藤原千花は愛されたい〜天然彼女の恋愛無脳戦〜   作:なでしこ

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紅茶が冷めるまで見つめていたい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 秀知院学園の文化祭。通称・奉心祭の日がやってきた。

 十二月二十、二十一の両日で開催されるそれには、多くの来場者が見込まれていた。一般家庭の人間が、校内に足を踏み入れることが許される唯一の時間。それだけ近隣住民の関心は高い一大イベントだった。

 さらに、今年は例年と違って二日間にわたって開催される。これまで一日開催が続いていただけに、生徒たちの浮かれ具合は例年とは比べ物にならなかった。

 季節は冬。行き交う人々のタイプは様々だ。

 学生、社会人、お爺ちゃんお婆ちゃん。本当に多くの人間がこの学校に集まっている。そして、藤井太郎も例に漏れず。

 

「そのパーカー、すごく似合ってる」

「そ、そうですか……? あはは……」

 

 正午。彼は約束の相手、藤原千花と合流していた。

 正門から校舎にかけても、多くの出店が並んでいる。その光景はまさにお祭り。

 藤井としては朝から回りたかったのが本心。だが彼女にも都合というものがある。千花と白銀のクラスは「バルーンアート」。客からの注文を受け、目の前で風船を膨らませて色々なモノを作り上げる。そんなシンプルな出店である。

 当然、クラス全員に役割が与えられる。大半が接客になるが、呼び込みだったり、道具の整頓だったり、なんだかんだで忙しい一日である。千花も例外でなく、この時間までひたすら風船を膨らませていた。抜け出して遊び回りたい気持ちを必死に堪えて。

 その代わり、これからは藤井と二人の時間。千花は心が躍った。

 普段、学校の違う彼と、堂々と秀知院学園を巡ることができる。かつて、藤井の言った言葉。

 

 ――――藤原さんと同じ学校だったら、楽しかっただろうな

 

 その意味が、少し分かった気がした。

 自身の日常に、藤井太郎という存在が割り込んでくる。それはとても幸せな感情。

 人混みの中、立ち止まっている二人。千花は藤井のことを見上げる。私服姿の彼を見たのはかなり久々だったような気がした。

 

「どこ行こうか」

「かぐやさんのクラスに行きましょうよ」

「何やってるの?」

「コスプレ喫茶です」

 

 藤井は少し驚いてみせた。

 これはきっと、男子校にはない喜びがそこにはある。そう思うと、自然と口元が緩む。想い人が目の前に居るというのに、まさに最低の感情である。

 幸い、千花は歩き出している。みっともない顔を見られずに済んだが、彼の心は落ち着かない。

 

 白銀に店で言われたことが、未だに引っかかっていた。

 確かに、藤井は千花に想いを寄せている。それは否定しようのない事実。だが、それを伝えるかどうかは、あくまでも藤井太郎の自由。伝えないことで幸せを得ることだってあり得るのだ。

 そう自分に言い聞かせて、藤井は現実から目を背ける。いつか、いつか、彼女の隣にふさわしい男になってから。優しさじゃない。ただの言い訳だった。

 

「藤井くん?」

「え、あ、あぁ。どうしたの?」

「どうして後ろを歩いてるんですか?」

「ごめんごめん。少し考え事」

「……そうですか」

 

 藤井は慌てて彼女の隣に並ぶ。怪奇そうな千花の表情。彼は見なかったことにして、ただ前だけを見て歩く。校舎の中も装飾がなされていて、普段の学校にはない華やかさを醸し出していた。

 やがて目的の場所。二年A組の教室の前にやってきた。分かりやすく「コスプレ喫茶」と看板。ただ昼時ということもあり、教室内は中々混んでいた。

 千花の顔を見た生徒は、驚いていた。それもそのはず。あの彼女が男を連れている。それも秀知院生じゃない人間を。あからさまにニヤける彼女に、千花は苦笑いを浮かべるしか出来なかった。

