藤原千花は愛されたい〜天然彼女の恋愛無脳戦〜 作:なでしこ
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秀知院学園では二学期が始まってすぐに、次期生徒会長を決める選挙が開かれる。一年の任期を終え、白銀御行をはじめとする生徒会メンバーは、新たな一年を迎えることになる。
しかし。白銀は覚悟を決めた。四宮かぐやとの関係を切るぐらいならと、意を決して立候補。風紀委員の伊井野ミコとの接戦の末、見事、二期目の生徒会長を務めることとなったのだ。
当然、白銀会長には生徒会メンバーを決める権限が与えられる。副会長には四宮かぐや。書記に藤原千花。会計に石上優。そして会計監査には、会長の座を争った伊井野ミコを指名。新体制となった白銀政権が幕を開けたのである。
だが新体制になったからと言って、これまでとあまり変わりはない。強いて言えば伊井野が入ったことで、少し空気が堅苦しくなったことぐらい。しかし、彼女が生徒会に染まっていくのも時間の問題だった。それぐらい強烈なメンバーが揃っているのである。
それとは一切関係のない藤井太郎。これまで通り店の手伝いをしながらも、定期的に彼らと連絡を取るようになっていた。そしてこの日もまた、藤原千花から呼び出しを受けた。場所は秀知院学園近くの喫茶店。行きたくない感情を隠しながら、少し遅れて来店した彼は、思わぬ彼女と二人きりとなる。そしてその少女は、とんでもない日本語を口にするのである。
「ボクサーパンツを履いている男の人は、本当にヤリチンなのですか?」
人は呆気に取られると、本当に言葉が出てこないのだ。
四宮かぐや。真剣な表情で問いかける。今から絶対に落とさない試験に臨むが如く、本気の顔で。
普段から凛と佇む彼女の口から出ていい言葉でない。それは藤井にも分かる。だからこそ、返答に困った。聞き返すべきか、素直に答えるべきか。
「……えっと。急に何故?」
藤井、その中間を選択。彼女の問いかけを肯定しつつ、理由を問う良い言葉を見つけることに成功した。これで反応を伺うことも出来る。
「石上君が言ってたんです。『ボクサーを履いてる奴は全員ヤリチンだ』って」
「何そのゴミみたいな理論」
性の知識が壊滅的なかぐやにとって、生徒会での情報はどれも事実に思えるのだ。客観的にそれがふざけている理論でも、彼女からすれば目からウロコ。こうして周りの人間を巻き込んでいく。まさに今がその状況だった。
青春を見事なまでに拗らせている石上らしい考え方、というか思い込み。決して青春を謳歌しているとは言えない藤井からしても、それは極論の極論。最早、嘘の領域である。
「いやいやそんなことないよ。本当にそうなら、日本の少子高齢化社会は何なのさ」
「そ、それはそうですが……」
「色々とぶっ飛んでる考え方だから気にしなくていいんじゃないかな」
何を気にするというのか。藤井は自分で言っておきながら、その発言に責任が持てなかった。思わず笑ってしまいそうになる。
「ですが、本当にそうでしょうか」
「本当にそうだよ」
「根拠はあるのですか」
「俺、ボクサーパンツだし」
「……ごめんなさい」
「うわぁ一番傷つく反応だなぁ」
この日の生徒会室での出来事が、彼女の脳裏をよぎる。
元々男の下着に関心など無かった彼女だが、石上優のおかげで違う意味で興味が湧いた。白銀御行が何を穿いているのか。ボクサーパンツであれば、彼女にとってそれは大きなマイナス点。誰にでも手を出すヤリチンパンツマンなのである。
しかし当然の如く、藤井はその理論を真っ向から否定する。そんなことで決めつけられれば、彼のような
「その理論を振りかざすのは石上君ぐらいだよ。白銀君に聞いても俺と同じことを言うと思う」
「……そもそも会長はヤリチンなのでしょうか」
「うーん、それは分かんないけど、そろそろヤリチンって言うのやめようか。周りに聞かれたら勘違いされるから」
「秀知院学園の生徒会長たる者が、ヤリチンだなんて許せません!」
「あーあーヤリチンの渋滞だ」
