藤原千花は愛されたい〜天然彼女の恋愛無脳戦〜 作:なでしこ
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藤井太郎の通う桜川高校。その体育祭の日がやって来た。
例年のように、保護者や観客で大きな賑わいを見せている。勿論、女子高生も多く足を運び、イケメンを見つけようと躍起になっていた。
彼女持ちの男子生徒は、手作り弁当をニヤケながら頬張り、非リア充の羨望の眼差しを受けながら昼休みを過ごす。日常でありながら、どこか非日常を過ごしているようで、全員が浮き足立っていた。
その中で、藤原千花。初めて他校の体育祭を目の当たりにし、世の中が広いことを痛感していた。比較的地味な服装の彼女。それでも隠しきれないその美貌に、すれ違う生徒たちの視線を集めていた。
そんなことはお構いなしに、藤井の姿を探す。午後の部が始まるまでまだ時間はある。その前に彼と話したかった。
「確かに、秀知院とは全く違いますね」
「良い視察になりそうだな」
「ええ、本当に」
白銀御行と四宮かぐや。
二人も千花に並んでグラウンドを歩いていた。白銀に関しては、千花のボディーガードという名目であるが、こうしてかぐやとイベントを回れる楽しみもあった。
無論、かぐやを誘ったのは白銀ではない。交換条件として、藤井から彼女に声を掛けてもらったのだ。他校の体育祭視察という名目で。最初は難色を示していた彼女も、白銀が来ると聞けば一転。早坂愛に事情を説明し、この日まで漕ぎ着けた。それは千花も同じ。幸いなことに両親には「かぐやと出かける」と伝えれば自然と納得してくれる。他校の体育祭を観に行くだけなのだが。
となると、千花にとって白銀の存在は有り難かったのだ。一般家庭で育った彼がいるだけで、自分がこの場の雰囲気に馴染んでいるように思えた。浮くことなく、自然と藤井に会える。
「あっ! 藤井く〜ん!」
昼食を終えた生徒たちは、クラスのテントで各々駄弁っている。男しか居ないそこは、見ているだけでむさ苦しい。制汗剤の臭いが混ざっていて、案外暑苦しさはない。
名前を呼ばれた彼は、頬を赤く染めていた。照れているわけではない。単純に日焼けをしているだけ。この日はかんかん照りなのだから仕方がない。ただ、周りはそうはいかない。
自分たちと歳の近い可愛い女の子が名前を呼んだのだ。騒つく。「おいおい」「マジかよ」「裏切り者」なんて言葉があちらこちらから聞こえてくる。微笑ましくもあり、悲しくもあった。
「太郎、お前彼女居たのかよ」
「違う違う。友達」
変な誤解を招くのは互いにとって不幸。そう言いながら彼は千花の元に駆け寄る。ここじゃなんだからと白銀たちと一緒に少し離れた場所まで歩くことになった。
「本当に来るとは思わなかったけどね」
「いいじゃないですか〜。会長とかぐやさんが居るんだし」
「あぁ。思っていた以上に楽しんでるぞ」
「他校の体育祭を見るのは新鮮ですから」
しっかりと日焼け止めを塗っているとは言え、かぐやの白くて美しい肌は男子校には似合わない。白銀も今日は私服。学ランは暑苦しいから止めてくれと藤井から頼んだのだ。
グラウンド全体で見ると、かなり活気がある。トラックの周りは生徒のテントで埋まり、視線は自然とトラックの中心に向けられる。
だがそれ以外の場所には、あまり人気のないポイントも幾つか存在する。あまり目立つのもアレだ。自然と藤井の足はそちら側へ向かう。
「どう? ウチの体育祭」
「すごく楽しいですっ。まさに男子校ですね」
「石上君は来れなかったんだ」
「ええ。伊井野さんも都合が悪かったらしくて」
石上とは、あの日以来面と向かって話していなかった。藤井としては別に気まずさは無かったものの、石上はやはり申し訳なさがあったらしく。メッセージでたまにやり取りをするぐらいで、微妙な距離感が生まれていた。
伊井野に関しては、藤井はあの日以来会っていない。そもそも白銀たちは、二人に接点があることを知らない。藤井も、風化委員の彼女が伊井野ミコだという事実に気付いてすら居ない。いずれにしても、今日は彼女が居なくて正解なのである。
藤井からは体育祭に相応しくない石鹸の匂い。ついさっき使った制汗剤の香りだった。彼もまた年頃の男子高校生。ラーメン屋では見せない一面を見た気がして、千花はフワッとした感覚に陥った。
「藤井は午後の部で何か出るのか?」
「いや、生憎何も。後は観戦するだけ」
「午前中は沢山出てましたもんね〜」
「お、見てくれた?」
