藤原千花は愛されたい〜天然彼女の恋愛無脳戦〜 作:なでしこ
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ラーメン天龍のコアタイムは基本的に昼と夜。幸いなことに夕方はほとんど客足はない。千花からの無理難題を受けた藤井は、店主に相談。するとどうだ。今日は店を閉めると高らかに宣言。自らはパチンコに行くという暴挙に出た。彼らのことを考えて、気を遣ってくれての行動である。
彼らのための貸切状態。すぐ千花に連絡すると、電話越しでも分かるぐらいにテンションが上がっていた。藤井からすれば、貸切なんて当たり前の世界だと思っていただけに、その反応は少し意外だった。
ラーメンが出せないことを伝えていたからか、白銀たちの手にはスナック菓子や飲み物。まるで打ち上げと題したホームパーティーをするかの如く。その場所が全然関係ない男子高校生の家というのも笑える話である。
白銀としても、ラーメンが食べられないことは誤算だった。しかし、結果的には藤井太郎と藤原千花の邂逅に成功。自らのラーメン欲を押し殺し、スナック菓子で我慢することにした。
そんな白銀の音頭で乾杯する元・生徒会メンバー。そして無関係の藤井。本来であれば二階で休むはずだった。しかし、家主が居ないと余計に気を使うと白銀の一声で止むを得ずだ。彼からすれば、気まずいだけである。千花と白銀以外はほぼ初対面。だが、かぐやはもちろん、石上にも見覚えがあった。
地味で根暗な彼のことを、一目見ただけで覚えている人間はまず少ない。しかし藤井にとって、あの時のことは否が応でも記憶に刷り込まれていたのだ。こうして思い出すだけで頭が痛むような。少しだけ目尻が下がる。
「藤井くんどうしたんですか? 何かありました?」
「えっ、あ、あぁいや。彼を見てたらちょっと思い出しちゃって」
「……石上くん何したんですか?」
「普通にコーラ飲んでただけですけど」
石上からすれば完全なるとばっちりである。
むしろ彼は藤井に優しい言葉を掛けてくれた男。千花に変な誤解をされたことに心の中で申し訳なさを覚えた。
気を取り直し、四人を眺める。こうして見ると、なんだかんだで全員の顔は知っていた。
藤原千花と白銀御行。この二人に加え、上品な雰囲気を纏っている四宮かぐや。そしてあの時の少年、石上優。自身とかけ離れた生活を送っている秀知院学園生と分かっていても、今はただの同級生に見える。不思議な話。
四人が談笑する中、藤井は厨房の丸椅子に腰掛けてスマートフォンをいじっている。無理に会話に入り込むつもりもない。機を見て二階に戻るつもりだった。しかし、一人の男が彼に視線を送っている。
「……藤井先輩って藤原先輩とどういう関係なんです?」
石上優。無論、彼もまた藤井太郎という男に見覚えがあった。
あの日、風紀委員の
そして、彼の優しそうな雰囲気。かぐやとは正反対のソレに、思わず口が緩んだ故の問いかけであった。それは純粋に千花と彼の関係が知りたいという彼の本心でもある。
「おい石上。いきなり変なことを聞くな」
嘘である。
白銀、内心では「よくぞ聞いてくれた!!」とめちゃくちゃ喜んでいる。直接聞きたくても遠慮して聞けない彼にとって、石上の堂々とした態度が今は頼もしく思えた。恥ずかしいから聞かないというわけではないことは補足しておこう。
だがこれも、白銀の想定内。石上優という人間は、案外物怖じしない性格なのだ。思ったことはハッキリと言える口。だからこそ、ここに連れてきたのである。
「そうですよ石上君。失礼ではありませんか」
嘘である。
かぐや、生まれて初めて石上優に賛辞の言葉を送る。虫ケラには勿体ないほどの賛辞を。彼女もまた藤井という男に興味があった。無論それは利用価値があるかどうか。藤原千花対策として可能性を見出す上で、二人の関係性を改めて知っておくことが重要なのである。
「どういうって……友達?」
「なんで疑問形なんですか」
「いやまぁ……そういや考えたことなかったなって」
「ひどいです。別に藤井くんがそう思ってなくてもいいです」
「じょ、冗談だって。友達だよ」
面と向かって聞かれれば、戸惑ってしまうのが藤井太郎という人間。特に彼にとって藤原千花というのは高嶺の花。彼女のことを友達と言っていいのかどうか。探り探りの発言だった。
一方の千花。彼がそんなことを考えているとは知るはずもない。最初の頃こそ落とし物の口封じで接していたが、マンガを読ませてくれる同級生、いつしか一人の友人として彼と接するようになっていた。
