藤原千花は愛されたい〜天然彼女の恋愛無脳戦〜 作:なでしこ
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夏休みまで一週間。秀知院学園生徒会。
白銀たちは一学期の総仕上げ、生徒総会に向けての最終準備に追われていた。千花も例外でなく、放課後遅くまで残る毎日。そのせいで、天龍にはしばらく顔を出せていなかった。
藤井と一緒に帰ったあの日。彼の発言が気になった彼女は、その三日後に顔を出した。勿論、食事目的で。するとどうだ。あれだけお勧めしていた『壁ドン・ロマンス』が全巻用意されていた。
思わぬサプライズを受けた気分だった。あれだけ嫌がっていたのに、どうしてだろう。彼女が藤井に問いかけると、彼は苦笑いしながら言った。
『面白いと思ったからだよ』
無論、ブラフ。
面白いと思ったことは事実。だが、千花のためだとは口が裂けても言えなかった。それこそ、重い意味になってしまう。
あっという間に五巻全てを読破した彼女。最新巻も仕入れていくとのことで、続きが楽しみで思わず口が緩む日々を送っていた。それ以上の理由はない。彼に会うことが楽しみだなんて、全く思っていない。初めて読む単行本での少女マンガ。電子書籍にはない感覚。まるで自分がマンガの主人公に恋をしているみたいで。それがとても心地良かった。そんな彼女に、一つの視線。言葉をかけるわけでもなく、ただじっと見つめていた。
その日の夜。視線の主、四宮かぐやはこう言った。
「藤原さんに恋人が出来たかもしれません」
制服から着替えた彼女。いきなりそんなことを言い出す主人に、近侍の早坂愛は返答に困った。「はぁ」と相槌を打ったところで、この話は終わりそうもない。また面倒事に巻き込まれるのだろうと、力なく察してしまったのである。
かぐやとは主従関係にあるが、素性を隠して同じ秀知院学園に通っている。主人としもべというよりは、姉妹のような。かぐやが唯一気を許すことが出来る相手でもあった。
「どうしてそう思うのですか。聞いたんですか」
「ち、違います! そんなこと聞けるわけ無いじゃない…!」
「ならどうして」
「――――たんです」
「はい?」
「彼女が男の人とタクシーに乗るところを見たんです!」
かぐや的には、その結論に結び付けるには十分な理由だと判断。しかし、早坂は呆れる自分を抑え込むので必死だった。
「いつ、どこで見たのですか」
「えっと……確か一週間ぐらい前。近くに大きなショッピングモールがあるでしょう? そこから出てきて、二人で乗り込んだの」
「かぐや様は何処から見たんですか」
「送迎の車の中よ。いつもは通らない道だったのだけど……あの日は偶然。行き先までは分からないけど……」
気になったことは、追跡でもさせて知りたがる彼女。それが出来なかったということは、相当テンパっていたのだろうと察する。早坂も、その様子が容易に想像出来た。
だが、どうしてこのタイミングで言ってきたのだろうか。考える。用心深いかぐや。この一週間、千花のことを彼女なりに観察していたらしい。そして、時折見せる艶っぽい表情。それが決定打になったようで。
「別にいいじゃないですか。書記ちゃんも彼氏ぐらい作りますよ」
「早坂は気にならないの!? 藤原さんに恋人よ!?」
「いえ全く。気にしてどうするんですか」
「それは……その……」
早坂の本音。気にならないと言えば嘘になる。あの藤原千花に彼氏。想像出来そうで、想像出来ない。まず、あの彼女を堕とすことが出来る男なんているのだろうか。恋の「こ」の字も知らないようなあの子が。
椅子に腰掛けて、パソコンと向かい合う。そして覚えたてのSNSを開き、千花のアカウントを早坂に見せつける。
「『思い出すだけできゅんきゅんする……』ですか。これが何か」
「こんなの恋人以外あり得ないじゃない!」
「……まぁどうなんですかね」
「これは決まりよ。間違いないわね」
早坂は返答しかねた。
確かにその文言だけを見れば、かぐやのような捉え方をするのも一理ある。だが、それは果たして正解なのだろうか。
大体こういう場合は、主語をつけるのが普通。それが無い時点で、これは何かしらの意図があるのかもしれない。早坂は考える。が、あの藤原千花だ。こういう場合、大した意味なんて無いのが常である。
