いつ目が覚めたのかすらわからない。意識がいつ始まっていつ途切れてしまったのか全く分からない。ただ心が軽くなった気がする。今まで制御していたはずの何かがなくなったからだろうか。何も演じなくていい。何も取り繕わなくていい。ただ、ありのままの自分でいればいい。そう思うと心が軽い気がするのだ。
周りには、誰もいない。また、孤独なのか。
1人。
あぁ、1人かぁ。それってこんな感覚だっけ?わからない。何か、違う。違うんだ。今までは辛かったはずなのに、何も感じなくなった。何も感じない。痛くもなければ悲しくもない。いや、そもそも悲しいってなに?それはどんな感覚なのかな?もう、忘れちゃったよ。感覚がわからない。
思考がぐちゃぐちゃだ。
あれ、私なんのために生きてるんだっけ?生きる目的って何?あぁ、思い出した。ヒーローの抹殺。そして私の必要な誰かを見つける。それを実行しなければならないんだったな。その2つのためならば何を捨ててもいい気がする。何を犠牲にしようともこの2つを今は成さなければならない。そんな気がするんだ。多分心が軽くなったんじゃなくてこの2つ以外のことが壊れてしまったんだ。それにこの2つ以外のことをしようとは思えない。だから、動かなきゃ。まだ完全には壊れてないから、私は。もう少し頑張って何かを掴めたら楽になれるから。だから…!
無気力
体が動かない。…だるいな。やっぱり動かなくていいのかな。でも、やらなきゃいけないことは…いや、無理は、しなくていいよね。立ち上がりかけたけど立てなかった。いや、違うなぁ。なんだろう、体が言うこと聞かない。何かに押し付けられて立てない…みたいな。どうしてだろう。無理矢理にでも立とうとしたらなんとかフラフラとは立てるけど…いや、ダメだ。次の瞬間、視界がぐるりと回った。何の感覚もなくてびっくりした。あぁ倒れちゃうな。踏ん張らなきゃ…頭の中ではそう思ってもなぜか体は固まったままだ。どうしてかはわからない。けど、身に任せたらいいか。別に倒れても何もないか。倒れたからって死ぬわけじゃない。ちょっと痛くなるだけ。だからそのまま頑張って立つ必要はないか。重力に負けて体が傾いた。倒れたら痛いのかな。いや、痛みなんて今更どうでもいいか。
スローモーション
そして地面に近づいた。倒れる。…なのに、角度が変わらない。しかも体が何かに支えられている。でも見えない。誰、誰?
「おい、何してる。どんだけ体が痛んでると思ってんだ。まだ寝とけ」
誰かの声がして私はまた、何かに寝かされた。体には一切力を入れてない。てことは、私を持ってくれている人がいる。ここは…どこだろう。何かの小屋?この人は誰?
「ったく…朝からぶっ倒れやがって。昼過ぎまでぐーすかぐーすか寝ていいご身分だな。ヒーローなのかヒーローじゃねぇのかわからんが」
あぁこの人は…人間怪人、ガロウ。そうだったな。私は朝、確かこの人に何かを言った。何か…何かを。覚えてないけど。でも朝話したという事実はしっかり覚えている。けどなんでこの人がいるの?この人は何が目的なの?なんで私はこんなに手当てされている?
