藤原千花は愛されたい〜天然彼女の恋愛無脳戦〜   作:なでしこ

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早坂愛は発散したい

 

 

 

 

「身辺調査、ですか」

 

 夏休みに入って一週間が経ったある日のこと。真夏の太陽が空の頂まで昇った時間帯。早坂愛は四宮かぐやから呼び出された。

 自らの部屋。普段は張り詰めている彼女も、どこか気が抜けているように見える。私服も薄着で、男子の前では決して着ないような。

 

「えぇ。ラーメン屋の男子高校生について」

「何故ですか。先日は必要無いと」

「考えたのよ。使えないかって」

 

 早坂は返答に困った。

 かぐやはこうして、気が変わることもしばしば。その都度無理難題を言いつけられることもある。それに比べたら、今回の件はこれといって問題にならない。

 かぐやのことである。ラーメン屋の男子高校生、藤井を使って白銀との接触を試みようと考えているのだ。夏休み。学校で会うことが無い二人にとって、これまでの状況とは全く違う。

 どれだけ自然に、いつも通りに。その前提で()()しなければならない。今さらであるが、自ら遊びに誘うことは絶対に有り得ないのだから。

 

「ですが、別にその男を使う必要は無いのでは」

「どうして? そう言い切れる根拠でもあるの?」

 

 会って話をした早坂の直感、としか言えない。しかし、彼女はその事実を言うか迷った。

 あの日彼女からは「放っておけ」と命令を受けたのだ。となれば、当然早坂の行動は命令違反になる。ただかぐやは、そういったモノをあまり気にする方ではない。特に早坂の場合。口頭で注意して終わることがほとんど。かぐやなりの優しさであることは間違いなかった。

 

「……私の直感です。彼は、あまりにも普通すぎます」

 

 逆に下手な嘘をつけば、後が怖い。早坂は素直に理由を答えた。

 彼女の言葉の意味。頭の回転が早すぎるかぐやは、その言葉の真意に気付く。そして案の定、一つため息。ただ無断で会いに行ったことを咎めることもなく、早坂に向き合う。その顔は、決して怒っているようには見えなかった。

 

「早坂の言う普通、というのがよく分からないわね」

「かぐや様と白銀会長。お二人のやり取りに付いていけないと」

「それは何? 純粋に知識が足りないということ?」

「……まぁ。そういうことですかね」

 

 早坂は回答を濁す。かぐやと白銀。二人の知識は凡人を遥かに上回っている。それを自覚している彼女は、早坂の回答を疑うことなく鵜呑みする。絶対的な自信故の客観性不足である。

 

 その発言の真意を、かぐやは見落としていた。

 互いをいかに告白させるか。それだけ考えて生徒会活動を行ってきた約半年間。彼らからすれば見慣れた光景、会話でも、側から見たら話は変わってくる。

 かぐやと白銀は、既に彼に会っている。彼女は当然の如く覚えていないが、藤井の場合はどうか。覚えていたとしても、協力するメリットがない。ましてや、かぐやの性格。決して良いとは言えないソレに、無関係の人間を巻き込むのは気が引けたのだ。

 仮に依頼するとしても、協力してもらう口実はどうするのか。かぐやが素直に「白銀と付き合いたいから」なんて口にするはずがない。結論、彼女の提案には問題点が多く存在していた。

 

「せっかく他に計画を立ててるんです。白銀会長に連絡したらいかがですか」

「無理」

「ですよね。聞いた私が馬鹿でした」

 

 この様子。早坂愛、今日一番のため息。こんな調子で、平気で一般人を巻き込もうとする彼女の無謀さに嫌気が差していた。

 

「それなら早坂。いっそのことその男に近づきなさいよ」

「嫌です。タイプじゃありません」

「あぁそう……」

 

 藤井、知らないところでフラれる。

 ここ数日で何度目か。中々出来ない経験である。

 

 こうして提案しては、問題点が明らかになり、暗礁に乗り上げる。かぐやからの相談は、この半年、専ら対白銀について。何度も何度も話を聞いて、助言すら何度も何度も否定されて。でも、それに対する苛つきをぶつけて良い相手じゃないのだ。彼女はいつも、グッと飲み込んで。

 

「もういいですか。今日は私もオフなんです」

「はぁ……もういいわ。ご苦労様」

「では」

 

 主人であるかぐやに対して出来ることは、せいぜい「そっけなく」することぐらい。それも悟られないぐらいの絶妙さ。性格に難のある彼女対策。だがそれを平然とこなしてしまう早坂自身も、自身の性格に難がある。それは自分でもよく理解していた。

 オフの早坂は、今どきの女子高生らしいショートパンツに水色のトップス。今の時期、あのメイド服は暑苦しくて仕方がない。それから解放されただけでも、不思議と心は躍る。

 

