███:長谷川千雨は最後の竜の血脈である。 作:庭師代行
千雨が念話で二人を確保したと伝えると、子供たちが逃げ出したときに備えて入り口で待機していたメルディアナ校長が険しい表情を浮かべたまま禁呪書庫に入ってきた。
麻痺魔法の効果時間が終わった二人は理解が追いついていないのか、呆然とした様子で千雨とメルディアナ校長の姿を交互に眺めている。
もし逃げ出すようなら千雨は時間減速のシャウトで加速してインベントリに入れてあるロープを使って物理的に拘束するつもりだったが、二人は諦めたのか意気消沈といった様子でメルディアナ校長に謝罪している。
アーニャが肩を落として落ち込んでいる一方で、ネギは幼馴染が動けなくなった姿に
メルディアナ校長の隣で腕を組んで様子を見ていた千雨がネギに視線を向けると、怯えたように目を逸らされてしまった。
ネギから強い恐怖心を感じ取った千雨は、十歳にもなっていないであろう子供に気配を消して忍び寄って麻痺魔法で動けなくしたのはやりすぎだっただろうかと表情は変えずに考え込んでいる。
千雨がエヴァンジェリンから学んだ拘束系の魔法は、相手を氷の柱に閉じ込める『
相手を凍らせて動けなくする【
こちらの世界には相手を眠らせて意識を奪う『
千雨も存在こそ把握しているが習得していなかったので、麻痺魔法が一番穏便な手段だった事実は変わりない。
机の上に開かれたまま放置されている魔法書の表紙を確認したメルディアナ校長は僅かに目を見開いた後、ネギとアーニャについてきなさいと告げて校長室へと向かったのだった。
校長室に用意されている肘掛け付きの椅子に腰掛けた千雨は、仕事をいったん切り上げたドネットに淹れてもらった紅茶を飲みながら事態の推移を観察している。
千雨はメルディアナ魔法学校の関係者ではないので退室してもよかったのだが、まだ十歳にもなっていないであろう少年に怯えられたまま姿を消すのも後味が悪いので残っていた。
メルディアナ校長の両脇を千雨とタカミチが固める形で椅子に座っている。ドネットは紅茶の用意を済ませると仕事に戻っていった。
ドネットが退室すると、机を挟んで向かい合う形で椅子に座らせられているネギとアーニャを無言で見つめていたメルディアナ校長が口を開いた。
「さて……どうして何度も禁呪書庫に無断で入ったのか、
「わ、私がネギを誘ったのよ! 書庫にある本だけじゃ物足りないだろうからって──」
「違うんです、おじいちゃん。僕がアーニャに頼んで、教本に載っていない魔法を調べるために抜け穴を教えてもらったんです」
「バカネギッ! 黙ってた私が悪いのに、なんであんたが庇うのよ!」
「でも、元々は僕が言い出したことだし……」
ネギとアーニャの話によると、禁呪書庫の扉は魔法と物理的な鍵で厳重に封鎖されているが、建物の老朽化で壁に幼い子供なら出入りできる隙間ができていたようだ。
抜け穴を見つけたアーニャは大人に伝えようと思ったが、追い詰められたように熱心に魔法の勉強に打ち込んでいるネギが禁呪書庫に入りたいと言っていたのを思い出して黙っていたらしい。
禁呪書庫の管理体制の甘さに深いため息をついたメルディアナ校長は、お互いに自分が悪いと言って譲らない子供たちの姿を見て少しだけ表情を和らげると、ネギに語りかけた。
「どうしてそんなに焦っておるのじゃ」
「それは……」
返答に
メルディアナ校長は過去に同じ質問をしたことがある。しかし、そのときもネギは言葉を
このままでは以前と同じ流れになると思ったメルディアナ校長は攻め方を変えるために、ネギとアーニャに別の質問を投げかけた。
「答えられぬか。では質問を変えるとするかのう。どうして禁呪が厳重に管理されているのか、
「道義に反する魔法だから、ですか?」
「勝手に使ったらダメな魔法だからでしょ」
「間違ってはいないが満点ではないのう。禁呪は大きく分けて二種類に分類される。ひとつは人道的ではないとされている魔法。そしてもうひとつは行使に重い対価や条件が必要な魔法じゃよ」
千雨が覚えている魔法だと、死者の肉体や霊魂を強制的に操る
そして未熟な術者が召喚した場合、魂を
効果時間こそ限られるものの、千雨はこちらの世界で禁呪とされる魔法(
「ネギが読んでいた魔法書に記されている魔法……『
「『
タカミチは体質の関係で呪文を詠唱できないが、対人戦闘の際に不利にならないように知識だけは蓄えている。
戦闘用の魔法に限定されるものの、知識だけなら一流の魔法使いにも引けを取らないタカミチだが、『
