藤原千花は愛されたい〜天然彼女の恋愛無脳戦〜   作:なでしこ

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白銀御行は仲良くしたい

 

 

 

 

 

 早坂愛に手渡した無料券。それからさらに一週間が経った頃。

 秀知院学園生徒会長の白銀御行は、ラーメン天龍に居た。一人で。休みなのに学ランを着たまま。

 

(いくら何でもここに四宮を……)

 

 二度目の来店であるが、特に気にした様子もなく一人で考えていた。

 彼がここに居る理由。それには早坂愛が関わっている。かぐやの命で白銀の行動パターンを把握していた彼女にとって、何の恥じらいもなく遭遇するのは容易いこと。そこで、藤井から貰った無料券を二枚受け取った。

 二枚というのがポイントである。一枚なら。ケチな白銀は自分で処理していたに違いない。だが、二枚。一人で使うことも出来るが、夏休みなのだ。四宮かぐやと会う機会がない彼にとって、これは絶好のチャンスであった。

 

 その偵察にと足を運んだ訳だが、いかんせん普通のラーメン屋である。貴族のかぐやには少し無理がある。無論、白銀はそんなことは百も承知。彼女に会えていないこともあり、不思議と少し無理してでもなんて思いが芽生えていた。

 

 だが、誘うとは一言も言っていない。

 あくまでも偶然に、平然に。その鍵となるのがこの無料券なのである。藤井が早坂に手渡した紙切れが、そんなことに巻き込まれることになるとは、当の本人は知る由もない。

 

「ご注文は何にしますか」

「あ、あぁ。えっと……醤油豚骨・薄めで」

 

 そのためなら、ラーメン一杯分ぐらいの出費ぐらいどうってことない。普段からバイトで同年代の人間よりは貯蓄はある。

 そんな彼に、藤井は怪奇的な視線。何せこんな真夏に学ランを着ているのだ。見ている方が暑苦しさすら感じている。だが、それが秀知院学園の生徒会長というもの。白銀がどうこうという問題ではないのだ。

 千花と接点のある藤井。となれば、白銀とは共通の友人がいる間柄になる。これまでとは違い、同性である白銀。男子校通いの藤井にとって、話しかけることは難しいことではない。

 

「……藤原書記はよくここに来るんですか?」

「え、まぁ。二週間に一度ぐらいかな」

 

 だが先に動いたのは白銀であった。

 かぐやのこと以外なら、普段から積極的に行動ができる。そんなことを問いかけた彼の真意。視線はマンガ本が積まれた本棚にあった。

 少年、青年マンガが大多数を占める中で、明らかに場違いな色をしたモノが六冊。少女マンガ。普段ラーメン屋に来ない白銀でも、その違和感は明らかだった。

 思えば、白銀をここに連れてきたのも千花本人。最初こそラーメンが好きだからと思っていた彼も、このマンガを見れば話は変わってくる。

 以前彼女は、世俗的なマンガは検閲が厳しく読めないと生徒会で口にしていた。ただでさえ恋愛脳の彼女。親の目が届かないこんな絶好の機会を見逃す訳がない。

 

 そして何より、この男。藤原千花との接点を自ら認めた。

 白銀は聞いた。「藤原()()はよく来るのか」と。知らなければ聞き返したり、頭の上にクエスチョンマークが浮かぶ。しかし、藤井は答えた。ハッキリと。

 この男は知っている。藤原千花という人間を。関係性は置いておいて、生徒会で書記をしていることを知っているだけでも十分だ。それだけで彼にとって藤井は使えると判断するに値する。

 突拍子もないことを言い出す彼女を、何かしら止めることができないか。それにより白銀とかぐやの関係が動くのも確かだが、いい方向に向くとは限らない。念には念を入れて。

 

「藤原書記にはいつも世話になってるんですよ」

「お友達なんですね」

「二年の白銀御行です。一応、生徒会長やってます」

「へぇ。なら俺たち同い年だ」

 

 藤井の顔から笑み。変な緊張感から解放された感覚だった。タイミングを見計らったかのように、注文したラーメンも置かれる。

 

 白銀御行、思考を巡らせる。

 今、彼の手元にあるのは早坂から貰った無料券二枚。これをどう使おうか。

 ここに来るまでの道中、彼はかぐやとの接点に使えないかと考えた。現に今も考えている。しかし、この男らしいゴツゴツとした雰囲気。無料券があるとは言え、彼女をここに(いざな)うのには、ハードルが高い。かぐやどころか、女子高生で立ち入るのはそれこそ千花ぐらいだろう。

 彼もまた、自ら誘うことができない。あくまでも偶然を装って、遭遇する必要がある。だが彼の頭を持ってしても、彼女がこのラーメン屋に来る理由が思い付かなかった。かぐやと早坂の狙いは、この瞬間潰えるのである。

 

「藤原書記はいつもあのマンガを?」

「まあね。思いの外おっさん達にも人気なんだよ」

「そ、そうなのか」

「食べ終わったら読んでみたら?」

 

