藤原千花は愛されたい〜天然彼女の恋愛無脳戦〜   作:なでしこ

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 物語も佳境です。




かぐや様は告らせたい

 

 

 

 

 

 

 

 

 奉心祭二日目。最終日。

 例年なら訪れることなかった一日だ。初日に負けず多くの人で賑わう秀知院学園。日が傾き始めた時間帯。冬空に夕陽が顔を覗かせる。その中で藤井太郎は、一人出店をぶらついていた。

 キャンプファイヤーは午後五時から始まる。千花との約束の時間まで一時間ちょっと。藤井は待ちきれず学園内に足を踏み入れたのだ。

 

 秀知院学園の雰囲気は、昨日より浮かれていた。桃色の空気感。日常から切り離されたような柔らかくて気持ちの良い。

 だがそれも、出店や校舎内に限った話。人気のないところに行けば至って普通の学校の空気感が漂っている。校舎裏の寂れたところでは、告白にもってこいのシチュエーションが完成しているのだ。

 

「少し、いいですか?」

 

 そんな場所に、藤井は連れ出されたのである。

 桃色の世界に浸っていた彼にとって、ここは別世界に来たかのような雰囲気。思わず固唾を飲んでしまうように。

 彼の様子を気にかけることもなく。目の前の彼女、四宮かぐやは向かい合う。

 

「ごめんなさいね。こんなところに」

「いや……何か用?」

「そんなに警戒なさらないでいいのに」

「(警戒するに決まってる)」

「……はぁ。まぁいいです」

 

 身構え、顔を歪める藤井に対して、かぐやはため息をついた。

 高校生にとって、校舎裏というのは特別な場所とも言える。そして、まず頭に浮かぶのは「告白」である。ここに呼び出されるという意味。「放課後、校舎裏に来て」なんて言われた日には、双方が浮き足立ってその日の授業を棒に振るほどに。

 無論、藤井の頭にもそんな光景が映った。しかし、四宮かぐやから告白されることはまずあり得ない。これまでの関係を思い返し、そんな甘い考えを捨てた。

 

「今日は藤原さんと一緒ではないのですか?」

「キャンプファイヤーを一緒に見る予定だけど」

「まだしばらく時間ありますけど」

「まぁ……ちょっと早く来ちゃっただけ」

 

 ちょっとにしては随分と待ち時間が長い。かぐやは口元に手を当て上品に笑って見せた。

 今の彼はとても分かりやすかった。藤原千花に対する特別な感情。それが体からダダ漏れている。

 藤井太郎を利用して、白銀御行に告らせる。かぐやはそんな一時の感情で彼と連絡を取り合っていた。ところが、なんだかんだで半年ほどの付き合いになる。利用できるものは徹底的に利用してきた彼女の中にも、僅かながら情が芽生える。特に、親友である()()()()()()()()()()()()()()()()()()()彼に対しては。

 

「藤原さんなら今頃学校内を駆け回ってるでしょうね」

「どうして?」

「怪盗が出たとか出てないとか」

「なんだそれ」

 

 白銀御行による作戦の一つ。学校に飾られていたハートの風船を全て集め、予告状をばら撒く。対藤原千花用の作戦であった。

 が、藤井太郎の存在により予告状をばら撒くことに意味は無くなった。ただそこは白銀。藤井がしくじった時のために敢えて実行したのである。リスク管理もしっかりしていた。

 当然、その事実を知っているのは白銀御行本人だけ。ここに居るかぐやの耳にすら入ってない。彼女もまた、今日この日。白銀御行に想いを伝えることを決意した人間なのである。

 

「その様子だと知らないみたいですね」

「今初めて聞いたよ」

 

 かぐやの頭に浮かぶ一つの可能性。

 それは――――この怪盗騒ぎが白銀御行によるものということ。

 今回の騒ぎ。かぐやから見て、悪戯にしては手が込すぎていた。まず、校内に飾られたハートのバルーンを集めるにもかなりの数。一人でどうにか出来るレベルではない。

 となれば、誰かの協力を得る必要がある。だが奉心祭の真っ只中である秀知院生にそんなことをする人間が居るだろうか。居るとしても数は少ないはず。目的の見えない悪戯に付き合うような馬鹿はこの学校には居ないのだから。

 だが、目の前の男は違う。かぐやが藤井を利用するように、白銀もまた藤井を利用しようと試みた人間。何か知っているようであれば、かぐやは彼を問い詰める気でいた。

 

