藤原千花は愛されたい〜天然彼女の恋愛無脳戦〜 作:なでしこ
かぐや様は選ばれたい
高校生の恋愛というのは、単純なようで複雑である。
同じ高校。同じクラス。小さな箱の中にも、社会というものが存在する。いわゆるカースト。頂点に立つ者は、毎日を伸び伸びと。底辺にある者は、毎日縮こまり。
そんな中で、男女が過ごすのである。否が応でも、何かしらの情が湧くのも不思議ではない。いや、それは至って普通なこと。
誰々と誰々が付き合った、誰々と誰々が別れた。その度に当の本人たちを差し置いて、周囲の人間が騒ぎ立てる。誇張された事実がクラスを超え、学年を超え、言い伝わっていく。変な空気に包まれ、浮き足だった感覚が彼らを襲うのである。
だがしかし。
その感覚が堪らなく好きな人間も居るわけで。
「いいですか? 恋愛というのは、そんな悩みを乗り越えてこそ、とっても幸せな気持ちになれるんです」
私立秀知院学園。生徒会室。
生徒会書記の藤原千花は、一人の女生徒の悩みに答えていた。頼まれても居ないのに。一方的に。
女生徒の悩みに答えていた生徒会副会長の四宮かぐや。呆れたような、軽蔑するような視線を千花に向ける。それからも分かるように、かぐやにとっても、彼女の出現は想定外だったよう。「はぁ」と、一つため息をついた。不思議なことに、千花の言葉を聞いた女生徒は、自身の言葉の時より大きく頷いているように見えた。
「……藤原さん。いつから聞いていたのですか?」
「えへへ。最初からですよぉ。私が恋バナに混ざらないわけないじゃないですかぁ」
満足そうに帰っていった女生徒を見送った二人。かぐやが問いかけると、千花はクシャッと笑って見せた。気の抜けるような表情。かぐやは自身の相談相手を取られたことがどうでも良くなるような。またため息をついた。
私立・秀知院学園。日本を代表する大手企業の社長などを親に持つ、いわゆる貴族と呼ばれる人種が通っている超が付くほどの名門校。ここから将来の日本を支える人間が出てくるわけで。要は、とんでもない金持ち高校なのである。
そしてその生徒会たるもの、一般庶民が生徒を束ねて良いわけもなく。副会長の四宮かぐや。日本四大財閥「四宮グループ」の長女として生を受け、名誉を欲しいままにしてきた才女中の才女である。胸は小さめ。
のんびりとした雰囲気の藤原千花も、父親は政治家。母親は元外交官。れっきとした貴族階級の人間なのである。突拍子のない発言で周囲を混乱させる不思議ちゃんでド天然。そして胸が大きい。
「最近は学校でも恋愛が流行ってるみたいですよ」
「それは流行るものなのですか……」
「もうすぐ夏休みですし、みんな浮かれてますもんね」
千花は「流行る」と言ったが、あながち間違いでもないのだ。
思春期らしい、甘酸っぱい異性への意識。共学である秀知院に限らず、全国の共学高校はそれが普通なのだ。それを「流行る」と表現した千花の独特な感性に、かぐやは苦笑いする。
「そういえば、会長遅いですね」
「職員室に用があるとは言ってましたが……そのうちいらっしゃるでしょう」
「確かにそうですね」
ルンっ、と軽くステップを踏む千花。それを横目で見るかぐや。
えらくご機嫌な彼女。かぐやは考える。元々そういうことをするタイプである千花だったが、今日はやけに機嫌が良かった。
問いかけようと喉まで出かかった言葉を、かぐやは飲み込んだ。気にはなったものの、わざわざ聞くまでもない。と判断。目の前に広げた書類に目を通す。
「かぐやさんは好きな人とか居ないんですか?」
唐突である。かぐやは握っていたペンを落とす。
いや、辛うじて恋バナの流れではあった……としてもだ。やはり唐突感は否めない。かぐやは思わず彼女に視線を送る。
分かりやすくニヤける千花。元々何を考えているのか分からないのだ。かぐやは思考を巡らせる。脳内お花畑の彼女のこと。深い意味は無いだろうと自身を律する。
「居ませんよ。そんな人」
嘘である。