「バッチリですよぉ」
大した活躍はしていなかったとは言え、こうして見てもらうことは気分的に悪くない。笑う彼女を見て、なんだかんだで楽しんでくれたのだろうと察する。
藤井としても、後は競技を見て応援するだけ。午後の部から始まるまでにテントに戻ればいい話。
だが、白銀は一つの案を思い付く。
「なら藤原書記のことを任せてもいいか?」
「えっ? 白銀君は」
「まぁ少しぶらついて帰るよ。なぁ四宮」
「え、えぇ……そうですね」
こうすれば、至って自然に、四宮かぐやと二人きりになることが出来る。藤井が午後の部に出ないと聞いた彼の咄嗟の判断。かぐやとしても、白銀から誘われることに嫌な気はしない。今の段階で帰る気は無かったが、ここは話を合わせておいて損は無いと判断した。
これに困ったのは藤井だ。彼としても、もうすぐテントに戻る必要がある。千花を一緒に連れて行くわけにもいかない。かと言って、一人放り出すのも気が引けた。
「なら藤原さんも――――」
「私はもう少し見てから帰りますっ」
「だってさ。藤井、頼んだぞ」
「……参ったな」
非情にも見えるが、白銀としても藤井太郎という男を理解しているつもりだった。ああ言いながら、しっかりと彼女のことを考えている。そして最善の選択が出来るタイプの人間だと。
それはそうと、白銀。四宮かぐやと二人きりになったことで心臓の鼓動が早まって早まって仕方がない。隣に居るかぐやもそう。そんな二人の後ろ姿を眺めながら、二人は立ち尽くす。
「……藤井くんはもうそろそろ戻らないとじゃないですか?」
「ま、まぁ……」
「さっき言いかけた言葉、分かります」
「……」
「……」
二人きり。正確には周りに人がいるため二人だけではない。それでも、彼らからすれば周りの人間なんてどうでもいい。今は目の前にいる相手のことだけを見ていた。
だからこそ、藤井は言いかけた言葉を悔やんだ。「なら藤原さんも一緒に帰ったら?」なんて、来てくれた彼女の厚意を踏みにじるだけ。先日の電話だってそうだ。彼女をイラつかせてばかり。
「……ごめん」
「別に怒っていません」
嘘、である。
藤原千花は、自分でもよく分かっていなかった。このイラつきの正体がなんなのか。
自分のことを放って帰ってしまった二人に対してか。違う。
目の前の彼に対してか。違う。
自分自身の面倒さに対してか。それも違う。
二人の距離感が近くなっている。それは本人たちも理解している。友達だからこそ、電話の件も、さっきの発言も、千花は良い気分はしなかった。だけど、彼の発言の真意もよく分かった。
ただ単に突き放しているわけではない。自分のことを考えてくれている。だから、余計にイラついた。
そんな目の前の彼女を見て、彼は戸惑う。見慣れた笑顔の藤原千花ではない彼女。時折見せる寂し気な彼女。引っ張り出さないと深い沼に嵌まり込んでしまいそうな。
彼の視界には、男子生徒が千花を見て何かを話している。ここで自分が離れれば、声を掛ける気なのだろう。藤井は察した。だから、彼は手を伸ばした。
「藤原さん。こっちで話そう」
「えっ……!」
藤原千花の細い手首を、彼は優しく掴んだ。そして、少しだけ強めに彼女を引っ張る。その足は校舎を向いている。もう昼休みも終わる頃。校舎の中には生徒もそんなに居ない。二人で話すのなら最適な場所であった。
静かな校舎の中。階段を一つずつ登っていく。その間も、彼は彼女の手首から手を離さなかった。校舎の中を靴下で歩くなんて、秀知院学園では下品な行為に当たる。しかし、藤井と一緒に居るとそれすらも気にならない。
引っ張って引っ張って、自分の知らないところに連れて行ってくれる。千花にとって、彼のその行為は心にグッとくるものがあったらしく。足元だけを見て素直に彼の後に続いた。やがて、屋上。靴を履き、続く扉を開いた。
校舎の屋上には、意外と誰も居なかった。
体育祭などイベントごとでは抜け駆けする生徒が多いとの噂だった。かと言って屋上を締め切ることもしない。適当と言えば適当な学校である。
だが、誰も居ないのならそれはそれで都合が良い。ベンチも何も無い一面コンクリートの地面。太陽の熱を浴びて地上よりも暑く感じられた。
藤井は彼女から手を離し、唯一影になっている場所に誘う。どうせ長居するわけでも無い。ここまで来たのだから、と。千花も素直にそれに従った。
「いいんですか? 私部外者ですけど……」
「バレなきゃいい。バレても俺がなんとかするから」
「……ふ〜ん」
「な、なにその目は」
