転生した羊の姫は,あの日の勇者に憧れる   作:ふふ歩

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少し残酷な描写があります、苦手な方はご注意下さい。


魔神顕現①〜心よ届け〜

 

 

 

 

 

ーー魔力溜まりを見つけたその翌日、僕はいつも通り…という訳にもいかずに大わらわだった。

 

 

 

 

 

 何故なら、明日は僕の10歳の誕生日ーー宴に出す食事の下ごしらえや、飾り付けの買い出しや準備があるからだ。

 前世では宴の主役は大人しく待つ事が多かったように思えるが、このような小さい村ではそうもいかない。

 誕生日の宴には、僕の家族は勿論の事、仲の良い友達とその家族、そして村長さんを始めとした村の有力者も訪れるため、その規模はちょっとした宴会のような規模になる事もある。

 父はこの村の名士のような立ち位置らしく、ゲストも多いから、その分準備も大変になってしまう。

 

 

 

 

 

ーー加えて、今回の新たな魔力溜まりの発生事案。

 父はその扱いをどうしていくのか、村長さんと話し合うために朝から出かけてしまっている。

 この家唯一の男手が不在と来れば、母だけでは到底手が回らないため、僕まで駆り出されているという訳だ。

 

 

 

 

「ーーはい、切り終わったよお母様」

「うん、ありがとうメル。じゃあ今度はお肉の切り分けをお願いね」

 

 

 

 

 母にシチュー用に刻んだ野菜の入ったボウルを差し出すと、今度は示された一抱えほどもある子牛の肉の塊を魔力の腕で持ち上げる。

 それを刃のように変化させて、一口大ほどの大きさに切り分けて見せた。

 その間に、竈門に置かれた煮込み料理用の鍋の様子を見て、火の量を調節する事も忘れない。

 

 

 

 

 

「うーん、相変わらず助かるわ。手間が減るし、洗い物も出ない、切り口も潰れないし、良い事づくめよね」

 

 

 

 

 

 1人で全部やろうとすると疲れるのよね、と母はご機嫌だ。

 僕はと言うと、目まぐるしく変わる台所の状況を掴むのに精一杯だーー規模こそ小さいとは言っても、これを毎日やっているのだから、主婦というのは凄いものだと改めて実感する。

 特に母は別格だ。僕の妻も中々に家事は得意な方だったが、恐らくは足元にも及ぶまい。

 勿論、遥かに長い時間を生きているせいもあるだろうが…その事を指摘したが最後、あっという間に拗ねてしまうため口外はしない。

 

 

 

 

「メルも大分手際が良くなってきたし、これを機会に料理の一つでも覚えてみる?」

「え?」

「もう10歳になるんだし、将来の事を考えたら今の内から慣れておいた方がいいわよ?

…もう魔力のコントロールも大分軌道に乗って来たし、これから少しは勉強以外の時間も出来るでしょうし」

 

 

 

 

 僕が下ごしらえをした食材の切り口や大きさを見た母が、不意にそんな事を言ってきた。

 料理…料理か…そう言えば、今まで手伝いばかりで、僕が1から10まで自分で作るなど考えてもいなかった。

 

 

 

「それに、もしメルにも好きな人が出来た時に、その彼の心を射止める決め手になるかもしれないわよ?」

「好きな人、かぁ…」

 

 

 

 

 前世の時は、ひとり暮らしをしている時に少しした事がある程度で、バランスや彩りなど一切考えもしない、所謂『男飯』的なものしか作れた試しが無かった。

 そのため味もお察しでーー一度、結婚してから妻からせがまれて作って見せた時は、一口食べて暫く硬直された後に、『今後は私だけに任せて!!』といい笑顔で言われてしまい、それ以降厨房に立たせて貰えなかった。

 

 

 

 

 

 もしも彼女にまた出会えた時に、僕が料理を作れるようになっていたら、彼女ーーいや、この世界では彼かーーはどう思うだろう。

 

 

 

 

 

 うん…いいかもしれない。

 きっとちょっとしたサプライズになるだろう。

 僕の料理を披露した時に浮かべるであろう彼女の驚きの表情と笑顔を想像したら、自然と笑みが溢れ、頬が熱くなるのを感じた。

 だが、それを目敏く見つけた母は、ニヤニヤとした笑みを浮かべてこちらを覗き込んでくる。

 