平静を装って。感情のこもっていない言の葉。千花に当たったそれは、力無く天井に消えていく。
「そうなんですかぁ」千花はあからさまにがっかりする。それなりに良い答えを期待していた彼女にとって、それは全く無駄な期待である。
四宮かぐや。結論。彼女はしっかりと恋をしている。
その相手こそ、秀知院学園生徒会長・白銀御行。一般入学でありながら、成績は常に学年トップ。知識と模範的な振る舞いで生徒会長の座を勝ち取った男だ。そして、かぐやが唯一勝てない相手でもある。
しかししかし。彼女の高すぎるプライドのせいで「白銀御行のことが好き」だということを認めようとはしない。
恋愛は戦である――――。
好きになった方が負けなのである――――。
そんな捻くれた考え方のせいで、「どうしてもと言うのなら」そのスタンスを崩すことなく、半年。進展のないまま今に至っているわけだが。
「かぐやさん可愛いのに」
「そんなことありませんよ」
かぐやは謙遜するが、心の中ではその発言を鵜呑みする。スタイル、ルックスには自信のあるかぐやである。ただ胸の大きさに関しては。逆立ちしても千花に勝てない。それを分かっているからこそ、疎ましい視線を送ってしまうこともしばしばあるが。
では、藤原千花はどうなのだろうか。かぐやの中で一つの疑問が生まれる。彼女との付き合いは中学の時から続いているが、千花に「彼氏が出来た」ましてや「好きな人が出来た」なんて聞いたことがなかった。人の恋愛話には介入するくせに。
「藤原さんは居ないのですか? 好きな人」
再び書類に目を落として、かぐやは問いかけた。
初めての質問。それなのに、気持ちは軽く。特に深く考えることもなく問いかけただけ。
かぐやに向かい合うように座った千花。「うーん」と考える。もしかして居るのだろうか、と考えたかぐや。大人しく彼女の回答を待つ。
「うーん。居ないです」
「あぁそうですか……」
思わず期待外れのようなリアクションになってしまう。
千花が勿体ぶった反応を挟むからであるが、当の本人は全く気にしていない様子。そのことを問いかけるだけ無駄だろうと、かぐやは再びペンを走らせた。
「私、男の人を好きになったことないんです」
それが嘘か本当かは分からない。かぐやは頭の片隅で、ごく僅かな思考を巡らせる。藤原千花という人間というのは、かぐやとは違った意味で純粋無垢。ゆるふわガール。その抜群のプロポーションが霞んでしまうような天然娘なのだ。話していると、疲れてしまうような。
「そうなんですね」
「好きになる、って感情がよく分からなくて」
二度目。かぐやはペンを止める。
千花の口からそんな言葉が出てくるとは思わなかったのだ。そしてそれは、かぐやにとっても響くモノ。
(まぁ確かに一理あります。恋、とは何なのでしょう)
今のかぐや自身を指す言葉なのだが。現実に背を向けるとはまさにこのことである。だが当の本人にはそのつもりは一切無い。カマトトぶって知らないフリをしているわけでもない。
恋愛頭脳戦――――。
秀知院学園・生徒会室において、繰り広げられるソレ。
いかに相手に告白させるか。四宮かぐやと白銀御行。互いの天才的な頭脳をフル回転させ、時計の針が一瞬で回ってしまうがの如く。あの手この手で言の葉をぶつけ合う。側から見れば喧嘩しているように見えなくもない。一般人がその場に居合わせようものなら、それはもう耐えられるはずもない。
藤原千花。恋愛脳であるくせに、二人の関係性に全く気付いていない。それ故に、白銀に対してもハッキリと物を言うこともしばしば。その度に、かぐやの視線が彼女に刺さる。それが、白銀の誤解を生む。その繰り返し。
白銀とかぐやにとって、千花の存在は読めない。
彼女の行動に巻き込まれる側からすれば、極めて迷惑な話である。
しかししかし。藤原千花の行動が無ければ、二人の関係性には一切進展が生まれてないのも事実。現に、かぐやは千花の行動を予測して、自身の戦略を練る。彼女にとって、千花はもう立派な
