藤原千花は愛されたい〜天然彼女の恋愛無脳戦〜   作:なでしこ

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伊井野ミコはザコじゃない

 

 

 

 

 

 

 

 

 秀知院学園体育祭の日がやってきた。

 青空が広がり、グラウンドを駆け抜ける生徒たちの高鳴る息。注目を浴びる生徒の活躍に、女子たちは一喜一憂する。彼らはまさに、青春のど真ん中に居座っている。その興奮は収まるところを知らない。

 

 昼休み。各々昼食を摂って、グラウンドのあちこちに散らばっている。友人と駄弁る者、家族と駄弁る者、恋人と駄弁る者。三者三様。そんな中、藤原千花は白銀御行に絡む父親に呆れながら、藤井太郎のことを待っていた。見つけてくれると言ってくれたのだ。彼女から連絡するつもりは無い。が、中々遅いと話す時間も無くなる。連絡するかしないか。揺れる女心である。

 だが、彼はすでに秀知院学園の目の前に居た。目の前だ。決して校内に入っているわけではない。彼の目の前は、風紀委員・伊井野ミコが陣取っている。

 

「……どうして貴方がここに居るのです?」

「応援ですけど。貴女に関係あるんですか」

「お、大アリです!」

 

 藤井は彼女が校門前に居る時点で、こうなることは察していた。ラーメン屋でよぎった予想が見事に的中した形になる。

 一方で。千花を好き勝手した男。その認識が残ったままの彼女は、以前のように強い口調で問い質す。しかし、藤井にはあの時のような緊張感は無い。毅然とした態度で問い返す。それだからか、彼女のリアクションは少したどたどしい。

 伊井野ミコという人間は、基本的にザコである。

 理不尽さを許さない、真っ直ぐな人間。故に、融通が利かない堅苦しい人間。相手の斜め上の回答で、その脳内の思考は簡単に乱れる。風紀委員としてのプライドは高いが、周りの生徒たちからは扱われるような存在である。

 

「ふ、不純異性交際は認められませんから!」

「……」

「な、何ですか」

「いや……そもそも交際してないんだけども」

 

 彼の口はそう言うが、伊井野は以前の彼の行動を思い返す。

 藤原千花を連れ込んだ女たらし。交際しているならまだしも、平気で付き合ってないと断言するあたり、この男は性根から腐っている。彼女の誤解は止まらない。

 そんな彼女の考えに、ようやく気付く藤井太郎。彼女は何か重大な誤解をしている。と言っても、伊井野が何故ここまで厳しく当たるのか理解出来なかったが。手にはコンビニの袋。中にはアイスクリームが幾らか。このままここで足止めを食らっていれば、無残な姿になってしまう。

 

「藤原さんが待ってるから」

「……ま、またそんな嘘を」

「嘘じゃないですって。約束したから来たんですよ」

「証拠はあるんですか証拠は!」

「それは……無いけど……」

 

 ただの口約束にすぎない。証拠を提示するのなら、その会話を録音したボイスレコーダーぐらい必要だろう。が、伊井野ミコは提示したらしたで捏造やら何やらと文句を言う。

 要は、認めたくないだけなのである。藤原千花に彼のような人種がくっつくこと自体を。ここでいう人種というのは、彼女が思う女たらしの藤井のこと。彼の生い立ちなどはどうでもよかった。

 

「藤原先輩に何かあっては困ります。お帰りいただけませんか」

「……本気?」

「本気です」

「なら俺も本気になる。藤原さんに会わせてくれ」

「どういうことですか!」

 

 藤井としても、いつまでもここで足止めを食らうわけにはいかない。対策を考えるが、いい案を思い付くこともない。

 千花に電話を掛けることも考えたが、それはそれで何か違う。見つけると言ってしまった手前、電話を掛けるという行為は敗北した気分になる。彼なりのプライドと言えばプライド。わがままと言えばわがままである。

 

「第一、俺と藤原さんは本当に友達なんだって」

「嘘付かないでください! 家で酷いことをしておいて」

「だから何もしてませんって!」

「でしたら証拠を見せてください」

 

 今の伊井野ミコは「ああ言えばこう言う」状態。これも尊敬する藤原千花を守ろうとするが故の行動なのだが、藤井からすれば厄介そのものである。いたちごっこで逃げ道を見出せない。故に、苛立ちだけが募っていく。近くのコンビニで買ったアイスクリームも溶けかけている。

 不器用で真っ直ぐすぎる彼女の想い。自分のことを好いてくれる伊井野の存在は、千花にとって嬉しいモノ。しかし、今だけは違う。今だけは、彼女の行く末の邪魔になっているのだから。

 

「あ、藤井先輩。どうしたんすか」

「石上くん! いいところに来た」

 

 校門前で伊井野ミコが揉めている。校門前に限らず、彼女は生徒と口論になることも多い。今回もそのパターンだと思っていた石上優だったが、相手はあの藤井太郎。声を掛けないわけにはいかなかった。