「二千年以上前に作られた
この魔法は、封印することでしか対処できない召喚された高位の魔族を
メルディアナ校長の問いかけにネギは黙って頷いた。
しかし、アーニャはどんな魔法を覚えようとしていたのか聞かされていなかったようで、慌てた様子で横を向いてネギを睨みつけている。
「あんた、なんでそんなヤバい魔法を覚えようとしてるのよ!?」
「……
目尻に涙を浮かべたネギが、途切れ途切れに己の心境を独白する。
今から四年ほど前、ネギが住んでいた村は魔族の襲撃を受けた。
誰が主導したのかは判明しておらず、村に住んでいた二百人余りの住民はほぼ全員が魔族に永久石化の魔法を受けて、現在も解除できないまま安置されている。
当時のネギは自分が危険な目に遭えば、大人たちからは死んだと言われている
村が襲われた原因とは関係ないと頭では分かっているが、ネギは心の片隅でこのときの出来事は『
(つまるところ襲撃してきた悪魔への復讐と、父親みたいな
千雨は復讐という行為そのものに思うところはない。
千雨自身も所属していた組織の人間や知り合いを殺されて復讐した経験は何度もある。
復讐される側として
むしろ人間相手でないのなら、法律や倫理観で縛られないので千雨なら何も悩まずに復讐を実行するだろう。
千雨も以前は法律に
そして自分の考え方が現代社会では普通ではない強者の理論だと理解しているので、他人に強要するつもりはなかった。
(まぁ話を聞く限りだと、復讐とか向いてなさそうだけどな。むしろ復讐したら余計に抱え込むタイプだろ)
過去の経験や話を聞いただけで、千雨はネギが自分より他人を優先する性根が優しすぎる性格だと理解した。
自分の力で解決できるなら報酬は度外視して
すでに乗り越えているが、千雨も無力感に打ちひしがれて目標のために本心を捻じ曲げて努力を重ねていた時期があった。
魔法使いの社会に関わってから半年も経っていないので過去の出来事を知らなかった千雨は、部外者がこんな込み入った話を聞いてもいいのかと思いつつ、ネギの過去に少しだけ自分の境遇を重ねていたのだった。
ネギの告白を聞き終えた一同は複雑な表情を浮かべていた。
アーニャとメルディアナ校長は、ずっと側にいたのに無理をしていたネギの本心を察せられなかった自分の鈍さを悔やんでいる。
タカミチは友達としてネギに戦い方の基礎を教えたりはしたが、もっと精神的に寄り添うことができたのではないかと考え込んでいる。
ネギは内心で抱え込みやすいが見かけでは分かりにくい上、子供らしい部分もあるものの実年齢以上に大人びている生真面目な性格なので、周囲の人間が本心に気が付けなかったのも無理はない。
もし父親か母親が健在でネギを見守っていたら、もしくは生まれ育った村が魔族に襲撃されなかったら、ここまで思い詰めなかっただろう。
「すまぬな、ネギよ。お前はナギとは違うと分かっていたはずなのに、心のどこかで重ねていたのかもしれん。まぁ、別の意味でネギも問題児に変わりはないのじゃが」
「うっ……ごめんなさい……」
「そう何度も謝る必要はない。ネギを追い詰めてしまったのは、儂らにも責任がある。しかし校則違反に違いはないからの。きちんと反省文を提出するように」
席を立ったメルディアナ校長は落ち込んでいるネギを頭を優しく撫でているが、禁呪書庫に忍び込んだことをうやむやにするつもりはないようで声色は厳しいままだ。
禁呪として扱われている『
ネギは『
これで一件落着かと思われたが、思い出したかのようにアーニャがメルディアナ校長にとある提案を投げかけた。
「ねぇ、おじーちゃん。ネギに
「しかし今のネギに明かすには早すぎるじゃろうて」
「ふーん、ネギはちゃんと話したのに、おじーちゃんは隠し事するんだ」
偶発的にアーニャは石化された村人たちの現状を知っていたが、メルディアナ校長からネギに教えてはならないと言われていた。
アーニャは一歳差だが『年上の自分がネギに付いていなければならない』という責任感に駆られていた。
その気持ちは今も変わらないが、ネギの心を守るために石化した村人の現状を隠すより、石化さえ解除できれば元に戻る状態で安置されている事実を伝えたほうがいいと感じたのだ。
「僕は村の人たちがどうなったのか知りたいです。今はまだ未熟で子供かもしれないけど、それを理由に過去から目をそらしたくないんです」
「無理に今すぐ背負おうとせず、もっと成長してから乗り越えていいのだぞ?」
「それでも……僕は今すぐ知りたいんです!」
