藤原千花は愛されたい〜天然彼女の恋愛無脳戦〜 作:なでしこ
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石上優は、久しぶりに高揚感を感じていた。
学校でも悪い意味で浮いている彼が、こんな気分になるのは新作ゲームが出た時以来。だがその時とはまるっきり別の意味でテンションが上がる。
新作ゲームを買ったところで、それは心の中で喜びを表現するだけ。定期的に仕入れるため、最近は若干マンネリ気味である。
ここで言う高揚感。彼の場合、普段感情を押し殺している分、その反動は大きい。人前で思い切り腕を突き上げてしまいたいぐらい。それに該当するレベルで、心が躍った。
同情、とでも言うのだろうか。
心の底から首を縦に振りたくなるのは、いつぶりだろうか。
石上は自身に問う。しかしあまりにも懐かしい感情は、彼から言葉を奪う。ただ目には久方ぶりに光が宿った気がして。
珍しく一人。ファミレスでポータブルゲーム機を巧みに操作する。彼は一人でそんなところに行く人間では無い。これもまた珍しく、人を待っているのだ。そしてその待ち人は、すぐに顔を見せた。
石上を見つけるとトコトコと駆け寄り「今日はありがとう」とだけ告げ、向かい合うように座る。その表情は、どこか上の空。まるで現実から目を背けているような。年頃の男女であれば、甘酸っぱいファミレスデート。
だが。二人にとって今この瞬間は、とても青春とは呼べない大事な、大事な相談をする時間であると言っておこう。
そしてその相談の主。藤井太郎は、覚悟を決めたように口を開いた。
「俺、四宮さんに殺されるかもしれない」
仲間意識――――。
石上優。四宮かぐやという人間に対して、初めて自身と同じ印象を抱いた人間に出会う。秀知院学園の中に、
彼は以前から彼女に対して恐怖心を抱いていた。最近では少しずつ薄まってきているようだが、根本的に彼女のことを恐れている。こうなったのも、石上もまた、白銀とかぐやの「恋愛頭脳戦」に巻き込まれたからに他ならないのだが。
そんな時に、自分以外の口から共感できる言葉が出てきたのだ。それはもう、不謹慎だがテンション爆上げである。
「気持ち、よく分かります。実際僕は何度か殺されかけたので」
「え、嘘、経験者」
「仕方ないですよ。藤井先輩にも心の準備は必要でしょう」
「そうならないために相談したいんだけどな」
石上の言葉は嘘じゃないことが、ここでは一番のポイント。心臓を抉られるぐらいに睨みつけられ、椅子の角で首を絞められたり。物理的に、意図せず本当にやってしまうのが、四宮かぐやの恐ろしいとこである。
一方の藤井。何故相談相手が石上になったかと言えば、一言で彼しか相手にしてくれなかったからである。藤井にも連絡の優先順位はある。とは言え、秀知院学園生かつ、四宮かぐやと繋がりがあるのは元・生徒会の三人だけ。その中での話になる。
まず連絡したのは、彼らの中で一番付き合いの長い千花。「四宮さんに殺される」と、絵文字やスタンプを一切使わないガチ感を出したメッセージを送った。
しかし、返信は愛犬ペスの写真。そして「これ見て元気出してください!」とだけ。相手にされず。
次に白銀。千花と同じ内容のメッセージを送ると、すぐに返信。
「疲れているのだろう。しっかり休め」とだけ。マジレス。送ったことが恥ずかしくなるほどの真面目な回答だった。
最後に藁にもすがる思いで、石上。二人の反応の件もある。真面目に送るのは躊躇ったが、結局彼は本気で相談したかった。ここで変なおふざけを出すと、それこそ冗談だと思われる。するとどうだ。彼からの返信は二人と大きく違っていた。
『聞きましょう。明日、ファミレス集合でいいですか?』
藤井にとって、石上は神様のように思えた。彼から突き放されれば、いよいよ頼るのは日本の警察。彼としても大事にしたいわけではない。出来ることなら、原因を知って解決に導きたいのが本音なのだ。ただ、四宮家の人間。警察が藤井の思い通りに動いてくれるかどうかなんて、分からない話であった。
「そもそも、何でそう思うんです? 藤井先輩はそんなに接点ないはずですが」
「こっちが聞きたいよ。でも打ち上げの翌日から明らかにおかしいんだって」
