ。あなたは吸血鬼というものには出会ったことが無いのだから。
しかし、あることがきっかけで、あなたは少女が吸血鬼であるということを信じることになった。その話はまた別の機会に語ることもあるかもしれないが、今は置いておこう。
このちんまい吸血鬼は日本へ来る際に自分に苗字を付けたらしい。その苗字は赤月。彼女の元の名前であるユニと合わせて赤月ゆにと日本では名乗っている。
彼女は眷属を増やすことに楽しみを見出しているらしい。彼女が動画投稿サイトを使ってなにやらやっていることを貴方は知っているがあまり気にしてはいない。何故ならあなたは他人のプライベートに土足で踏み込む人間ではないからだ。
そしてこの可愛らしい吸血鬼の為にカステラを買ってくることは、あなたの日課のようなものになっている。いや、正確には日課ではない。ニ三日に一度買ってくるだけである。
彼女にはまだ吸血鬼にはされていないが、魅了されている可能性はある。そんな考えが浮かんだあなたは首を振った。あなたは正常であり、可愛らしさと叡智に溢れた吸血鬼に何かを感じてしまっている。あなたの彼女への気持ちは魅了ではなく、彼女の魅力からくるものであることは間違いないのだ。
吸血鬼であるため、彼女は日光が差す昼間には出歩くことが出来ない。だから日が沈んで夜のとばりが街を包んだ後に彼女と出かけることをあなたは習慣にしていた。
仕事を終えたあなたが、駅中のテナントに入っているちょっとした和菓子屋でカステラをいつものように買って帰ると彼女はじっとこちらを見ている。しかしその視線があなたではなくカステラに向いていることにあなたは嫉妬した。
カステラの入った袋を自分の後ろに隠すと、彼女は少し気まずそうな顔であなたを見た。
「おかえり眷属」
あなたはただいまと返す。彼女の出迎えが、あなたの日ごろの生活の支えになっていることは間違いないだろう。
吸血鬼というものは米や魚といった普通の食材も食べるらしい。てっきり吸血鬼は血しか飲まないものだと思い込んでいたあなたは彼女からそれを教えられた時には少し驚いた。
叡智に溢れている彼女にかかれば料理なんてものは楽勝らしい。料理くらいは出来るあなただったが、彼女の夕食を作るという申し出をありがたく受諾していたのだ。
彼女が作った夕食は二人分の和食だった。ほかほかに炊けたご飯に、豆腐とわかめの味噌汁、それにほうれん草の胡麻和えと、焼き鮭。
シンプルでありながらなかなか奥の深い料理を彼女は夕食に出したのだ。あなたはまず、味噌汁を飲んだ。味噌汁ならば不味くはないだろうという判断だった。
これまで彼女が作ってきた料理は確かに美味しかったが、それは和食では無かったし、彼女は外国産の吸血鬼である。果たして、日本人どころか人ですらない吸血鬼の作った和食は美味しいのだろうか?
あなたはそんな意地悪な疑念を彼女の作った夕食に対して抱いたが、その心配は杞憂だった。美味しかったのだ。丁寧に昆布と鰹節からだしを取ったのであろうか?だしの味がしっかりと出ているし、豆腐も不揃いではなく綺麗に切られている。
おいしい、とあなたは感想を漏らす。目の前の吸血鬼はあからさまに表情には出さなかったが、全身から嬉しそうな雰囲気が漂ってきた。
つづいて、ほうれん草の胡麻和えに手を出すがこちらも美味しかった。焼き鮭も塩鮭を買ったはずなのにちょうどいい塩かげんになっていた。自分で買う塩鮭はいつもしょっぱくなってしまうのにと、あなたはわずかに不貞腐れた。
しかし、ほかほかに炊けたご飯のおいしさに、すぐにあなたはそんな気持ちを忘れてしまった。
「私特製の夕食はどうだったかな?美味しかっただろう?」
あなたは素直においしかったと言った。彼女は嬉しそうだった。
夕食を終えたあなたはお茶を淹れることにした。元来小食なあなたには、これまで夕食の後に温かいお茶を飲むという習慣はなかった。しかし、彼女が来たことにより、カステラを求められ、それに応じ温かいお茶を飲む機会が増えたのだ。
彼女の為なら労を惜しまないあなたは、少し高めの緑茶を購入した。それを急須に入れ百度より温めのお湯を入れる。こうするとあなたと彼女が好む、苦すぎない緑茶になるのだ。
あなたが買ってきたカステラは切れ目が入っていない高級なものだ。もちろんザラメは付いている。それを彼女はあなたに気が付かれないようにこっそりと袋から出して、袋紙に包まれた箱をじっと見つめていた。
彼女はカステラを愛しているのだろう。そうでなければこんなふうに箱越しに眺めはしないはずだ。
「眷属、開けていいだろう。私は早くカステラが食べたいんだ」
待ちきれない様子の彼女にあなたはゴーサインを出した。彼女は育ちの良さを感じさせる丁寧さで紙を解き、箱を開く。現れたカステラは更に紙に包まれているが、その紙から僅かに顔を覗かせる茶色と黄金色は限りなく彼女を興奮させているようだ。
