藤原千花は愛されたい〜天然彼女の恋愛無脳戦〜   作:なでしこ

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藤原千花を笑わせたい

 

 

 

 

 

 

 

 勉強会、約束の日。

 四宮かぐや、藤原千花、白銀御行、藤井太郎の四人は、都内の図書館に集まっていた。彼ら以外の人の入りは多くもないが少なくもない。大声で話していると注意が飛んでくるぐらいには。

 四人がけの机。かぐやと千花、白銀と藤井が隣り合っていた。

 黙って自分の世界に入り込んでいる白銀とかぐや。二人に関しては、常に学年一位の座を争ってきた。そんな彼らが一緒に勉強すること自体、ある意味奇跡と言える。

 

 白銀に至っては、かぐやが居るから。

 かぐやに至っては、白銀に会えるから。

 

 かぐやの懸念。白銀御行という男は、勉強のことになると目の色が変わる。こうして集まって勉強することに、否定的な立場だと考えていた。

 ところがだ。

 藤井から話を聞けば、割とすんなり受け入れてくれたという。彼がどういう誘い方をしたのかは分からなかったが、自己肯定の柱でもある勉強を差し出してでも会いに来てくれた。かぐやの脳内(お花畑)はそう解釈してしまうのである。

 向かい合う二人。互いの視線はノートとテキスト。それなのに、意識は互いのことを考えていた。この静かな図書館で、相手の鼓動が聞こえそうな。

 

 一方で。藤井太郎と藤原千花。

 かぐやたちと同じように、視線をノートに落としている。が、二人とはまた理由が違う。

 顔を上げたら、目の前に居る。それだけで、二人は駄目だった。顔を合わせるだけで、鼓動が高鳴ってしまう。藤井はこれが嫌だった。こうなるから、一度は断ったというのに。

 千花にしてもそうだ。彼女に関しては、藤井が来ることすら知らされてなかった。「言わない方が色々と盛り上がる」千花を誘う際に、かぐやが受けた言葉。早坂愛の入れ知恵である。

 体育祭のあの瞬間以来、彼女は藤井の顔を見るのが辛かった。これではまるで、自分が意識しているみたいで。

 

 そうやって時間が経つのを待つだけ。かぐやと白銀は、さすがの集中力。二人には目もくれず、ただひたすら知識を頭に叩き込んでいく。

 

「ちょっとトイレ〜……」

 

 藤井は、返事を期待しない声で、そっとその場を離れる。

 千花のことを見ることが出来ないこともあったが、何より二人の集中力に驚いていた。秀知院学園の生徒会長と副会長。彼らは、自分とは次元の違う場所に居る。それを痛感する。

 席を立ったものの、別にトイレに行くつもりは無かった。ただあの場を離れられれば、それで良かったのだ。図書館の中は静寂。外の空気を吸いたくなったが、それはそれで面倒。仕方なく、人の少ない場所を探す。

 それはすぐに見つかる。横長で、4、5人は軽く座れるであろうソファ席。休憩にちょうど良い。加えて、周りに人は居ない。藤井は、ここで時間を潰すことにした。

 腰掛けると、先ほどまで強張っていた体が伸びていく。相当緊張していたのだ。一つため息。それで疲れが取れるわけではないが、気休めにはなる。彼の本心。早く帰って休みたかった。ただそれだけ。

 

 背もたれに寄り掛かって、天井を見上げる。

 電灯を付けなくても、十分明るい館内。本の匂いに包まれて、ついうたた寝をしてしまいそうになる。目をこすって、眠気を誤魔化す。

 

 それからすぐだった。嗅ぎ慣れた、甘い香り。

 藤井の左側からだ。恐る恐る、首を動かす。藤原千花だった。

 

(な、なんで……)

 

 彼女から離れるために、彼はここにやって来た。それなのに、千花はわざわざ自分の座っているソファ席に腰掛けた。

 

「藤井くんも疲れたみたいですね」

「えっ!? ま、まぁ……」

「そんなに驚くことないじゃないですか」

 

 藤井から見て、千花は自然だった。これまでと変わりなく、普通に話しかけてくる。図書館ということもあり、声は小さめだが、今日初めて彼女の声を聞いた気になる。

 

「藤原さんも休憩?」

「そうです。藤井くんがここに来るのが見えたから」

「そっか」

 

 自然だ。普通に会話が出来ている。

 彼は少し後悔する。あれだけ気にしていた自分がアホらしく。肩から大きな荷物が降りた気分。楽になったはずなのに、あまりいい気分ではなかった。

 だが、それでいいのだ。彼女との距離感は、これが程よくて。何も考えずにただ話に付き合うぐらいの関係が。

 藤井太郎と藤原千花。言い方は悪いが、やはり家の格差が大きい。こうして友人関係で居られること自体、彼にとっては奇跡に等しい。だから、駄目なのだ。これ以上のわがままは。