 

 

 

「あら!? 何その顔!! もしかしてメルったら、もう好きな子が出来たの!?」

「えっ!? あ!? これは別に、そういう訳じゃなくて…!!」

「もうっ!! メルったらおませさんね!! 誰!? 誰が好きなの!? お母さんに言ってごらんなさいな!!」

「だ、だから違うってば!! お母様のバカッ!!」

 

 

 

 

 それから暫く、母のからの攻勢はシチューの鍋が煮たつまで続き、僕は必死に誤魔化しながら顔を真っ赤にする事しか出来なかった。

 

 

 

 

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「全くもうっ!! お母様ったら!!」

 

 

 

 

 それから暫くして、大体の料理の支度が終わり手伝いから解放された僕は、未だにむくれながらも屋根裏に上がって本を読んでいた。

 全く、どうして色恋といったものが絡むと、女性というのはああも世話を焼きたがるのであろうか。

 勿論母の場合は100%善意なのだろうが、これっぽっちもそう言ったものに興味が無い身としては有り難迷惑というものだ。

 

 

 

 

ーーそも、僕の心に決める相手は前世の頃から決まっている。

 

 

 

 

 例え魅力的と思う相手が目の前に現れて、僕に愛を囁いたとしても決して靡く事は無いと断言出来る。

 僕の心はもう既に妻の虜なのだ。

 

 

 

 

「…っと、いけないいけない。集中、集中ーー」

 

 

 

 

 雑念を振り払い、本に目を落として集中するーー真剣に活字に向き合わなければ、本に対して失礼だ。

 今読んでいる内容は、世界を循環する魔力の流れについて考察したものーー昨日の魔力溜まりの件もあり、興味が湧いたので村長さんから借りたものだ。

 

 

 

 

ーー魔族(ヒト)や魔物から生み出された魔力は、その者の意思と力を乗せて世界に散らばる。

 

 

 

 

 

ーー世界に散らばった魔力は、人に、物に影響を与えながら循環し、最後には地面へと降り注ぎ、地中へと帰っていく。

 

 

 

 

ーー地中へと還った魔力は、大地の中で浄化され、再び人や魔物の中に取り込まれ、またそうして世界を循環する。

 

 

 

 

ーーこの幾千、幾万の人々から集められ、大地によって磨き抜かれた魔力を取り出し、扱う事が出来れば、それは我々にとって大いなる恩恵をもたらす事だろう。

 

 

 

 

ーーしかし、忘れる事勿れ。

 

 

 

 

ーー浄化され、純化された魔力は、無色故に強く、無色故に染められやすい。

 

 

 

 

ーーそこに悪しき感情や欲望が込められた時、その思いは幾千、幾万の人々の数だけ膨れ上がり、途轍も無い厄災を目覚めさせる。

 

 

 

 

ーーそれは世が乱れる度に顕現し、魔族に、人族に、分け隔てなく数多の悲劇をもたらした。

 

 

 

 

ーーその、厄災の名は…

 

 

 

 

『ーーメル!! 済まないが降りてきてくれないか!?」

 

 

 

 

 不意に階下から響いた父の声で、本に没入していた僕の意識が浮上する。

 

 

 

 

「はーい!! ちょっと待っててお父様!!」

 

 

 

 

 僕は返事をしながら椅子から立ち上がり、読みかけの本を閉まおうとしたーーその時、窓の外の景色に見慣れた人影を見つける。

 

 

 

 

「あれ…? ルゥちゃん?」

 

 

 

 

 それはルゥシィだったーー気紛れに散歩でもしているのかと思ったが、今は普段だったら家で親の仕事である養蜂を手伝っている時間の筈だ。

 

 

 

 

「ーー何処に行くんだろう…?」

 

 

 

 

 少し気になったので、窓を開けて呼び止めようか迷う…が、その前に父からの声が僕を押し留めた。

 

 

 

 

「ーー済まないがメル、急ぎの用事なんだ!! 例の魔力溜まりの件で、村長殿が聞きたい事があるそうだから、すぐ支度をしてくれ!!」

「う、うん、ごめん!! 今行く!!」

 

 

 

