藤原千花は愛されたい〜天然彼女の恋愛無脳戦〜 作:なでしこ
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二日間に及んだ奉心祭も終了し、二学期の終わりも目前に迫っていた。非日常だったあの時間から解放された秀知院学園の生徒たち。これまでの日常を無視するように。二学期も残り少ないせいか、大分気が緩んでいる。
そして何より、二日後はクリスマス。生徒たちが浮き足立つのもある意味仕方のない事実であった。
生徒会室。陽が傾きかける時間帯。二人の影が伸びる。
白銀御行は、これまでに無い気怠さを感じていた。普段から目つきの悪い彼。この日は一段と切れ味の鋭さが増している。
そんな彼ですら気にかけてしまう人間が一人。この場には居た。
「……おい、大丈夫か?」
白銀が問いかけてしまうほどの理由が、そこにはあった。
二人、向かい合ってソファに腰掛けている。白銀は落としていた視線を彼女に向ける。彼女は、虚な目で窓の向こうに映る空を眺めていた。
普段から何かとお騒がせな女、藤原千花。常に嵐のど真ん中にいるような慌ただしい彼女の様子がどうもおかしい。この日、ほぼ言葉を発していない。かと言って仕事もせず、ただただボーッと代わり映えのしない窓の外に目をやった。
二人きりになっても、それは変わらない。白銀からすれば「帰れ」と言いたいのが本音である。ところが、そう言うことを許さない雰囲気が千花を纏っていた。
「……ぇ?」
遅れること五秒。海外からの中継を彷彿とさせる時間差である。
「おい本当に大丈夫か? 具合でも悪いんじゃ」
「平気ですよぉ……」
「説得力がまるで無いな」
普段から切り詰めた生活を送っている白銀であれば、多少の睡眠不足でも平然と振る舞うことができる。無理に気付かれにくいタイプの人間。
それと正反対なのが藤原千花。しっかり食べてしっかり寝て。普段から疲れを知らない彼女が、睡眠不足に陥った時。思考は止まるのである。白銀は、彼女の目の下にうっすらとクマが出来ていることに気付いた。
ある意味、今の二人には「寝不足」という共通点がある。その理由も、異性のことで。奉心祭の終わり。何が起きてても不思議では無い。白銀はいつもより回転数の少ない頭を必死に回した。
頭の中は、四宮かぐやのことで一杯だった。屋上での出来事。人生初の口づけ。それも深いの。思考を阻害するには十分な破壊力がある。だが、今の白銀には別の悩みがあった。
一言で言えば、かぐやが変わってしまったのだ。白銀御行から見て、これまでとは明らかに違う雰囲気。かつて「氷のかぐや姫」と呼ばれていたあの頃のように。人を寄せ付けない空気感が、白銀にも直撃していた。
「……何があったんだ?」
そのせいで、ありきたりな言葉しか出てこない。いつもならすぐに核心に迫る問いかけが出来るというのに。白銀は内心イラつく。
「何もありませんよ……」
力無く答える千花。それはもう「何かあった」ことの露呈でもある。だが白銀にとってそれは分かり切っていたこと。ここでどうこう言うモノでもなかった。
藤原千花の脳内には、藤井太郎が居座っていた。
自身の掌には、藤井の手の感触が残ったまま。握り返しても返ってこない切なさだけが残る。
あの夜。藤井太郎の告白。千花に対する好意が爆発した瞬間。今までの告白とは全く違うものとなって、彼女を飲み込んだ。
人から好かれて嫌な人間はほとんどいない。現に、千花は嬉しかった。藤井から告白されて胸が高鳴った。痛みを覚えるほどに。思い出すだけで、また心臓が締め付けられる。
でも、彼女は藤井の手を振り払った。
その事実は消えない。
だがそれが、千花の答えであるとも限らない。
ならなんなのか。
真剣な顔の藤井から、逃げた事実だけが残る。
男友達じゃない、一人の男の手から。
返事すら出来ず、一方的に振り払った。
藤井は何も言わなかった。追いかけることもなかった。
ただ彼は、藤原千花の後ろ姿を見つめるしかなかった。
「おい藤原」
矢継ぎ早に紡がれる彼に対する感情。白銀御行の呼ぶ声により、シャットアウトされる。そんな白銀の表情は、少し驚きの混じったものだった。
「どうしてそんな顔をする」
「……何でもありませんから」
「だったらどうして……涙を流すんだ」
体内で処理できない感情を放出するように。
溢れ出る滴は、藤原千花の両頬を伝う。慌ててハンカチで拭う姿を見ても、言われるまで気付かなかったように見受けられた。
白銀は戸惑った。こんな彼女を見たことがなかった。彼の前で涙を流したのは二度目。そこではなく、その時とは明らかに違う点。
理由が読めなかったのだ。一度目は、生徒会の活動が終了した時。色々とこみ上げるモノがあったのは白銀も同じ。だから特に何も感じなかった。
ところが、今は違う。あの時より、明らかに憔悴しきっていた。まるで何か、とんでもない悩みを抱えているように。