 

「……何? あんたには関係ないでしょ」

「別にお前に声掛けてないだろ。それで、何かありました?」

「いや藤原さんの応援に来たんだけど、この人が」

「あぁいいっすよ。入ってください」

「ちょっ、石上! 勝手な真似しないで!」

「うるさいな。お前の方こそ何で先輩を入れないんだよ」

「そ、それはこの人が」

 

 伊井野はこれまでの経緯を説明する。石上の脳裏に蘇るかつての光景。「あぁ何かあったな」と言葉を漏らすも、藤井に厳しい視線を向けるはずもない。

 彼は藤井と千花の仲を知っている。少なくとも伊井野ミコが考えるような男ではない。第一、本当に女たらしであれば石上にとって目の敵になる。彼が気軽に話しかけることもないのだ。その時点で、伊井野のソレはただの思い込みだと言い切れるに値するのだが。

 

 二人の会話を聞いていた藤井も、少しだけ落ち着きを取り戻す。石上と伊井野。二人に面識があって良かったと考えながらも、彼らはまた睨み合う。どうやら一筋縄ではいかないらしい、と藤井は察してしまう。

 

「藤井先輩と藤原先輩は普通の友達だ。別に伊井野が考えているようなふしだらな関係じゃない」

「石上が言うと説得力が無いわね」

「いや本当なんですって」

 

 ここでようやく、藤井は校内に足を踏み入れた。たった一歩、されど一歩。いたちごっこを繰り広げていた彼にとって、それはそれは大きな一歩になる。

 しかし、石上と伊井野を無視するのも気が引けた。特に石上。自分のことを庇って彼女の相手をしている。ここで立ち去ってしまえば、いつの日かの彼と同じになってしまう。踏み止まった藤井は、口論する二人の仲裁に入る。

 

「大体、お前はいつもそうだな。どうせ先輩の話も聞かないで勝手に決めつけてるんだろ」

「ち、違う! 私は藤原先輩のために!」

「まぁ話を聞いてくれなかったのは事実だけどね」

 

 石上がタメ口で話しているということは、彼女は彼の同級生なのだろう。となると、藤井から見れば年下の後輩になる。先ほどまでは敬語で話していたが、そうと分かれば多少大きく出ても問題ない。

 伊井野は分かりやすく慌てふためいている。千花のことを考えすぎて、まさに盲目状態。周りのことがよく見えていなかった。冷静になって考えても、ここでは石上優の正論の方がまかり通るのは明らか。伊井野の発言は、それこそ理不尽なのだ。そしてその理不尽というを、石上優は嫌う。だから、らしくもない。発言に熱が籠もっていた。

 

「ふ、二人とももう良いから……ね?」

「第一、石上だってこの人とどういう関係なの? 友達ってわけでも無さそうだし」

「藤原先輩と仲良いからその繋がり。それこそ、藤井先輩がお前が思うような人間だったら、俺がでしゃばることもない」

 

 この二人は、普通に仲が悪い。互いに嫌い合っている。本来ならこうして話すことも嫌になるほど。だが、同じ生徒会になってしまった以上、仲違いしたままでは先輩たちに迷惑がかかる。特に話し合うわけでもなく、互いに距離を置いているのだ。

 嫌っている。なのに、相手を傷つけないために距離を置く。それは相手のことを思いやる優しさであることを、二人は理解していなかった。

 その前提があるとは言え、石上の発言には説得力があった。それは伊井野にもしっかり伝わる。

 

「そ、それは……そうかもしれないけど」

 

 だから、言葉の威力が落ちる。もはや反撃とも呼べない。石上優の言葉は同意してしまうような発言である。

 石上は成績こそ悪いが、頭は比較的切れる。自分が思ったことを論理的に並べることは容易いのだ。藤原千花に「言葉のナイフ」とまで言わせた石上の言葉。無論、その発言が世間的に常識かどうかは置いておいて。

 そんな二人に取り残された藤井。伊井野は相変わらず納得する素振りを見せない。かなりの厄介者に絡まれたことを、彼は心の奥底で後悔する。石上は今の藤井の気持ちが痛いほどよく分かった。

 

「なら藤原先輩から直接聞けば?」

「まぁ……それで納得してもらえるならそれが一番か」

「………っ」

 

 藤井としても、千花を見つけて驚かせたかっただけに、石上の提案は百点満点かと言われれば違う。だがアイスのこともある。早く彼女に渡さなければ大変なことになってしまう。渋々、石上の提案を受け入れた。

 伊井野は何も言わなかった。それに勝る言葉が思いつかなかった。

 入学以来、定期試験は常に学年一位の彼女。自身を肯定する唯一の武器が学力。派生して知性。それで石上に負けたような気分になって、俯いてしまう。

 

「あれ、藤原先輩」

「石上くん。あっ! 藤井く〜ん!」

「藤原さん」

 

