失意から始まる日常   作:空念

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第3話 それぞれの歯車

「おい、あいつだとよ……」

「また事件を解決したらしいぜ……」

 周囲がひそひそと噂する中、顔色も変えずに悠然と歩いていく少年。その少年はクラスの視線を気にすることなく、教室内を歩き、自身の席についた。

 この少年、言うまでも無く江戸川コナンである。彼は久々に登校し、皆の前に再び姿を現したのだ。

(四ヶ月ぶりか……)

 彼が不登校になってからの期間である。その間に中学に進学したので、当然クラスに知らない顔も存在する。

「コナン君、やっと来てくれたんだ」

 コナンの姿を見つけた元級友、吉田歩美がコナンに声をかけた。入学から約一ヶ月、ようやく登校する気になったコナンの姿を見た歩美は、喜びの表情を隠さない。

 しかし、コナンの反応は薄かった。まるで初対面の人に話しかけるかのようだった。

「……ああ、おはよう」

 コナンは、表情を変えずに淡々と挨拶を交わす。そして、その様子に歩美は戸惑う。まるで、コナンが人が変わったような錯覚を感じたのだ。実際、見た目は多少変わっていたが……。

 話したいことがたくさんあった筈なのに、歩美は何も言い出せなくなってしまう。

「悪い。俺、担任に呼ばれてるから」

 コナンはそう歩美に声をかけ、席を立つ。初めて中学校に登校してきたのだ、担任からの連絡事項とか色々あるのだ(本当は八年ぶりだが)。コナンは面倒な事を終わらせるべく、職員室に向かって行った。

「じゃあ、私が案内しようか……」

「別にいい。場所は分かってるから」

 コナンは歩美の提案もぶった切って、一人で教室を出てしまった。その後姿を見つめたまま、歩美はただコナンを見送ることしか出来なかった。

 

 コナンの変わりように気付いたのは、歩美だけではなかった。元太や光彦も、コナンの雰囲気に圧され、話しかけるのを躊躇った。

「何だアイツ、こっちが心配してやってんのによ」

 元太はブツブツと文句を言う。しかし、自ら話しかけるような事はしなかった。

「四ヶ月の間で、まるで人が変わったみたいですね」

 これは光彦の言葉。彼もコナンの変わり様に戸惑っているのだ。

「きっと、久々で戸惑ってるだけだよ」

 冷めた様子でコナンのことを言う二人を、歩美がなだめる。

「しかし変ですね。気付きましたか? 彼の行動」

「何がだよ。気付くもなにも、どこも変だらけじゃねえか」

 光彦の言葉に、元太が投げやりな口調で返す。

「違いますよ、よく考えてください。彼、学校に来るのは今日が初めてなのに、なんで教室の場所とかすぐに分かったんでしょう?」

「そう言えば、そうだね。移動教室の時とか、最初は迷うもんね」

 歩美が光彦の言葉に同意する。そういえば、職員室の場所も案内なしで行ってたし、どう考えてもおかしい。

「どうせ灰原にでも聞いてたんじゃねえの? あいつら博士ん家に一緒に住んでるし」

「元太くんは、聞いただけで迷わずに行けますか?」

「……無理だな」

 何回か登校しても、最初の数回は特別教室の場所を覚えるのに時間がかかるのだ。話を聞いただけで一発で覚える訳が無い。ようやく元太も、コナンの不審さに気付いた。

 しかし、三人に今のコナンに話しかける事は出来なかった。どこか近寄りがたい雰囲気を放っているコナンに圧されていたのだ。そして、それは他の級友も同じだった。一人を除いて。

 

 

「ちょっと、貴方どういうつもりなのよ!」

 自分の席で一人佇むコナンに、灰原が詰め寄る。

「落ち着け灰原、声がでけえよ」

 コナンは灰原を落ち着けようとなだめる。しかし、灰原が落ち着く訳がなかった。

「落ち着ける訳ないでしょ! 何考えてるのよ!」

 灰原には納得出来なかった。今まで散々麻酔銃や変声器を使ってまで探偵を隠してきたのに、何故いまさら少年探偵として世間に知られるようなマネをするのか、と。しかも、眼鏡を外して素顔を晒しているのだ。灰原には理解出来なかった。

 ただでさえ工藤新一に顔が似ているというのに、下手に目立てば組織に狙われるだろう。そして工藤新一=コナンだということがバレれば、灰原も――。いや、そんな事はどうでもいい。灰原には、コナンにこれ以上危険な目に遭って欲しくないのだ。

 コナンをこんな風にしたのは私、だから償いは何でもする。だから、これ以上ヤケを起こさないで欲しい。そんなの、コナンらしくない。灰原は、そうコナンに語りかける。

 しかし、コナンの答えは、灰原の予想とはかけ離れたものだった。

「はあ? 何言ってんだおめえ。俺がいつまでも終わった事でくよくよする訳ねえだろ」

「だ、だって……」

 灰原はコナンの言葉に絶句する。今のコナンは引きこもりになる前の、いつものコナンだった。

 蘭の結婚を期に、四ヶ月も姿を見せず、久々に登校したと思ったら周囲を寄せ付けず、かと思えば事件に首を突っ込んで悪目立ち。だれがどう見てもヤケになったとしか思えない。

「俺は、根っからの探偵だったという事だよ。『社会を奴らの魔手から救いえたら、その時こそ俺の経歴が最高点に達する喜びを感じる』ってな!」

 モリアティと対決する際のホームズの言葉をパクって、コナンは白い歯を見せる。その言葉で灰原は悟った。コナンは態と目立っていたのだと。事件に関わっていれば、いつかは組織に行き当たる。近づき難い雰囲気を出していたのも、周囲を巻き込まない為だったのだと。

「貴方ねえ……」

 そのコナンの爽やかな笑みを見て、灰原はため息をついた。こいつは今、自分が何を言ってるのか分かっているのだろうか。あまりに常軌を逸した答えに、灰原は呆れてしまう。

「お前は危ねえから離れてろよ。俺は一人でやるからよ」

 コナンはそう言うが、こんな危なっかしい人を放っておける訳が無い。灰原はコナンの顔をペチッと両手で挟む。そして、顔を近付けるとコナンに囁いた。

「……一度組織に関わった以上、貴方と私は一蓮托生よ。一人で行かせはしないわ」

 口ではそう言うものの、やっといつものコナンに戻った事を、灰原は心の中で大いに喜んだ。

 

 

「あいつ、やっと笑ったぜ」

「前のコナン君に戻ったみたいですね」

 コナンと灰原の様子を見ていた元太と光彦は、二人の様子を見て安堵する。しかし、今度は歩美が元気をなくす番だった。

(……私がこんなに心配してるのに、コナン君ったら哀ちゃんにデレデレしてっ!)

 今にも唇がくっ付きそうなほど顔を寄せている二人を見ると、歩美は腹が立ってくるのを感じた。ズカズカと歩美はコナンの元へ行くと、その腕を掴んだ。

「コナン君、話があるの! ちょっと来て!」

 一方的に言うと、歩美はコナンを引きずり、教室から出て行く。

「お、おい歩美っ――」

「いいから来なさいっ!」

 歩美はコナンの呼びかけも無視し、引きずっていく。

「おい歩美、どこ行くんだよ」

「歩美ちゃん、一体どうしたっていうんです」

「二人とも、来ないでっ!」

 急に様子がおかしくなった歩美に話しかける元太と光彦だったが、歩美の剣幕にタジタジとなり、その場で竦んでしまう。唖然とする彼らを残し、歩美はコナンを拉致っていった。

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