(……こう言う時、藤井なら何て言うだろうな)
白銀の脳裏に浮かんだのは、カウンター越しに話す藤井の姿。白銀にとって、藤井の存在は貴重なモノ。藤原千花に対抗できる唯一の人間だと感じていた。
そして同時に、奉心祭前の会話を思い出す。彼が恋心を寄せている彼女が今、白銀の目の前に居る。回らない頭ではあったが、点と点が線で結ばれていく。
「藤井と、何かあったか?」
白銀は恐る恐る問いかける。千花の体がビクッと動く。これでもかと言わんばかりの分かりやすい反応だった。
「……な、なにも」
「おい……最早嘘にもならないぞ。そんな分かりやすいのに」
「うぅ……」
涙が止まった千花であったが、白銀から視線を逸らす。
ため息とため息。二人は肩を揺らすも、互いの感情は正反対である。
白銀とすれば、その何かを聞き出せば済む話。
千花とすれば、上手く誤魔化せれば良い話。
だがこの状況。自頭の良さの差が明暗を分けることになる。
「藤井から何か気に障ることでも言われたか?」
「……そんなんじゃないです」
「そうか? 藤井なら言いかねないじゃないか」
「違う! 藤井くんはっ!」
両手で力無くテーブルを叩く千花。掌と木材がぶつかる音。乾き切った鼓膜を刺激する音色だった。
「藤井くんは……そんな酷い人じゃありません」
「知ってる。冗談だよ」
「冗談でも藤井くんのことを悪く言わないでください……」
白銀の狙い通りに千花は動いた。
彼女の行動から見て、藤井のことを嫌っているわけではないと察する。だとすれば、そこに落ち込む要素は無いはずだ。彼は思考を巡らせても、いまいちピンと来る答えに辿り着けない。
(何かあるはずだ。思い出せ)
彼は、再び奉心祭前の記憶を手繰り寄せた。そこまで過去の話では無いが、何せ白銀もウルトラロマンティック作戦を決行した人間。準備に相当な時間を掛けたせいか、普段より記憶の容量が減ったように感じていた。
だが、そこは秀知院学園生徒会長・白銀御行。ラーメン天龍での会話。自身がそこに足を運んだ理由。藤原千花の足止めの依頼。そこから話題は――――藤井自身のことになった。
『藤原のこと、好きなのか』
あぁそうだ。思い出した――――。そう、藤井太郎に問いかけた。そして、彼はしばらく黙って答えた。
『俺には遠すぎるから』
自らを卑下するような発言。それはつまり、藤原千花のことを好きだと言っているような言葉。そんな藤井に、白銀は背中を押すような言葉を投げかけた。「隣に見合う男になればいい」と。
となれば。白銀の頭の中に浮かぶ一つの可能性。自身がウルトラロマンティック作戦を決行したように、藤井もまた、覚悟を決めたのではないか、と。
「藤井に告白されたのか」
「………」
「藤原。俺は真剣に聞いているんだ」
逃げきれないと判断したのか、それともその事実を白銀に聞いて欲しかったのか。自分でも分からないまま、千花は小さく頷いた。
白銀は素直に驚いていた。あれだけ奥手だった藤井が、まさかそんなことをするとは思ってもいなかった。同時に、四宮かぐやに好きだと言えない自分の情けなさを突きつけられているようで。
「その様子だと……振ったのか」
「いえ……」
「違うのか?」
「分かんないです……」
「分かんないってお前。どういうことだ」
「逃げ出したんです。何も言えなくなって」
不思議と、すらすらと言葉が出てきた。千花は複雑な気分になる。
一方の白銀。普段から男子に人気のある彼女らしからぬ反応に驚く。もしくは普段からそんな態度を取っている可能性も捨てきれない。だとしても、ここまで落ち込んだ姿を見たことはないのだ。藤井太郎が特別だということはすぐに察しがついた。
「逃げ出すって……何も言わずにか」
「はい」
「どうして」
「分かりません……」
「そりゃお前。藤井の方が辛いだろ」
「私だって分かんないんですっ……!」
白銀の言うことはごもっともである。
告白したというのに、何も言われず逃げられたのだ。追いかけなかった藤井に非があったとしてもだ。男であれば返答が欲しいのが一般的である。
「何が分かんないんだ」
「それは……」
「また逃げるのか?」
「………」
「藤井を傷つけたことが悲しいんじゃないのか?」
「………」
「藤井のことが好きなんじゃ――――」
言いかけて、白銀は言葉を飲み込んだ。
藤原千花が口を結んで、必死に涙を堪えていた。それが視界に入ってしまったのだ。彼の言ったことは間違いじゃない。ただ、少しだけ後悔してしまう。
「……すまん。無神経だった」
藤井にも同じようなことを言った。藤井太郎と藤原千花の関係は、不思議と放っておけない何かがあったのだ。気にかけてしまうような。だから、こうして足を突っ込んでしまう。無神経という白銀とは裏腹に、千花は少しだけ心地が良かった。
