藤原千花は愛されたい〜天然彼女の恋愛無脳戦〜   作:なでしこ

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かぐや様は奪わせたい

 

 

 

 

 

 

 

 

 人気の無い裏路地。冬の風が吹き付けて、コンクリートに反射する。明日はクリスマスイブ、明後日はクリスマス。だというのに、そんな雰囲気からかけ離れている。

 どんよりして、乾いた風。それを一身に受ける藤井太郎は、時折両腕をさすりながら、ラーメン天龍の前で安物の箒を使って地面をならしていた。

 そんなに汚れていない。むしろもう綺麗な方だ。なのに、彼はその場を離れる気にはなれなかった。理由はひとつ。藤原千花だった。

 何かをしていないと、彼女のことを考えてしまう。体を動かして必死に頭にこびりついたソレを振り払おうとする。

 振り払う――――。そんな単語が今は心に滲みる。擦り傷どころじゃない抉れた痕に。

 昨日の告白。勇気を振り絞って伝えた想い。藤井なりに、気張ったというのに。意中の相手は、何も言わず。逃げるように。

 

(情けないな……本当に……)

 

 藤井太郎。盛大なため息。

 あの場面で、千花を追いかけなかった自分を憎んでいた。答えを聞き出したいのなら、あの時の対応は不味い。追いかけて、言葉を引き摺り出すことだって出来たはずだ。

 なのに、藤井には出来なかった。逃げ出す彼女の後ろ姿を眺めたまま、一人で考えて考えて。無理矢理、彼女の手を掴むことに抵抗があったのだ。それは、自分だけのエゴのような気がして。

 

「――――情けないわね。呆れる」

 

 心の中に蠢いていた言葉が現れたよう。藤井はハッとして、俯いていた顔を上げる。声のする方を見ると、見覚えのある顔と制服。なのに、まるで初対面のような雰囲気を醸し出した一人の少女。左手に上質な皮鞄。学校帰り。

 彼は少し考えて、自信なさげに問いかけた。

 

「四宮………さん?」

「何故疑問形なのかしら。何度も会ってるでしょ」

「いやそうだけど……何か雰囲気変わったね」

 

 四宮かぐやは呆れたようにため息をついた。妖艶さすら感じる黒髪が風に吹かれる。髪を結ったかぐやでは見られない光景が、藤井の前に広がっている。

 普段、髪を結った彼女しか見たことがない藤井にとって、違和感しかなかった。変わったのは髪型だけじゃない。彼女を包み込むオーラ。これまで薄い赤色だったのが、いきなり真っ青になったような。藤井太郎は目を擦ってかぐやを見る。やはり、これまでの彼女とは違って見えた。

 

「何よ。腫れ物を見るような目で」

「いや別に……」

「……」

「な、なに?」

「寒いわ」

「うん。寒いね」

「……愚図」

「なんで!?」

 

 世間話をしただけで言われる言葉ではない。藤井は今日一番の大きな声を出した。

 ここでようやく、彼はかぐやが来た理由を考える。ラーメン屋の前。素直に考えればラーメンを食べに来る以外用の無い場所である。

 

「悪いけど今日休みなんだ。親父も今居ないし」

「別に構いません。ソレに用はありませんから」

 

 淡々と言葉を紡ぐかぐや。となれば、ここに彼女が居る理由は一つ。藤井太郎に会いに来たのである。何の為にか。だが今の彼にとって、その理由を予想するのは容易かった。

 

「そっか。なら悪いけど、今は一人になりたいんだ」

「そう。そうやって逃げるのね」

「別に逃げてなんかないよ」

 

 きっと、藤原千花のことだ。彼の頭の中に浮かぶ結論。そしてそれは自分の中での自己完結に留めた。今ここで、四宮かぐやに言うことでもない。そうやって、今日もまた逃げるのだ。

