試合後、奥穂中学サッカー部の顧問は、ずっとコナンを注視していた。
「……見れば見る程、そっくりだな」
かつて自分の教え子だった、工藤新一のことである。
あの代の帝丹は、惜しかった。個々人に粗さがあったものの、工藤を筆頭にタレントが揃っていただけに、全国を逃した事が今も印象に残っているのだ。だからこそ奥穂中の顧問は、コナンに先制ゴールを決められた時から、コナンと工藤を重ねて見てしまっていた。「こりゃあ、工藤新一の再来だな」と。
顔も似ており、プレースタイルまで同じ。どう見ても別人には見えなかった。そんなコナンが対戦相手として現れた。
「今後の帝丹もマークしとかないと……」
そして、コナンを注視していたのは、奥穂の顧問だけではない。
試合を観戦していた黒服の二人は、コナンの後を追う。とんだ掘り出し物だった。この米花市には別の目的で来たのだが、コナンを見たときから、二人はコナンに興味を持ち始めていた。そして、この試合で二人は、自分達の直感を確信に変えた。
「――アイツで決まりだな」
「よし、早く捕まえるぞ」
*****
コナンは、自分の後を追う二人組に気付いていた。
(黒ずくめの仲間か?)
何気なく周囲を見回しながら、黒いスーツを着た男二人を視界の端にとらえ、コナンは密かにほくそ笑む。以外に出てくるのが早かったと思うが、これは絶好のチャンスではなかろうか。その二人の顔には見覚えが全く無かったが、組織と無関係とは限らない。
気になるのは、すぐに尾行を察知できた点だろうか。組織の一員が、こんなバレバレな尾行をするだろうか。いや、もしバレても良い、隠れる必要が無いと考えたのなら――。
(――俺を消すつもりか?)
コナンはサッと身体を緊張させる。おそらく人通りが途絶えた場所で殺るつもりなのだろう。さっきから何事か二人でコソコソと話し合っている。コナンは二人の尾行を撒こうと思い、足を速めようとした。
しかしコナンの予想に反して、その二人組みはコナンに駆け寄ってきて声をかけてくる。
「おい君、ちょっと良いかな?」
コナンは内心驚いて振り返る。まさか、この街中で声をかけてくるとは思わなかったのだ。
「……何ですか?」
若干身構えながらも、コナンは男達に問いかける。その男達は、若干笑みを漏らしていた。
「君に少し話があるんだ。少し聞いてもらえるかな?」
言葉では頼んでいるような口調だが、その目は全く笑っていなかった。男は不気味な薄笑いを浮かべたまま、懐に手を忍ばせていく。
(まさか、此処で殺るつもりか!)
コナンは意外な事の成り行きに固まってしまう。
その時、遠くから黄色のビートルが猛スピードで突っ込んできて、コナンの脇に急ブレーキで停まった。そして、その後部座席から、一人の少女が出てくる。
「何してるの! 早く乗りなさい!」
その少女――灰原は無理矢理コナンを車内に引きずり込む。そして、ドアが閉まると同時に阿笠博士が車を急発進させた。
「危なかったわね、江戸川君」
灰原が、息を弾ませて言う。
「お前、あの場面でよく来たな」
タイミングが良すぎるぜ、とコナンは灰原たちの行動に感心する。
実は灰原、急いで奥穂中学から出てその場から逃げた後、すかさず博士に連絡を入れた。そして、帰宅途中のスーパーのトイレに隠れている所を博士に迎えに来てもらい、来た道を辿っていると、黒服に足止めされていたコナンを見つけ出したという訳だ。
灰原は、コナンにしがみ付いたままガタガタと震えている。
「なあ、あの二人から組織の臭いがしたか?」
コナンは、灰原に問いかける。
「いいえ。けど、あの二人、ずっと貴方を注視してたし、最近は意外な人が組織の仲間だったりするから……」
灰原の言葉に、コナンはなるほどと頷く。最近では、灰原が『組織の臭いがする』と感じた人が組織とは無関係だったり、逆に何も感知しなかった人が組織の一員だったりすることがあるので、臭いの有無だけでは判断できないだろう。今の段階では、まだどちらとも言えないのだ。
コナンは、先ほどの遭遇場面を思いかえす。さっきの黒服二人には、見覚えが無い。いや、今思い出したのだが、片方はどこかで見たような気がする。しかし、全く思い出せない。組織の一員かどうか判断するには、材料が少なすぎる。
(まあ、今は様子見だな)
こう結論付けて、コナンは思考を打ち切った。
*****
そして翌日、授業が終わった教室で歩美が話しかけてきた。
「昨日の試合、凄かったね!」
どうやら歩美も試合を見に来ていたらしい。若干興奮気味である。対して、コナンはそれほどテンションが高くない。
(あの黒服、どうも組織って感じがしなかったんだよなあ……)
コナンは歩美の話を半分以上聞き流しながら、昨日の事を思い返す。
昨日は灰原に車に引きずり込まれてその場を去ったのだが、それ以降も彼らは追いかけてくる様子がなかった。むしろ、突然の出来事に呆気に取られたような印象を受ける。
(……組織じゃねえとすると、一体何の用だったんだ?)