「藤井くんって意外と強引なんですね」
「……強引なのはお嫌いですか?」
「いいえ。そんなことありませんよっ」
ルンッとステップを踏みながら笑う彼女を、彼もまた笑って見つめ返す。
千花はグラウンドを見下ろす。先ほどよりもハッキリと中心が見える。ここはある意味特等席だった。しかし、長い時間陽に当たるのも辛いものがある。すぐに影のある場所に戻る。
「秀知院の校舎とは全然違いますね」
「そりゃそうだよ。金持ち高校なんかじゃないし」
「そういう意味ではありません。雰囲気が全然違うってことです」
「男子校だからね」
「でも、新鮮ですよ」
女子が男子校に足を踏み入れる機会なんて、相当限られてくる。千花の発言も確かにその通りであった。それは藤井も同じ。今年で二回目の体育祭であったが、まさか女の子と過ごすことになるなんて思ってもいなかった。
本当の意味で二人きり。屋上は風が強く吹いている。その都度、彼女の髪の香りが鼻を刺激する。甘くて切ないその香り。藤井は心臓の鼓動が高鳴るのが分かった。
違う高校の友達が、自分の学校に居る。この不思議な感覚は生まれて初めて感じたモノ。加えて、本来は交わることなかった彼女。複雑で繊細な思いが胸の奥に絡まっていた。
「……藤原さんと同じ学校だったら楽しかっただろうな」
「どうしたんですか、急に」
「……いや忘れて。なんでもないよ」
「忘れません。そういうことはずっと覚えておく主義ですので!」
「なんだよそれ」
藤原千花という人間は単純である。素直に褒められたと思えば、そのことをずっと覚えている。裏を返せば、悲しいこともしばらく引きずってしまうタイプでもある。その都度、笑って自分を誤魔化してきた。
今この瞬間。素直に嬉しかった。満面の笑顔で、彼のことを見る。釣られて笑ってしまう藤井。千花にとっても、彼の笑顔はまた特別なものになりかけていたのである。
藤井としても、決して冗談なんかじゃない。男子校が楽しくないわけではないが、藤原千花と同じ学校に通うことを考えて、少しだけ羨ましく思っただけ。ただ、それだけ。
「綺麗な青空ですね」
「そうかな?」
「もうっ。ここは素直に頷いておけばいいんです」
「あはは。それは失礼しました」
グラウンドでは午後の部が始まっている。歓声が少しだけ。
空を見上げる藤原千花に、藤井は見惚れていた。本当に綺麗な顔をしている彼女。こうして見ても、本当に自分とは釣り合わない存在なんだと痛感することになる。
だが、彼はもう少しだけ彼女を見つめていたかった。こうして独り占め出来ている時間も、もう終わるのだから。もう少しだけ、もう少しだけ、と。自分に言い聞かせて。
「……藤井くん」
「なに?」
「…どうしてここに連れて来てくれたんですか?」
千花は、空を見上げながら問いかける。
どうして、と言われれば。彼は考える。
一つは、彼女を一人に出来なかった。
一つは、彼女を守りたかった。
一つは、彼女と一緒に居たかった。
心の中で、藤井は苦笑いする。どれも理由としては重くて言いづらい内容であることには間違いない。
だが、ここで嘘をつく理由なんてあるのだろうか。彼は自問した。どれも自分の真意であることには変わりない。
「二人で話したかったから」
「……そう、なんですね」
「ご不満ですか?」
「いいえ。とんでもないです」
あれほどイラついていた心が、スーッと鎮っていく。
適当に誤魔化していない、彼の本心。それが聞けたから。彼女はまた空を見る。所々に白い雲。絵具で描いたような分かりやすい形をしている雲が沢山。
彼には、嘘を吐かれたくなかったのだ。素直に悲しくなるから、本心で話してほしい。そんなワガママな感情が湧いた。でも、きっと藤井太郎という男は、これからも優しい嘘を吐く。藤原千花のために。
「そろそろ降りようか。暑くなってきたでしょ?」
「もう少しだけ、駄目ですか」
「……そんな目で見ないでよ。反則」
「えへへ。いいじゃないですかぁ」
「分かった。あと少しだけね」
一人になると考えてしまうから。
自分の力じゃどうにも出来ないことを考えてしまうから。
体育祭のことなんて、実はどうでも良かった。藤原千花は自分に嘘を吐くように、もう少しだけ藤井太郎の隣に居座りたかったのである。
新たに評価してくださった方々(敬称略)。
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本当にありがとうございました。
今後も定期的にご紹介させていただきます。