藤原千花は愛されたい〜天然彼女の恋愛無脳戦〜   作:なでしこ

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白銀御行は伝えたい

 

 

 

 

 

 

 

 

 秀知院学園の二学期期末試験では、今回もまた、白銀御行が一位の座を死守。試験後の安堵感というのは、一年を通して数少ない心地良さ。思い切り羽を伸ばしたくなるような。代わりに思い切り背を伸ばす。

 試験から解放され、季節は十二月。冬に入り、世間は年末の慌ただしさに包まれていた。それは秀知院学園も例外でなく。一年に一度の祭典である文化祭。通称・奉心祭の準備に追われていた。

 

 奉心祭。例年は一日で終わるが、今年に限っては、二日間開催されることが決まっていた。最後は、グラウンドでキャンプファイヤー。近隣への迷惑やマナーの問題からしばらく実施されていなかったが、生徒たちからの強い要望で復活することに。荘厳な校舎をバックに、燃えたぎる炎は冬の空気によく似合う。

 

 そんな時、学校帰りに白銀御行はラーメン天龍に顔を出していた。

 なんだかんだで久々の店内。醤油豚骨を旨そうに啜る彼を、藤井は横目でチラリと確認する。

 不思議と、彼らが来る時は客が少ない。この日もまた、白銀以外の客は居なかった。そのため店主である藤井の父親も、ラーメンを提供するとすぐに裏に消えていく。息子と、その友人に気を遣っての行動である。

 

「やっぱり美味いな。ここのラーメンは」

「それはどうも」

 

 彼が来店した理由。純粋にラーメンが食べたくなったと言えば事実だが、それだけではなかった。

 白銀御行には、もう時間がない。

 もう、なり振り構っていられない。四宮かぐやと過ごせる高校生活は、一瞬で過ぎ去ってしまう。

 アメリカにある世界でも有数の名門大学。そこへ、一年飛び級での進学が決まったのだ。つまり、来年の三月にはこの秀知院学園を旅立つことになる。それがどういう意味か。彼の高校生活の終わりだということ。

 彼もここまで引っ張ってはきたが、やはり一人の男子高校生。四宮かぐやと恋人になり、高校生らしいデートをしたり、恋人らしいことをしたいのが本音。となれば、プライドの塊である彼の心は大きく揺れ動く。

 

「藤井はウチの奉心祭に来るのか?」

「うん。行こうかなと」

「一人でか?」

「……まぁ、藤原さんと」

 

 藤井は、やんわりとした言い方をする。

 二人で回ることは決まっていたが、まだ細かい予定は立てていない。それでも、二人はしっかりと連絡を取り合っている。そろそろ声を掛けてみようと思っていた時に、白銀が現れたのだ。適当に誤魔化すのも気が引け、正直に答えたのである。

 

 一方の白銀。彼の返答を聞くと、少しだけ目を細めた。藤井の回答は想定内であったが、想定外でもあった。

 藤原千花の相手をして欲しい――――。自身の計画のために、彼を利用しようとした。それなのに、藤井は既にその先に進んでいる。その事実が個人的には喜ばしいのに、どこか胸に引っかかりを覚えた。

 

 ウルトラロマンティック作戦。

 白銀は決めていた。文化祭までに四宮かぐやから告白されなかったら、自分から想いを伝えると。誰にも伝えていない自分だけの秘密。奉心祭の完全私物化を図っていた。

 それはアメリカ行きが決まる前、願書を提出した段階から練られた計画である。緻密に計算され、彼の知性と感性をフル動員で考え出した。

 無論、そこには生徒会メンバーに対する対策も含まれていた。

 石上優。彼が想いを寄せる三年生の子安つばめを利用。彼女の出演する演劇の時間を遅らせ、エンカウントを阻止。

 伊井野ミコ。食い意地の強い彼女のため、食系の出店を一定の場所に集中させる。そこまで誘導させれば白銀の勝ち。エンカウントを阻止。

 そして――――藤原千花。白銀にとって、ここが一番の難関だった。何せ、付き合いも長くなるが、未だに彼女の心の中は読めなかった。

 だが、素直で色物には目がないこと。子供騙しでも健気に楽しむことができること。などから、白銀は「怪盗作戦」を練っていた。予告状をばら撒き、謎解きに見せかけたデマを流せば、彼女は間違いなく釣れる。確信に近い自信があった。

 しかし、藤井太郎の存在。そして彼の発言。この瞬間、怪盗作戦の実行率は限りなくゼロに近づいたのである。

 

「なら、しっかりと隣に居てやってくれ」

 

 藤井は照れ臭そうに彼から視線を逸らした。

 一つの疑問。彼は千花とどういう関係なのだろうか。白銀の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。友人であることは彼も理解している。だが、そうだとしてもだ。文化祭を二人で回るような仲を、普通の友人だと言えるのだろうか。交際経験のない白銀から見ても、二人の関係は異質だった。