「へぇ。藤原先輩に男友達って珍しいですよね」
「私にも居ますよぉ」
「そう言って無理言ってるんじゃないか。あまり迷惑をかけるなよ」
「どの口が言ってるんですか塞ぎますよ」
圧をかける千花に分が悪くなった白銀。コーラを飲みその場を誤魔化す。バレーボール指導の件を未だに忘れていなかった。
そうは言うが、彼らはなんだかんだでウマが合っているのだ。それぞれの個性が上手く噛み合い、仕事の時はしっかりと役目をこなす。いつも一人の千花しか知らない藤井にとって、それはすごく新鮮に映った。
「藤井さんは何か部活を?」
「いや、帰宅部。基本夜は店の手伝いかな」
「そうなんですね。ご立派ですよ」
「いやいやそんな」
ここで、かぐやが動く。今まで彼の会話を見ていただけだったが、そこで彼の人柄をある程度把握。藤原千花という爆弾を上手く扱える可能性がある人物として、ここからは自らが確認する。
適度に冗談も言え、真面目に受け答えもできる。ある意味、かぐやにとっても
「学校終わりにバイトする辛さは本当によく分かる。しんどいよな」
「大袈裟だって。こんなの今時の高校生なら普通だよ」
「ウチの学校ならバイトしてる方が珍しいんだ」
白銀の言う通り、秀知院学園に通う生徒たちは、基本的に家が裕福。バイトなんてしなくても、お小遣いが舞い降りてくるのだ。それでもバイトしてる生徒もいることにはいるが、その数は圧倒的に少ないのが現状。そんなところで二年も学校生活を送れば、自然とそれに染まってしまうのが人間である。
「ところで、藤井さんはどちらの高校に?」
「桜川。暑苦しいところだよ」
「男子校か。それはそれで楽しいと聞くが」
確実に彼の情報を仕入れていくかぐや。当然、白銀の耳にも伝わるが、それも承知の上だ。ここで大事なのは、精神的に優位に立つこと。白銀と違い接点のないかぐやにとって、藤井の中に「四宮かぐや」という人間を印象付ける必要があった。本来であれば空気と同化したような男と話す理由なんて無いのだが、これも白銀攻略の為。自らの心を鬼にする。
秀知院学園生に向かって自らの高校名を伝えるのは、案外恥ずかしいらしく。藤井は照れ笑いを浮かべながら再び丸椅子に腰掛けた。座っていれば四人の顔は見えない。白銀とかぐやも空気を読む力はある。藤井ばかりに話を振るのは可笑しな話。次期生徒会について自然とシフトさせる。
「藤井くんは次の会長誰がいいと思いますか?」
だが、藤原千花は違う。空気を読んだつもりで自然と話を振ってしまう。いや、彼女に空気を読むという能力は備わっていないが。白銀とかぐやは少し呆れ顔。だが藤井は嫌な顔一つせず考える。
「そんな言われてもなぁ。白銀君がやったらいいんじゃない?」
「藤井さん。秀知院の生徒会長は激務なんです。それをもう一年となれば、白銀さんの体が持ちませんよ」
思わず出てしまったかぐやの本音。
白銀を心配してしまった言葉である。事情を知らない藤井に説明したつもりだったが、側から見たら中々に優しい言葉。だが言った言葉は取り消せない。今彼女に出来るのは、白銀の顔を見ないことだけだった。
「なら、どうして白銀君は生徒会長に?」
それを聞けば、自ずと出てくる疑問。藤井的にも、わざわざそんな激務に自ら足を突っ込んだ白銀御行という男が不思議だった。何か深い理由でもあるのかと考えた。そして、藤井の予想は的中していた。
だが白銀は、その理由を告げるわけにはいかないのだ。隣には四宮かぐや。生徒会長を目指そうと思った理由があるからである。したがって、ここは適当にあしらうことがベスト。
「将来色々と役立つからな。正直、経歴に箔が付くからだよ」
勿論、それは嘘である。
経歴に箔が付くのは事実。しかし、彼にとってそれは本当の理由では無かった。
白銀にとっても、この問題は大きなまま。もし選択を間違えると、後の高校生活が大きく変わってくる。四宮かぐや攻略のためには、まず藤原千花を抑え込める相手、藤井太郎の存在が必要になる。これまでも、ここぞという時に彼女の邪魔が入ったのだ。もうそんなミスは許されない。今この瞬間も。
「藤井くんは生徒会とか興味なかったんですか?」
「無かったなぁ。大変そうだし」
「今の藤井くんも大変そうじゃないですか〜」
「そんなことないって」
千花は物怖じすることなく、藤井に話しかける。細かいことを考えるタイプではない彼女らしい。その様子を、かぐやは黙って眺める。心なしか、生徒会室に居る時よりも笑っているように見えた。