店内に客は少ないとは言え、年頃の男女が下品な言葉を言い合っていれば、それはまぁ目立つ。藤井の背中に少しの視線が突き刺さるが、それをため息で誤魔化す。こういう場合、大抵男が悪くなる風潮を、藤井は初めて痛感する。
千花の話によると、白銀もこの場にやってくるとのこと。普段ケチな彼がこんなところに来ることは全く無い。かぐやの存在はもちろん、藤井に助けを求めたかったのだ。
白銀は白銀で、自らの好みのパンツを素直に答えただけ。それなのにヤリチン認定を受けたのだから、彼としてもやり場のない感情に苛まれていた。そこで千花の誘い。藤井にも声を掛けていると知り、彼の可能性に賭けた。生徒会の活動は終えていたが、野暮用に時間がかかったせいで、合流が遅れているのである。
「なら聞いてみようか。俺が白銀君に」
「よ、よろしいのですか」
「別に聞くぐらいどうってことないよ。同じ男だし」
かぐやからすれば、今の彼は神様である。自らが聞き出せなかったことをいとも簡単に聞こうとする。無論、藤井からすれば至って造作もないこと。男子校の彼が気にするはずもなかった。
それからすぐ、千花と白銀が姿を見せた。二人を見つけると、千花は藤井の横に腰掛ける。となると、白銀は必然的にかぐやの隣に座ることとなる。こんなところにも藤井効果が出ているなんて、当の本人は知る由もないが。
「藤井くん、何の話をしてたんですか?」
「いやまぁ……下世話な話」
「えっ!? もしかして恋バナですか?」
「違います。会長がヤリチンかどうかという話です」
「だから俺はそんなんじゃないって!」
先ほどとは違い妙に強気のかぐやに、藤井は思わず考える。
あれ、何かおかしなことに巻き込まれてしまったのではないか――――。正解。大正解。百点満点の思考である。だがそれは今の話ではない。藤原千花と出会ってしまったあの日から、彼はすでに巻き込まれていたのだから。
隣に座っている千花からは甘い香り。隣り合うのは、タクシーで一緒に帰ったあの日以来二回目。その時とは違った匂いに、頭の奥からジンジンと痺れていく。
パチパチと頭の奥が鳴る。かぐやのアイコンタクトだった。白銀の方を見ると、彼女と目を合わせようとしない。こんなことになったのだ。きっと生徒会活動で何かあったのだろうと察する。
しかし、先に口を開いたのは彼ではなく。
「会長って黒のエッチなパンティが好きなんですよ〜」
「お、おい藤原書記! 今言うことじゃないだろ……!」
「下世話な話してたみたいですし、いいじゃないですかぁ。
「藤原さん、だけに……?」
言い方に含みを持たせるのが、藤原千花という女。その場の空気が面白いことになると狙っているのだから、大層性悪である。すぐさま白銀は否定するが、隣に座っている彼女はどうか。
藤井は身震いした。目の前には悪魔が座っている。この世のものとは思えない目で、藤原千花のことを睨んでいる。かつて石上優から言われた言葉。藤井の頭をよぎった。
「藤原さん。何故会長がそうだと知っているのですか」
「さっき教えてもらったんですよぉ」
「別にいいだろ……なぁ藤井」
「まぁ。誰しも好みはあるからね」
冷静な藤井に、白銀は安堵する。ここ最近の石上であれば、悪ノリしてきた可能性が高いだけに、マジレスしてくれる彼の存在は素直にありがたかった。
藤井としても、普段学校で話しているような内容なのだ。これぐらいなら毎日聞いているし、話している。三人が思っている以上に抵抗感はない。喫茶店の空気が痛いことを除いて。
「藤井くんはどんな下着が好きなんですか?」
「藤原さんもよく平気な顔で聞けるね……」
「いいじゃないですかぁ。減るものじゃありませんよ」
藤原千花にとって、性の話をするのは普通のことである。生徒会にいると、どうしても四宮かぐやの
「それで、どんなのが好きなんですか?」
「んーシンプルなのかな。あまりゴテゴテしてるのは」
「そうなんですね。それなら、今日私着けてますよ」
「……もうーからかうなよー」
「あはは。流石に引っかかりませんね」
「そうだよ。中学生じゃないんだからさ。そんなんで何とも思わないよ」
この男、心の底から透視したいと神に願っていた。