(間抜けな顔……本当に知らないみたいね)

 

 判断材料は彼の言葉と顔。9:1で顔、というか表情。かぐやの言葉に動揺する素振りすら見せない彼を見て、彼女は体の力を抜いた。

 振り出しに戻ったせいか、不思議な脱力感がかぐやを襲う。別に怪盗を探しているわけではない。だが、バルーンアートを終えてから白銀の姿を見ていないのも事実だった。

 

(会長……どこにいるのかしら)

 

 昼間、白銀と一緒に奉心祭を回った幸福感。彼に会いたい気持ちが胸の中に広がっていく。

 

「なんでニヤけてるの?」

「べ、別にニヤけてなんかいません!」

 

 分かりやすいのは藤井だけではなかった。口元が緩むかぐや。慌てて手で隠すが、ニヤけた事実は消えない。藤井は苦笑いするしかなかった。

 かぐやの用件はそれだけ。問い詰めた時のことを考えて人気のない場所を選んだが、完全に無駄であった。藤井は頭を掻きながら校舎の壁に寄りかかる。

 

「……四宮さんはさ」

「なんです?」

「好きな人とか居るの?」

 

 唐突であった。かぐやは視線だけで彼の方を見る。

 先ほどまでの間抜けな顔ではなく、目に力が込められている。真剣な表情。それはまるで、この校舎裏の雰囲気に飲み込まれているみたいで。

 

「……なんですか急に」

「急に呼び出したのは四宮さんの方じゃん」

「そういうことではありません」

 

 揚げ足を取るような彼の発言に、かぐやは目を細めた。

 どういう意図があるのか。その真意が読めなかったのだ。一番高いのは、白銀の差し金である可能性。かぐやは二人が友人関係であることを知っている。

 私は白銀御行が好き――――。奉心祭の直前、四宮かぐやは、ついに彼への好意を認めていた。ようやく。ここまで来るのにどれだけの時間と人が動いたか。それを初めて聞いた早坂愛は崩れ落ちたくなるほどの喜びに近い感情に呑まれたという。

 そのことを知っているのは、早坂愛だけ。ここで下手にバラしてしまえば、余計な火種になりかねない。

 

「そういう藤井さんはどうなのです?」

 

 結果、はぐらかすことにした。

 これでいい。今は来るべき時まで、白銀のことを誰かに言うべきではないと判断。もし彼が告白してくるのなら、この奉心祭は絶好のタイミングなのだから。

 加えて、藤井の性格。こういった込み入った話になると慌てふためく可能性が高いと判断。この切り返しをした時点で、かぐやの勝利は決まったも同然だった。

 

 彼女の言葉。藤井の頭に入って数秒。

 彼は、すぅ、と息を吸う。

 

「居るよ」

 

 風で木々が揺れる。枝たちが擦れる高い音。彼の言葉の邪魔をする。それでも確かに藤井は言った。聞き取ることができた。

 

「……そう、なんですね」

 

 かぐやは思わず視線を逸らした。ここまでハッキリと言い切られてしまえば、たじろいでしまうのが四宮かぐやという人間。自身に向けられた好意でないというのに、不思議と心はフワついた。

 藤井太郎の好きな人。それはきっと――――。思い返しても、心当たりのある人物は一人だけ。彼が、これから会う人間だ。

 前日のコスプレ喫茶でのやりとりを見ても、明らかに友人関係には見えない。もうこれ付き合ってるだろと言わんばかりの主張。イチャイチャを見せつけられ、かぐやは内心イラついていたことを思い出した。

 

「脈はありそうですか?」

「……分からない」

 

 恋をするのは楽しいです――――。よくそんなことを言われている。かぐやもその一人であるが、藤井太郎の顔を見ると、とてもそんな言葉が似合うようには見えなかった。

 

「どうして……そんな顔をするのですか」

「えっ」

「もっと、幸福感のあるものではないのですか」

 

 笑いきれていない彼の表情。それをかぐやは見抜いた。

 誰かを好きになるということは、単純なようで入り組んでいる。好意を寄せる相手のことを眺めることは簡単だ。しかし、その時間は長く続かない。

 相手に好かれたい、そんな感情が湧き出てくる。アピールを繰り返すうちに、どんどん沼にはまっていく。それに気付いた頃にはもう、後戻りできないところまで。

 

「俺には手が届かない人だから」

 