 正直後ろ髪を引かれる思いだったが、ただでさえ忙しい父を待たせる訳にもいかない。

 僕は階下に降りると、父に連れられて村長さんの家への道を歩く。

ーー一瞬だけ、ちらりとルゥシィが立ち去っていった方向を見つめる。

 あちらの方角には、僕と彼女が東の森へと向かう時にいつも通る道がある。

 

 

 

 

ーー何故だか、少し胸騒ぎがした。

 

 

 

 

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ーーメルリアの懸念は正しかった。

 

 

 

 

 ルゥシィは両親には秘密でこっそりと、昨日に引き続き東の森を訪れていた。

 目的は、昨日の魔力溜まりのあった場所。

 

 

 

 

「う〜ん…オトナの人達だけじゃなくて、メルちゃんにも止められちゃったけど…」

 

 

 

 

 普段だったら、絶対に言いつけを破る事なんてしない。

 ルゥシィは楽しい事が好きだし、ギチギチに厳しく締め付けられるなんて真っ平ごめんだとも思っている。

 

 

 

 

ーーだけどそのせいで、大好きな皆が悲しい顔をするのはもっと嫌だった。

 

 

 

 

 だから、今の私は悪い子だ。もしもバレたら、お尻ペンペンじゃ済まないくらいに、物凄く怒られてしまうだろう。

 けれど今日しか無いのだーー私の大好きな、一番大切な友達に、精一杯の恩返しをするチャンスは。

 何故なら明日はメルリアの10歳の誕生日ーー魔族にとってその日は、とても特別な日なのだ。

 

 

 

 

 魔族の子供たちは10歳になると、本格的に社会における働き手と認識される。

 

 

 

 

 親の稼業を継ぐために本格的に修行を始めたりする子もいれば、大きな街へと奉公に出る子もいる。

 ルゥシィもまた、誕生日を迎えると同時に、本格的に養蜂の仕事を親から習う予定だ。

 魔族にとって10歳という年齢は、子供たちが将来を決めるための、巣立ちの準備を始める時期なのだ。

 

 

 

 

ーーなら、メルちゃんはどうするんだろう?

 

 

 

 

 メルちゃんは凄い子だ。

 村の中の子供達の中で一番頭が良いし、魔力や魔法の扱いも、大人顔負けの実力を持っている。

 いつも皆に笑顔をくれるし、とっても可愛いし、ふわもこの髪の毛からはいつもお日様の匂いがする。

 こんなチビっ子の私と、いつも肩を並べて飛んでくれるし、最近は魔法の事も教えてくれるようになった。

 

 

 

 

 メルちゃんは凄い子だ。

 だから、その内にこんな狭い村からは飛び出して、もっともっと凄い事を習って、立派な大人になるに違いない。

 もしかしたら、お姫様にだってなれるかも。

 

 

 

 

 メルちゃんは凄い子だ。

 きっともう想像も出来ないくらい立派な自分の将来を決めていて、それに向かって何処までも高く飛んでいける子だ。

 私なんかより、ずっとずっと高くーー見えなくなるくらいまで高く。

 

 

 

 

ーーその前に何か恩返しをしないと。

 

 

 

 

 だって、私は貰ってばかりだから。メルちゃんに、まだ何も返せていないから。

 遠くに行ってしまう前に、まだ全力で遊んでいられる間に、精一杯の恩返しをするんだ。

 

 

 

 

ーーでも、私だけが出来る恩返しって何だろう?

 

 

 

 

 

 ルゥシィはどうしても思い浮かばなかった。考えても考えても頭が痛くなるばかりだ。

 だから、遊びに行く度に、ふざける振りをしていつもメルちゃんに渡せるような何かを探していた。

 そんな矢先だ。あの魔力溜まりを見つけたのは。

 あんなに綺麗な魔力の光も、あんなに綺麗な花々も見た事が無かった。

 そしてどうやら、メルリアもまた、あのような光景は見た事が無いらしい。

 

 

 

 

ーーそうだ、あの綺麗な花を渡そう。あの花を両手一杯に摘んで、大きな花束を作ろう。

 

 

 

 

 全然足りないかもしれないけれど、これが今のルゥシィの精一杯だった。

 

 

 

 

「…メルちゃん、喜んでくれるかなぁ?」

 

 

 

 

 それを渡した時のメルリアの笑顔を思い浮かべながら、昨日と同じ道を飛んでいく。

 

 

 

 

 