藤原千花のようなタイプの人間が言う冗談。それが余計にエロスを醸し出すのである。突っ込んでも怒られないような。
だが、それは地雷である。「え、じゃあ見せてよ」なんて言えば、その瞬間大爆発。四肢は爆散し、残るのは言葉のナイフにより傷だらけになった精神だけ。藤井の
そんな二人の様子は、白銀とかぐやの目にも当然映るわけで。仲睦まじく話していることが、少し羨ましくもあった。素直になれない二人は、そんなことで悩んでいることがどれだけ馬鹿馬鹿しいことか。
いや、二人にとってはそれが青春なのである。片方に告白させるという名目で進んできた恋愛頭脳戦。本気で相手を堕とすつもりではあるが、心のどこかでは、このやり取りを楽しんでいる自分もいるのだ。だから、中々やめられない。麻薬のような中毒性のあるもの。それが二人の青春。
「でも意外ですね。藤井くんはもっとゴテっとしたモノが好きなイメージです」
「どんなイメージだよそれ」
「確かに。ムッツリそうだな」
「うるさいぞ黒パンティ」
なんだかんだで、白銀と藤井の距離もかなり縮まっていた。千花を通じてメッセージのやり取りをすることも増え、こうして直接会う機会もかなり増えた。最近は彼の店に行けてない分、残りの無料券を使う時を心待ちにしているぐらいだ。
かぐやは、最初こそ二人が仲良くなるのは気が引けた。白銀が自らの陣営に彼を引っ張り込むのを嫌がって。しかし今のところ、かぐやと藤井の関係に陰りは無い。むしろ、今この瞬間のように白銀の情報を聞き出してもらうことだって可能なのだ。下手なことをしない限りは黙認する構えだ。
「それはそうと、藤井くんが会長に聞きたいことがあるみたいですよ」
痺れを切らしたかぐやが、渾身のパス。キラーパスである。
男同士、どんなパンツを穿いているのか聞くことぐらい造作もない。しかし、これまでの話の流れから見れば、変な前置きをされたことで白銀も身構える。そこまでして聞く内容ではないというのに。
「白銀君ってどんなパンツ穿いてるの?」
だが、そこは男・藤井太郎。気にする素振りを見せずに問いかける。肝心の白銀は鳩が豆鉄砲喰らったような顔をしている。それもそうだ。そんなどうでもいいことを聞かれると思っていなかったからだ。
しかし、白銀は考える。話を振ってきたのは四宮かぐや。藤井ではない。つまり、彼は彼女に誘導されているのではないか、という可能性に行き着いた。天才・白銀御行。伊達にかぐやと頭脳戦を繰り広げていない。
としたら、この問いかけにはどういった意味があるのか。もしかしたら、ヤリチンという言葉に関係があるのではないか。思考を巡らす。脳みその中で血液が凄まじい勢いで循環していく。だがあまりにも情報が少なすぎる。ここで下手なことを言えば取り返しのつかないことになりかねない。
「……トランクスだが」
白銀は自信なさげに答えた。ここまで自信のない彼も珍しい。それだけ質問の意図が読めなかった。
そんな神妙な面持ちで答える話題でもない。藤井からすれば笑いが出てしまいそうになる。しかし、目の前の彼女を見るとその気も無くなる。
心の底からの安堵。白銀御行という人間は、そんな奴じゃない。それが証明されたようで、自然と頬が緩んでいた。
あれだけ理論を否定した彼でも、彼女を納得させることが出来なかった。結局は、白銀御行自身の言葉。それだけでも、彼女が彼に何かしら特別な想いを寄せていることが分かる。
「おめでとう。君はヤリチンじゃないよ」
「だからなんでだよ!」
「ね、四宮さん」
彼女はうなずき、冷たくなったであろう紅茶を口につけた。何のことだか分からない白銀だったが、かぐやの口から忌々しい言葉が出てこなくなったところを見て、胸を撫で下ろした。
話に付いていけなかった千花だったが、藤井からボクサーパンツの件を聞くと、呆れたように苦笑いを浮かべていた。
「別にボクサーパンツでもヤリチンじゃないんですけどね」
「藤原さんそれは今言っちゃいけないよ」
二人は笑いながら、青春を謳歌する二人を見つめていた。
童貞ボクサーパンツマンとかいうパワーワード。