 「考えておく」白銀は回答を濁した。

 少女マンガを読もうとは思えないのが本音。しかし、それが大人にまで人気があるとは予想外だったようだ。

 ラーメンの味は間違いない。あの日のかぐやも、満足した様子をしていたのだ。言い方はアレだが「庶民の味」とやらに惹かれるものもあるはず。

 

 しかしだ。やはり自ら誘うのは負け。それが出来たらこんなに苦労をしていない。

 チラリと藤井太郎に視線を送る。背を向け皿洗いをしている彼は、白銀がそんなことを考えているなんて知る由もない。ただ変わらない手荒れ。千花から貰ったハンドクリームを使わずにいた。使えなかった。いつの日か返そう返そうと考えているうちに、もう夏休み。千花は日本に居ない。

 

(夏休み、早く終わらねぇかな)

 

 そう考えていたのは、白銀だけではないのである。

 

「なぁ、一つ聞いていいか」

「ん、何?」

「例えばの話、年頃の男女がこのラーメン屋に来るのは変か?」

 

 二度目ではあるが、学校の違いや同級生であることが彼の心を動かす。思い切って問いかける。その勇気をかぐやに向けろという話だが。

 藤井は背を向けていたが、白銀からの問いかけに皿洗いを一旦ストップ。向かい合うと、動揺の見える彼に思わず笑いそうになった。

 

「つまり、デートでってこと?」

「そんなんじゃない。友人としてだ」

 

 白銀は嘘をついた。悟られまいとする自身のプライド。加えて彼の性格を知らない藤井。何の疑いもなく呑み込む。

 

「別に普通だよ。現に藤原さん来てるし。この間だって、三人で来たじゃん」

「まぁそうなんだが……」

「というより、ラーメン屋じゃなくていいんじゃない?」

「いやダメなんだ。ここじゃないと」

「いつからデートスポットになったんですかね……」

 

 藤井は理解できなかった。唐突な問いかけに、唐突なこだわり。二回しかウチのラーメンを食べていないのに、なんでそんなことを言い出すのか。

 白銀は誰かを誘おうとしている。藤井はそう考えた。だが何故、そんな濁した聞き方をするのか。秀知院学園の生徒会長なのに。まるで恥ずかしがっているようではないか。

 

 藤井のような外部の人間から見て、秀知院学園の生徒は次元が違うのだ。生まれた世界、生きる世界、死んだ後まで。全てが自分たちと一線を画している。そしてその生徒会長なのだ。将来の日本を背負っていく人間が目の前にいる。

 ところが、藤井から見た白銀は普通の高校生だった。少し話してみると、千花とは違った親しみ易さ。同性ということもあるが、秀知院生の印象は確かに変わりつつあった。

 

「逆に聞いていい?」

「なんだ……えっと」

「藤井太郎。呼び方は適当でいいよ」

「そうか。なら藤井君、聞きたいこととは」

「学校での藤原さんって、どんな感じなの?」

 

 名字を呼び捨てにする白銀も、いきなりそうするのは気が引けた。君付けで彼の名を呼ぶが、いつも通り呼び捨てになるのもすぐ先の話である。

 藤井からしても、目の前にいるのは、普段の藤原千花を知る人間。店に来る彼女しか知らない彼にとって、それはとても興味のある話題だった。

 

「まぁ……一言で言えば騒がしい」

「分かる気がするな、それ」

「生徒会を引っ掻き回すこともしばしばだ」

「ふーん。元気そうでいいじゃん」

「巻き込まれる身になれば分かる」

 

 白銀の声のトーン。低くて真面目な様子。藤井から見ても、嘘をついているようには見えなかった。白銀自身、冗談でもなんでもない。事実をそのまま告げただけ。それを聞いて笑う彼を見て、思わず白銀にも笑みがこぼれた。

 この男は良くも悪くも普通だ。相手のことを考えて会話ができる優しい人間。曲者揃いの秀知院学園には居ないタイプ。だからこそ、彼は藤井に親近感が湧いた。自身も外部入学で、校内のカーストに直面した経験がある。小・中学校の時に、隣の席にいたような男。普段から心の中が張り詰めている白銀は、不思議と懐かしさを覚えていた。

 

「でも、すごく良い子だなって思う。落ち込んでても元気出そうな感じ」

「確かに悪い奴ではない。時々底無しの恐ろしさを感じるが」

「恐ろしさって……天使にしか見えないけど」

「まぁ――――」

 

 白銀は出かかった言葉を呑み込んだ。

 普段の藤原千花という人間。藤井の想像するように明るく、フワフワとした雰囲気。その分、男子の人気も高い。

 だが、常にそういうわけではない。生徒会室でゲームしたり遊ぶことも多々ある。そこで見せる彼女の一面。平気で嘘をつき、勝ちを引き寄せる勝負師(負けず嫌い)の顔。白銀的には、こっちの方が彼女の印象だった。

 

「――――ああいうのが好きな男にはたまらないだろうな」

 