ーーそして、程なくして目的の場所へと辿り着いた。

 昨日と変わらず綺麗な魔力の渦が立ち昇り、色取り取りの花々が風に揺れている。

 

 

 

 

 

 思わず見惚れてしまいそうになるが、頭を振って振り払うと、すぐに花を吟味し、摘み始める。

 ただでさえ悪い事をしているのだ。少しでも時間は短い方がいい。

 手早く、しかし一本一本、大事に大事に手折って行く。

 

 

 

 

「あれ…?」

 

 

 

 

 だが、10本ほど摘んだところで、ふと気付いた。

 あんなに綺麗だった花が、ある一帯だけ赤黒く汚れて、押し潰されている。

 

 

 

 

「何だ…ろ……っ…ひっ!?」

 

 

 

 

 気になって手を触れようとした寸前…それ(・・)の正体に気付き、息を呑みながら飛び退いた。

 

 

 

 

 

ーーそれは血だった。

 

 

 

 

 

 夥しい量の血が、まるで何かを引き摺ったかのように続いていたのだ。

 しかもそれは森の奥からやってきて、魔力溜まりの淵で途切れている。

 その事実に気づいた瞬間、ルゥシィは背筋を凍り付かせるかのような怖気を覚えた。

 

 

 

 

ーー逃げなきゃ…!!

 

 

 

 

 理屈ではなく、そうしなければいけないと思った。

 そしてそのルゥシィの直感を裏付けるかのように、先ほどまで虹色に輝いていた魔力の光が、次第に黒煙の如き禍々しい色を帯び始める。

 

 

 

 

「……っ!!」

 

 

 

 

 魔力溜まりから背を向けて、全速力で逃げようとするがーー全ては遅すぎた。

 

 

 

 

ーー次の瞬間、轟音と共に魔力溜まりから爆発的に勢いで黒い魔力が立ち上る。

 

 

 

 

 続けて、地面がビスケットのように砕けながら吹き飛ばされた。

 

 

 

 

「あっ……」

 

 

 

 

 ルゥシィは悲鳴すら上げられないまま、猛烈な勢いで吹き上がる礫に巻き込まれる。

 凄まじい衝撃と共に、地面に叩きつけられた。

 あまりの痛みに動くことが出来ず、礫が当たって切れたのか、どろり、とした血が銀色の髪を染める。

 

 

 

 

 

「う…あ…」

 

 

 

 

 

ーーそして、彼女は見た。

 

 

 

 

 

 周囲の魔力を黒く染めながら、吹き飛んだ地面の淵を掴んで、それ(・・)は魔力溜まりから這い上がる。

 その姿は、全ての長さがちぐはぐな、捩くれながら肥大した四肢を持つ、皮を剥がれ、肉が剥き出しになった狒々のような肉体に、顔中にギョロギョロと動き回る目玉を生やした巨大な狼の顔を持つ巨大な異形。

 あまりにも禍々しく、醜悪で、冒涜的な姿をしていた。

 

 

 

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」

 

 

 

 

 

 聞いただけで心がガリガリと削られそうな叫びを上げながら、生誕の快哉を叫ぶその者の名を、この世界は知っていた。

 

 

 

 

 

ーーそれは世が乱れる度に顕現し、魔族に、人族に、分け隔てなく数多の悲劇をもたらした。

 

 

 

 

 

ーーその厄災の名は、魔神。

 

 

 

 

 

 この世が織りなす循環から零れ落ちた、世界を汚す醜悪なる(おり)の具現である。

 

 

 

 

 

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 ルゥシィは現れた魔神の姿を、混濁した意識のまま見つめるしか無かった。

 

 

 

 

 

ーーああ、これは罰なんだ。

 

 

 

 

 

 私が、恩返しをしたいからという勝手な理由で、悪い事をしてしまったから。

 大人達の、メルちゃんのいう事を聞かなかったから。

 

 

 

 

 

「ごめん…なさい…」

 

 

 

 

 

 自然と、口から零れる謝罪の言葉。

 

 

 

 

 

 魔神は、まだルゥシィに気付いてはいない。

 周りに咲いた花を地面の土ごと掴み取り、醜悪な音を立てながら貪り食っている。

 しかしそれも時間の問題だろう。

 

 

 

 

 

ーーわたし、食べられちゃうのかな…。

 

 

 

 

 