「何がどうおかしいんですか。落ち着いて話してください」
少し早口になる藤井を、石上は宥めた。本当に恐ろしさを感じた時は、早口で事の顛末を伝えようとする。自身にも覚えがあるせいか、石上は藤井の気持ちが痛いほど分かった。
深呼吸。一回、二回、三回。早くなった鼓動を落ち着かせ、これまでの経緯を頭の中で整理する。
「……これ見て」
「なんですこれ。『今日の天気は晴れ。気温は上がる見込みです――――』天気予報ですか?」
「送り主を見てみて」
「四宮先輩になってますね」
「あれから毎日、決まって朝七時に送ってくるんだ」
言葉で伝えるより、まず形を見てもらうことが早いと考えた。
割れたスマートフォンの画面に、天気予報のような相手を思いやる文章が並ぶ。送り主は四宮かぐや。ぱっと見、親切なメールだと誰もが思うだろう。
しかし、石上は違った。その文面を見た瞬間、寒気のような鳥肌が全身を包む。彼女は親切心でそんなことをする人間では無い。一周回って親切が恐ろしく感じてしまう。しかも、毎日決まった時間に送ってくるのだ。メールマガジンのように。何か意図があると考えるのが自然だった。
「でもこれだけで殺されるってのは大袈裟では」
「違うんだよ……最近、ちょっと毛色を変えてきててさ……」
藤井は再び画面を見せる。日付は今日の朝。時間もきっかり七時。天気予報から入るところは先ほどと変わらない。だが読み進めていくと、明らかに石上の顔が引きつる。
『昨日は例年より冷えると伝えましたよね? 夏服登校は仕方ないですが、私服での買い出しは長袖を着た方がよろしいかと思いました。今日も夕方から肌寒くなりそうですので、お気をつけください』
親切なメール。そう見えてもおかしくはない。
しかし、石上は震え上がるような恐怖を覚える。思わず「うわっ……」と言葉が漏れる。
「藤井先輩って四宮先輩と接点ありませんでしたよね……?」
再確認するように問いかける。頭では理解していたが、こんな事実を突きつけられれば嘘だと信じたくなるのが人間の性。しかし、うなずく藤井。最悪の展開だ。これはもう手遅れだ。
その文言から読み取れることは一つ。四宮かぐやは藤井太郎の行動を完全に把握している。いわばストーカーと同じだ。何故彼にそんなことをするのかは分からない。藤井本人から聞き出す必要があるが、いかんせん石上もかぐやに恐怖心を抱いている。喉が閉まって言葉を胸の辺りに閉じ込める。
「何で買い出しに行ったこと知ってんのかな……偶然、だよね……?」
「いえ。おそらく監視しているのでしょう。タイミングを見計らっているのかもしれません」
「何で? 俺何か悪いことした?」
「僕に聞かないでください。それにその……正直僕もそこまでイッた経験がないので」
言い方は悪いが、石上はかぐやとある程度の距離を保っている。無論、それは保身のため。命の危険を感じたのだからある意味当然の話。そうしていれば、自らに危害は及ばないのだから。
しかし、藤井の場合は違った。かぐやの方から距離を縮めてきている。それも急加速で。
「そ、そもそも四宮先輩に何したんすか」
ここでようやく、根本的な問いかけ。これが分からないと話が進まないのだが、質問が遅れたのは純粋に恐怖心で。仲間である藤井のため、少し身を削る覚悟が出来たようだ。
で、あるというのに。それに困ったのは藤井だった。
彼自身、こんなメールが来る心当たりが一切無い。あの日以来、四宮かぐやと話したこともない。もちろん怒らせたこともない。
「いや……本当に分からなくて…」
だが、実際問題。藤井はそもそもの入り口を間違えているのだ。「かぐやに何か悪いことをした」という先入観で原因を探っている。それが間違いなのだ。
では何なのか。彼女からのメールにどんな真意があるのか。
かぐやの白銀攻略において、藤原千花への対策は必須。それに対する駒として、藤井太郎を利用する。そのためには、彼に何かしらの接点を作る必要があった。
そこで、かぐやは独断で考えた。藤井の内面から自分色に染めていくと。その第一弾としてメールマガジン。四宮家の人間を配置し、彼の行動を把握。体調に気を付けるように優しさを持ってメールを送っているのだ。
だが!!