コナンがそう考えた時、教室の隅のほうで数人の男子の話し声が流れてきた。
『この試合、凄かったよなあ……』
『ああ。今でも忘れねえよ』
『あの時の遠藤、マジで神がかってたなあ』
クラスの男子達が、掃除時間であるにもかかわらず、何かの雑誌を見て騒いでいる。そして、その騒ぎはコナンの元にまで飛んでくる。
『なあ江戸川、お前はどの試合がベストゲームだと思う?』
コナンは男子に話しかけられ、開かれた雑誌のページを見せられる。そこには、過去のプロサッカーのベストゲームという題の特集があった。そしてそれを見た瞬間、コナンの頭にピキーンッと電流が走ったようになる。
「これだっ!」
コナンは一声叫ぶと、その雑誌を奪い取り、食い入るように注視した。その時、クラスの誰かが窓の外を見て発言する。
『なあ、何か校門の所に黒くて怪しい人が居るんだけど……』
その言葉を聞くと、コナンは雑誌を持ったまま教室を走り出してしまった。
その男は、校門の所で佇んでいた。もうすぐ授業が終わろうという時間、校舎を出て部室棟に向かう生徒を眺めていた。まるで、誰かの姿を探しているように。
その男に、サッカーボールが一つ、物凄い勢いで飛んできた。彼は華麗に胸でトラップし、バウンドさせずにそのボールを蹴り返す。さすがは元プロサッカー選手、蹴り返されたボールは、来た時よりも速いスピードで、正確に持ち主の元へと飛んでいく。
「いきなりご挨拶だな」
その男は、ボールの主――コナンを見て呟く。
「やはり、さすが元プロですね」
コナンは、その男に話しかける。コナンの言動は、一歩間違えば挑発行為とも取れる行動である。しかし、その男は怒らなかった。
(……ふむ、合格だな)
男は呟くと、再びコナンに話しかけた。
「昨日の試合、良かったぜ。お前さえ良ければ、うちのジュニアチームでやってみないか?」
「それが、昨日から僕をつけ回した理由ですか」
とは言うものの、コナンには黒服の正体が元サッカー選手と分かった時、既に話は見えていた。そして、コナンの答えは一つ。
「――謹んでお断りします」
*****
コナンは男が去った後も、校門の傍に佇んでいた。
『まあいい。気が変わったら、いつでも連絡して来いよ』
男は懐から出した名刺をコナンに押し付けると、すぐにその場を去った。その名刺にはノワール東京というチームのスカウト部を示す肩書きがあった。
昨日コナンをつけ回していたのは、プロチームの下部組織にスカウトする為だったのだ。おそらく最初は奥穂中学の選手が目当てだったのだろう。ジュニアユースに入る気は全く無いが、評価されるのは嬉しいことである。コナンは上機嫌で教室に戻ろうとした。
その時、背後から急に声をかけられた。
「惜しい事をしたわね。せっかくプロになれるチャンスだったのに」
コナンに声をかけてきた女性は、ちっとも残念そうには見えない表情で言う。帽子から金髪が見えており、明らかに外人女性である。知り合いの外人女性といえば、コナンには二人しか思いつかない。一人はジョディ。そしてもう一人は、今目の前に居る――。
「――モルモット!」
「……撃つわよ」
とんでもない言い間違いに対し、ベルモットはチャキッと銃口をコナンに向ける。
「じょ、冗談です」
コナンは慌てて両手を上げて謝罪した。ベルモットはジロッとコナンを睨むと、銃をしまう。
ベルモット。コナンが以前、組織との接触において何度もかかわった人物である。彼女自身も組織の一員であり、危険なやりとりを交わしたのは今でも鮮明に記憶に残っている。ここ数年は会っていなかったが、目の前のベルモットは昔と全く変わらぬ姿だった。相変わらずの美貌を誇っているが――。
(――実際は、婆さんかもしれないんだよなあ)
コナンがそう思ったとき、再び銃口を向けられた。
「今、何か失礼な事を考えたでしょう?」
「き、気のせいです……」
何で分かったんだ、とコナンは冷や汗を流す。全く、とため息を吐きつつ、ベルモットは銃をしまった。
「で、何でここに? まさか、灰原を……」
「あー違う違う。貴方との約束だから、私は手を出さないわよ。“私は”ね」
コナンの問いに、ベルモットは自分には害意は無いとでも言うように、ひらひらと手を振って答える。
「貴方が最近フ抜けてるって聞いたから、喝を入れに来たのよ」
「喝?」
コナンはベルモットの言葉に、怪訝な表情を見せる。
「三日後の夜九時、米花シティホテルにいらっしゃい」
それだけ言うと、ベルモットはコナンに背を向けて去っていった。