 だから、落ちる前に距離を置く。藤井太郎の判断は間違ってなんかいない。彼の言うように、身分に格差のある二人。仮に交際を始めたとしても、待ち受けるのは困難。一つ乗り越えても、また一つ、また一つと絶え間なくやってくる。

 それは保身以外の何者でもないのだ。そう言って、恋心から背を向ける。このまま友人関係でいることが互いにとっての幸せだと言い聞かせて。

 

「……呆れた」

 

 盛大なため息。何を言い出すかと思えば、そんなことを。かぐやは女々しい藤井にイラつきを隠せなかった。

 

「そんな薄っぺらい優しさもどきは捨てなさい」

 

 藤井は何も言い返せなかった。優しさもどき。その通りなのだ。

 それは全然優しくもない。自己肯定するための逃げ言葉。四宮かぐやの前ではそんな言い訳は通用しない。彼は正直に告げたことを心の底から後悔した。

 

「振られるのが怖いのですか?」

「それも……あるけど。告白したら、もう今の関係には戻れない。だから友達のままの方が良いんだよ」

「どうして。好きな人なのに」

「好きだから。彼女と疎遠になるのが嫌なだけ」

 

 好意を寄せているからこその感情。

 藤井太郎の心の中は、昨日からずっと揺れていた。藤原千花と二人で過ごした時間が増えるたびに胸が締め付けられる。

 それなのに、この想いは隠しようのないところまで来ている。その想いを抱いたまま、これから先も千花と友人であり続けるのか。自問する。答えは出ない。

 

「なら、彼女が他の男と交際しても良いと。そういうことですね」

「……」

「あの子、男子から人気あるんですよ」

「知ってる」

「告白されることだって珍しくないのです」

「知ってる」

「ついさっきだって、告白されてるのですから」

「……それは知らない」

 

 彼を取り囲む空気が揺らいだ。動揺だ。

 口ではそんなことを言う藤井であるが、藤原千花を好きだという想いは変わらない。当然、彼女が他に男を作る可能性は高い。その気が無くとも、男の方からホイホイと寄ってくる。

 かぐやはそんな彼を見つめる。藤井の発言も理解できなくもなかった。白銀に告白したとして、もし振られてしまったら。藤井と同様に、もう元の関係には戻れない自信があった。心の底から白銀御行が好きだから。好き故の感情。藤井の言葉がよく分かる。

 

「……ま、あとは貴方で考えなさい。どうしようが、貴方の自由なのですから」

 

 本当はもっと言いたいことがあった。以前、藤井がかぐやに対して言っていたセリフをぶつけようともした。

 だが、かぐやは寸前でブレーキを踏む。このまま突っ込めば、自身への墓穴を掘ることに繋がりかねない。冷静な判断だった。

 壁にもたれていた藤井は、その場を離れようと体を起こした。かぐやもため息をついて藤井の隣にぴたりと付く。約束の時間まであと少し。気が付けば陽もすっかり沈みかけていた。辺りは一気に暗くなる。

 すると、かぐやが思い出したかのように口を開いた。

 

「そうそう。奉心祭には伝説があるんですよ」

「伝説?」

「ハートの贈り物をした人は結ばれる、というものです」

「へぇ」

「……随分と興味なさげですね」

「まぁなんというか……うん。あんまりそういうの信じないタチでさ」

 

 ツレナイ反応に、かぐやは何度目か分からないため息をついた。

 これから彼女は、キャンプフャイヤーの重大な役目を課せられていた。一言告げて、二人はそこで別れる。一人になった藤井は、約束の場所である中庭でスマートフォンを眺めながら時間を潰すことにした。

 

「藤井くーん」

 

 甘い声が藤井の耳を抜ける。同時に、高鳴る鼓動。

 彼が顔を上げると、目の前には意中の彼女が立っていた。

 

「藤原さん」

「えへへ。昨日ぶりですね」

 

 千花は笑う。暗がりでもよくわかる満面の笑みだった。

 眩しすぎる笑顔に、藤井は視線を逸らす。高鳴る鼓動。脈打つ血液が痛い。そんな彼の顔を、千花は平気で覗き込んでくる。

 

「こっち見てくださいよ〜」

「見てるよ」

「見てません! 明らかに顔背けました!」

「そんなことないってば……」

 

 かぐやとの一件があるせいか、昨日以上に千花のことを意識してしまっていた。藤井は分かりやすく焦った。構わず顔を覗き込んでくる彼女に対して、出来ることは顔を合わせないことだけ。