「ここで無理に引き止めるのも無粋か。よかろう、ついてきなさい」
部屋の扉を開け放ったメルディアナ校長が一同に視線を向ける。
そのまま村人が安置されている場所に全員で向かう流れになりかけたところで、千雨が片手を上げてメルディアナ校長に質問した。
「あの、部外者の私もついて行っていいんですか?」
「むしろ、こちらからお願いしたい。コノエモンの話だとチサメさんは
「石化してる人なんて見たことないので治せるか分かりませんが……乗りかかった船ですし、できる限りのことはやってみます」
千雨は一般的な
しかし、ひとつだけ石化を解除できるかもしれないシャウトに心当たりがあった千雨は、メルディアナ校長の願いを受け入れたのだった。
螺旋状に曲がっている石造りの階段を降りた先にある両開きの扉を開けると、そこには二百を超える大量の石化した村人が鎮座していた。
砕け散った状態から直したのかヒビ割れが目立つ石化した村人が何人もいるが、丁寧に修復されているようで大きく欠けた部分は見受けられない。
「スタン……さん……」
入ってすぐの場所に置かれていた口にパイプを咥えているとんがり帽子を被った石化した老人──スタンの姿を見つけたネギは目を見開くと、彼の名前を呟きながらゆっくりとした足取りで近づいていった。
事前に覚悟していたとはいえ、ネギはショックを隠しきれない様子でスタンの姿を眺めている。
広々とした薄暗い地下室に重苦しい空気が流れかけたが、生命探知の魔法で石化した人々が生きていることを確認した千雨が、あえて空気を読まずにメルディアナ校長に問いかけた。
「この人たちが悪魔に襲われて石化されたのは、どれくらい前ですか?」
「あれは今から四年半ほど前の冬じゃったな」
「それなら
「
「厳密には石化を解除するのではなく、石化する前の状態まで
「時間を、戻す……!? 限定空間の時間停止ならともかく、過去の状態に戻す魔法じゃと!?」
「……ただし、一度に時間を戻せるのは一人までで、今の私では一日に一度しか使えません」
危うく言いかけた「魔法使いって
このシャウト自体の喉への負担はストームコールの二倍(およそ三時間)程度だが、前提条件で必要なシャウトは、その特殊性から喉を鍛えたとしても一日に一度しか使えない。
内部時間を加速させたダイオラマ魔法球を併用すれば時間短縮は可能だが、自分用の魔法球はまだ作成途中なので急ぐならエヴァンジェリンの別荘を借りる必要がある。
これでもアルドゥインの魂の欠片を取り込んだことで以前の半分まで負担が減ったのだが、喉を休ませている間に前提条件のシャウトの効果が切れてしまうので、
「時間に余裕がないので、今すぐ治せるのは一人だけですね」
「すまない、ネギ君。僕たちは明日の朝から一週間、
「……それなら、アーニャのお母さんを先にお願いします!」
「この流れで、なんで私に譲るのよ!? 別に一週間後になってもいいから、さっさとスタンおじいちゃんを治してもらいなさい!」
「気を悪くしないでほしいが、未知の魔法なら万が一ということもあり得る。そういう意味でもスタンのほうが適任じゃろうな」
「さすがに失敗してバラバラになったりはしないと思いますけどね」
「え……」
「いや、これはものの例えだから! 私が悪かったから、そんな泣きそうになるなよ!?」
千雨の例え話を聞いて、過去の光景がフラッシュバックしたネギの目尻に涙が溜まる。
たとえ失敗したとしても、やり直してなかったことにするので最悪の事態は起きないのだが、説明が難しいので千雨はネギを
遠巻きから様子を見ているネギたちの視線を感じつつ、千雨はスタンと向かい合う位置に立って竜の魂を引き出して身に纏うシャウト──【ドラゴンアスペクト】を口にした。
シャウトに呼応してドラゴンの角や鱗を連想させる
なるべく力を抑えているが、それでも様子を見ていた面々は千雨から溢れ出るドラゴンの力に圧倒されていた。
ドラゴンアスペクトはドラゴンの魂を身に纏うことで、喉を含めた身体能力やシャウトそのものを強化する戦闘を補助するためのシャウトだ。
しかし、今回はアルドゥインが使用していたシャウトの力を引き出すために使っている。
続けざまに千雨は息を大きく吸い込むと、渾身の力を込めて
ドラゴン語で『
「逃げ、ろ……? む、なんじゃ、ここは一体……?」
「スタンおじいちゃん!」
「むおっ!? いきなり何を……まさか、ぼーずか!?」
一瞬で千雨が指定した地点まで巻き戻ったため、いつの間にか知らない場所に移動していると認識したスタンが周囲を見渡していると、感極まったネギが抱きつきに行った。