 せっかくの休みなのだ。このまま屋敷に残っていれば、またかぐやのワガママに巻き込まれる可能性が高い。時間も昼下がり。動き出すには丁度いい時間帯である。

 うっすらとメイクをして、今日もまた早坂愛という皮を被る。外での彼女の姿。仮の姿であるのに、世の中に上手く溶け込んでいて。それが少しだけ寂しかったりするのだ。

 

(……どうしようか)

 

 外に出ると、照り付ける太陽。立っているだけで汗が吹き出してきそうな、蒸し暑さ。前日が雨だったら、より悲惨なことになっていただろう。

 少し歩いて、彼女は電車に乗る。普段の移動はタクシーが多い。しかし、今は妙に人混みに入りたかった。現実から目を背けたくて。それなのに、昼下がりの電車は空いていた。

 ショッピングモールの自動ドアをくぐる。以前、藤井と千花が会ったあの場所。そんなことは知らずに。一通り服など見回ったが、特に心を打つものはない。金を使うことがほとんどない彼女。貯蓄だけは貯まっていく。

 その足で、彼女はテナントで入っているチェーン店の喫茶店に足を運んだ。先ほどの電車とは違い、人でごった返す。止むを得ず、甘いフラペチーノをテイクアウトし、ショッピングモールの駐車場近くで口にする。日陰になっているが、夏の熱気は容赦をしない。それを、冷たい甘味がフォローする。

 

(つまんない)

 

 いかにも女子高生の休日。早坂愛には不釣り合い。

 こんなことをしていても、頭の片隅には必ず「四宮かぐや」という人間が居る。無意識のうちに、四六時中。彼女のことを考えている。幼い頃からそうやって生きていたのだ。彼女にとっては、それが普通だった。

 なら、主人であるかぐやはどうか。生まれた時から将来が決められている彼女も、今や白銀御行に恋をする一人の女子高生。年頃の女の子ではないか。「氷のかぐや姫」なんて呼ばれていた頃から比べると、まるで別人。早坂的にもそれは嬉しい誤算。でも、毎日毎日。メールする、しないのレベルで一喜一憂している彼女を見ると。必然的に憧れてしまう。早坂愛という人間も、一人の女の子なのである。

 

 フラペチーノを飲み干した彼女は、昼食を摂っていないことに気が付いた。甘いものを飲んでしまった口だったが、空腹感は消えていない。何を食べようかと考えるが、それとは関係ない言葉が頭をよぎった。

 

 ――――いっそのことその男に近づきなさいよ

 

 かぐやのあの言葉。

 その時は適当に受け流したが、一周回って面白そうだと考えた。暑さで頭がやられたとも考えたが、今の彼女はそれでも良かった。特に何の策略も無いが、前回は食べられなかったのだ。純粋にラーメンを味わいたかった。

 

 ショッピングモールからは電車で十五分程度。タクシーならもっと早い。早坂は電車を選択。気持ち、先ほどより乗客は多く感じられた。電車を降り、歩くこと数分。久しぶりに通る路地裏に、ラーメン天龍。

 が。普段は無いはずのシャッターが下りている。瞬間、彼女の中で嫌な予感。そしてそれは的中することになる。

 

(マジ最悪……)

 

 こんなところまで来ておいて、定休日とは。

 先ほどの自身の決断が憎たらしい。日の光が頭を灼いていくようで、気持ち悪さすら覚える。このまま立ち尽くすのも、熱中症になりそうで気が引ける。たった数分立っているだけで、背中には汗が滲んでいた。

 

「……あれ。この間の……」

「あ……まぁ」

 

 唐突だったせいで、彼女はつい素の返答をしてしまう。暑さでそこまで気が回っていなかったのだ。声を掛けてきた彼。早坂は二度目の遭遇である。Tシャツにジーンズ姿で、手には買い物袋。買い出しに行っていたらしく、額には汗が浮かんでいた。

 ただ不潔感は無く、いかにも男子高校生らしい姿。早坂的にはそれがこの雰囲気にマッチしていたという。

 

「何かすみません……二回とも閉めてて」

 

 藤井としては、こう言うしかなかった。

 彼に限らず、誰もが同じ場面に遭遇した場合。ほとんどの人間がそう言うだろう。世間的な発言。

 彼女から見れば、自身の確認不足である。彼が謝る必要なんて無いのだが、話し方や雰囲気に妙な愛嬌があった。つられて笑ってしまいそうになる感情を、早坂はグッと抑え込んだ。

 

「別に気にしてないし〜」

「すみません本当に」

 

 この女、本音を言えばめちゃくちゃ気にしている。どうしてこうも上手くいかないのかと。今日は踏んだり蹴ったりだ。良いことからかけ離れた一日。生きていれば、誰しもそんな日はある。だが、自分にはそれを励ましてくれる存在なんていない。

 

「それより、書記ちゃんとはどんな感じ〜?」

 

