「歩美、話って何だよ」
人気の無い廊下に呼び出された(拉致された)コナンは、目の前の歩美に問いかけた。
歩美はしばらくモジモジとしていたが、やがて話を切り出す。
「……コナン君って、哀ちゃんと付き合ってるの?」
「はあ?」
突然の歩美の一言に、コナンは唖然とする。一体何を言ってるのか分からない。コナンは訳が分からず歩美を見つめる。しかし、歩美は真剣だった。
「だってコナン君、いっつも哀ちゃんと一緒に居るし、さっきだってキスしようとしてたし……」
「キ、キスぅ!」
思いがけない一言にコナンは大声をあげる。コナンには、そんなつもりは全く無いのだ。今のところ、灰原に対して恋愛感情は無いと言っていい。
新一時代から恋愛に関しては奥手で鈍感だったのだ。それは今も変わっていない。コナンは、自分と灰原が周囲からどう見られているのかを、やっと自覚した。
「いやいや、俺と灰原はそんな関係じゃねえって!」
「……本当に?」
「本当に!」
コナンは慌てて歩美の言葉を否定する。しばらくコナンに疑いの目を向けていた歩美だったが、不意に安堵の笑みを溢した。
「良かった。じゃあ、まだチャンスはあるんだね」
「チャンス?」
何が何だか分からず、コナンは首をかしげる。話に脈絡がなく、何を言いたいのか分からない。
しかし、歩美は一人で納得し、自己完結してしまった。そして、先ほどとは打って変わって上機嫌な様子でコナンに話しかけた。
「ねえコナン君。今度の日曜日、二人で映画見に行かない? お母さんからチケット貰ったんだけど」
「ダメよ。今度の日曜、サッカーの試合があるんでしょ」
突然灰原の声がしたかと思うと、コナンは再び腕を引かれる。振り返ると、灰原がコナンの腕を掴んでいた。
「おい灰原、急に引っ張んなって!」
「……まさか江戸川君、試合すっぽかして歩美ちゃんとデートに行く気じゃないでしょうね?」
灰原がコナンをジトッとした目で見る。その視線にさらされ、コナンはタジタジとなった。
「んな訳ねえだろ、ちゃんと試合に行くって」
「ならいいけど。さっさと教室戻るわよ。もう授業が始まるわ」
灰原は、コナンを教室に引きずっていった。
「もうっ、いい所だったのに……」
そして、不満げに頬を膨らませながら、二人の後を歩く歩美であった。
(ふふっ。たとえ歩美ちゃんでも、この朴念仁は渡さないわ)
*****
そして日曜日、コナンはサッカー部の試合の為、奥穂中学のグラウンドに来ていた。
市民大会。夏の都大会の前哨戦みたいな大会である。直接全国に繋がる訳ではないが、大会前にチーム力を試す絶好の機会であり、各校の戦力を測る場とされている。
そしてコナンは、サッカー部のスタメンに名を連ねていた。通常、一年生が試合に出ることはありえない。コナンのサッカーの腕前もあるが、その事情には裏があった。
コナンの通う帝丹中学サッカー部は、現在部員が十四人しか居ないのである。その内、一年は五人。コナンが試合に出られるのも当然である。
新一が居た時代は毎年全国を狙うほどの強豪校であり、部員も多かった。しかし当時の顧問が転勤して以降、ここ四五年の間に弱体化が進み、初戦すら危ういほど堕ちてしまったのだ。
一方、初戦の相手である奥穂中学は強豪校であり、今年も都大会の優勝候補と言われる相手である。そして八年前、都大会決勝で新一の全国出場を阻んだ因縁の相手でもある。
(ははっ。いくらなんでも、こりゃあ勝てる要素がねえよな……)
コナンは苦笑いする。
相手の顧問は、かつて帝丹中学の顧問だった教員であり、サッカーを熟知している者だ。一方、こちらの顧問はサッカーどころかスポーツ未経験。指導力の差は明らかである。しかも部員数も全く違う。誰が見ても勝敗は明らかである。
(……でも、ただでやられるつもりは無いでしょう?)
試合観戦に来ていた灰原は、目の前でピッチを走り回るコナンに心の中で問いかける。さすがに相手の三年とは体格に差がありすぎるのか、競り合いに負け、強烈なプレッシャーを受けている様子である。いくらボールコントロールが良くても、体格の差を埋めるまでには至っていない。
そして、周囲のレベルにも差がある。相手が連携の取れたパス回しで翻弄してくるのに対して、こちらはボールをキープするのに四苦八苦しているのである。その為、前線にいるコナンになかなかボールが回ってこない。
そしてコナンにボールが回った瞬間、相手は二人がかりで潰しにかかって来る。開始早々に先制ゴールを決められた事が効いているのか、コナン一人を徹底マークしているのである。その為なのか、遠目からのミドルシュートが多くなっている。
味方を使おうにも、合わないのだ。1トップの位置にいるコナンは、トップ下にボールを預けて相手の裏に回ろうとするも、その味方は右往左往するばかり。たまにスルーパスが来たかと思えば一呼吸遅れており、オフサイドをとられてばかり。
自身でドリブルを仕掛ければ、更に一人が加わって、三人に囲まれるという状況。このような状況の中、ズルズルと失点を重ね、試合終了間際まで追い詰められていた。
しかし、コナンにひるんだ様子は無い。心の底から楽しそうにサッカーをしているのが傍目にも分かった。
(本当に、ストイックなんだから……)
あるいは、マゾというべきか。そんなに逆境が好きなら、今度いぢめてあげようかしら、と灰原が良からぬ事を考えていた時、試合が動いた。ロスタイムで、コナンが二点目のゴールを決めたのだ。それでも点差は三点。盛り返すには少々絶望的な状況だったが、都内最強の相手から二ゴール。その場の観客は、驚嘆の目でコナンを見ていた。
「本当、根っからのサッカー馬鹿ね」
灰原がフッと笑みを漏らした時、その視界に何かが入ってきた。
(あ、あれは……)
それを見て、灰原は固まってしまう。視線の先には、黒いスーツを着た二人組みの男が、コナンの方をジッと見ていた。
*****
「悪い、俺ちょっと野暮用が……」
チームメイトの誘いを断り、コナンは試合会場から帰路につく。しかし、奥穂中学の校舎を出た頃には、校門で待っているはずの灰原の姿は無かった。
「あれ、あいつ何処に居るんだ?」
コナンは周囲を見回すが、何処にも見当たらない。
「何だよ、勝手に帰りやがって、『一緒に帰るわよ』と言ったのは向こうじゃねえか……」
コナンはぶつくさと悪態をつく。しかし、見当たらないものは仕方が無い。コナンは灰原と連絡をとるべく、携帯を取り出す。
「あっヤベ、電池切れだ」
残念な事に、前日に携帯の充電を忘れていた。これでは連絡の取りようが無い。仕方なくコナンは一人で学校を後にした。
だからコナンは気付かなかった。『黒い服の男が二人、試合中ずっと貴方を見ていたわ。気をつけて』という灰原からのメールが、コナン宛に送信されていた事を。
そして、その二人組みの男がコナンの跡を追い始めた。