ザラメを必要以上に取らないように、彼女は慎重に紙を剥がしていた。ザラメ好きな彼女はこの工程を重要最重要視しているらしい。
しかし、叡智溢れる吸血鬼をしてもカステラのザラメを綺麗に残すことは難しかったらしい。あなたがやるよりは少ないだろうが、紙には結構な数のザラメが残ってしまっている。
つい先日、彼女がカステラのザラメを愛していることを知ったあなたには、秘策があった。甘いものに偏執的ではないあなたは、ザラメにはこだわらずに取った紙を捨ててしまっていたのだが、今回はそんなへまはしないのだ。
あなたはスプーンを取り出し、紙に付いたザラメを綺麗に掬い取った。そしてそれを彼女に見せびらかした。彼女はプライドと食欲の間で揺れていたようだったが、観念したようで、あなたにザラメをねだった。
プライドを捨てて、実利をとった叡智溢れる吸血鬼をあなたは勝ち誇った目で見た。スプーンを舐めている吸血鬼はあなたの視線に気が付いたらしい。
それなりの強さで、あなたをポカポカと叩いてくる。それに対し、あなたはカステラを多く差し出すという条件で和平を勝ち取った。
実際、あなたはそこまで甘いものが好きではないのだが、彼女とのやり取りが楽しくてカステラを欲張っているフシはあった。彼女がそれに気が付いているのかはあなたには知る由はないが、どちらにしてもあなたには役得である。
あなたと彼女はカステラを食べ終え。緑茶を飲んだ。口内に残ったカステラの甘さと、緑茶の少しの苦みと甘さが重なり合って、あなたを幸福にした。
お茶を飲んでから明日の準備をして、寝るまでの少しの時間にあなたは彼女から話を聞くことにしている。女性に対して年齢を思い浮かべるのは失礼なことだったが、叡智溢れる彼女の話を聞いているとあなたは亀の甲より年の劫ということわざを思い浮かべてしまう。
彼女が今日話すのはカステラとの出会いの話だった。
彼女の話を聞き終わり、あなたは以前カステラについて調べていて見つけたものを思い浮かべた。ネットでも注文できるようなので、あなたは彼女に内緒で注文することにした。
数日後、あなたが注文した品が家に届いたらしい。それは帰宅すると彼女がそわそわしていることから想像が出来た。
「おかえり眷属。さて早速だが、その箱は何かな?私は眷属が私のために注文してくれたカステラと見た。そうだろう?」
これで違うと言ったらどんな顔をするのだろうか?あなたのいたずら心がそう囁くが、あなたはそんなことを思っただけで実行はしないのだ。
そうだと、あなたが答えると、彼女は嬉しそうな空気を醸し出した。郵便包装を解き、じっとカステラの袋を眺めている。
今日はあなたが料理を作る日だった。しかし、そうはいっても結局はお節介な彼女が手伝ってしまい二人で作ることになるのだ。吸血鬼なのに腰の低い彼女をあなたはかわいいと思っている。
その日の夕食を終え、待ってましたとばかりにカステラに目を輝かせる彼女。あなたは彼女が中身を知ったらどんな顔をするのかが楽しみだった。
彼女がカステラの袋を開く。しかし彼女は妙な顔をした。それもそのはずだ。彼女が期待していたザラメがたっぷりかかった、黄色と茶色で構成された芸術作品のようなカステラはそこにはなかったのだから。
代わりに有ったのは素朴なカステラだった。
「眷属、これは何だ?カステラのように見える……けど」
聡明な彼女は一緒に付いてきた、説明書きを眺めている。高級なお菓子なのでちゃんとしているのだ。それを読み終えた彼女は微妙な表情であなたを見ていた。嬉しさは有るが、素直には喜べないしあなたの猪口才なやり方に少し、腹を立てているようだ。
「眷属、私に多くを訊ねない君は知らないかもしれないが私が好きなのはザラメの付いたカステラだ。そしてこれにはザラメが付いていない」
むううと、唸っている彼女を前にあなたは、しめしめと思う。あなたが通信販売で買ったものはカステラではなくカステーラというものだったからだ。
カステーラとは岐阜県恵那市岩村町で作られているお菓子である。カステラの祖先のうなものを想像していただければおおむね間違いは無いだろう。ザラメも付いていないし、そこまで甘くはないのだ。
カステラのザラメが好きなことから、彼女は甘いもの好きだろうと予想したあなたが行った卑劣な罠である。彼女はそれにまんまと引っかかったのだ。
しかし、あなたは忘れていた。彼女が叡智溢れる吸血鬼だということを。彼女はカステーラのことなど知っていたのだ。その上で、自分を騙すような行為をしてくれたあなたに彼女は少しの憤りを感じているのだ。
「眷属よ、君は私の好みを知っておきながら、私を期待させておいて、上げて落とすという行為を行ったのかな?まさか私の眷属がそんな行為を犯すはずがないよね?もしそうだったら沢山血を吸ってしまおうじゃないか」
あなたは貧血になってしまうことを覚悟したほうが良いだろう。
彼女はカステラ好きの叡智溢れる吸血鬼なのだから。