 待つことも頭に入れていたが、幸い席が空いていた。二人は案内されるがまま、教室に足を踏み入れた。

 廊下同様、明るい飾り付け。だが、ここは紛れもなく秀知院学園の教室である。椅子に座りながら、藤井は考えた。他校に来たこの違和感。独特の雰囲気に呑まれないように。

 

「……もうっ! さっきからどうしたんですかー?」

「ご、ごめん! その、つまんないとかじゃなくて」

「本当ですかー? 怪しいですよ?」

 

 二度目となれば、さすがの千花も問いただす。

 辺りをキョロキョロと見て、落ち着きのない彼。意識が散漫していることに、彼女は少しイラついたのである。

 藤井は誤魔化すようにメニューを手に取る。もちろん、このメニューも手作り。ポップな丸文字が文化祭感を出していて、どこか微笑ましい。加えて、思っていたより内容も充実していた。紅茶にコーヒー。軽食も出してくれるとくれば、自然と彼のテンションも上がる。

 強いて問題を挙げるとすれば。その金額設定にあった。紅茶もコーヒーも、一杯で800円。少しどころかかなり高額である。強いて例えるなら、キャバクラの薄い焼酎と同等レベル。

 

「さすが秀知院。分かっていたけど高いね……」

「ま、まぁ高校の文化祭ですし……」

「でも四宮さんならやりかねないね」

 

 紅茶にしても、コーヒーにしても、高級であることには変わりない。だがそんなところまで興味のない彼からすれば、自販機の缶コーヒーで十分。それが八本近く買える金額なのだから、普通の男子高校生である藤井が狼狽るのは自然なことなのだ。

 そこでどういうわけか、四宮かぐやの名前が出てくる。彼の中で、かぐやは学校のドン。つまりは、このクラスを牛耳っているカースト最上位の人間。間違いではないのだが、何でもかんでも彼女が決めているわけではない。

 

「――――何をやりかねないと?」

 

 そして、かぐやはそう言った陰口には慣れている。

 氷のかぐや姫と呼ばれていた、かつての彼女。人は疑うモノという教えを忠実に守っていたあの時。人当たりが悪いなんてレベルでは無かったかぐやは、陰口を言われるのが普通になっていた。

 だから、彼女は笑いながら藤井に問いかけた。陰口になる前に。これでも一応、かぐやなりの優しさである。彼女を本気で怒らせたらそれこそラーメン屋の一軒ぐらい平気で潰すだけの力があるのだから。

 

「し、し、四宮さん。大和撫子で似合ってるね!」

「何をやりかねないと?」

「このクラスで一番輝いてるよ!」

「何をやりかねないと?」

「……見逃してくれませんか?」

 

 まさかの本人登場に狼狽ながら、彼は言葉を紡ぐ。咄嗟に出たご機嫌とりだったが、あながち嘘でもなかった。着物を着た彼女は、まさに大和撫子。行き交う男の視線を集めるだけにふさわしい雰囲気。黒髪でデコだしスタイルも、普段と違う彼女を上手く表現していた。

 

「紅茶を二杯注文していただければ」

「頼みますとも。ねぇ、藤原さん」

「藤井くん本当かぐやさんに弱いですね」

 

 かぐやも事を荒立てるつもりは無い。注文で手を打つ。

 千花は苦笑いを浮かべる。弱いも何も無いのだが、今の藤井は少しみっともなく見えてしまった。注文を受けたかぐやはその場を離れる。彼女の淹れる紅茶は一級品。顔見知りでもある千花と藤井のため、心のどこかで少し気合を入れていた。

 

「なに?」

「別に。何でもないです」

「気になるよ。そんな顔されたら」

「さっきからボーッとしてる藤井くんに言われたくないです」

「そ、それはまぁ……」

 

 拗ねた子どものように、彼女は視線を逸らす。

 思えば、二人がこうして向かい合うのは夏休み以来だった。ラーメン天龍近くの喫茶店で。その時も、千花はどこかイラつきを隠さずにいた。だからか、二人とも妙に落ち着いていた。

