彼の名前は、工藤新一…………だったのは、もう過去の話だ。
今の名前は、江戸川コナン。今春から帝丹中学に進学する十三歳だ。黒ずくめの男に薬を飲まされ、幼児化したのが六年前。それからは黒の組織を捜し出し、元の身体に戻る方法を模索する日々だった。
しかし、彼はもう工藤新一に戻るつもりはない。というより、戻る意味が無くなった。
一度、彼は毛利探偵事務所を出て、元の自宅(工藤家)に戻った。しかし、ここも彼にとっては辛い場所でしかなかった。工藤新一としての思い出が、強すぎたのだ。彼が塞ぎこみ、自分の殻に閉じこもってしまうのに時間はかからなかった。
そんな彼を心配して、新一時代からの知り合いであり、コナンの協力者でもあった阿笠博士は自宅に彼を居候させた。
時間が経ち、彼の精神状態は徐々に回復していった。しかし、今も時折遠い目をすることがしょっちゅうである。
(私がもっと早く、解毒剤を開発出来ていたら……)
そんな彼を見て、一人の少女が内心で悔やむ。コナンと同じく阿笠家に居候している灰原哀である。彼女は顔にこそ出さないが、コナンの人生を狂わせたことに責任を感じていた。
彼女こそが、コナンを幼児化させた薬の開発者である。そして自らも幼児化し、黒の組織から身を隠す日々を過ごす少女。
「……ねえ、今日の入学式、行かなくていいのかしら?」
灰原はコナンに問いかける。しかし、コナンの答えは否。
「んなもん、どうでもいーよ」
彼らしくない投げやりな答え。しかし、灰原には彼を責める事は出来ない。正直、顔を合わせ辛い。しかし、他にいく所もないので、こうして一つ屋根の下で過ごしている。と言っても、恋愛関係にある訳ではない。
私の事、罵倒してくれたらいいのに、と灰原は思う。しかし、コナンは面と向かって灰原を責めるような事はしない。それどころか、あんな事があったのに、今までと同じ調子で灰原に接しているのだ。そこが彼の優しい所だ、と灰原は思う。
いつしかコナンを特別な存在として見始めていた彼女は、彼の優しさについ甘えてしまっている。本来なら、一緒に居るべきではないのに。
(江戸川君、ゴメンね……)
彼女は心の中でそう呟く。そして中学校の制服を身に纏い、阿笠家を後にした。
「中学、か……」
コナンはハアっとため息をつく。まさか、もう一度義務教育をやり直す事になるとは。しかし、もう工藤新一に戻るつもりは無い。今戻れば、『彼女』を迷わせる事になる。いや、迷うどころかもう俺の存在は『彼女』の中に居ないのかもしれない。どちらにせよ、工藤新一はもう居なくなるべき人間なのだ。
「……蘭」
コナンは、初恋の相手の事を考える。毛利蘭――いや、今は新出蘭となった彼女の事を。