 

「何で……ここなの?」

「……駄目なんですか」

「いや……そういうわけじゃないけど」

 

 自然な会話を、藤井の質問で不自然に変えてしまう。

 どうしてここに来たのか。そもそも、そんなことを聞く必要があったのだろうか。先ほど彼女が言った「ここに来るのが見えたから」という理由じゃ、満足出来ないのか。彼は責めた。口が滑ってしまった自分自身を。

 でも、彼女は藤井の方を見ない。ずっと俯いたまま、話している。

 それは、自然じゃない。不自然でしかない。

 あの藤原千花が、笑わない。見ている側がついつい笑顔になる彼女の笑顔。彼もまた、千花の笑った顔が好きな一人。それに、彼女と過ごしている大半が、笑っている気がするのだ。今この時間。藤井は物足りない気分になる。

 

「そんな俯かないでよ」

「俯いてなんかいません」

「いやいや……どう見ても俯いてるし」

 

 分かりやすい嘘だ。

 千花の強がりとも受け取れる発言。何か言いたいこと、隠していることがあるのではないか。藤井は察する。

 優しい言葉を掛けたい。その先行する想いとは裏腹に、彼の喉は閉まっている。なぜなら、隣にいる彼女は、これまでの藤原千花じゃない。これまで通りに接することが、出来ない。下手な優しさが、彼女を傷つけるかもしれない。そんな、らしくないことを考えていた。

 一方の千花。両手を膝の上に置いて、弱い握り拳を作る。二つの小さいそれを、黙って見つめるしかなかった。

 

 藤井の言う通りだった。俯いている。でも、口では彼の発言を否定した。してしまった。どうしてだろう。彼女は自問する。答えは簡単に出た。

 これから先。彼の言うことを受け入れてしまえば、きっと彼のことを苦しめてしまう。彼女はこれまでの彼を思い返す。気を抜いた時に、心に深く突き刺さるような言葉を貰った。そしてそれは、刺さったまま、日に日に熱を帯びていく。その熱は、全身に広がって。

 その極め付けが、秀知院学園の体育祭だった。あの時の時間が、心に刺さった言葉を陽動するかの如く、鼓動が止まらない。

 やがて、彼のことを見ることが出来なくなった。連絡することも出来なくなった。

 

 でも彼女は、彼の隣に居る。

 藤井が席を立った瞬間。目の前から姿を消した瞬間。咄嗟に体が動いた。スマートフォンも何も持たず、ただ、彼の後ろ姿を追った。

 冷静になったのは、その後だった。同じソファ席に座って、初めて自分の行動が不可解なことに気づく。それを、藤井は突っ込んだ。

 当たり前だ。彼にとっても、彼女と話すのは気まずい。それなのに、あまりにも突飛な行動。千花に出来ることは、ただ、理由は無いことを告げることだけだった。

 

「その……悩みがあるなら相談乗るから」

「……いじわる」

「いやそんなつもりはないんだけどな……」

 

 藤井太郎は優しい男だった。

 藤原千花。そんな彼に、素直に感謝を言えない自分が嫌だった。

 

 悩み。何だろう。私は、何に悩んでいるのだろう――――。

 彼女は再び自問する。この、胸が締め付けられる痛み。藤井太郎にキツく当たってしまうこと。どっちも、彼女にとって大きな悩み。

 

「でも、本当に大丈夫ですよ」

 

 それを藤井に言うのは違う気がした。これを言えば、何かが大きく変わる気がして。それを分かっていたから、千花は誤魔化した。

 それに対して、困ったのは藤井だ。

 彼女は、自分のことを避けている。口ではそんなことを言うくせに、顔は相変わらず俯いたまま。説得力が無い言葉を浴びせられた彼は、少しだけ、彼女に近づいた。

 

「そういえば、秀知院学園の文化祭っていつやるの?」

「クリスマス前です」

「行ってもいい?」

「えっ!?」

 

 自然な流れである。だが決して、美しくはない。

 驚いた彼女は、この日初めて顔を上げた。そして、藤井の方を見る。彼は笑って、黙って千花の方を見つめている。咄嗟に、彼女は視線を逸らした。笑っているのに、その言葉は決して冗談なんかじゃない。真面目に聞いているのだろうと彼女は察する。

 

「べ、別に入場制限はありませんから」

「そっか。なら遊びに行くよ」

 

 体育祭の時とは正反対。彼から動いた。そこで彼女に会うかどうかは分からない。でも、その発言で千花は動揺を見せた。俯くのを、やめてくれた。それだけで、この突飛な提案をして良かったと安堵する。

 遊びに行くよ――――。たったそれだけの言葉。藤原千花の心に、深く突き刺さる。剣と化した言葉が、また一つ増えてしまった。

 

「お一人で?」

「まぁ。誘うような相手は居ないし」

 