「ねぇねぇ、かぐやさん。今日ラーメン食べに行きませんか?」
「なんです急に……」
「ラーメン食べたい気分なんです」
「(一人で行けよ)」
ラーメン。日本を代表する庶民的ジャパニーズフード。
しかし、四宮家に庶民的という言葉は存在しない。唐突な千花の提案を鼻で笑う。四宮家の人間である者、高級食材以外を口にすることがない。無論、かぐやもその一人である。
かぐやにとって、ラーメンのイメージは決して良いものでは無かった。店も汚く、味も個性のぶつかり合いで煩い。ズルズルと音を立てて啜る、品のない食べ物。それが、四宮かぐやにとってのラーメンである。当然の如く、断り聞き流すつもりだった。
「生憎、私はそういったモノは食べた――――」
「会長も誘って行きましょうよー」
その思考に一筋の雷。白銀とかぐや。二人は互いに惹かれている。いかに相手に告白させるか。その理論に則ってきた彼女にとって、その発言は脳内に大きな火種を生み出すことになる。
(会長とラーメン……。私は食べたことがありませんが、イメージは掴めています。カウンターに並んで、肩を寄せ合い麺を啜る。時折ぶつかる肩。私がそんなモノを口にするのは癪ですが――――悪くない)
「――――ことがないのですが、良い機会ですね」
「美味しいところ知ってるんです」
(家のことは早坂に伝えておけばいいでしょう。問題は――――どうやって会長を堕とすか)
かぐや、戦略を練る。
一般入学の白銀にとって、ラーメンという食べ物は身近以外他ならない。敷居はだいぶ低いだろう。
そして何より、かぐや自身の存在が欲を駆り立てるだろう。二人で(藤原書記は居ないモノ)外食。こんな機会はまぁ無い。
いや、待ってください――――。かぐやは視線で千花を見る。
考える。そして結論。使える。
咄嗟にカバンから饅頭を二つ、千花に差し出す。
「ラーメンであれば、カロリーも高めです。食べ過ぎないように、お腹を満たしてはどうです?」
「えっ! いいんですか?」
人を疑わない聖人。それが藤原千花という人間である。
饅頭で空腹を満たしたところで、ラーメンを食べることには変わりない。むしろカロリー過多!!
だが、それがかぐやの狙いであることは明らかである。今日の方針が決まったのだ。
『ふー。お腹いっぱいですぅ』
『おいおい。誘っておいて残すなんてどうなんだ? ―――って、四宮も残すのか?』
『えぇ。会長はもう食べてしまったんですね』
『一応、食べ盛りではあるからな。替え玉も考えたんだが……どうも金が勿体ない気がしてな』
『あらあらそうでしたか――――』
腹四分目の白銀。目の前には、かぐやが残したラーメン。落とす視線。食欲が理性を揺らす。揺らす。
『でしたら、私たちの分も頂いたらどうです?』
『流石に二人分は食えん』
『でしたら……どちらを召し上がりますか?』
甘い声、雰囲気、純真無垢。全てのスキルを使い、白銀に上目遣いをする。四宮かぐや。その魅力に、男であれば誰しも心が揺らいでしまう。そして、彼は首を垂れるだろう。
二人の異性。片方の食べかけのソレに手を出す。
すなわち、間接キッス!!
性欲にはフルブレーキの白銀も、食欲になれば気の緩みを見せることだってあり得るのだ。食欲に、かぐやの食べかけラーメン。万人が靴を舐めるがの如く同じ行動を起こすに違いない。
『あらあら。これでは間接キスですね』
『うっ……』
『そこまでして、
偶然ではない。二人居る異性のうち、
決まった……!!
かぐや、渾身の方程式を導き出すことに成功。想像し、口元の緩みをグッと堪えてみせる。
「楽しみですねぇ。石上くんは帰っちゃったので、三人で行きましょう」
そんな思惑にも、一切気付いていない藤原千花。
この物語のヒロインは、ラーメン屋に足を踏み入れた彼女自身であることを、今の千花は知る由もなかった。
恋愛頭脳戦はボチボチ入れていきたいなぁ。