藤原千花は愛されたい〜天然彼女の恋愛無脳戦〜   作:なでしこ

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藤原千花に会いたい

 

 

 

 

 

 

 

 勉強会から二週間が経った。桜川高校でも期末試験は終わり、良いとも悪いとも言えない点数を取った藤井太郎。例年なら、後は年末を待つだけなのだが、今年は違った。

 十二月の末。秀知院学園の文化祭、通称・奉心祭に行くことになっている。彼のスマートフォンのカレンダーには、しっかりと予定が組まれている。

 だが、彼にとって重要なのはそこではない。誰と行くか、だ。

 藤井は、藤原千花を誘ったまま返答を待っていた。勉強会で二人の関係はある程度戻ったものの、まだどこか浮ついている。彼女が店に来ることはなく、メッセージの送り合いもない。そういう意味では、かえって距離感が生まれたとも受け取れる。

 

 あれから藤井は、スマートフォンを見る回数が増えた。

 勉強している時でも、ベッドに横になっている時でも、いつでも。気になる。千花から連絡が来ないか、気になって気になって仕方がない。そのモヤモヤを抱いたまま、二週間。心には感じたことのない疲労感が滲んでいた。そしてこの日、彼は彼女に連絡を入れると決意したのだ。

 

(……でも、何と言えばいいんだ?)

 

 連絡には口実が必要だと考えていた。自室のベッドで横になっている彼。特に用もなく連絡すると、彼女に変な誤解をされかねない。ただ藤井の場合、勉強会の時点で誤解されまくりなのだが、当の本人は一切気付いていなかった。

 ただただ、藤井は千花とのトーク履歴を遡る。意味のない会話。意味のない写真。こうして見返してみると、ほぼ毎日連絡を取り合っていたことに彼は驚いた。と同時に、この意味のない会話が、今はとてつもなく羨ましく思えた。

 文化祭まで一ヶ月を切っている。そろそろ聞いてもいいだろうか。だが誘ってからまだ二週間。相手の予定は決まっていないかもしれない。そうなると、ただがっついている男と思われるかもしれない――――。ありとあらゆる可能性が、彼の頭を巡る。その思考が激しく邪魔をする。

 パッパッとフリック入力できるのに、一文字打つのにとんでもなく時間がかかるよう。まるで指に重りでも付けているようだった。

 

 ――――文化祭、一緒に回れそう?

 

 何とか入力した当たり障りのない文章。自然だ。いきなり連絡しても至って普通。裏を返せば、相手の記憶に残らない可能性もある。

 どうしても彼女と回りたい彼にとって、OKを貰えるなら少しでも可能性は高い方がいい。入力した文章を消し、再度考える。そこで、以前彼女が言った言葉が頭をよぎった。

 

『強引なのはお嫌いですか?』

『いいえ。そんなことありませんよ』

 

 桜川高校の体育祭。屋上で二人、会話した時の言葉。

 彼は考えた。あの発言が本当なら、言い切ってしまう方がいいのではないか、と。

 誰かを引っ張るような性格ではない彼にとって、強引に誘うのは気が引けた。しかし、彼女がそれを好んでいるとすれば、話は大きく変わってくる。

 

 ――――文化祭、俺と回ろう

 

 修正された文章。前提で話を進める言い方だが、これでもだいぶ柔らかい。ただ、人によっては苛つきを覚える言い方である。藤井は後者。自分が嫌だから、これまでもこんな言い回しはしてこなかった。

 だが、藤原千花が望むのなら。彼は自分に言い聞かせ、考える。これを送ってしまえば、もう後には引けない。例え既読にならずとも、メッセージを消した形跡は残る。それは意味深な行為に他ならない。

 一つ、二つ、三つ。ゆっくりと深呼吸し、意を決して送信ボタンを押した。特徴的な効果音とともに、入力した文章が彼女とのトーク画面に映し出される。瞬間、既読マークが付いた。

 

「…やっちまった。やっちまったよ俺……!!」

 

 ここが大草原なら、大声を上げてのたうちまわっていた。それぐらい、彼は恥ずかしかった。背伸びした文章を千花に見られたことが。

 現実には近所迷惑になるため、そういうわけにはいかない。枕に顔を埋め、大声を出す。まるで防音室に居るかのような吸収率。咄嗟の判断ではあったが、藤井は自分を褒めたくなる。たったそれだけのことで。

 そんな藤井であったが、問題はすでにその先に向けられていた。

 返事が来ないのだ。既読になってから二分が経つが、トーク画面に変化はない。

 既読無視――――。彼の頭をよぎる最悪の展開。その場の会話が終わるだけでなく、次回、彼が連絡する気力を奪うダブルパンチ。本当に無視されれば、彼女に連絡するハードルが一気に上がる。藤井は頭を抱えた。