 

「グラウンドに行きましょうか。もう少ししたら始まりますし」

 

 昼間に比べて、人数は少し減っている。しかし、秀知院生を始め多くの高校生が校内には残っている。メインイベントのキャンプフャイヤー。そこはまさに、リア充の巣窟なのだ。

 

「キャンプフャイヤーって、かぐやさんの弓矢で点火するんですよ」

「へぇ。あぁそれで」

「それでとは?」

「さっきまで四宮さんと話してて。準備があるって言ってたから」

「そうだったんですね」

 

 グラウンドにはすでに、多くの生徒たちで一杯だった。

 藤井は校舎を見上げる。荘厳な雰囲気を醸し出しており、屋上には龍のオブジェと大きな風船玉が存在感を放っていた。

 

「そう言えば、怪盗見つかった?」

「生憎ですよ〜。手掛かりも少ないですし」

「あはは。そりゃ残念」

「また動き出すかもしれません。その時は藤井くんも手伝ってくださいね」

「はいはい」

 

 適当に返事をする藤井の声を搔き消すように。グラウンドが少しざわめく。やがて、落ち着く。藤井と千花も、それに合わせて視線を泳がせた。

 その先には、弓道着を見に纏った四宮かぐや。先ほどとは違う空気感の彼女に、藤井は目を奪われる。一つ一つの動作に品があり、弓道のことを知らない彼でも見惚れてしまうような。

 

「イテっ」

「鼻の下伸ばさないでください」

「伸ばしてないよ」

「……もうっ」

 

 藤井の脇腹に指差す千花。適当にはぐらかされた印象を受けたせいか、呆れたようにため息をついた。

 でもそれは、互いにとって心地の良い時間でもあった。二人だけの時間が流れているような感覚。寒さをかき消すような甘い感触。

 そんな二人を横目に、かぐやの矢が放たれ着火する。

 影になった空と乾いた空気を切り裂く炎。

 冬。この空気感に見事なまでにマッチングしている。グラウンドの真ん中ということもあり、その光はしっかりと全員の目に届いていた。

 

 そんな時だった。

 空から、紙切れが降る。大量に。グラウンドに居る全ての人間に届くように。

 

 文化祭は頂く――――。

 

 炎のすぐそばを舞っているというのに、その紙は燃え切ることなく空中を泳いでいる。不思議な光景であった。予告状に浮かれていたせいか、生徒たちはそこに気づくことはない。そして藤原千花もまた、その一人であった。

 

「怪盗さんですっ……! 藤井くん!」

 

 この瞬間。藤原千花の意識は、藤井太郎ではなく怪盗に向けられたのである。屋上に飾られた風船玉が消え、それに気づいた彼女は屋上に向かおうと藤井を急かす。

 繰り返す。今、彼女が見ているのは藤井ではない。怪盗である白銀御行である。二人きりの時間が終わろうとしている。

 

 コスプレ喫茶。

 ホラーハウス。

 キャンプフャイヤー。

 

 二人で回った奉心祭。まるで走馬灯のように頭の中を駆け巡る。それだけじゃない。タガが外れたように、千花と過ごした日々が蘇る。そして残るのは、藤原千花の笑った顔だけ。彼女の笑顔が、彼は好きだったから。

 だから、それが見られれば良い――――。かぐやに言ったように、それは友達でも十分見られるモノ。だから、この想いは胸にしまったままでいい。

 そう、思っていたのに。

 今のこの感情は、違う。藤原千花を奪われたような敗北感が藤井の胸を覆い尽くした。友達の一人なのに、特別な関係でもないのに。

 

 ――――男子に人気あるんですよ

 

 違う。

 

 ――――ついさっきも告白されたのですから

 

 違う。

 

 四宮かぐやに言われた言葉を必死に否定する。こんなことをしても、もう無駄だと分かっているのに。それなのに、まだ素直になれない自分が嫌で嫌で仕方がなかった。

 彼女への想いに嘘をついたまま、これからも。

 そう決めたのに。それなのに。藤井太郎の中に芽生えている恋心は、彼の判断を許さない。心が呑まれていく。自分自身の()()()()()に。だから、藤原千花に手を伸ばしてしまうのだ。

 

「藤井、くん……?」

「今は……俺の隣に居てほしい」

 

 

 

 





 ここで原作タイトル回収。


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