「もし書記ちゃんに恋人が居たとして。かぐや様はどうするおつもりですか」
「決まってるじゃない。説明してもらうのよ。恋人が出来た経緯を」
「はぁ。それは教えを乞うという意味ですか?」
「ど、どうしてそうなるの。あくまでも説明。別にそれを参考にするつもりなんて無いんだから」
嘘である。
四宮かぐや。天才すぎるが故のプライドが邪魔をする。そんな彼女が同級生の藤原千花に教えを乞うなど断じて許すはずもない。恋愛相談なのではない。白銀御行を堕とすためのテクニックに繋がる何かを得るため。その説明を受けるだけなのだ。純粋にそれを認めたくない彼女なりの言い訳。
無論、早坂にそれが通じるはずもないのだが。彼女はいつものことだと聞き流した。
「説明を受けたところで、何か変わることがあるとは思えませんが」
「私の周りにはそういう人は居ません。生の声を聞くことに意味があるとは思わないの?」
「……まぁ。かぐや様らしいと言えばらしいですね」
理屈を並べるのが抜群に上手いかぐや。自らの本心を曝け出すことなく、相手が納得してしまう理由を導き出す。早坂も彼女のしたたかさは理解しているが、同時にここでやり合うだけ無駄だということも分かっている。
「……で。私に何をしろと言うんですか」
「話が早いわね。早坂には、藤原さんに探りを入れて欲しいの」
「ご自分でやったらどうですか」
「それが出来ないから頼んでるのっ!」
「はぁ」
とは言え、早坂にとってそれは面倒。まぁ面倒事である。
四宮かぐや。日頃の行いからは想像出来ないほどのワガママ。裏を返せば、早坂にしか見せない顔。それを白銀に見せるだけで簡単に堕ちるというのに。当の本人は一切気付いていない。
接点で言えば、圧倒的にかぐやの方がある。ほぼ毎日、生徒会室で顔を合わせているからだ。一方で早坂。学校内ではいわゆる「ギャル」の皮を被っている。千花と頻繁に話すことは無いが、話しかけにくいわけでもない。むしろ、周りから見たら同類なのである。早坂自身、その認識はあまり気持ちの良いものではなかったが。
「いい? 藤原さんに恋人が居た場合、二人きりでその話をしたいの。上手く誘導して」
「恋人の有無すら聞けないのに、書記ちゃんの説明を聞けると思ってるんですか」
「……どういう意味かしら。言ったでしょう。教えを乞うつもりではないと」
「いえそうではなくて」
かぐや。思いの外、早坂が食い下がらないことに若干の苛つき。千花の説明を受けて、白銀攻略の糸口を探る。これが彼女の狙い。だが、千花に恋人が居ればの話。
事実、タクシーに乗っていたのは藤井で、彼氏でも何でもない。ただのラーメン屋でバイトする高校生。ただそれだけなのだ。なのに、恋人がいる前提で話を進めるかぐや。早坂の苛つきはそれに対してのモノだった。
「恋人が出来るまでの経緯なんて単純ですよ。片方が告白して、片方がそれを受け入れる。そんなの私でも分かります」
「……何が言いたいの?」
「恋人が出来た後の話。要は今の話を聞くことが、白銀会長攻略には良いかと思います」
「どうして?」
「交際する年頃の男女がすることと言えば、一つ。性行為です」
「性っ……!!」
唐突な早坂の発言に、かぐやは思わず顔を背けた。
男女が交際に至る経緯なんて、決まり切っている。早坂の言う通りである。それが素直に出来ない主人。だからこそ、ここまで悩んでいるのだ。面倒であることには変わりないが、彼女にとっては大切な主。親身になって考えているからこその発言である。
早坂の狙い。かぐやと白銀の関係性を鑑みて。
常に彼女は「男は所詮、性欲で動くモノ」と言い続けている。かぐやの側に居る千花が大人の階段を登ったとなれば、当然。プライドの高いかぐやは焦るに違いない。そして、白銀も。
「説明を受けるのなら、白銀会長も同席してもらったらどうですか」
「か、会長も!? そんなの……ダメに決まってるじゃないっ!」
「プライドの高い会長のことです。書記ちゃんが大人になったと知れば当然焦りますよ」
「そうなれば……あぁなるほど」
かぐや、早坂の狙いを察知する。
プライドの塊である白銀御行。あの千花よりも遅れていると知れば、慌てふためくに違いない。かぐや、早坂。二人の頭の中にそんな彼の姿が思い浮かぶ。そしてかぐや。口元が緩む。方向性が決まる。