 太陽が雲に隠れ、辺りが暗くなる。影に飲み込まれそうになった心を誤魔化すように、千花の話題を彼に振った。このまま帰ることも考えていたが、せっかくなのだ。これも身辺調査と考えて。

 

 だがこの場合。本音を言えば、早く帰宅したいのは藤井の方だった。徒歩で近くのスーパーまで行ったこともあり、暑さにやられてしまいそうで。

 加えて。彼はこの名前も知らない彼女(早坂愛)が苦手だった。純粋にキャラクターの癖が強いのだ。彼は彼女のようなタイプの人間と、上手く会話を繰り広げることができない。いわゆる、ギャルと呼ばれる人種。友達でも何でもないのに、軽々しくそんなことを聞いてくる。客として接する分には問題ないのだが、一個人として見たら自身と相性が悪い。適当に誤魔化すしかなかった。

 

「どんなと言われてもなぁ……。夏休みに入ってからちょくちょくメールは来るぐらい」

「へぇ〜。仲良いじゃ〜ん」

「まぁ、そうですね」

 

 そんな彼の様子に、早坂が気付かないはずもない。

 先日の千花ではないが、自身を欺こうとする姿勢の彼に、内心苛つきを覚える。いつもなら噛みつく気にはならないのに。踏んだり蹴ったりの一日だったせいか、彼女の中で簡単に手放すつもりにはなれなかった。

 

「メールってどんな話してるの〜?」

「何というか……旅行の話?」

「なんで疑問形なの」

「いやまぁ……」

 

 旅行の話であることには変わりないのだが、彼が思っていたより高い頻度で連絡が来るのだ。最初の頃は律儀に返信していた彼も、途中で面倒になったらしく。それでも送られ続けているため、千花も返信を期待しているわけではなかった。

 そろそろお引き取り願いたかった彼。だが早坂に対して直接それを言えないのが藤井の弱さでもある。それに気にしていないとは言いながら、少し苛ついているように見える彼女。ただでさえ女子に免疫がない彼が、そんなことを言えるはずもない。考える。疲れた頭を回す。

 

「ちょっと待っててください」

 

 そう言うと、藤井はシャッターの横にある階段を登っていった。自宅スペースに繋がる階段だろう、早坂は察する。待っていろと言われれば、勝手に帰るわけにもいかない。かぐやとのやり取りで身に付いてしまった律儀さである。

 待つこと数分。トントンと階段を降りてくる音が耳に響く。彼の手にあった買い物袋は無くなっており、代わりに紙切れが二枚。

 

「二回も無駄足になったお詫びです。よければ」

「何これ? 無料券?」

 

 印刷されたポップな文字。そこには「ラーメン一杯無料」とある。一枚で一杯。ということは二杯分タダで食べることができる。何故二枚なのかは、彼女が二回来ているから。至って単純な理由だった。

 

「へぇ〜こういうのやってるんだ〜」

「ウチでも一応作ってて。たまたま家に余ってたから」

「ふ〜ん」

「サービスですよサービス」

 

 嘘である。

 無料券の分は藤井のバイト代から差っ引かれるのだ。

 つまり、家にはとんでも無く余っている。当初は同級生に配ったりしていたが、明らかにバイト代が減っていたため父である店主を問い詰めたところ、この事実が発覚した。それからは一切配っていない。それもそうだ。

 しかし、藤井的に早坂は怒らせたくなかった。直感で面倒なことになりそうだと感じて。バイト代が減るとしてもだ。

 「あっつい」と嘆きながら、彼はすぐ側にある自動販売機でスポーツドリンクを購入。それを早坂に差し出した。

 

「良かったらどうぞ。お詫びです」

「いいの?」

「暑いですし。帰りは気を付けて」

「あ、ありがと……」

 

 怒らせたくないのだ。これぐらいはする。そんな彼の思い。

 一方で、早坂。こんなことまでしなくて良いと思いながら、素直にソレを受け取る。スポーツドリンクは余り飲まなかったが、ここで断るのは野暮。早坂愛の皮が剥げないように、取り繕って答える。

 「それじゃ」と逃げるように帰っていく藤井。早坂もそのまま天龍に背を向けて大通りまで歩き始めた。

 無料券が二枚。浮かぶかぐやの顔。結果的に彼女が言った「使える」という言葉が、事実になってしまった。思わぬところに機会は落ちている。無駄に強運のかぐやである。

 夏休み。花火大会以外に会う予定が無い二人を近づけるため。これは絶好のチャンスになる。頭を巡らせるが、暑さでそうはいかない。

 

(さて……これをどう使うか)

 

 雲に隠れていた太陽が顔を出す。再び照りつける日差し。

 貰ったスポーツドリンク。キャップを回して一口。喉越しが抜群に良かった。

 そして久々に飲んだそれは、早坂が思っていた以上に甘かったのである。

 

 

 





 早坂愛に笑ってほしい。

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