ーーいたいのは、やだなぁ…。

 

 

 

 

 

ーーパパにも、ママにも、会えなくなるのは、やだなぁ…。

 

 

 

 

 

 色々な人の顔が、何故か思い浮かぶーーけれど、最後に思い浮かべたのは、ルゥシィの一番大切な友達の笑顔だった。

 

 

 

 

 

ーーメルちゃんに、会いたいなぁ…。

 

 

 

 

 

「ーーけて……」

 

 

 

 

 

 何処までも自分勝手な願いなのは分かっている。こんな悪い子の私が、考えちゃいけない事も分かっている。

 けれど、ルゥシィは祈るように、強く、強く願ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーメルちゃん……助けて……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「……ルゥちゃん!?」

 

 

 

 

 僕は村長さんの家の椅子を蹴倒しながら、立ち上がる。

 突然の行動に、父と村長さんがぎょっとしながら僕を見るけれど、そんな事気にしてなどいられなかった。

 

 

 

 

 

ーー僕は、その声を聞いた。確かに聞いたのだ。

 

 

 

 

 

 そのまま外へ飛び出すーーすると、風に運ばれて今まで感じた事が無い程におぞましい魔力が流れてくるのを感じた。

 

 

 

 

 

ーーそしてその風は、東から吹いている。

 

 

 

 

 

「どうしたメル!? 何があった!?」

「ムゥ…この魔力は…!!」

 

 

 

 

 

 僕の尋常ならざる様子を感じ取ったのか、父と村長さんも、同じように家から飛び出して来る。

 正直、何が起こっているのかは分からない。

 しかし何かあってはならないモノがその方角にあるという事だけは理解出来た。

 

 

 

 

 

「ーールゥちゃんの声が聞こえた!! ルゥちゃんが危ない!! 場所は…きっと東の森の魔力溜まりの場所!!」

「待つんだメル!! 1人ではーー!!」

「それじゃ間に合わない!! 僕は行くよ!! ごめんお父様!!」

 

 

 

 

 

 問答をしている時間は無い。

 僕はそれだけを2人に伝えると、地面を蹴って宙へ浮かび上がり、全速力で飛んだ。

 

 

 

 

 

ーー急げ!! 急げ!! 急げ!!

 

 

 

 

 

 加減なんてしていられない。

 今までに無いあまりの速さに体が悲鳴を上げるけれど、そんなものは全て無視した。

 きっとその時の僕は、瞬きの間にその場所へと辿り着いていただろうーーけれど、僕にはそれがまるで永遠であるかのように感じられた。

 

 

 

 

 

ーー魔力溜まりに近づくに連れ、辺りに漂う魔力は粘つくような、淀んだものになっていった。

 

 

 

 

 

 体内に取り込もうとしただけで吐き気を催しそうになる魔力の奔流を耐えながら、目に魔力を流し込んで辺りを見回す。

 昨日見た美しい魔力溜まりの光景は変わり果て、礫だらけの無残な姿を晒している。

 不気味な程に真っ黒な魔力を吐き出す大きく広がった裂け目の程近くに、何かがいた。

 

 

 

 

 

「何…あれ…?」

 

 

 

 

 

 そこには、見ただけで生理的嫌悪感を覚えるような、歪んで捩くれた化け物がいた。

 まるで、熱に浮かされた時の悪夢のような造詣に、目眩がしそうになる。

 化け物は地面をその手で削り取りながら、口に運んでいるーー魔力に満ちた花を、土や礫ごと咀嚼しているのだ。

 そして粗方地面を削り終えると、今度は何かを見つけたかのように歩き始める。

 

 

 

 

ーーその先には、ルゥシィの姿があった。

 

 

 

 

 綺麗な筈の銀髪を赤く染め、力無く横たわっている。

 そんな彼女に向かって、化け物が手を伸ばすーー何をしようとしているかは、考えなくても分かった。

 

 

 

 

 思考が、視界が、感情が、真っ赤に染まる。

 

 

 

 

「止めろおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 

 

 

 自分でも信じられないような絶叫が、僕の喉から迸る。

 僕はその激情のままに、化け物に向かって全力で魔力を練り上げ、加減も無しに解き放つ。

 

 

 

 

ーー込める属性は木。土の属性を持つ生き物の肉体を焼き焦がす、天の光。

 

 

 