 だが、四宮かぐやという人間はそういったことを嫌う。親友である藤原千花の悩み。口では興味のない素振りを見せていても、やはり放っておけないのがかぐやの本音であった。

 箒と塵取りを持ったまま。藤井は天龍の入り口横にある階段を登ろうとする。自宅スペースに逃げこもうと試みた。

 

「――――あの子、泣いてましたよ」

 

 ピタッ、と藤井の足が止まる。頭をよぎる昨日の夜のこと。

 その時のことを言っているのか、それとも――――。

 いずれにしても、嫌われたとばかり考えていた藤井にとってある意味予想外の言葉であった。振り返り、かぐやと目が合う。氷のように冷たい視線が藤井の心に刺さる。

 

「……寒いわね」

 

 二度目の言葉。本心であるが、その発言の意味は違っている。かぐやは横目でチラリと藤井を見上げる。明らかに表情が曇る。彼女の予想は的中。間違いなく、奉心祭で何かがあった。自身と白銀のように。

 

「……ちょっと待って。店開けるから」

 

 考える前に、自然と足が動いた。踵を返し、店のシャッターを上げる。

 電気の付いていない店内に彼女を招く。暖房を入れると、かぐやは少しだけ口元が緩んだように見えた。当然、定休日なのだから他の客は来ない。四宮かぐやと二人きりである。

 

「何か飲む?」

「……いえ。結構です」

「そう」

 

 これまで以上に微妙な空気感だった。藤井はいつもの癖で厨房の方に足を踏み入れる。

 

「何故そちらに行くの?」

「まぁ、いつもの癖」

「こっちで話せばいいじゃない。誰も来ないのでしょう? それに、見下された感じがするから」

「君を見下すなんて愚業はしないから」

 

 だが、かぐやの言い分にも一理ある。普段はあくまでも手伝いとしての立場。厨房に居るのが普通。ところが、今は違う。完全なプライベート。カウンターに腰掛けて話しても別に何もない。

 かぐやの座る椅子と藤井が座った椅子。間には二つ分の距離感があったが、今はこれぐらいが互いにとって丁度良かった。

 

「――――藤原さんに告白した」

 

 本人的には、悪いことをしたとは思っていない。それなのに、今のかぐやの雰囲気は相手に白状させる何かがあった。正直に言わないと、それより恐ろしいことに巻き込まれそうで。藤井は素直に告げる。

 

「そう。一応、私の助言が効いたのかしら」

「まぁ……」

 

 煮え切らない返事。だが、かぐやは何も言わなかった。

 彼女は彼女で、二人の関係性が気がかりであった。だから、目の前にいる男を焚きつけるような言葉を投げかけたのだ。そしてその結果、藤井太郎と藤原千花に距離感が生まれてしまった。

 正直な話、かぐやは白銀御行と口づけし、浮かれていた。その浮かれ気分が彼女の心の中で入り乱れる。そして、もう一つの顔が水面に浮かび上がった。それが今の四宮かぐやという人間。

 今日。かぐやは生徒会室に入ることを躊躇った。白銀と千花の二人の会話を覗き見していたからである。何を話しているかは分からなかった。でも一つだけ分かったことは、藤原千花が涙を流したことだけ。

 性格が変わっても、根本にある感情は変わらない。純粋に二人のことを気にかける自分が、このラーメン天龍まで足を運ばせたのである。

 

「結果は?」

「……分からない」

「どういうことですか」

「答え聞く前に、逃げられちゃって」

 

 苦笑いを浮かべる藤井に、かぐやは目をやる。

 彼がそうやって笑える理由が分からなかった。口づけをした四宮かぐやであるが、白銀に想いを伝えたわけではない。世間的に見ると順序が色々と可笑しいこともあって、まだ「告白」に対する耐性が無いに等しい。

 そんな彼女が、答えを得られない告白を受け入れられるわけもない。すなわち「目の前にいる男の頭がおかしい」と判断するのは容易いこと。

 

「逃げられる? それで何もしなかったのですか」

「うん」

「何故」

「動かなかった」

「呆れた。本当に愚図ね。貴方」

「そんなこと……俺が一番分かってる……!」

 