 石上が呼びに戻ろうとしたところで、ひょこっと顔を出したのは千花本人。石上への挨拶もそこそこに、彼女は藤井の元へ駆け寄る。体操着だからこそ、藤原千花のボディラインがはっきりくっきり浮かび上がる。思春期男子、藤井太郎には刺激が強い。目を逸らす。

 

「ふ、藤原先輩! この人とどういう関係なんですか!?」

 

 伊井野は思い切って問いかける。早めの勝負に出た。

 あまりにも鬼気迫る表情の彼女に、千花は思わず後ろに下がる。一歩、二歩。何故伊井野が怒っているのか理解できない彼女。深く考えず、素直に答えることにした。

 

「お友達だよ?」

「……本当ですか?」

「う、うん。本当に」

 

 淀みのない瞳で、伊井野に語りかける。その時点で、伊井野の負けは決定。千花を尊敬するが故、守ろうとする気持ちが働く。千花を尊敬するが故、彼女の言うことを疑わない。

 千花は千花で、藤井に対して何かしら不都合があったのだろうと察する。勘の鋭い方ではない彼女ですら、この状況は分かりやすい。

 

「……ごめんなさい。勘違いしてました」

「あ、いやいいんだよ。気にしてないから」

 

 気にしてないと言えば嘘になる。かなり面倒な相手だった伊井野ミコ。勘弁してくれ、と思う気持ちとは裏腹に、素直にペコリと謝る彼女に申し訳なさが生まれる。背が低い伊井野であるが、今の彼女はいつも以上に小さく見えた。

 藤井としても、結果的に藤原千花に会えたのだから、それ以上言うことはない。石上はどこかしてやったりの表情。

 

「ミコちゃん、藤井くんはそんな人じゃないよ」

「この子が新しい生徒会の?」

「そうです。伊井野ミコちゃん。真面目でいい子ですよ」

 

 ここでようやく、藤井は彼女の名前を知ることになる。

 だが彼女が、噂に聞く生徒会の新たなメンバーだとは思っていなかったらしく。苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

「そうだ。これ、差し入れ」

「わ! 本当にアイス買ってくれたんですね」

「まぁ約束したし。コンビニのアイスだけど」

「えへへ。良いんです」

 

 伊井野ミコは談笑する二人を眺めていた。

 不思議な感覚だった。先ほどまで憎たらしくて仕方が無かった男。藤井太郎と、憧れの藤原千花が笑顔で話している。

 千花のあんなに綺麗な笑った顔。伊井野は見たことが無かった。笑う時も全力で笑う藤原千花。なのに、今の彼女は違う。どこかおしとやかで、品があって、でも、本当に楽しそうで。

 

 そうそれは、まるで恋人のように。

 

「仲、良いって言ったろ」

「い、石上」

 

 後ろから話しかけられたことに、体がビクッと震える。

 「なんだまだ居たの」言葉を漏らすも、石上の耳には届かない。それならそれで良かった。

 今、このタイミング。声を掛けられたことで、思考の沼にハマりそうだったところを寸前で食い止めた。石上優の存在。彼女にとって、初めて都合の良いものだと感じられた。

 

「藤原先輩って案外女子だなって思う」

「は? 当たり前なこと言わないでよ」

「……そうだな。悪い」

「……気持ち悪い」

 

 そんなことを言ってしまうほど。石上にとっても、今の二人はどこか違う。周りには沢山の人が居るのに、二人の周りだけ切り離されているような、不思議な光景。

 元々、藤原千花という人間は不思議なタイプ。不思議ちゃんと呼ばれることも少なくない。その印象があったから、石上は彼女とまともに会話出来る藤井のことが尚更不思議だった。

 

「藤原先輩」

 

 声を掛けても、届かない。

 自身の声が小さいから? 違う。

 純粋に、今の彼女は藤井太郎のことしか見ていない。同じ生徒会なのに、自分が見たことのない顔を引き出すこの男。嫉妬に近い感情。尊敬するが故に、そんな歪んだ感情。

 

 会話を終えた藤井は、伊井野と石上に近づく。そして、コンビニ袋からアイスクリームを二つ、差し出して見せた。石上は驚きながらも受け取る。これまでの関係性がそうさせた。

 一方で伊井野。あまりにも突然の行動に戸惑う。呆気にとられていると、見かねた藤井が声を掛けた。

 

「あげるよ。何か変な誤解させたみたいだし」

「えっ、い、いえそんな……」

「いいからいいから。熱中症にならないようにね」

 

 彼なりの謝罪と優しさ、である。

 自分で食べようと思っていた分を彼女に渡すと、伊井野は戸惑いながらも受け取る。太陽が彼女の顔を照りつける。日焼けするほど暑いのに、心は冷えていく。いい意味で。

 

(あれっ、もしかして本当に良い人……?)

 

 繰り返す。

 伊井野ミコという人間は、ザコである。

 

 

 

 

 





 ザコです(迫真)

 みっこみっこみー(ツインテール感)


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