 

 轟音と共に、凄まじい太さの稲妻が、化け物に向かって叩きつけられた。

 

 

 

 

「ガ ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」

 

 

 

 

 肉を焼かれ、痙攣しながら動きを止める化け物目掛けて間髪入れず急降下し、全身全霊の力で固くした魔力の拳で殴りつける。

 

 

 

 

「あああああああああああああああっ!!」

 

 

 

 

ーー悲鳴すら上げる暇もなく、化け物は100歩先ほどの距離まで地面を削りながら吹き飛ばされた。

 

 

 

 

「はぁっ…!! はぁっ…!!」

 

 

 

 

 僕は乱れた息のままそれを見届けると、すぐさまルゥシィの元へと駆け寄った。

 

 

 

 

「あ、あぁ…」

 

 

 

 

 息はあるーーしかし、その惨状に思わず僕の口から呻きが漏れる。

 綺麗だったルゥシィの揚羽蝶のような翅の一方が、見るも無残に根元から千切れてしまっていた。

 全身に礫を受け、地面に激しく叩きつけられたのか、全身から血を流し、あちこちに青黒い痣が出来ている。

 特に銀髪を濡らす頭の傷口は大きく、流れ出る血で紅い水溜りが出来ようとしていた。

 

 

 

 

ーー素人目に見ても、命に関わる状態なのが分かった。

 

 

 

 

「ルゥちゃん…ルゥちゃん!!」

 

 

 

 

 恐怖と絶望にガクガクと震え、涙が溢れそうになるのを全力で堪え、見るも無残な姿に吐き気を催しながらも、僕は全力で彼女の体を『視る』。

 

 

 

 

ーー体の中を巡る五行の属性全てが弱り、循環も遅くなってしまっている。

 

 

 

 

 特に、血脈を司る火と、肌肉を司る土が弱い。

 恐らくは出血と、翅を失った事による負担、そして頭の傷が原因だろう。

 医療の知識は殆ど無いがやるしか無いーー火の属性で血脈を強めつつ、土の属性で傷口を塞ぐ。

 それだけでも、青白くなっていた顔色に、ほんの僅かだが朱が差した。

 

 

 

 

「慌てるな…慌てるな僕…!! 慎重に…慎重に…!!」

 

 

 

 

 自分自身を励ますために、自然と僕の口から独り言が零れる。

 続けて、増やした血脈を水の属性で調整し、全身に行き渡らせて行く。

 ただし、強めすぎると、相克によって火の血脈が打ち消されてしまう。

 溶けて崩れそうになる淡雪を触るかのように、少しずつ、少しずつ…!!

 

 

 

 

ーーすると、ゆっくりとルゥシィの瞼が開いた。意識を取り戻したのだ。

 

 

 

 

「ーールゥちゃん!!」

「…ぁ……ぅ…ゃん…」

 

 

 

 まだ意識が朦朧としているのか、ルゥシィの口からは声にならない吐息だけが漏れる。

 

 

 

 

「…っ…うんっ!! 僕だよ!! メルだよ!! 助けに来たんだよ!!」

 

 

 

 

 けれど、僕には彼女が何を言いたいかははっきりと分かっていた。

 だから強く手を握り、大きい声で呼びかける。

 

 

 

 

「…あは……メル、ちゃんだぁ……よ、か…ったぁ……」

「喋らないで!! 今から、村まで運んであげるから…!!」

「……き、て…くれ、たぁ……や、ぱ……り、メルちゃん、は…すご、いなぁ…」

 

 

 

 

 途切れ途切れの掠れた声で、彼女は笑ったーー中途半端に意識が戻り、凄まじい激痛が体を襲っているにも関わらず。

 そして、震える手で、僕の頬を伝う涙を拭ってくれた。

 

 

 

 

 

ーーその瞬間、まるで光が走るかのように、奔流のような魔力が僕に流れ込んできた。

 それは、ルゥシィのものだーーそこに込められた彼女の記憶、感情、僕への想いが、僕の中へと入ってくるのが分かった。

 何故こんな事が起きているのかは分からない…いや、どうでも良かった。

 

 

 

 

「あ、あぁ…あぁぁぁぁ…!!」

 

 

 

 

 いつも僕と一緒にいてくれた彼女が、いつもお日様のように笑っていた彼女が、いつも何を思っていたか。

 どんな想いと願いを抱いて、今日この場所に来たのかも、全てを理解した僕は、溢れ出る感情を抑える事が出来なかった。

 

 

 

 

 

ーー僕は、馬鹿だ。

 

 

 

 

 

ーーあんなに明るい笑顔の裏で、僕のことをあんなに思ってくれていた彼女に、僕は何をした?