 藤井は握り拳を作り、悔しさを噛み殺す。自分の判断が正しいかなんて今の彼に分かるはずもない。やり場のないイラつきを抑えるには、こうしてただ耐えることしか出来ないのだ。

 これまでなら飲み込んでいたであろう言葉。だが、今の四宮かぐやにはそんな優しさは通用しない。思ったことを言わないように心がける理性というのは、白銀と口づけを交わした瞬間から死んでいるのである。

 

「全力で奪いに行く――――。貴方の言葉ですよ」

「………」

「あの言葉は嘘だったのですね」

 

 その言葉。彼は忘れるはずもなかった。

 好きになるはずがない。恋に落ちるわけがない。だから言えたこと。藤井太郎の判断は甘かった。

 だが本当に人を好きになってしまうと、人間は臆病になる。白銀にしても、かぐやにしてもそうだったように。藤井太郎という男も、至って普通の男子高校生なのだ。特段、頭が切れるわけでもないどこにでもいる男。家柄の差がある彼にとって、かぐやに言った言葉はかなりハードルが高いものであった。

 

「……分かんないよ、もう」

「……」

「藤原さんが嫌がることはしたくない」

 

 真っ直ぐだった。言い訳でもなんでもない。藤井の本心。

 告白というのは、常に一方的である。一人の想いを、もう一人に伝える。伝えられる側のことを一切考えない行動でもある。それによって、悩む人間も少なからず居るわけで。

 なら、告白に対して返事をするのもしないのも。受け手の勝手ではないか。藤井はそんな結論に至る。千花との関係を切りたくないが故の逃げ道。

 

(なら何故、藤原さんは泣いていたの?)

 

 四宮かぐや。ここで一つの疑問に行き着く。人間、そんな頻繁に泣くことはない。特に藤原千花。かぐやでさえ、泣いてるところを見たのは生徒会活動を終えた時ぐらいで。

 そんな彼女が、白銀を前にしてあんなに泣いていたのだ。気にならないという方が嘘になる。

 思考を巡らす。目の前の男と涙する藤原千花。点と点を結んでみると、告白から逃げ出してしまったことへの後悔。そう考えるのがしっくりくる。現に、それ以外の理由は見つからなかった。

 裏を返せば、強引に手を掴んで欲しかったという意思表示にも聞こえるのだ。

 

「……奪えばいいじゃない」

「簡単に言わないでよ……」

「女であれば、一度は考えるものよ」

 

 それは紛れもなく、かぐやの本音である。

 今の性格が表に出てきているのも、白銀御行から口づけしてもらう為。かぐやからではなく、白銀から。つまり、それはかぐやの奪われたい願望でもあった。

 

「そもそもあの子、奪われたい願望が強いですし」

「でも……それとこれとは話が違う」

「ならどうしたいのですか。本当に意気地なしね」

「……藤原さんにも言われたよ」

 

 ああ言えばこう言う状態に陥っている藤井。そんな彼にイラつきを覚えたかぐやが、少し強めの口調で問いかけた。

 

「俺だって、こんなことになるなんて思わなかった」

「……藤井さん」

「でも。本当に好きになった人には、嫌われたくない。そんな感情が真っ先に出てきて、体が動かなかったんだよ」

 

 彼は震えながら笑う。痛々しいほどに。

 藤井だって、彼女と交際したいから告白した。どう足掻いても、この先その事実が消えることはない。

 答えの返ってきていない今の関係性であれば、いずれまたここに足を運んでくれるかもしれない。

 そもそも、彼女がここに足を運んだ理由は別にある。本棚に視線、最新刊を買いそびれている少女マンガ。それを読むために、ここに来ていた。それなのに、ここ最近の彼女を思い返す。マンガのことを言われた試しが無い。

 藤原千花の心の中に、藤井からの言葉が刺さっているのと同じように。藤井太郎の心の中にもまた、同じような現象が起きている。

 