 

 だがそれは、彼に限った話ではないのである。

 

「どうしたら……」

 

 藤原千花。広すぎるベッドに横になり、枕に顔を埋める。すぐ既読をつけてしまったことを、心の底から後悔した。

 年相応の彼女らしい部屋の装飾。部屋着すら一般人から見たら高級そうな雰囲気を醸し出していた。

 返答をしないといけないのに、指が動かない。代わりに、彼から送られてきたメッセージを眺める。これまでとは毛色の違うソレは、彼女の意識を向けるのに十分だった。

 

『藤原さんの気が向くように……またメールしてもいいかな』

 

 図書館で、藤井から言われた言葉が頭をよぎった。

 大袈裟だ。その時はそう思っていたのに。千花は、今初めて彼の言葉の真意を理解する。

 この人は、本気で一緒に奉心祭を回りたい。そうなんだ。

 藤井の真っ直ぐな気持ちは、彼女にしっかりと伝わっていた。恥ずかしさを堪えた甲斐がある。しかし、千花からのリアクションがないため、ひたすら祈るしかない。

 

 彼女としても、彼と一緒に回るのは嫌じゃない。むしろ、本心はそうしたかった。だが、千花もクラスの出し物に参加するため、彼につきっきりになることが出来ない。それが唯一のネックだった。

 

 ――――クラスの出し物で抜けないといけないですけど、それでもよければ大丈夫ですよ。

 

 事実を並べる。これであれば、どう転んでも対応できる。

 それなのに、千花は入力した文章を眺める。考える。そして、全て消す。これじゃない、違う。自己完結。

 藤井太郎が誘ってくれたのだ。なのに、何から逃げているのだろう。何に怯えているのだろう。考える。悩む。結論は出てこない。

 藤原千花にとって、彼は特別だった。白銀御行や四宮かぐやから同じような連絡を受ければ、二つ返事で了承する。それは目に見えていた。理由は一つ。自分も行きたいから。それだけ。

 なのに、彼の場合は違う。まず考えるのは、()()()()()()()()()()()。自分第一だった彼女にとって、それは異常とも言える感情なのである。

 

 ――――いいですよ。私も藤井くんと回りたいです。

 

 指が意図せず、動く。組み上げられた文章は、それはそれは甘い。白銀御行か四宮かぐやなら「告白された!」と喚き散らすような言葉である。

 自分で見て恥ずかしくなった彼女は、慌てて消そうと試みる。だが、指が動かない。そのまま文章を見つめて考える。

 本心だった。嘘偽りのない彼女の本音。それをただ、紡いだだけじゃないか。何が悪いのだ。頭の中で、もう一人の藤原千花が問いかけた。

 別にこれぐらい普通。何も気負うことではない。彼女は言い聞かせた。特に、深い意味なんて無いのだから。開き直り、送信する。既読はすぐについた。もう逃げられない。

 

「――――っっっっ〜!!」

 

 既読を付けてから五分ほど。悩みに悩んで送ったソレを、千花は後悔した。恥ずかしくて恥ずかしくて、枕に力一杯顔を埋め、声にならない声を漏らす。パタパタと足を動かし、現実から逃げようとベッドの上の泳ぐ。

 握っているスマートフォンが熱い。まるで千花の心を投影しているよう。それすらも恥ずかしく、彼女はソレを手放した。

 

 だが、それは彼女に限った話ではないのである。

 

「――――っしゃぁぁぁ!!」

 

 藤井太郎、勝利の雄叫びである。

 力無く横になっていた体は、彼女からの返信を見た途端、急にエネルギッシュになる。起き上がり、右手の拳を天に突き上げ、思わず握っていたスマートフォンを手放してしまったのである。

 それが足に直撃しても、痛みもない。感覚がない。今は何をされても死なない気分だった。五分ほど返信のない地獄を味わったせいか、千花からの答えはまさに、天使の回答。

 冷めやらぬ興奮を抑えるように、ベッドに腰掛ける。鼓動が高鳴り、息も切れている。そんなことはどうでもよく、ただただ千花とのトーク画面を見つめていた。

 

 何度見ても、幸せな気持ちになるスクリーン。画面にヒビが入っている藤井のスマートフォン。彼は初めて、過去の自分を憎んだ。これさえ無ければ、もっと綺麗だったのに、と。

 無意識のうちに、記念のスクリーンショットを撮り、返答を考える。別に告白されたわけでもなんでもない。ただ文化祭を一緒に回るだけ。それでも、今の藤井にとってそれは、この上ない幸せなのであった。

 

 ここで、返答を考えていた彼に予期せぬ出来事が起こる。

 画面が暗転し、映し出されるのは藤原千花の名。電話である。

 

(えっ、えっ、ちょ、えっ?)