「なんで、助けたの。もともとヒーローだった私を、殺したくないの?」
「…お前がヒーローだろうが何だろうが目の前でガキがぶっ倒れてたらそのまま帰るわけには行かないだろ。」
理解できない。けど、助けてくれたのは事実。だからお礼、言わなきゃ。それで、帰らなきゃ。帰ったら私は、何をするんだっけ…
…違う。もう私に居場所はない。帰る場所をなくしたからこの人に助けを求めたんだ。帰る場所と、戦う意味をほとんどなくしたんだったな。この人ならきっと私をわかってくれる。本能的にそう思ってこの人のところに助けを求めた。うん、そうだったな。
「助けてくれて、ありがとう。聞きたいことが、あるんだけど」
「…なんだ」
「あなたは、なんで私を、助けたの?」
素朴な疑問だった。私は一応昨日までプロヒーローだった人間だ。そんな私がこんなにボロボロになっていたとしても果たしてヒーローを恨んでいる人間が私を助けるだろうか?子供だから助けられたのか?さっきも言っていた気がしたけどよくわからない。まぁ少なくとも私だったら同じ立場になったとしても絶対に助けない。なのにこの人は私を助けた。その上手当てまで…こんなに親切をされるほどの人間ではないはずなのに。
「さっきも言ったろ。ガキが死にかけてるのはほっとけねぇ。…あと、俺に似ていた。それだけだ。」
「その子供が昨日までヒーローだったとしても?」
「でも今日はヒーローを恨むただのガキなんだろ?」
確かに。それで私は…ガロウさんに似ている?どういうことかよくわからないけど似ているらしい。でも助けてくれたのならまぁ私を殺す気はないらしい。少しばかりは協力を求めても大丈夫そうだ。この人に、私の目的を言おう。もしかしたら協力してくれるかもしれない。
「…あなたは正義についてどう思う?」
「は?」
「私、この世界に必要なのは正義だって、今まで思ってた。でも、正義って何なのか、もうよくわかんないんだ。不平等の正義。今のヒーロー協会は、不平等なんだ。正義を装うランキングしか目に見えていない、凡人たちが、揃ってるだけだと思う。でも、それって正義じゃないよね。だけど、悪心っていうのはどんな人にも揃ってると思うんだよ。だから、私は不平等の正義じゃなくて平等な悪がこの世に必要なんだと思う。」
「…平等な、悪?」
「だって、悪を見えるように成してしまえば生きていることにすら、みんな感謝するようになると思うんだ。そうなれば、ヒーローなんていらないよね。」
「…興味ある。詳しく聞かせろ」
彼は目をギラつかせて私の方を向いた。私は思ったことを淡々と口に出した。彼が同情してくれるかもしれないという期待を寄せて。
「昨日、少しだけ覚えてるけど。私のことを倒しに来たA級が私のことを見て、やめてくれ。もう、こんなことしないからって、言ったんだ。倒される寸前ににね。ということは、みんなにこういうことを見せつけたら、誰もがおとなしくなるんじゃない?生きていられることの尊さを、悪でこの世に知らしめてやるんだよ。昨日のA級たちはランキングに目が眩んでて、本当の正義をわかってない。ということは、中途半端な正義なんていらないんだよ。この世に必要なのは、白じゃなくて黒。悪なんだ。でも悪の執行も、強者がするからこそ、意味がある。半端な悪じゃない。何もかもを染めあげる真っ黒でやるんだ。人々に恐怖と、絶望を。そのためにヒーローを倒す。私の目的はこれだよ。ガロウさん、私に協力してよ。あなたも、ヒーロー嫌いでしょ?」
ガロウさんは頭をポリポリと掻きながら私のことをじーっと見つめていた。そしてなんとも言えない顔で
「…ほんとに、俺そっくりじゃねぇかこいつは。頭がぶっ壊れたか、元ヒーローは。」
と呟いた。理解できないけどとにかく私はガロウさんに似ているらしい。ということはこの人も似たような目的なのだろうか?そもそもこの人のゴールは何なんだろ?わかんないけど…とにかくこの人は私を攻撃してこない。敵としては認識されていないのだろうか?