 

「さっきからキョロキョロしてますし。女の子ばっかり見てますし」

「そんなことないよ」

「そんなことあります。藤井くんは女たらしです」

「なんでそうなる」

 

 女たらしは言い過ぎであるが、藤井に落ち着きがないのは事実。それがまるで品定めをしているように映ったようだ。彼は否定するも、彼女は話を聞こうともしない。

 せっかく二人で回るというのに、雰囲気はあまり良いモノではなかった。楽しみが空回りしているような違和感が彼女を襲う。

 夏休みもこんな感じだった。彼が話を聞いてくれなかったことにイラついて、当たって。これでは、同じことを繰り返しているだけ。まるで進展のない自分に、千花はイラついた。

 

「俺は――――」

 

 そんな彼女の意識は、一気に藤井に向く。藤井は少しだけ声を張る。低い声がよく響き、首を傾げた千花の心臓を握っている。高鳴りが伝わってきそうな。思わず彼は視線を逸らす。

 

「俺は……その……藤原さんしか見てないから」

 

 実に際どい発言である!

 つまり「藤原千花以外は見ていない」と同義。彼女の発言を真っ向から否定する言葉である。そしてそれは、千花への好意を表す言葉でもある。

 加えてあまりにも唐突。茶化している雰囲気もない。その言葉の意味が頭に染み渡っていく彼女は、視線を逸らしたままの藤井を見つめた。

 

「え、え、えっと。も、もうー! いつからそんな冗談言うようになったんですか?」

「冗談なんかじゃ――――」

「盛り上がってますね。お待たせしました」

 

 タイミングが良いのか悪いのか。かぐやがコップとティーポッドを慎重に運んでくる。注文を受けたのだから、それは至って普通の行為。

 藤原千花は、少しだけ安堵した。彼の言いかけた言葉は、きっと。確証なんてなかったが、そんな気がしてならなかった。決して冗談なんかじゃないと。

 彼女は考えた。もし、彼から言われたなら、何と返事をするべきか。いや、何と返事をするだろうかと。

 千花にとって、藤井太郎の存在は大きい。知らない世界を見せてくれる男だ。

 万が一、彼から告白されたら。巡る思考。自身と目を合わせていない彼の顔をジッと見つめる。不思議と目が離せなかった。

 隣では、かぐやが紅茶を注いでいく。上品な注ぎ音。上質な香りが二人の鼻腔を抜ける。普段はあまり紅茶を飲まない藤井でも、漠然とその質の高さが理解出来た。彼の逸れた視線は、紅茶を注ぐ店員(かぐや)に向けられていて。

 

「藤井くん」

 

 彼の名を呼ぶ。驚いて、彼はようやく彼女を見る。互いに言葉は続かない。

 千花は心から、ここに連れてきたことを後悔した。こうしてうまく話せないのも、彼のせいではない。面倒な自分のせいなのだ。

 ならどうして、先程の言葉を受け取らなかったのだろうか。冗談だと笑い飛ばしたのだろうか。

 あぁ、やっぱり私は面倒な女だ――――。千花は自分でも、何を考えているのか分からなかった。かぐやに対する嫉妬に近い感情。これは恋と呼ぶべき感情なのか。それを理解するには、まだ時間が必要だった。

 

 紅茶を淹れ終えたかぐやは、一言告げてその場を離れた。再び二人だけの時間。かと言って、交わす言葉はない。沈黙を嫌った藤井は紅茶を啜る。熱い。舌に広がる熱と苦味。美味しい品種であることには間違いないのだが、彼にはあまり理解できない味だった。

 千花にとっては、毎日生徒会室で口にする紅茶。飲み慣れた味。しかし、今この瞬間は味覚がおかしい。いつもとは違う苦味があった。

 

「さっきの言葉は、本当だから」

 

