藤原千花は愛されたい〜天然彼女の恋愛無脳戦〜 作:なでしこ
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続けて早坂回です。
「書記ちゃ〜ん。ちょっとイイ〜?」
「あれ、早坂さん! どうしたんですか?」
善は急げ、の精神で。
かぐやから依頼を受けた早坂は、その翌日に早速行動を起こした。放課後、かぐやと共に生徒会室へ向かう千花に声をかけた。二人きりで話がしたいと。しかし、彼女も生徒会の一員。仕事が山積みだったこともあり「今はちょっと……」と渋る。
が、それも想定内。隣に居たかぐやが追撃する。
「少しなら大丈夫ですよ。会長の方には伝えておきますので」
「そうですか……でしたら」
四宮かぐやと早坂愛。抜群の連携である。
早坂のことだ、早めに仕掛けてくるだろう。そしてタイミングは放課後。かぐやの予想通りの展開である。早坂もそこまで一々報告しないが、何せ付き合いは長い。ある程度のことは互いに分かるようになっていた。
生徒会室に向かうかぐやを見送った二人。何のことか分からない千花は、大人しく早坂の後に続く。かと言ってそんなに遠くに行く訳でも無い。生徒会室から少し離れた廊下で早坂は立ち止まった。
「ごめんねぇ〜忙しいのに」
「いえいえ! どうしたんですか?」
予め人払いをしていたこともあり、妙に静かな雰囲気。しかし、早坂の甲高い声がそれを切り裂く。学校での早坂愛という人間はこれが普通なのである。千花は何も疑うことなく彼女を見つめていた。健気さすら感じるその表情。少しは人を疑った方がいいのに。なんて心の中で毒付いた。
「大したことじゃないんだけど〜。何か良いことあったのかなぁ〜って」
「えっ、どうして?」
「何か〜時々ニヤニヤしてるし〜。SNSで気になること呟いてるし〜」
ニヤニヤ。もちろんかぐやからの情報だが、そのフレーズを聞いた彼女は、分かりやすく顔を赤らめた。
「わ、分かります……?」
「分かりやすいよ〜。で、どうなの? 彼氏とかぁ?」
早坂、畳み掛ける。かぐやのためだと言い聞かせ、こんなキャラまで演じているのだ。これぐらい造作も無いことだった。
一方の千花。彼女の圧力に押されるように、心の堤防が壊れかける。「彼氏」という自分には関わりのないフレーズが出てきたのだ。何を持ってそんなことを聞くのか。千花に分かるはずも無かった。
「あはは。彼氏とかじゃないよ〜。ただ――――」
少女マンガの続きが楽しみなだけだよ。
そう言いかけた時、頭をよぎったのは自身の父親だった。
ここでその事実を伝えてしまったら、何かの拍子に家にバレるかもしれない。自身の呟きの件も、マンガを思い出して言ったこと。早坂と藤原家に繋がりは一切無いが、リスク管理という意味では言わない方が無難。
「ペスが可愛くて。思い出し笑いしちゃうんだ」
「……へぇ」
早坂、察する。この女、嘘を吐いていると。
愛犬に逃げ道を見出した千花だったが、あからさまに視線を逸らす。そもそも嘘をつくことが出来ない性格の彼女。ただでさえ観察力のある早坂がそれを見逃すはずも無かった。
ただ彼女。そんな千花に若干の苛つきを覚える。
この女、私を騙そうとしている――――。間違いなく何かを隠している言い方。そうなると、男の存在もあながち間違いじゃないのかもしれない。かぐやの推論にしか過ぎなかった戯言が、現実味を帯びてきた。
「ウチ、見ちゃったんだよねぇ。書記ちゃんが男とタクシー乗ってるの」
ここぞとばかりにぶつける。あれだけ嘘をつくのが下手な千花。この言葉をぶつけるだけで、慌てふためくだろうと早坂は考えていた。
しかし、逆効果だった。彼女の顔から焦りの色が消えていく。早坂的にも想定外の展開。千花が何を考えているのか、頭を巡らせるも結論は出ず。
一方の千花。その発言で早坂の意図に気付く。ここでようやく!