 一人で文化祭を巡っても、楽しいことは楽しい。

 だがやっぱり、誰かと一緒に出店を巡るのが一番だと彼女は考えている。だから――――。

 

「俺と一緒に回ってくれないかな」

 

 口にしたのは、藤井だった。彼もまた、誰かと一緒に回りたいタイプの人間。だから、彼女を誘う。千花は、素直に驚いた。

 細かいことを気にして、今日まで彼女と満足に会話すら出来なかった。だけど、それは彼女も同じ。自身のことを避けていると感じた彼なりの、強引なやり方だった。

 

 ――――私と一緒に回りませんか。

 

 藤原千花。これまでなら、まず口走っていたであろう言葉。それをグッと堪えて喉を締めていた。今それを言ってしまえば、もう、戻って来れない気がして。

 それなのに、彼の少し強引な誘い方。さっき刺さった言葉が、胸の奥で熱く燃えている。このままじゃ、体から火が吹き出てしまう。

 理性の堤防が決壊寸前。何か言わないと、素直に頷いてしまう。そんなことになれば、もう自分が何をしてしまうか分からない。

 

「……か、考えておきます」

「そ、そっか」

 

 今の彼女には、これが限界だった。

 答えを先延ばしにすることで、自分に嘘をついた。でもいずれ、また悩む時が来るのだから、結果的には意味が無い。それでも良いのだ。

 

 藤井は悩んだ。ここは強引にでも引っ張るべきかどうか。

 だが、彼女にも予定があるかもしれない。千花の都合を考えると、無理やり誘うのは得策ではないと判断。しかし、そのまま食い下がるつもりも無かった。

 

「だ、だったらさ……」

「何ですか?」

「藤原さんの気が向くように……またメールしてもいいかな」

 

 メール。特に用もないが、適当に会話するだけのソレ。藤井は、恥ずかしさを堪えて思い切って問いかけた。体育祭以来、それすらも無くなってしまったのだ。彼の中でも、欲というものが出てくる。

 ただこれだと「どうしても藤原千花と文化祭を回りたい」と言っているようなもの。言ってみて後悔するものの、今になって引くわけにもいかなかった。

 彼女は、ポカンとした表情。藤井の発言の意味が分からなかった。

 口ではそう言ったが、千花の本心はもう決まっている。きっと彼に同情して、一緒に回ることになるだろうと。その言い訳を考えるために、こうして嘘をついたのだから。

 でも、彼は違う。純粋に、千花と文化祭を回りたいのだ。だとすれば、自身の発言は彼の気持ちを踏みにじったのではないか。彼女の鼓動が早くなる。痛いほどに、脈を打つ。

 

「ずるいです。いじわるです」

「……駄目かな」

「そんな目で見ないでください……」

 

 今、彼と目を合わせたら終わる。

 だから、千花は必死に顔を背ける。

 真っ直ぐな想いを向けられることが、こんなにも恥ずかしいだなんて。これまで多くの男に告白されてきた彼女ですら、初めての感情だった。

 

「どうして私なんですか」

「えっ」

「会長や石上くんでもいいじゃないですか。なのに、どうして」

 

 仕返しに、と言わんばかりに。核心に迫る問いかけ。藤井は分かりやすくたじろいだ。

 確かに、千花の言う通りだ。男同士で回った方が気も遣わないし盛り上がる可能性だってある。特に男子校通いの藤井太郎にとって、その選択肢が確実なのだ。

 じゃあ、何故。藤原千花と回りたい理由は。まるで面接のように脳内再生される彼女の声。隣に居たい、そんなことを言えば、変に誤解される可能性が高い。頭を巡らせ、良い答えを探し出す。

 

「藤原さんには笑ってほしいから」

「そんなの理由に――――」

「笑ってる藤原さんを見たいから」

「――――理由に……」

 

 これ以上無い理由だった。藤井にとっても、千花にとっても。

 真っ直ぐすぎる。他を寄せつけない威力のあるストレート。彼女の心の中に突き刺さる。今日何本目だろうか。最早考える余裕は無い。

 千花は、また俯いてしまった。振り出し。藤井は彼女に聞こえないよう、小さくため息。

 

「もう少し、一緒にサボろうか」

「……はい」

 

 今のまま、かぐやと白銀の元に戻れない。

 それは、あくまでも表の理由。二人とも、恥ずかしいのに、胸が苦しいのに、心地が良い。

 もう少しで、前のように自然な会話が出来るようになる。そのために、今は互い、隣に居てもらう必要があった。

 

 少しだけ冷静さを取り戻した千花は、ゆっくりと顔を上げる。真っ赤に染まった頬を彼に見せると、藤井は揶揄うように笑って見せた。

 

「顔真っ赤。どうしたのさ」

「誰のせいですか」

 

 彼につられて、この日初めて、千花は笑った。

 

 

 

 





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