 

 

 

 

 

ーー何もしていないじゃないか。ただ能天気に、ただ一緒に遊んで楽しくなっていただけじゃないか。

 

 

 

 

 

ーー何が勇者だ、何が姫だ!!

 

 

 

 

 

 何処にいるとも知れない妻の事ばかりを考えて、自分が理想の物語の姫になる事ばかりを考えて、もっと、もっと大切なものに目を向けていなかった。

 僕は浮ついていたのだーー夢のような世界で、夢のような力を得て、ただはしゃぎ回っていただけだ。

 もっとちゃんとルゥシィを…この世で一番大切な友達の事を、もっとちゃんと見ていれば、こんな事にはならなかった筈だ。

 

 

 

 

ーールゥシィが、傷つく事なんて無かった筈だ。

 

 

 

 

「ごめん…ごめん…ごめん!! ごめんなさいルゥちゃん…!!」

 

 

 

 

 今まで目を向けて来なかった自分のエゴを突きつけられて、僕はただ腕の中のルゥシィを抱きしめながら、謝る事しか出来なかった。

 

 

 

 

「なか、ないで…?」

 

 

 

 

 そんな僕の頭を、ルゥちゃんは震える手で撫でた。

 

 

 

 

「……来、てくれ…た……だけで、嬉し…ぃ…」

 

 

 

 

 そう一言告げると、クタリ、と彼女から力が抜ける。

 

 

 

 

「ルゥちゃん…ルゥちゃん!!」

 

 

 

 

ーー最悪の想像に背筋が凍りそうになるが、どうやら気絶しただけらしい。

 

 

 

 

「グォォォォォォォォォォォォ……!!」

 

 

 

 

 少しだけ安堵の溜息を吐くと、前方からガラガラと音を立てて先ほど吹き飛ばした化け物が立ち上がるのが見えた。

 腕の中で眠るルゥシィと、化け物を交互に見る。

 

 

 

 

ーー先ほどよりは大分マシにはなったが、ルゥシィが危険な状態なのは変わりない。

 しかし急ごうにも、行きのように上空を飛んでは彼女の体に寒さと気圧で負担をかけてしまう。

 万全を期すならば、低空のまま空を飛び村まで戻る事だが…そこで邪魔になるのが、あの化け物だ。

 

 

 

 

 化け物の方は、未だに全身から焦げ臭い不快な臭いを漂わせ、全身のあちこちから血を流しているが、弱った様子は無い。

 先ほどの魔法が僕の加減なしの全身全霊…それが通じないとなると、万が一にも倒す事など不可能だ。

 そのような強靭な体だ。身体能力も想像を絶するものなのは想像に難く無い。

 その上、頭から生えた何十もの目は、生意気にも歯向かって来た僕への怒りで爛々と輝いている。

 絶対に逃してはくれないだろう。

 

 

 

 

 

ーーつまり僕は、ルゥシィの容体を悪化させないように、あの化け物の攻撃を躱しながら、村まで逃げなければならないという訳だ。

 

 

 

 

 

 今更になって、体が震えてくる。

ーー血生臭い事からは無縁だった二度の人生を通じて初めての、文字通りの命懸け。

 それでもやらなければならない。やって、成功させなければならない。

 

 

 

 

 僕の手の中には、この世で初めて心を通わせた友達がいるのだからーー!!

 

 

 

 

 

 さぁ来い化け物。

 

 

 

 

 

 僕とルゥシィの庭で、そう簡単に追いつけると思うなよーー!!

 

 

 

 

 

「鬼さんこちらーー!!」

 

 

 

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」

 

 

 

 

 

 僕の挑発に応えるかのように、化け物が咆哮を上げながら突進してくる。

 

 

 

 

ーー今この時、この世で一番大切な宝物を抱えながらの、僕と化け物との命がけの鬼ごっこが幕を開けた。

 

 

 

 

 

 




メルちゃんの生まれて初めての撤退戦、開幕。
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