藤井と一緒に帰ったあの日のこと。それが彼女的には「彼氏」に見えていたらしい。早坂は最初からそのつもりで聞いていたのだが、何せ藤原千花。今は少女マンガの方が大事である。考え過ぎたと笑ってしまう。
「あはは。あの人は全然そんなんじゃないですよー。顔もタイプじゃないですし」
いつもの笑顔。藤原千花。先ほどの動揺は何だったのかと早坂は考える。少し揺さぶりをかける。
「なら誰? お友達?」
「……なんだろ」
「そこ悩むとこ? やっぱり彼氏じゃないの?」
「ち、違います! ただ落とし物を届けてくれた男の子ってだけで……」
「へぇ〜。なら秀知院生じゃないんだ〜」
「そうですね。どこに通ってるかは知らないですけど…」
落とし物を届けた。紛れもない事実である。早坂の耳にもそのことは届いていた。しかし、それがどうしてそういった関係に繋がるのか。また新たな疑問に行き着く。ここまで来たら引くこともない。問いかけるだけだ。早坂は自身に言い聞かせる。
「ただ知ってるのは、家がラーメン屋さんの同級生の男の子です。この間かぐやさんたちと行ったところの。よく分からないけど、多分良い人だと思います」
だが先に手を打ったのは千花だった。嘘偽りなく答える。正直に答えて損することはないと彼女なりに判断したらしい。それもそうだ。大事なのは少女マンガで、藤井ではないのだから。
それでも、早坂は腑に落ちない。かぐやからの依頼であることを忘れ、秀知院生・早坂愛としてこの話の行方を追っていた。
「そんな人と一緒のタクシー乗る普通?」
「うーん。あの日はたまたま一緒になっただけですからねぇ」
「それ新手のナンパじゃないの〜?」
「な、ナンパ!? いやぁ〜……えへへ。そんなんじゃないと思います〜……」
「(満更でもない顔してるし)」
元々、奪われたい願望の強い藤原千花。ナンパされて喜ぶちょっと危ない性格。流石の早坂もそこまでは読み取れなかったが、彼女も十分拗らせていると一瞬で理解する。
だがそんなリアクションをされると、ますますどっちか分からなくなる。千花を堕とすつもりで来た早坂は、どこか負けた気分になって沈む。チラチラと時計を確認する彼女。これ以上会話してもあまり意味が無い。そう判断した早坂は「もういいよ」とだけ告げ、生徒会室に向かう千花を見送った。
(よく分かんない……疲れた)
見事なまでに
一人になったせいか、長い廊下は不気味なほど静かになった。それからすぐ、彼女のスマートフォンに着信がある。相手は、依頼主だった。
「はい、かぐや様」
「早坂。今周りに誰も居ない?」
「ええこちらは。かぐや様の方は」
「問題無い。――――それで。結果は」
「恋人は居ないと思われます」
「そう」電話越しでも分かる、かぐやの力無い返事。
一つの戦略が水の泡になったのだ。早坂的にも、そうなる気持ちは分からなくはない。ただ早く告れよ思っているだけで。
だが、これで夏休み白銀とかぐやの邂逅が無くなってしまう。早坂はそこに頭を悩ませた。かぐやは、
「SNSでの発言は何だったの?」
「よく分かりませんが、男絡みではないです。これは断言できます」
「どうして言い切れるのかしら」
「かぐや様が見た男。ラーメン屋の男とのことです。ただ全くタイプじゃないと力強く言ってました」
「ラーメン屋……あぁあの時の。そう言えば何か居たわね。風景に溶け込み過ぎて人として認識してなかったけれど」
「(流石に可哀想)」
藤井、人認識されず。いつものかぐやではあるが、これには早坂も同情してしまう。こうなってしまえば、千花を利用する価値も無くなってしまった。早坂にも、かぐやの興味が薄れていくのがヒシヒシと伝わっていた。
「いかがなさいますか。身辺調査致しますか」
「お金の無駄よ。いいわ。放っておいて」
使えないと分かったら、トコトン突き放す。それが四宮かぐやという人間。自身によく似た人間であった。
「……かぐや様」
「なに? もういいかしら。生徒会の仕事があるから」
「…いえ、何でもありません。それでは」
「そう」
自分の思い通りにならなかったからか、心無しか電話を切る勢いに苛つきが込められていた。早坂にとっては、これも日常茶飯事なのだ。特に落ち込むこともなく、スマートフォンをカバンにしまう。
彼女が言いかけたそれ。
ラーメン屋の男。藤井に会ってもいいか、ということ。
どうも分からなかったのだ。千花があんな嘘をついて、何かに気付いた途端「彼氏じゃない」と断言してきたあの様子。何か裏があると思うのが普通だ。生徒会の仕事が終わるまで、まだ時間はある。早坂は決める。自らの足で調査すると。それで使えそうならかぐやに報告、そうでなければ黙っていればいい。それだけの話。要は、早坂自身が気になるのだ。千花と彼の関係性が。