石化している間に四年以上の歳月が流れていたので、スタンはすっかり大きくなったネギが誰なのか一瞬分からなかったが、特徴的な髪色や顔立ちを見てすぐに理解した。
ネギとスタンのやり取りにアーニャとメルディアナ校長が涙ぐんでいる一方で、千雨は威圧感を放って警戒させないようにドラゴンアスペクトを解除しつつ、こっそりと安堵のため息を漏らしていた。
実のところ、スカイリムにいた頃は地球に帰るための転移門の開発や所属していた組織の役職の引き継ぎで忙しかったので、時間逆行のシャウトの理解を深めだしたのは地球に帰ってきてからになる。
スカイリムにいた頃は殺しても良心が傷まない山賊相手に好きなだけ武器を試し切りしたり、シャウトや弓の試し打ちができたのだが、なかったことにできるとはいえ地球で同じことをするわけにもいかないので、うまくいくか不安だったのだ。
アルドゥインが使っていた頃は、死して骨だけになったドラゴンの肉体の時間を巻き戻して復活させる【
千雨が【時間逆行】と名付けたシャウトは【竜蘇生】と比べると巻き戻せる時間こそ大きく減少したものの、効果を発揮する対象が大きく増えたので汎用性は高くなった。
千雨はエヴァンジェリンにかけられた登校地獄を解除するために時間逆行のシャウトの理解を深めようとしているが、彼女が呪いをかけられたのは今から十三年以上前なので、現状では戻せる時間が足りていない。
おそらく自分の生きてきた年数以上の時間は戻せないだろうと感覚で理解しているが、今のところ戻せる時間そのものは順調に増え続けている。この調子ならあと一年もあれば登校地獄を解除できると予想していた。
スタンとは面識のないタカミチと千雨は、四年ぶりの会話を邪魔しないように遠巻きからネギたちのやり取りを眺めているのだった。
【ネギ・スプリングフィールド】
赤髪が特徴的な眼鏡をかけた少年。2001年7月末時点では数えで9歳、満年齢だと8歳。
過去のトラウマをいくつか解消して心の闇を取り除いたのはいいけど、その分『
【
窃盗した物品の持ち主や殺した相手の縁者から差し向けられる刺客。
常に三人組で行動していて、ラビリンシアンというシャリドールが作った古代ノルドの遺跡に落ちている『雇いの悪漢の書状』によると、トロール十体程度なら余裕で倒せる実力を持っている。
それなりに手強いのでゲーム序盤や高難易度で遭遇した場合は苦戦するプレイヤーも多いランダムイベントの一種。
プレイヤーとの親密度を問わず、老若男女どんな人物でも依頼してくる。
ゲーム内では絶対に見られていない状態で物を盗んだ場合や、すでに死んでいる人物からも差し向けられることがある。
「手ほどきをしに来た」「二度と他人の物に手を出そうなどと思わないようにしてやる!」
【
『
『
その名の通り、時間を逆行させて任意の物質を過去の状態に戻すシャウト。
今の千雨は【ドラゴンアスペクト】を使ってアルドゥインの魂の欠片を表層化した状態でのみ行使できる。
その性質上、魂のような実体を持たないものには効かないので、どれだけ時間を戻しても肉体から魂が離れた生物を蘇生することはできない。
本来は
アルドゥインが使用していた【
自己・他者・物品を問わず、物質であれば時間を戻すことができる。
ドラゴンの死体限定だが数千年もの時間を戻せたアルドゥインとは違い、千雨は本来の使い手ではないのに加えて、
シャウトを重ねがけすることもできるが、何度重ねがけしても一度のシャウトで戻せる最大時間より前の状態に戻すことはできない。
また、どれだけ
時間の流れを操作する非常に強力なシャウトだが、同時に繊細なシャウトでもあるので抵抗の意思がある相手には効果を発揮しないなど制約も多い。
封印から復活したアルドゥインは使わなかったが、伝記『ウルフハース王 五つの歌』の三番目の歌には、
この逸話が正しい場合、
SelfishUglyBad氏のMOD『Resurrect Dragon Shout and Call Nafaalilargus Shout』による追加シャウトが元になっているが、本作ではかなり魔改造されている。
大本はスカイリム本編でアルドゥインがドラゴンを蘇生する際に使っていたシャウトと同じものだが、本来ゲーム内でプレイヤーが使えるようにはならない。
千雨はアカトシュの加護があるから、クールタイムが長い代わりに部位欠損を治したり呪いを解除できるシャウト程度にしか考えてなさそうだな。