それは一般人からすれば優しさどころか恐怖を覚える内容なのである。普段なら早坂愛に相談して決めることが多いが、今回は完全なるかぐやの独断。優しさのつもりが裏目に出ているとは当の本人は気付いていない。それどころか、藤井に避けられているようでメールの内容が過激になってきている。彼が「殺される」と言うのも至って自然な話だった。
「何もないのなら尚更ヤバいですよ。あの人、理由なく動くことは無いと思うので」
「さっきから怖いことしか言ってないけど」
「その……すみません。僕の力では止められません」
行くところまで行ってしまった藤井に対する
「俺が何したって言うんだよ……まだ死にたくないよ……」
「何と言うか……ご愁傷様です」
まるでお通夜のムード。店内のポップなBGMがお経にすら聞こえてくる。石上は本気で落ち込む彼に、何と声を掛けるべきか考えた。
何せかぐやに対して初めて同じ印象を持った人間。ここで突き放すのは違う。それに石上は藤井と話してみて、なんとなく波長の合うタイプだと察する。白銀とは違った意味で頼りがいがありそうで。
「……実は藤原先輩にも時々ヤバい視線送ってるんですよ。あの人」
「え、藤原さん何かしたの?」
「分かりませんが、人として見てない時もありますよ」
「ますます分かんなくなってきたよあの人のこと……」
だとすれば、その事実に千花は全く気付いていないことになる。そうでなければ、あんな呑気な返事はしないはず。一番近くにいる彼女が受け流すということは、自身の考えすぎという可能性もあり得る。
にしてもだ、流石に監視されているのは気分が悪い。本来なら警察に相談してもいいレベルではあるが、まだ監視されている確証もない。下手に動くのは得策ではなかった。
ならどうするか。藤井は今まで使ってこなかった頭を回転させる。こんなことで悩む日が来るとは、彼自身思ってもいない。
(……思い切って聞いてみるか?)
藤井、一つの結論に至る。
ここで悩んでいても、答えなんて出るはずがない。そもそも行動の真意が読めないのだから。それなら、直接彼女に問いただせばいい話。単純明快な結論ではあるが、今の彼にとって最高難易度のミッションである。
だが、目の前には石上。ここは一人ではない。何かあってもすぐ相談出来る相手が居る安心感が、彼を突き動かすことになる。
「決めた。電話してみるわ」
「えっ、四宮先輩にですか」
「もうヤケクソ。当たって砕けろだよ。考えていても分かんないし」
石上的にも、彼の決断は正しいと思えた。
確かに一番理想的で効率的な結論。ただ石上にはその勇気は無い。それだけに、今の藤井は無駄に頼もしく思えたのである。
スマートフォンで四宮かぐやの名前を探し、通話ボタンを押す。呼び出し音が二人の緊張感を引き摺り出す。電話の相手はすぐに出た。
「はい、四宮です」
「あ、えっと、藤井です。ラーメン屋の」
「あぁ藤井さん。急にどうされましたか?」
とても人を殺すように思えない穏やかな声。それが逆に彼の恐怖心を煽る。ゴクリ、と固唾を飲んだ音が相手にも伝わってそうで、体が強張った。
「あの、毎朝のメールなんだけど」
「えぇ。それが何か」
「何でいきなりあんなことするの?」
「あんなこと、ですか」
「いやだって怖いよ。何か監視されているようで」
正直にぶつける。石上が同席していることで若干ではあるが正気を保てている。
さりげなく
しかし、四宮かぐや。
相手の意図が読めるが故に、素直に乗るはずもない。そんな問いかけをしてくる時点で、こちら側の動きに勘付いていると察知してしまう。
「そう……ですね。ですが、私も一つ気になることがあるんです」
「気になること?」
藤井は聞き返す。すると、石上の顔から生気が消えていく。向かい合っている彼はその不審な様子に首を傾げた。そんな不味い会話をしているわけではない。
「交換条件といきましょう」
「はぁ」
「――――今、お二人で何を話されていたのですか」
瞬間。全身を襲う怖気。鳥肌。一瞬で口の中が渇いていく。
右耳に当てた電話越しに聞こえるはずの声が、自らの左耳から聞こえるのだ。
おかしい、そんなはずはない。ただ、右耳から聞こえるのは電話が切れた音だけ。一定のリズムを刻むそれは、体の筋肉を切り刻むように。
石上優。自ずと立ち上がり、藤井に一言。
「死にたくないので帰ります」
渾身の見捨て!! 他人のふり!!
仲間意識は宇宙の果てに消え去った。逃げるようにその場を走り去る。一方の藤井。石上には目もくれず、硬直。意を決して左側を見る。するとそこには、これまでで一番の笑顔を見せる彼女。
二人、目が合う。ファミレスに似合わない上品な雰囲気の彼女は、石上を完全に無視し、彼が座っていた場所に座る。
「二人きりになりましたね。藤井さん」
「あ、あは、あはは……」
口が渇いて言葉が出ない。監視されているのだから、彼女がこの場に来ても何ら不思議ではないのだ。石上優に相談したこともバレている。そこまで頭が回らなかった。後悔したところで、もう遅い。笑う四宮かぐや。藤井太郎は窮地に追いやられたのである。
石上優は逃げ出したい。