「そうさね。あれは五十と余年も昔のこと。毒を喰ろうた娘がいたのさ。それが世界の終わりの始まりだったんだよ――」

 女が語って聞かせるは、おろかな娘の物語。そして世界を襲う痛烈な皮肉の物語。
「毒」をテーマに描かれるファンタジー掌編小説。

1 / 1
毒喰らいの魔女

 

 そうさね。あれは五十と余年も昔のこと。毒を喰ろうた娘がいたのさ。

 当時あの村には、痩せた土地に不釣り合いなくらい大勢の住人がいた。大半は公爵から密命を受けて派遣された研究者と人足、警護の兵。気味の悪い魔術使(づか)いもいたっけね。隠れ里だったのさ。新種の毒を創っていた。

 なんのために? さあ、それは(あたし)の知ったことじゃない。結局その毒が使われることはなかったのだし、使うまでもなく公爵家はああいうことになったのだから……好きに想像するがいいわさ。

 問題はね、そんなことじゃあない。

 何の毒を喰ろうたやら、さっぱり分からなくなっちまったんだ。

 その娘は飯炊きや掃除洗濯のために雇われた下女でね。ものの言えない子だったよ。言葉を知らないという意味じゃない。単に臆病者なのさ。どんな命令をされても「はい、はい」としか答えない。()たれても蹴られても文句ひとつ言えず、あとでひとりで泣いている。そんな意気地のない女だったんだよ。服も汚い。そばかすも酷い。道端の石ころみたいな子さ。

 そんなんでも身体は女だ。研究者の若い男がちょっかいをかけた。娘は舞い上がった。相手は都会流に洗練された、まずまず顔のいい若者だ。それが古い詩歌なんぞ引用しながら愛をささやくんだから、たまらないね。たちまち娘は恋に落ちたよ。

 ばかだねえ。遊ばれてることくらい、承知のうえで遊ばせてやりゃあいいものを。そうすれば、甘い夜明けの舌触りも味わえて……(おたから)のひとつかみも手に入ったろうにねえ……

 一年ほど娘をいいように貪っておいて、その男はふらりと姿を消した。そりゃ、公爵の派遣した学者先生だもの。呼び戻されりゃ都に帰るさ。娘には挨拶ひとつ、置き手紙ひとつなかった。娘は胸を短刀で突き刺されたような気持ちになってね。他の研究者連中に、彼の行方を尋ね回った。ああそうさ、ものの言えない子が、ありったけの勇気を振り絞ったのさ。生まれて初めてね。

 貴族様が全員傲岸不遜というわけじゃない。中には優しくて親切な人もいる。犬猫に向けるような優しさだがね。そういう人がひとり、娘に真相を教えてくれた。娘の“恋人”は、都で妻を娶ったようだ、と。その人はこうも言ったよ。前々から苦々しく思っていた。あいつは屑だ。あまり気落ちせぬようにな、かわいそうな小娘よ、と。

 それでようやく、娘は飲み込んだのさ。自分がこの一年、どんなに滑稽な痴態を――文字通り()()()()()まで――晒していたのか、ということをね。

 もう娘には生きる理由がなかった。大げさだろう? まあそんなもんさ。人間だれしも、自分という小さな器の中にあるものが全て。今まで乾ききっていた器に初めて注がれた美酒だ。思いつめもしようというものさ。

 それで娘は、隠れ里の蔵に忍び込んだ。そして毒をね、喰らったのさ。なにしろ種類もよりどりみどり。量だって樽いっぱいあったからね。どれを味見してみようかなって、ちょっと楽しくさえなっちまったよ。

 だが娘は、死ななかった。

 うっかり助かっちまったのさ。毒がおかしな具合に作用してね。

 さあ、慌てたのは研究者たちだ。奴らが創ってたのはただの毒じゃなかったんだ。飲んでもすぐには死なず、ひと月かふた月、動き回ることができる。そして患者が死ぬと、その死体から……同じ毒が撒き散らされるんだよ! それも街ひとつを飲み込むほどの広さに。雨でも炎でも浄化できない猛毒がね。そうして次々に伝染していくってわけだ。

 ハハッ、恐ろしいねえ。こんな性質(たち)の悪い毒を、一体何のために創っていたのやら。自業自得だよ。研究者どもは対処に追われた。娘を処分するわけにはいかない。殺せばみんな死んじまう。地下室かどこかを密閉して閉じ込めるのはどうだ? これもだめ。この毒は土壌さえ汚染する。ではいっそ治療する? ところがどっこい、知識も何もない娘が、そこらにあった毒をてきとうに飲んでしまったために、どの解毒剤を飲ませていいか分からなくなっちまった。片っ端から試してみればいいって? まあ、うまく当たればいいがね。薬ってのは往々にしてそれ自体が毒でもある。もしハズレを飲ませたら、治らないうえに娘は死ぬ……

 夜を徹した議論の末に、研究者たちは結論を出した。

 娘を生かし続けるしかない。

 魔法と兵士と財産とで手厚く保護して、決して死なぬように……傷つけぬように……機嫌など損ねて自殺されでもしたら……世界は、終わりだ。

 本当はこんな話、したくはないんだよ。恥ずかしい過去だ。それに話したとおり、根が口下手なもんだからね……

 七十歳には見えないって? おやおや、お上手。これも魔法の延命措置のおかげさ。肉体ごと毒の働きを停止させてるらしい。でもね、身体は二十歳そこそこのまま保たれているけれど、それがいつまでもつかは分からない。研究者たちは――といっても、もう孫の代になってしまったけれど――今も懸命に探し求めてる。(あたし)を治療する方法を……あるいは、害なく殺す方法をね。

 べつにもう、殺されたって構いやしない。どのみち捨てるつもりだった命なのに、こんなに長く、それも裕福に暮らしてこれたんだから。ねえ? あんたみたいな若くてきれいな男も、ときおり寄越してもらえるしねえ?

 (あたし)は、じゅうぶん幸せだ。

 おいで。嫌とは言わせないよ。だいじょうぶ、うつりはしない。さあ、その絹のような指先で、(あたし)の服を脱がせておくれ。ん? ……ありがとう。そんなふうに身体を褒められると、あの頃を思い出すよ。()()()()もお前と同じように、(あたし)という楽器を優しく愛でながら奏でてくれた……

 ……いや。馬鹿なことを言うんじゃない。そんなはずないさ。

 

 涙など、とうに枯れ果てたよ。

 

 

THE END.


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。