 

「その……変なことを聞くが」

「なに?」

「藤原と付き合ってたりするのか?」

 

 単刀直入。ズバッと切り込む。藤井の反応次第では、白銀の対応も変わってくる。

 白銀御行。このままいけば、人生初の告白をすることになる。どれだけ勉強が出来ても、どれだけ権威があろうとも。好きな人に想いを伝えることが怖い。万が一、振られたりしたら。もう、四宮かぐやと話すことすら出来なくなるのではないか。

 それが怖くて、怖くて、怖くてたまらないのだ。だから、この日までズルズルと引っ張ってきたわけで。もし、藤井が藤原千花に告白したとするのなら。恥を捨てて、問いかけるつもりだった。

 

「いや。そんなんじゃないよ」

 

 白銀の期待した回答ではなかった。藤井は苦笑いし、頭を掻きながらそう言う。白銀の心うちに気付くはずもない。

 「そうか。悪かったな」口ではそう言う白銀だったが、少しだけ肩を落とした。不思議と、今なら藤井に対して何でも聞ける。そんな気がしていたから。

 ラーメンを啜る。チラリと店の本棚を眺めると、店の雰囲気に合わない少女マンガが目に入る。目視で数えると、六冊。以前見た時と変わっていないように思えた。

 蘇る記憶。そして推測。藤原千花がここに通っていたのは、あのマンガを読むためではないのか。少女マンガというクッションを挟んでいた二人の関係は、いつの間にか進展している。自身とかぐやの関係と比較しても、それはあまりにも早く、深い。

 

「ならなんなんだ?」

「何が?」

「藤井にとって、藤原は」

 

 少なくとも、白銀には普通の友人には見えなかった。

 自由奔放な藤原千花。彼女と接すると気疲れする人間も少なくない。白銀もその部類だったが、生徒会活動のおかげもあり、それはすっかり解消されていた。

 誰にでも、波長が合う人間と合わない人間は居る。その割合も人それぞれ。藤原千花は、「どちらかと言えば波長の合わない人種」と捉えられている。しかしそんな彼女を、藤井太郎は受け止めた。戸惑いながらも、少しずつ関係を作っていった。

 秀知院学園でも、そこまで出来る男子生徒は居ないのだ。男子人気の高い千花。告白されることも多いが、彼女の心には響かない。どんなに相手が心を込めて言ったとしても、自身の本当の感情には嘘をつけない人間だから。

 

「普通に友達だよ。それだけ」

 

 なら、この男はどうなのだろうか。

 藤井なら、彼女の心を動かすことが出来るのではないか。白銀御行の心の中に芽生える()()

 

「聞き方が悪かったな」

「え?」

「藤原のこと、異性としてどう思う?」

 

 それはただの興味にすぎない。二人が付き合おうが付き合わないだろうが、白銀には何の関係もない。だから、こんなことを聞くのは野暮だと普段の彼なら考える。

 しかし、今の白銀は変なスイッチが入っていた。ガールズトークならぬ、ボーイズトーク。ラブ探偵を自称する千花がこの場に居れば、それはそれは盛り上がっただろうに。白銀は心の中で笑った。

 

 藤井は戸惑っていた。あまりにも唐突な質問だった。

 彼にそのことを伝えたところで、どうにもならないというのに。

 特に何もない――――。そう告げられれば、この会話はこれで終わり。それでも良かった。でも、藤井はもう、戻れないところまで来ていたのである。

 

「……すごく魅力的だと思う」

「そう、か」

 

 彼の言葉は、真っ直ぐだった。恥ずかしそうに、でも芯が強い。白銀はまるで自分の話のように興味をそそられた。

 残ったラーメンを急いで食べきり、次の発言を考える。だがここまで来たら、問いかけるべき言葉は一つしかなかった。

 

「藤原のこと、好きなのか」

 

 藤井の心の奥に眠る感情。そこに直接話しかけるような言葉。彼は視線を泳がせ、何も言わない。

 

「……悪い。変なこと聞いた。忘れてくれ」

 

 かつて、生徒会室に相談に来た生徒とは違う対応だった。

 あの時は、生徒会長として。今は、白銀御行として。

 生徒会長としての白銀は、みっともないところを見せるわけにはいかない。そのため、何がなんでも答えを導き出す。それが正しいかどうかは置いておいて。

 一方で、素の白銀御行は少し違った。彼の言葉の先を聞くのが怖くなり、答えを遮った。学園内でなら絶対にしない行動である。

 そんな彼を見て、藤井は考えた。頭の良い白銀が、どうしてそんなことを聞いてくるのかを。頭が良いからこそ、何かしらの意味が隠されているのではないか、と。

 