 

 理解が追いつかない。あまりにも唐突の電話。彼にとっても、これはまさかの展開だ。

 だが、悩んでいても仕方がない。意を決して、その電話を取る。電話越しの千花は、彼が想像していたより縮こまっていた。

 

「………ずるいです」

 

 彼女の第一声は、藤井がこれまで聞いたことのない声色だった。

 恥ずかしさと悔しさ、そして嬉しさ。その全てが混じっていて。それでも、彼にとっては甘い。耳が幸せになる声だった。

 

「な、何がさ」

「全部。もう全部です」

「何か声籠ってるけど……」

 

 それもそのはず。千花は枕に顔を埋めたまま話していた。

 顔を上げられない。包まれている感覚が無いと、彼とまともに会話すら出来ないと考えた。

 なら、何故電話を掛けてきたのか――――。藤井は喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。今、それを言うのは違う。千花が電話を掛けてきてくれたことで、声を聞くことが出来るのだ。むしろ、彼女に感謝したいぐらいだった。

 千花としても、やられっぱなしは性に合わない。今この瞬間、藤井太郎に負けた気がして、何か言い返さないといけない。その結論が電話であった。

 

「藤井くんの方こそ声が掠れてますよ」

「……そんなことないよ」

「嘘ですね。どうしたんですか?」

 

 雄叫びの代償がこんなところに――――。はしゃぎすぎたと後悔するも、時すでに遅し。電話越しの彼女は、食いついて離さないピラニアのように突っ込んできた。

 藤井は困った。ここで正直に言ったらどうなるか。脳内でシミュレーションする。

 

『藤原さんと回れるのが嬉しすぎて叫んでた』

『へぇ〜可愛いですねぇ〜』

 

 それはそれで悪くない――――。思いがけぬ結論に至る。

 だが、いざ直接言葉にするとなると恥ずかしさの方が勝った。

 

「ちょっと乾燥気味なだけだよ」

「ふーん……」

 

 思っていた言葉と違うモノ。千花は少しガッカリした声を漏らした。だが、それを細かく問いただす気にはなれず、そこでようやく枕から顔を離す。見上げた天井。見慣れた部屋なのに、いつもより明るく見えた。

 そのまま眠ってしまいたい。まぶたを閉じれば、すぐ深い眠りに落ちることが出来そうな。それぐらいの疲労感が彼女を襲っていた。

 

「……」

「……」

 

 互いに何も話さない。声すらも発さない。

 電話において、それは致命的な問題である。しかし、今の二人はそれでも良かった。むしろ、その方が良かった。

 話さなくても、時折聞こえる互いの息音。電話越しに、相手が居る。それが分かるだけで、雲の上に浮かんでいるような幸福感が包み込んだ。

 

「……急に電話ごめんなさい。そろそろ寝なきゃ」

「いや……掛けてきてくれてありがとう」

 

 まだ眠れそうにないのに。千花は嘘をついた。

 このままだと、夜が明けるまで。彼と電話を繋いでいたくなる。そうなる前に、恥ずかしさが残っている時に、切らないと迷惑になる。彼女なりの、優しい嘘だった。

 それでも、聞きたいことは一杯あった。何故誘ってくれたのか、何故自分なのか、何故誘い方を変えてきたのか――――。頭の奥から湧き出てくるそれを、彼女は必死に押し込んだ。

 

「藤原さん」

「なんですか」

「おやすみ」

「……はい。おやすみなさい」

 

 電話を終えると、藤井は脱力感に襲われた。倒れるようにベッドに横になった。視線だけで壁時計を確認すると、夜の十時前。世の中の高校生が眠る時間ではない。もう少し話したかったと後悔するも、あのまま話していたら、きっと。

 

 見上げたら天井。視線の先には、部屋の明かりの中心がある。

 眩しさを薄めるように、彼は右手を伸ばし、電気を隠す。顔に影が生まれ、気持ち楽になる。伸ばした手を握る。

 

(あぁ、駄目だ。俺は――――)

 

 藤井太郎が掴もうとしているのは、高嶺の花である。

 掴みたいのに掴めない。手が届かない綺麗なソレに、彼は既に目を奪われていた。叶わないモノだと分かっているのに、藤原千花と話すだけで、心が跳ねる。

 

 それでも、彼は一人の男。止まらないのだ。この想いは。

 小さな、小さな独り言となって。言霊と化す。

 

「藤原さんに、会いたい」

 

 

 





 青春。


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