だが、これはあくまで仮の話。千花次第で計画白紙になることだってある。現に、今の二人の会話は全て無駄であるのだが、妙に楽しんでいるかぐやは、その可能性から背を向けていた。
「まぁ、恋人が居たらの話です。いずれにしても、よろしくね。早坂」
かぐやの性知識は壊滅的。何を言い出すか分からない千花の発言に、頭がパンクしてしまう恐れだってあるのだ。
それも、早坂は承知の上。恋愛に多少のリスクは付き物。大人びた考えで、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
かぐやの部屋を出た彼女は、静かな廊下で一人考える。
千花に探りを入れるのは早い方がいいだろう。相談の場を設けるとなれば、尚更。
いつにする――――。夏休み前に時間は取れるのだろうか。生徒総会前で慌ただしいのに。いや駄目だ。難しい。恋にうつつを抜かしている白銀もかぐやも、やることは責任持ってやる。仕事最優先。
なら、夏休みに入ってからは?――――。早坂の中で一つの結論に至る。
学生の特権。夏休み。一ヶ月近く。楽しみのオンパレードとなるはずのかぐやの夏休みも、今のところは白銀と過ごす予定が無い。どうせ中頃になって泣き喚くのが目に見えている。これはいいチャンスなのだ。
白銀はバイト三昧かもしれないが、かぐやと会えるとなれば話は別だ。計画性のある彼。彼女に会えない夏休みを過ごすつもりは毛頭無いはず。白銀にとっても、悪い話では無いはずだ。
誘い方とすれば何か。「藤原千花の恋バナ講座」ということにでもしておくか。直球すぎる己の発想に、彼女は思わずため息が出た。
(面倒……)
こう言った悩み事の相談は、今に始まったことではない。
早坂自身も、頼られ続けて長い。それなのに、慣れることは無かった。自身を偽り、学校生活を送る。偽った人間関係。ずっとそうだった。でも、それで良かった。早坂愛という人間は。四宮家に仕える人間として、四宮かぐやに仕える一人の女として。彼女の為に身を粉にして働くと決めたのだから。
心の中に眠る本心。時折こうして呟くように出てくる。そうしないと、自身の心が壊れてしまうから。溜まるストレス。一人で抱え込むしかない彼女の本心は、とてつもなく大人びていた。
誰も居ない廊下。メイド服の彼女は、自らのスマートフォンを取り出す。先ほどかぐやに見せてもらったSNSを開く。普段から情報収集のため活用していたが、ここ数日は忙しく見ることが出来なかった。そのため、千花の発言も見逃していたのである。
千花のアカウントに飛ぶと、彼女らしい可愛らしいイラストのアイコン。らしいなと心の中では思いつつ、発言を読み進める。写真付きのケースが多く、目的の発言を探すのに苦労してしまう。
『思い出すだけできゅんきゅんする……』
「(見ている方が恥ずかしい)」
見つけた。一昨日の発言。互いにフォローしている訳ではないが、奔放な彼女らしく鍵は付けていなかった。早坂自身もアカウントを所持している。かぐやには伝えていない。しかし、呟くことはそうそう無い。単なる情報収集のため。
彼女は何を期待して、こんなことを呟いたのだろう。案の定、誰からもリアクションは無い。あるはずがない。目に見える地雷なのだ。仮に自分が同じ立場なら、絶対にこんなことは言いたくない。早坂は密かに誓う。
匂わせ、そう捉えられても仕方がない。
大抵、そう言った女は面倒くさいと相場で決まっている。早坂が最も苦手とするタイプである。学校でつるんでいる彼女たちも、どちらかと言えばそういった類かもしれないのに。
(恋人、ね)
自身の過去を思い出しても、そんな経験は無い。
これまで、かぐやに尽くしてきた彼女。そんなことをする暇が無かったといえば事実。だが心のどこかでは「ただの面倒事」と片付けてしまう自分も居て。思春期に突入した早坂の心の中は、自分が思っているより複雑に入り組んでいた。
「まぁ……どうでもいい。どうでも」
誰も居ないことを良いことに。少し大きめな独り言を漏らした。自分に言い聞かせるように。自分を誤魔化すように。
千花の発言辿りもそこそこに。スマートフォンをしまい、再び仕事に向かう彼女。かぐやが千花を見たという一週間前。彼女は呟いていたというのに。
『嬉しかった。ちょっぴり』
早坂愛に踏まれたい。