 あえて、遠回りな言い方に逃れる。

 藤井のキラキラとした瞳。彼の夢を壊すのは些か申し訳なかった。現に藤井にとって、千花はアイドルのような存在。むさ苦しい男子校に通っている彼。それはそれで楽しいが、やはり女の子の存在は良い。自身とは生きる次元が違うと分かっているなりに、彼女との会話を楽しんでいた。

 

 彼との会話に集中していた白銀も、残るラーメンを啜る。思考を巻き戻し、再び頭に浮かぶ四宮かぐや。どうしようかと。

 男女二人で来ること自体は特に変ではない。だがそれをデートと言われてしまえば、狼狽るのが白銀御行という男。上手く誘導できる方法があれば別だが。

 しかし、収穫が無かったといえば嘘になる。

 藤原千花とラーメン天龍に接点がある限り、今後も使える可能性がある。選択肢は多いに越したことがないのだから。

 

 そして何より、藤井太郎。

 白銀は彼女の交友関係を思い返す。少なくとも、校内では女子とつるんでいる光景しか思い浮かばない。男子で頻繁に話しているとなれば、それこそ白銀と石上。生徒会メンバーが上位に来る。

 その中で、この目の前の男。藤原千花の周囲でも、かなり珍しい立ち位置だった。恐らく、唯一と言っていい一般人の友人。同級生。そして異性。藤井にその気があるのかは分からないが、彼の存在は生徒会にも十分な影響を及ぼす可能性もある。

 

 あくまでも白銀の推測にすぎない。周りから見れば考えすぎだと見えるソレも、秀知院学園に通っていれば至って普通のことなのだ。考えてもいないことが平気で起こる現実世界とはかけ離れた社会。一般入学の白銀に、その感覚は痛いほど分かるのだ。

 

「……藤原書記とは仲良くしてあげてくれ」

「もちろん」

「ごちそうさま。美味かった」

 

 結局、四宮かぐやと遭遇する良い案は浮かばなかった。

 この瞬間。早坂の苦労は水の泡になるが、白銀はそんなことは知るはずもない。

 

「お会計はこれで」

「あれ。もしかして無料券?」

「あぁ、偶然貰ってな。せっかくだから使わせてもらう」

 

 藤井の記憶。無料券を配ったのは一週間前のギャル(早坂愛)しか居ない。となれば、彼も彼女と知り合いなのだろうか。頭の中で思考が巡る。ただ生徒会長にもなれば、色んな人間と接点があるのは普通だろうと、深く考えないようにした。

 本来であれば、かぐやと使うはずだったのだが。やはりこの案は無理がありすぎた。彼は自身の知力不足を突きつけられたようで、後悔の念に駆られる。

 

「……最後にこっちも聞いて良いか?」

「ん。何?」

「藤原書記は、藤井君の目から見てどう見える?」

 

 「どうって言われても」そう言いながら、彼は考えた。

 その言葉の意味は、捉え方一つで変わってくる。人間として、友人として、女の子として。白銀の抽象的な質問に、言葉を選ぶ。下手なことを言うと、誤解を招く恐れがあった。

 一方で、白銀はそれが狙いだった。漠然とした聞き方をしたのはワザと。ここで彼が何と言うか。それによって、これからの戦略が大きく変わってくる。

 

「さっきも言ったけど良い子だし、可愛いし。でもまぁ……接し方には気を付けないといけないかもね」

「ほう。何故?」

「何となくだけど、あの子は無理してるように見える」

 

 「本当になんとなくだけどね」笑う藤井を、白銀は少しだけ目を見開いて見ていた。

 藤原千花という人間を見て、そんなことを言う人間が秀知院学園に居るのだろうか。白銀自身、そんな見方をしていなかった。千花は周りを掻き回すこともあるが、彼にとっては色々と教わった恩人でもある。とは言え、あまりにも彼女と無縁の言葉が飛び出したのだ。驚きもする。

 

「まぁ……家の事情とか大変そうだし。少しは羽伸ばしてほしいから」

「……なるほどな」

 

 ここで、最初の違和感に結び付く。

 ラーメン屋に少女マンガ。藤井や店主が選ぶ訳がない。となればだ。こんな発言をするぐらいだ。()()()()()()藤井太郎が買ってあげたと考えても不思議ではない。それを読むために、通っていることも。

 世間的に見れば、藤井という男は本当に普通だった。彼より魅力的な人間は多くいる。それ故に、秀知院学園から見れば「普通」が「特殊」なのである。何度も言うが、白銀は一般入学。入学してからはそれを馬鹿にされることもあった。そして失いかけていた一般的な感覚。

 

「また来る。何せ無料券はもう一枚あるからな」

「そ、そりゃどうも……」

 

 藤井太郎と白銀御行。

 対照的な二人であるが、この瞬間。藤井は白銀の戦略において「対・藤原千花」の最重要人物になったのである。

 

 

 





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 本当ありがとうございました。
 今後も定期的に紹介させていただきます。

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