急ぎ足で学校を出て、タクシーを拾う。普段はまず乗ることのない安っぽいシート。だが普段乗るそれも、自身のためではない。主人であるかぐやのために用意されたもの。おこぼれを貰っているだけなのだから。
かぐやからラーメンを食べたと聞いていた早坂は、微かな記憶を頼りに店の名前を伝える。運転手も食べたことがあるらしく、行き先は間違いなく決まった。そして、そこには男子高校生が一人居ることも聞き出すことに成功。早坂、親父狩りの一面を見せる。
路地裏には入ることが出来なかったため、運転手は大通りに停める。丁寧に行き方まで説明してくれたが、目の前をまっすぐ行くだけ。分かり切ったことを言わないでほしいと、早坂はそれを聞き流した。
タクシーを降りて、路地裏を進む。まだ夕方だと言うのに、少し不気味さすら感じる。やがて、一人の男と目が合った。
「……お客さんですか?」
目が合ったせいで立ち止まっていた早坂。店の前を掃除していた藤井に声をかけられ、思わずハッとする。
Tシャツにジーンズ。まさしく「ラーメン屋でバイトしてます」という格好をしていた。
「まぁ、そうかなぁ〜」
「すみません。ちょっと店主が買い出し行ってて。今の時間店閉めてるんですよ」
「なんだ〜。残念」
申し訳なさそうに言う彼に、早坂は会話に困った。
そんな彼女に頭を下げて、箒を動かす藤井。こういった場合、すぐ立ち去るのが普通なのだが、そうしない女子高生に戸惑っていた。
しかも、あの秀知院学園の制服を着ている。しかも路地裏には不釣り合いなギャル。千花が何か吹き込んだのではないかと密かに不安になる。
「ねぇ、書記ちゃんと付き合ってるの?」
早坂、単刀直入の一撃。初対面でもう会うこともない男。彼女が想像していた以上に地味だった。かぐやがああ言うのも無理がない。それに、ここで恥をかこうが別に構わない。
一方で藤井。頭の上にクエスチョンマークが浮かぶ。
「しょ……誰?」
「藤原千花のこと。生徒会で書記やってるから」
「あぁ藤原さん。……って、付き合ってるわけないですよ」
タクシーで一緒になった時、彼女はチラッと生徒会のことを言っていた。その時に彼も漠然とは理解していたが、よりにもよって書記とは。あのふんわりした彼女にそれが務まるのだろうかと、心の中で苦笑いする。
それはそうと、どうしてそんなデマが流れているのか。貴族の藤原千花。平民である自身が釣り合うはずもないのに。
「本当かなぁ。ウチ、君が書記ちゃんと一緒のタクシー乗ってるところ見ちゃったんだ〜」
「あぁそれで……何か申し訳ないな。そんなあらぬ噂立てられて」
短く刈り上げられた頭を掻きながら、彼は恥ずかしそうに言う。彼も千花と同じで、嘘をつくのが苦手なタイプなのだろうか。いずれにしても、真実は見えてこない。
「なら本当に付き合ってないんだぁ〜」
「そりゃそうですよ。落とし物を届けただけで。あの時だって、たまたま買い物中に会ったから。顔見知りになった程度です」
彼の話のトーンから、それは間違いないのだと結論付けるしかなかった。
ただハッキリしない千花とは違い、靄が晴れたような。その堂々と断言する辺り、そう判断するのが自然であった。
でも、落とし物を届けたぐらいで顔見知りになるのだろうか。
自分が同じ立場なら、早坂は考える。落とし物を届けてくれた相手にお礼を、そんな思考になっても不思議ではない。そこから関係が発展していくケースだってなきにしもあらず。
「そっか。残念」
早坂自身、別に期待をしていたわけではない。何故かそんな言葉。事実と嘘が入り混じった頭の中。ごちゃごちゃしていて、よく分からない。
「何かすみません。良かったらまた来てください」
「はーい」
藤井が謝ることでもないのだが。期待させた分、謎の申し訳なさが彼の心を覆っていた。千花と同じように、一人の客として決まり切った定型文を言う。
このまま長居するのは流石に迷惑。藤井に背を向け歩き出す早坂。名前も知らない彼は、本当に地味だった。間違いなく、秀知院学園には居ないタイプの男。だが、千花にはそんな男が合っているのかもしれない。世間知らずの彼女。こういった社会を知った人たちが通う店で、現場に立っている彼が。
「書記ちゃん、全然タイプじゃないって言ってたのに」
側から見て、彼女と彼の関係性。
何が嘘で何が本当なのか。分からないまま、早坂愛は空を見た。
早坂愛に罵倒されたい。