「私の家、そういうのには厳しいんです」
「……あぁ。知ってる」
「きっと彼氏なんて、許してくれないです」
「まぁ……そうだな」
白銀は返答を濁した。彼は一度、体育祭で千花の父親に会ったことがある。政治家ではあるが、一般人を見下すようなことはしない人に見えた。ただ、過保護気味ではあるが。そんな親を持つ藤原千花に彼氏が出来たなら。それも庶民の。どうなるか想像するだけで恐ろしさで震えそうになる。
だから、白銀も何も言えないのだ。簡単に「そんなのは関係ない」なんて言葉をかけるのは間違っている。それは優しさでもなんでもないのだから。
「きっと……藤井くんを傷つけてしまいます」
「お前……」
「だからこれでいいんです。これで……」
それは側から見ても、自分への言い聞かせにしか聞こえなかった。本心でもなんでもない。本当はきっと、その瞬間。彼に抱きつきたかったかもしれないというのに。
藤原千花は、自分に嘘をつくことを選択した。藤井太郎のことを想った、優しくて脆い嘘を。今にも壊れてしまいそうな彼女の心。ガラス細工よりも割れやすい。
「藤井は、諦めたのか」
「………あはは。諦めてくれるといいんですけど」
「……そんなことを思っている顔に見えないぞ」
何度も言うように、千花のその嘘は脆い。白銀に揺さぶられるだけで、すぐに本心が顔を覗かせる。一度剥がれ掛けた嘘は、中々元に戻らない。千花の口が自然と開いていく。
「これまで、自分の家柄を特に考えたことなかったんです」
「……それで?」
「でも昨日考えたんです。もし、
「……」
「普通に遊んで、普通に恋をして、普通に恋人ができて」
「あぁ」
「今、私がしてみたいこと。全部が出来るんです。自分の意思で、自由に」
言葉が進んでいくにつれ、千花の声が震える。これまで胸の奥にしまっていた想いが、止め処なく溢れ出る。白銀は相槌を打ちながら、黙ってそれを聞くしかなかった。
「お父様やお母様のことは大好きです。姉も妹も大好きです。なのに、なのに、私……は」
震える声。震える肩。怯える声。怯える背中。
それなのに、力強い意思が込められた声。
「普通の家に生まれてたら……だったら、藤井くんの隣に……隣に――――」
藤原千花にとって普通は、どんな大金を払っても手に入れたいものになっていた。同時に、自分の家が普通じゃないと理解したことになる。
家柄に囚われて、感情に素直になることが出来ない苦しさを知ってしまったから。そのせいで、彼の隣に居ることを許されない。友人という壁を乗り越えることが許されない。千花の胸が締め付けられる。
その証拠に、最後まで言い切ることが出来ず、千花は顔を覆った。溢れる涙。白銀の前で泣くことに抵抗がないせいか、止まらない。嗚咽に近い声を出しても、白銀は何も言わずに泣き止むのを待っていた。
そんな白銀は、彼女の抱えていた悩みに直面して。先ほどの言葉がどれだけ無神経だったか後悔することになる。
藤原千花もまた、貴族側の人間である。庶民が手の届かない人間であるのは周知の事実。それは、逆になってもそうなのだ。
貴族だからこそ、庶民と簡単に仲良くすることは許されない。その葛藤は、心優しい藤原千花だからこそ生まれる。家柄を守ろうとする自分と、本心。その狭間で揺れている状態なのである。
「悪い藤原。前言撤回だ。お前は悪くない」
「ぇ……?」
「それと、一つ言っておく」
「……」
「藤井も相当悩んでいた。お前との家柄の差に」
「そう、なんですか?」
「そんなアイツが告白したんだ。並大抵の覚悟じゃない」
千花の顔が少しだけ明るくなる。
藤井も同様だと知った喜びなのか安心感なのか。白銀は構わず言葉を紡いでいく。
「覚悟を決めた男は、お前が思っているより無茶をするものだ」
「そんなこと……」
「そんなことある。だから、待ってるといい」
「……もう来ませんよ。たぶん嫌われましたし」
「どう捉えようがお前の自由だ。だが奴は、家柄のことも承知の上だろう」
「それは……」
「素直に、自分が言って欲しい言葉を待っていればいい」
白銀がそう言うと、藤原千花の涙が止まる。
言って欲しい言葉。そんなもの、一度聞いたというのに。でも、千花はそんなことを言う気にはなれなかった。
荒れていた波が収まるように、彼女の心の中に落ち着きが戻った。
「……会長に励まされるとは思いませんでした」
「特訓のお礼だ。気にするな」
「全然足りませんけどね」
「ふっ、そうか」
藤井太郎への想い。たださっきまでとは違う。
溢れ出るのは後悔でもなく、悲しみでもない。
「藤井くんに、会いたいです」
「きっと会えるさ」
新たに評価してくださった皆様(敬称略)。
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本当にありがとうございました。
今後も定期的に紹介させていただきます。