それもそうだ。あの場では白銀とかぐやの恋愛頭脳戦に巻き込まれるだけ。ニンマリと笑う機会は以前より減っている。その分、彼と話すことで無意識のうちにバランスをとっていたのである。
かぐやはそんな千花が羨ましくもあった。素直になれたらどれだけ楽だろうか。自らに嘘をつきながら白銀と接する。進展が無いというのは、必然的に焦りにつながる。だから藤井と接触したのだ。それなのに、今更になって申し訳なさが湧き出てくる。
話し込んでいるうちに、時間は夜の六時を過ぎていた。
「そろそろ帰るか」白銀が言うと、自然とそれに呼応する。生徒会長としての彼は、尊敬されていたんだろうと藤井は察した。
せっかくだから、と藤井はメンバー全員と連絡先を交換することに。戦略のためである白銀御行と四宮かぐや。ここから第二ラウンドが始まると、心の中でゴングが鳴る。石上はついでである。
「私、もう少し残ります」
三人が店を出ようとした時。相変わらず座ったままの藤原千花は、彼らの後ろ姿を眺めながら言葉を漏らした。
これに驚いたのは、藤井である。てっきり全員で帰ると思っていただけに、想定外の発言。だが「帰れ」と言い切れないのも彼の性格であった。
白銀たちは、三人で顔を見合わせる。そして思う。これは何かがあると。あの藤原千花が一人で残るなんて言うことはまず無い。しかも、ここには年頃の男女。二人きりになるのだ。思わず白銀と石上は固唾を呑む。
「あ、あぁ分かった。それじゃまたな」
「はーい!」
だがここで理由を聞く勇気は無かった。流石の石上も空気を読み、真っ先に店を出た。内心では藤井の顔をバンバン殴りながら。白銀とかぐやもそれに続き、あっという間に二人きりになる。
先ほどまでは意識してなかったが、この狭い空間に二人きりというのは、思春期男子にとって中々に厳しいものがある。
「二人きりですね」
「……からかってる?」
「バレました?」
「バレバレだよ。全く」
嘘をつけない千花。からかっても、こうしてすぐにバレるのが常。藤井からすれば、それが嘘なのが少しだけ寂しかった。彼も男である。本音を言えば、女子にモテたい。でもそれは、自分が男として見られていない気がして。
しかし、藤井はそれで良かった。
生きてる世界が違う彼女のことを、もし好きになってしまったら。それはただ苦しいだけなのだ。積み上げてきた知識も違う、価値観だって違う。いい方向に転がるはずなんてないのだから。それが分かっているから、彼は開き直って千花と仲良くすることが出来たのである。
「――――寂しかったんです」
「一緒に帰るのが?」
「はい」
千花からすれば、一年間過ごした生徒会が解散になった。先ほど白銀たちの後ろ姿を見て、生徒会室を出た時のような感覚に襲われた。ああいう思いは、一日に二回も抱くものではない。だから咄嗟に残ると言ってしまったのだ。
こうして二人きりになって、藤井の顔を見ると、不思議と心が落ち着いた。生徒会が終わった喪失感を、少しだけ埋めてくれるような存在。それが藤井太郎という人間なのか、このラーメン天龍なのか。それは千花本人も理解していなかった。
「会えないわけじゃないんだし。そんなに落ち込むことないよ」
「……そうですね」
学校に行けば会える存在。それは分かっていた。分かっていたけど、飲み込めなかった。クラスメイトだって居る、部活の仲間だって居る。それなのに、生徒会が終わった事実が寂しくて。
その悲しみを埋めたいが為に、彼を利用している。そもそもベクトルが違うのだから、埋まるはず無いと分かっているのに。それなのに、彼はいつも優しく接してくれる。今日なんて無理を言ったのに、貸切状態にしてくれた。
千花の生徒会に対する思い入れは、誰よりも強かった。それは自身が一番よく分かっている。彼女の予想通り、あのままみんなで帰っていたら、悲しくなって泣いてしまうかもしれない。ここで藤井と話したのは正解だった。
「藤井くんは優しいです」
「急にどうしたの」
「照れないでくださいよぉ〜」
「照れてないんだけどね」
嬉しかった。ここに来れば、いつもそうだ。
いつも彼は笑って出迎えてくれる。それが自然と安堵につながる。藤井太郎という心の海。そこに浸かってしまって、中々陸に上がりたくなくなる感覚。
「少し落ち着きました。私も帰りますね」
「またおいで。外も暗いから大通りまで送るよ」
そんな彼の優しさに、今日も彼女は
藤原千花! チカァチカァ!(壊れ)