「博士、邪魔するで」
今日もコナンは学校をサボり、一人で部屋で佇んでいた。すると、玄関の方から特徴的な関西弁が聞こえてくる。
(あの声は……)
コナンは、流れてきた声の主を考える。該当する人物は、一人しか考えられない。その人物は、ズカズカと上がりこんで来ると、コナンが居る部屋に入ってきた。
「よお、久しぶりやな工藤」
声の主は、服部平次。自称西の名探偵である。
「……江戸川。もう俺は工藤じゃねえよ」
コナンは不機嫌そうに服部の言葉を訂正する。
「なんやお前、まだ引きずってんのかいな」
「……お前、何しに来たんだよ」
「ちょっと、こっちに野暮用があってな。そのついでに東京見物に来たんや」
平次は現在、大阪府警の元刑事が営む探偵事務所に就職した身である。この六年間で彼は知名度をあげ、いまや各方面から引っ張りだこ。そして将来は個人事務所を持ちたいとは本人の弁。
そして、平次の他にもう一人、珍しい客がコナンの居る部屋に訪れる。
「コナン君、久しぶり」
服部の幼馴染、遠山和葉が顔を見せる。いや、この春彼女は平次と結婚したのだから、今は服部和葉と呼ぶべきか。
「なあコナン君、ずっと学校サボってるそうやんか。何か悩みでもあんの? 良かったらウチに相談せえへん?」
和葉が心配そうな顔でコナンに問いかける。
「蘭ちゃんも心配しとったで。何か嫌なことでもあったん? ウチに話し……」
「――和葉、そこまでにしとき」
和葉と違って、コナンの詳しい事情を知っている平次は、和葉の詮索を止めた。
「コイツにはコイツの事情があるんや。そっとしといたれ」
「でも平次……」
和葉は納得がいかずに平次に言いつのろうとするが、平次はコナンを咎めるつもりもなく、この話はここまでとなった。
「それより工ど――コナン、ちょっと俺らと来てくれへんか。東京見物の案内役頼むわ」
「はあ? 何で俺が……」
コナンは平次の言葉にめんどくさそうな顔をする。しかし平次は意に介さず、コナンの首根っこを掴んで部屋から引きずり出す。
「おい服部、待て。止めろって」
「平次、コナン君連れ出してどうするん?」
「ちょっと、俺らの東京見物につき合わせたろうと思うてな」
「ええっ! コナン君を学校に連れてくんじゃないん?」
平次の思わぬ行動に慌てる和葉。実は蘭から密かにコナンを学校に引っ張っていって欲しいと頼まれていたのだから、平次の行動に疑問を持つのは当然である。
しかし、平次は全く気にしなかった。
「無理矢理学校に引きずっても、どうせ早退するやろ。だったら俺らにつき合わせてもええやん」
「おい服部、俺は別に見物なんか――おいマジで止めろって!」
こうしてコナンは、平次に拉致られて三ヶ月ぶりに家の外に出た。
*****
「で、本当は何で来たんだよ。見物とか、俺を外に出すだけが目的じゃねえんだろ?」
「やっぱ分かるか。実はな、依頼で単身赴任の浮気調査をしに来たんや」
「はあ、浮気調査ぁ?」
コナンは平次の言葉に素っ頓狂な声を出す。そんな地味かつ面倒な事に付き合わされると思うと、思わず脱力してしまう。
「まあ探偵事務所に来る依頼は、大半が浮気調査とか探し物やからな。手に汗握る推理ドラマなんか、なかなかあらへん。まあ、たまに警察から内密で依頼が来ることもあるけどな」
「にしても、和葉姉ちゃんまで連れてくることはねえだろ。一応仕事なんだろ?」
「ああ、それがな……」
「それはな、ウチが来たいって言うたんや」
平次の言葉を和葉が引き継いで言う。
「もうずっと蘭ちゃんとかコナン君の顔見てへんし、それに東京って久々やから、つい平次に付いて来てもうてん」
「……完全に公私混同じゃねえか」
和葉の言葉に、コナンは呆れて何も言えなくなった。
「だって、平次と一緒に居たいんやもんっ」
和葉は頬を染めて平次の腕にすがりつく。もう結婚して一月が経つというのに、いまだに初々しい所がある。
その様子に、コナンは呆れて首を振る。そういう熱々なのは、頼むから他所でやってくれと言わんばかりである。
「お、おい止めえや和葉。せやけど、こうやって探偵の真似事してる方が、引きこもるよりはええやろ?」
「まあ、くだらねえ依頼だけどな」
平次の言葉に、コナンは答える。正直に言えば、いつまでも引きこもってるのも身体に良くない、とは自分でも思っている。ここは素直に平次に感謝すべきなのだろう。
今までは探偵という言葉に、コナンは心の内に重い物を抱えたような感じがしていた。
(探偵、か……)
もう、探偵の真似事はやるつもりなど無かったのだ。工藤新一時代は、警視庁のメシアとか平成のシャーロックホームズとか言われ、調子に乗って名探偵気取りで居た。しかし、首を突っ込みすぎて黒の組織に狙われ、結果として蘭を手放す事となった。
蘭が結婚して以降、コナンは探偵という物を遠ざけ、少年探偵団からも抜けてしまった。もう二度と推理なんてするつもりも無かった。だから三ヶ月もの間、阿笠家に引きこもっていた。
しかし今、こうやって平次らと歩いていると、何故かあの時が懐かしく感じる。くだらない内容でも、それなりに楽しさを感じる自分に、コナンは戸惑う。
(何だ、この気持ちは?)
コナンの心の中で、再び熱い物が芽生えようとしていた。それを形容する言葉が、コナンには思いつかなかったが。