 ――――藤井くん

 

 思い返される。

 

 ――――また明日ですね

 

 思い返される。

 

 ――――私は藤井くんの味方ですよ

 

 思い返される、彼女の笑顔。

 

 藤井太郎が見たいのは、ただの藤原千花じゃない。笑っている彼女が見たいのだ。誰にも見せない、柔らかくて優しい。その笑顔を、独占したい。彼女の隣にふさわしい男になりたい。

 

「傷心のあの子に寄ってくる男は多いでしょうね」

 

 かぐやの追い討ち。藤井の左耳を抜け、脳天に直撃する。その通りだった。弱っているところにつけ込まれれば、あの藤原千花であってもコロっと落ちてしまう可能性は否定出来ない。

 藤原千花のことが好き。誰よりも好き。そうやって言葉にして伝える難しさを乗り越えた男は、強いのだ。かぐやのような強引さはなくとも、藤井には愚直なほど真っ直ぐな恋心がある。藤原千花と向き合うのに、それ以上のものなんて必要ないのだから。

 

 あぁ駄目だ。

 もう戻れないほど、彼女の魅力に溺れている。

 

「でも俺は」

「……」

「答えが聞きたい」

「……」

「藤原さん自身の答えを聞きたい」

「…そう」

 

 ほんの少しだけ、吹っ切れた表情。藤井の横顔に光が戻ってきたように見えて、彼女は口元が緩みそうになった。

 このまま、二人の関係が終わってしまうのはあまりにも残酷なのだ。かぐやとしても、藤原千花のらしくない表情は見たくない。そのためには、藤井太郎の力が不可欠なのである。

 

「だから、無理矢理奪うようなことはしない」

「ならどうするのですか」

「もう一度、言葉で想いを伝える」

「言葉で……」

「うん。言葉だからこそ、伝わることだってあるはずだから」

 

 その発言は、かぐやの心に深く刻まれることになる。

 これまで、彼女が避けてきた「好き」という単語。目の前の男は、それを相手に伝える力がある。少しだけ、藤井太郎のことが羨ましかった。同時に、藤原千花も。

 好きな人から「好き」と言ってもらえるのは、どんな気分なのだろう。それこそ、白銀とかぐやはその言葉を引き摺り出すことを目的に過ごしてきたわけで。憧れというのは人よりも強い。

 なのに、藤井は違った。根本的な考え方が違うのだ。それなのに、全く嫌悪感がない。むしろ、羨望すら感じてしまう。かぐやの中で不思議な感情がめぐりめぐる。

 

「同じことの繰り返しになるのでは?」

「まぁ、可能性はある。でもきっと、藤原さんだって考えてくれるはず」

「……」

「もし何かに悩んでいるのなら、今度こそ手を伸ばしたい」

 

 本当に真っ直ぐだった。言葉というのは、こんなにも不思議な力があるのかと、かぐやは感心すらしてしまう。

 ここから先は、二人のこと。これ以上足を突っ込むと、かえって二人の邪魔になる。用件が済んだかぐやは、立ち上がる。

 

「四宮さん」

 

 帰ることを察したのか、藤井は彼女を呼び止めた。

 

「ありがとう」

「……何のことかしら」

 

 四宮かぐや。人から感謝されることは意外と少なかったりする。たったそれだけの言葉なのに、不思議と心が暖かく包まれる。彼女が思っている以上に、言葉の力は大きいのだから。

 

「あの子も幸せね」

「どうして?」

「さあ」

 

 ここで彼を持ち上げる理由は無い。あえてその一言に留める。

 藤原千花に恋をして、藤井の日常は変わった。彼女に会える楽しみが、明日を待つ理由になる。そしてこれからは、藤原千花のことを守りたい。一人の男として、恋人として。その想いが、独り言として言霊と化す。

 

「藤原さんに、会いたい」

「きっと、あの子も待ってる」

 

 

 





 アニメ三期楽しみですね(願望)


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