 今は真面目に彼女と向き合う必要がある。藤井は勇気を振り絞って、千花に言葉を投げた。そしてそれは、先程の彼女の発言を否定するモノ。

 藤原千花。彼女の心の中には、彼から貰った言葉の剣が刺さったままだ。会う度、声を聞く度、その剣は赤く燃えたぎる。心臓が灼かれていくと錯覚するほど、胸が熱くなる。

 彼女はふと、夏休みの喫茶店での彼を思い出した。緊張していて、あたふたしている彼を、可愛いと思えた自分を。

 ところが、今はどうだ。まるで逆ではないか。緊張しているのは藤原千花。そして、そんな彼女を「可愛い」と思っているのは藤井太郎。正反対の構図。

 こっちを見つめて欲しかったのに、恥ずかしくて恥ずかしくて。千花は視線を逸らした。彼の名前を呼んでおきながら、彼女はみっともない自分にイラついた。せっかくの文化祭であるというのに。千花はイラついてばかりだった。申し訳なかった。目の前の彼に。

 

 それなのに、藤井は千花のことを優しく見つめている。全てを包み込むような優しいオーラ。

 藤井にとって、藤原千花は可愛くて綺麗で、大切な()()なのだ。それは、これからも変わらない。白銀に言われたセリフが頭にこびりついているとは言え、こうしている自分が一番幸せだった。それは自分自身から逃げている答えだとしても、それで良いと言い聞かせて。

 

「どうしてそんなことを言ってくれるんですか」

「……それは」

「藤井くんにとって、私は何なんですか」

 

 意地悪なことしか聞けない自分が嫌になる――――。千花は心の中で頭を抱えた。ハッキリ言ってしまった方が楽なのに。こんなまどろっこしい聞き方しかできない自分が、心の底から嫌だった。

 

「大切な人」

 

 本心。真っ直ぐ、嘘偽りのない言葉だった。

 揺れ動く心。少し聞くタイミングがズレていたら、こうは答えていなかったかもしれない。高校生の心模様というのは、それぐらい軽くてフワフワしたもの。なのに、そこから放たれる言葉というのは、人の心を打つ。

 

「もう〜!! もうもうっ!」

「聞いてきたから答えたのに」

「そんな目でこっち見ないでください……」

 

 二人はカップルでもなんでもない。それなのに、誰よりもカップルらしい会話をしていることに気付いていなかった。少なくとも周囲は、微笑ましい視線を二人に送っていた。

 

「そんなこと言われてもなぁ……」

「さっきまでキョロキョロしてたのに〜!」

「いいじゃん。この紅茶飲んだら出ようか」

「もう……早く飲んでください……」

「あと少しかかるかなぁ。猫舌で」

「ラーメン屋の息子のくせに!」

「あはは。だから――――」

 

 藤井にとって、藤原千花は大切な友人。偽りない事実だ。

 だが、やはり。心に眠る想いは、人の本心である。彼の知らないところで、湧き上がる。心の海から、必死に陸に上がろうと動き出す。

 

「紅茶が冷めるまで、もう少し見つめていたい」

 

 止まらない言葉。止まらない想い。これ以上、彼女の傍に居ると、必ずボロが出てしまう。藤井の頭の中は、もうパンク寸前だった。

 大切だからこそ、距離を置くことだって重要なのだ。そうしたいのに、藤原千花に会いたい想いが溢れ出る。

 

「こ、この後何か食べましょう」

 

 彼の言葉を無視するように、千花は言う。少しだけ震えている声。彼女たちの奉心祭は始まったばかりだというのに、すでに疲労感が襲う。でもそれは、決して不快なものではない。むしろ、幸福感に包まれた不思議な味だった。

 

「紅茶、中々冷めないね」

 

 嘘であることに、彼女は気付いていない。

 それはただ、藤井太郎が彼女を見ていたいがための口実。嘘に塗れた彼の心の中は、自身が思っている以上のスピードで、藤原千花に飲み込まれているのである。

 

 

 

 

 





 アオハル。

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