「ガロウさん、は私のことをなんだと思ってるの?」
「知らねぇよ。…強いて言うならこっち側の人間だ。」
彼はバツの悪そうな顔をしてそう言った。
そして私の体をベタベタと触られた。この人は変態なのかと思ったがそうではなく私の体に巻かれている包帯を変えてくれているらしい。傷口は痛む。けど、早いうちに手当をしてくれていたのか変な菌は入っていないっぽい。そしていつものように治癒されているから傷が治りきっているわけではないが多分昨日よりはマシになっている。
「傷の治りが早えな。」
「うん、元々早いほう。だから、人よりは治るの早い。けどまだ痛む。」
「痛くなかったら本物の化け物だろ。変えるからじっとしてろ…手間かけやがって。少し我慢してろよ」
ピリピリした痛みが全身に伝わる。お世辞にも丁寧とは言えない包帯の変え方に少し不満を持ったが特に何も言わずじっとしていた。血がこびりついた包帯は赤黒く染まっていて嫌だった。
「これ変えたらヒーロー狩りに行く。お前がどうするのかは知らねぇが悪化はさせるなよ」
バツが悪そうな顔から一転真剣な顔つきになり嫌な顔ひとつせずに包帯を巻いてくれている。よくわからない人だな。何を考えているのかな。不思議な生き物を見る目で私は彼を見つめた。ヒーロー狩りだから悪い人、と思いこんでいたがそうではないらしい。ちゃんと優しいところもあるんだなぁ…って感じた。だからこの人はきっと、怪人に成り切れないだろうな。本能的にそう考えてしまった。
こっち側の人間とは。それだけが1つ、気になって仕方がなかった。
「私は、今いる怪人たちは気に入らない。けど今いるヒーローも、気に入らない。私の邪魔になりそうな人たちは、潰す。ヒーロー狩りも、場合によっては行くかもだし、行かないかもしれない。」
そんな気持ちを抑えて私はこう呟いた。
彼は不思議そうな顔をした後、汚くなった包帯を地面に捨てた。彼の目に私はどう映っているのだろう。ドアの向こうへ消えた彼をただじーっと見つめていた。私はしばらくぽつんと座って思考を止めた。彼なら私の道を照らしてくれるだろうか。ちょっと考えてから目を瞑った。
また、意識が途切れそうだった。
『やめろ、止まれ』
誰かの声。
誰だろう。
…だめだ、わからないね。けどどうでもいいんだ、私にはきっと関係ないから。
本能に身を任せ瞼を閉じる。
また、闇が昇る。
いつの間にか朝が来た。外に出てみようと思ってドアを開けた。なのに、何故か。青いはずの空が灰色だった。色鮮やかな木々の緑も灰色だった。私の見る景色すべてに、白と黒以外の色がなかった。私の心の感情とともに、私はあるべき色まで忘れてしまったらしい。
ムカデの怪人が街に現れたのはその日のことだった。わぁ、でかい怪人だー、と思って見ていた。すごいなぁ。見上げながらそう感じた。私はその日、特に何も考えることなくガロウさんについていった。なにか特別な理由はない。ただ、この人の示す道を求めて後ろを歩いていた。何も考えていない。空っぽの頭で彼にただついていった。だから何も気にならなかった。人の視線も声も。
今の私は前の私と違う。髪も切って地味なフードをかぶっている。だから私をガビだと気付く人間はあまりいないはず。ただ、ガロウさんに集中できる。ガロウさんを、私は知りたい。すべてを探究したい。
ガロウさんはその時、金属バットさんと戦っていた。
私は邪魔になりそうだから近くのビルの屋上に行くことにした。私がヒーローをやるのもありかと思ったけどガロウさんがすごく嬉しそうな目で彼を見ていたから私は諦めたのだ。美味しそうな獲物を見つけた獣の目。彼は、獣のようだった。
わたしもヒーローを見て本能的に殺意が湧いてきたがぐっと堪えてガロウさんの言動と行動をじっくり眺めていた。面白かったし、勉強になる。動きのパターン、障害物の多い路上での戦い方。そして、S級ヒーローを押す勢いで戦う彼の姿に驚いた。レベルの高い技に攻撃に対しての対応も今まで見た武術家の中でもピカイチの技術だ。見ていてとても楽しかった。でも驚いたのはガロウさんだけじゃない。金属バットさんもだ。タフな体力。気合いだけでなんとかしようとする精神が私には理解できない。なんであんなに怪我を負っていてもなお戦えるのか。多分、今あの人数カ所骨折してるはずなのに。原理もクソもないという発言にも驚かされた。気合いって、すごい。率直にそう思った。…まぁ、ガロウさんが優勢なのは変わらないのだが。もともと少し怪我をしていたバッドさんだ。そもそもここまで戦えているのがすごいと思う。だからこそこの人はいつ倒れても、おかしくない。