「……俺には」

「ん?」

「俺には、無理だよ。彼女は、あまりにも遠すぎるから」

 

 それは、彼女に想いを寄せている。

 そう言っていることに変わりない言葉だった。しかし、藤井はそれを口に出来なかった。出てくるのは、否定的な言葉だけ。それも、まるで自分の立ち位置を蔑んでいるかのようで。

 現に、これまで藤井はそうだった。彼女のことを考える度に、心が跳ねる。その都度、心に影が生まれる。その影というのが、千花との家柄の違いだ。いつの日か、四宮かぐやと話した言葉。「奪いに行く」と言った自分が恥ずかしくて仕方がなかった。

 高校生の彼でも、この想いは無謀なことだと理解していた。藤原千花の隣を歩くのは、それ相応の人間じゃないと許されることじゃない。その辺にあるラーメン屋の一人息子が、それに当てはまるかと言われたら、彼は首を横に振るだろう。

 半ば諦めすら感じられる藤井の表情。千花と二人で奉心祭を回れるというのに、その事実がある限り。彼は心の底から楽しむ自信が無かった。あの時、あれほど喜んだというのに。

 

「……お前」

 

 白銀は、懐かしかった。

 目の前の男は、まるで少し前の自身を投影しているようで。呟いた言葉に続くモノを探す。ここで、藤井に何と言えば良いのだろう。

 白銀御行もまた、一般家庭の人間。秀知院学園に通ってはいるが、生徒会長に登り詰めるまで、『生粋の秀知院生』から偏見の目は消えることは無かった。

 努力は裏切らない。外部生でありながらも、必死に勉強し、学年トップを奪い取り、生徒会に入り、全生徒をまとめ上げる生徒会長に選挙で勝利した――――。そのドラマのような過程を見ている生徒たちは、いつしか彼に羨望の眼差しを向けるようになった。

 だから、努力は裏切らない。でもそれは、彼にとって些細なことに過ぎなかった。

 全ては、四宮かぐやの為なのだ。彼女の為に、彼女の隣に居るにふさわしい男になる為、対等になる為。そのために、様々な時間を犠牲にして、知識を頭に詰め込んだ。

 そして、初めて彼女の上に立った。これまで口すら聞いてもらえなかったかぐやが、その瞬間。初めて、白銀御行という男を認識するようになった。彼もまた、立場の違いに悩んだ人間でもある。だから、今の藤井の気持ちは痛いほど分かるのだ。

 

「それなら、答えは簡単だ」

「……」

「隣にふさわしい男になれば良い」

 

 自身がそうだったように。一言だけ告げる。

 そんなこと分かっている――――そう言いかけた藤井だったが、喉がそれを許さなかった。誰かからそうやって言われたことは無い。千花に対しての想いを人に話したこともないのだから、それは当然。

 そのせいか、白銀の台詞が素直に心に入ってきた。茶化すような言い方じゃない。至って真面目な言の葉。思わず固唾を呑むような。

 

「……出来ないよ。だって藤原さんの家柄は――――」

「出来る。やる前から引いてどうする」

「でも」

「藤原はモテる。そんなことを言う奴に勝ち目は無い」

 

 厳しい言い方になってしまったが、白銀の言うことは正しい。そしてそれは、藤井自身もよく分かっていた。

 こうしている間にも、彼女は別の男と恋に落ちる可能性がある。特に千花はモテる人種。ライバルは藤井が思っている以上に多いのだ。白銀と同様、時間が無いのは、彼も同じだった。

 

「白銀君は、そういう経験あるの?」

「……さあな。別に良いだろ」

「それは「ある」って言ってるようなモノだよ」

 

 藤井の表情が少し柔らかくなる。白銀は立ち上がる。用件も終わり、財布から取り出したのは一枚の紙だった。

 

「会計はこれで」

「あぁ無料券。でもそれ、期限切れてるよ」

「嘘!? これあるから来たんだが!」

「冗談だよ。また来てよ」

 

 この店の無料券に有効期限もへったくれも無い。全ては店側のさじ加減である。ケチな白銀にとって、無料か無料じゃないか。死活問題だった。

 

「奉心祭、健闘を祈ってるよ」

「案外、白銀君もでしょ」

「……さぁな」

 

 白銀御行は、心を捧げる用意を整える。

 藤井太郎は、心を纏めあげる。

 四宮かぐやは、心を受け取る用意を整える。

 藤原千花は、心を落ち着かせる。

 

 四人にとって、忘れられない奉心祭が始まろうとしていた。

 

 

 

 





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 ありがとうございました。前回から間隔が短かかったですが、奉心祭編を前にキリがいいのでご紹介させていただきました。
 今後も定期的にご紹介させていただきますので、よろしくお願いいたします。


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