流水岩砕拳
金属バットさんの野蛮トルネードに対して繰り出したその技。初めて実際に見たが出てくる言葉は、すごい。ただそれだけだった。流れる水のように攻撃を受け流し続けてそして最後にバッドさんを吹き飛ばした。なんて技だ。こんなにすんなりとS級を倒すなんて…ヒーロー狩りを名乗るだけあって実力も十分にあった。ガロウさんは、本物の強者だ。私は彼が欲しい。彼のすべてを知り尽くしたい。きっと私は、彼が必要だ。そう感じた。
ただ私は彼をずーっと見つめていたが何か、ほかにも視線を感じて少し違和感があった。
「おいガキ!!俺は観察されるのが大嫌いなんだ、降りてこい!片付いた」
ビルの下からガロウさんの声が聞こえた。私はボロボロになったバッドさんを見つめながらゆっくりとガロウさんのもとへ向かった。ガロウさん、そいつまだ、生きてるよ。言いたかったが言うのをやめた。このままにしていても彼ならちゃんと始末してくれると思ったから。だから急いで下に降りるのではなくゆっくり階段を下りたのだった。別にあのまま飛び降りて着地だってできないことはなかったが。
「…あぁ、なるほど、あなたたちか。視線の正体は」
階段を降りた後に別のビルから2つの影があった。地面を見下ろす彼らの視線は不気味。そう言うしかなかった。多分あれ、怪人だな。そう気づきながらも私は彼らをスルーした。どうせ、ガロウさんに用事なんだろうし。何もしなくたって向こうから何かしらのアクションを起こすはずだ。そう信じて私はガロウさんがいるところに歩いた。
けどまだ、彼はとどめを刺せずにいる。
金属バットの妹、ゼンコ。彼女がガロウさんの前に立ちはだかっている。
「お兄ちゃんは私の前で暴力見せないって約束したの!だからもう終わり!」
彼は攻撃をしていなかった。なんなんだこいつは、という目でゼンコを見ていた。ただそれだけで、まったく動かずに立ち尽くしている。
…なんで?目の前に獲物がいるのになんで狩らないの?目の前にヒーローがいるのになんで狩らないの?
「がはっ…!」
「!?おにいちゃ…!」
ナイフを金属バットに刺した。そしてゼンコのほうには催眠薬を含むハンカチで口を覆い眠らせた。まぁナイフは腹に刺したからまだ死んでないと思うけど痛みが蓄積された体なら大分苦しむはず。気を失えない程度の攻撃だからとどめを刺すまで痛みと戦い続けなければいけない。あぁかわいそうに。痛いだろうなぁ。哀れむ目であれを見つめた。
「おい、お前…!」
ガロウさんとは言うと信じられないような目でこちらを見ていた。いや、私のほうがガロウさんのしている行動が信じられない。だから思ったことをガロウさんに言ってやった。
「いや、当然のことしただけ。私は、ヒーローが嫌いだから。それより、とどめを刺さなかったことに驚いた。ヒーロー狩りの覚悟は、その程度?」
そう言うと彼は黙り込んでしまった。図星か。彼の戦闘能力に関しては指摘すること0だけどこういう心の甘さはちょっと目立っているな。そこだけちょっと、気になる。きっと彼は、優しい人間なんだろうな。だからこそ、こういうところで甘さが出るんだろうな、と感じた。
「…そいつはどうするつもりだ」
転がっているバッドさんを指差して彼は言った。もう彼は虫の息だ。放っておけばどうせ死ぬだろう。けど、万が一の事を考えておくとしっかり刺しておいたほうがいい。ナイフを取り出して私はもう1発、彼にナイフを刺した。彼は小さなうめき声を上げて血を流した。
「…ヒーロー狩りなら、これぐらい普通だよね。」
「あぁ、そうだな。目が覚めたぜ…」
私はナイフをしまってフードを外した。血の匂いはするけどやっぱり色は見えない。
灰色に、堕ちたのかもしれない。
多分、怪人協会の怪人並みに残虐無道な女の子になっちゃったよ。どうなんだろ、こんなに壊れて大丈夫かな?あの、文句、アドバイス等あれば感想頼むよ。