転生した羊の姫は,あの日の勇者に憧れる 作:ふふ歩
メルちゃんの勇姿をご覧下さい。
「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!」
地響きを立てながら、僕の背後から化け物が迫る。
細い草木をまるで小枝のように蹴散らしながら突進してくる様は、さながら重戦車のようだ。
迫り来る巨大な豪腕ーーその大きさは僕の全身をすっぽりと覆い程に大きく、そのまま握りつぶせる程に力強い。
僕はすれ違いざまに木々の一本に魔力を流し込む。
「ーー
僕の号令と共に、何本かの木々から腕ほどもある蔦が伸び、化け物の全身に絡みついた。
化け物は魔力を噴出させてそれを吹き飛ばそうとするが、土を主とする肉体からの魔力を、木が吸収し阻害する。
「グオオオオオッ!?」
生命力溢れる生木の蔦はしなやかで頑強だ。
魔力が無ければ、いくら化け物の豪腕といえどそう簡単には千切れない。
化け物が蔦に梃子摺っている間に、僕は何とか20歩程の距離を離す事に成功する。
「ルゥちゃん…」
その間に、ルゥシィの体調を確認するのも忘れない。
逃げながら隙を見て魔力を流し込んでいるため、出血は既に止まっているが、やはり激しい上下動とともに起こる加速のせいで呼吸は乱れ、常に苦しげな表情を浮かべている上に、体内の五行も安定していない。
「もうちょっと…もうちょっとだけ我慢して…」
そう声をかけると同時に、化け物がブチブチと蔦を引き千切って拘束から逃れるのが見えた。
インターバルはここまでだーー再び僕はルゥシィを極力優しく抱えながら、再び宙に浮かんで飛び始める。
ーー今の所は、僕が頭の中で組んだプラン通りに進んでいる。
このまま適度にあの化け物を足止めしつつ時間を稼ぎながら、この森を抜ける。
化け物の禍々しい魔力は、遠くから感知出来る程に濃密だ。
だとすれば、もう村にはこの異常は伝わっていると考えていい。
今頃、父と村長さんがこいつを倒す算段を付けてこちらに向かっている事だろう。
あの人達は、僕なんかよりずっと強いーー協力すれば、倒すことが出来るかも知れない。
「ウ゛ルルルルルルルルルルルル!!」
これならばーーそんな僕の楽観を打ち砕くかのように、化け物が今までとは違う不気味な唸り声を上げながら全身を震わせる。
そしてそれが最高潮に達したかと思うと弓なりにのけ反りーーこちらへ向かって、口から猛烈な勢いで水状の『何か』を撒き散らす。
ーーあれは不味い!!
そう咄嗟に判断した僕は、咄嗟にルゥシィの体を庇いながら足元に向かって魔力を流す。
「ーー
地響きを立てながら足元の大地が隆起し、僕とルゥシィを守る壁となる。
そして化け物が吐き出した水にぶつかった瞬間、猛烈な臭気と共にジュウジュウと音を立ててボロボロと崩れていく。
「……熱っ!?」
そして巻き起こった蒸気に少しだけ触れてしまっただけで、僕の服の裾が腐食し、その下の腕の皮膚が焼ける。
すぐに土の属性の魔力を流して浄化するが、ジクジクとした痛みが残った。
ーー化け物が吐き出したものの正体…それは、強烈な酸だ。
アレをまともに浴びてしまったらどうなるかなど、想像もしたくない。
だがそれ以上に問題なのは、化け物が吐いた酸は畑一面分もの広さに広がり、当初想定していた逃走経路が蒸気で覆われてしまった事だ。
防御出来る僕ならばまだしも、ルゥシィにどんな負担がかかるか分からない。
何とか迂回をーー!!
と、思った瞬間化け物が勢いよく跳躍し、迂回路を塞ぐかのように着地する。
足を止めてしまっていた僕は、咄嗟に対処出来ず、飛び退く事しか出来なかった。
「なっ…!?」
「ゲェェェェェェェェ…」
驚愕する僕を睥睨しながら、舌を垂らして口の端を吊り上げる化け物。
その表情はまるで、お前の考えなどお見通しだと言わんばかりだ。
ーー間違いない。こいつは、間違いなく僕を村へと逃さないように誘導している。
そして、同時にそれに振り回される僕を甚振っているのだ。
悔しさにギリ、と歯を噛み締める。
しかし、どんなに感情を昂らせようと、今の状況を打破することは出来ない。
ここが通れないのなら、別の道を行くしかないーー僕は再び身を翻し、再び化け物を少しでも引き剥がすべく魔力を高めた。
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ーーそれから何度も何度も、僕と化け物との攻防が続く。
時には突進してきた化け物を、魔力の手で殴りつけたり、足を絡めて転ばせる。
時には地面に金の属性の魔力を流し込んで、化け物が着地した瞬間に刃を出して足を串刺しにする。
時には落ち葉を風で巻き上げてから、それらを触媒にして火の属性を纏わせ、炎の竜巻として叩きつける。
今まで両親や村長さんから教わり、高めてきた魔力の技術の全てを駆使し、化け物から逃げ回る。
しかし、所詮僕は戦う事に関してはズブの素人だ。
何度も繰り返す内に段々と僕の動きはワンパターンとなっていく。
その上攻防の駆け引きなど全く出来ないため、その都度化け物の動きに対処する事しか出来なかった。
ーー少しずつ、少しずつ、確実に、僕は追い込まれていった。
「ーー
何度目か分からない、最も有効な蔦による束縛。
しかし、化け物は四方から迫る蔦を飛び退いて避け、爪で薙ぎ払ってしまう。
明らかに、こちらの手を読まれてしまっている。
「ガアアアアアアアアアアッ!!」
それだけでなく、化け物は千切れた蔦の一部を掴んだかと思うと、それを僕達目掛けて投擲してきた。
蔦とは言っても、相当な質量があるーーしかもそれが砲弾の如き速さで飛んでくれば、最早それは兵器と言って良い。
「く、うぅぅぅぅ…
それを僕は地面から伸ばした大量の刃で細切れに切り裂くが、勢いを殺しきれなかった木片が、僕の頬を、体を、容赦なく切り裂いた。
その痛みに耐えながら、僕は続けて魔力の手で刃を取り、一斉に切り掛からせる。
「ガウゥゥゥゥゥゥゥ!!」
自らに殺到する刃を、腕と爪を使って弾き飛ばして砕こうとするが、僕はそれを躱し、逆に切り込ませる。
剣術のけの字も知らない素人の棒振りのような拙さだけれど、切れ味だけは本物ーーこれで少しは時間が稼げる。
ーーその間に、状況を整理する。
「はぁ…はぁ…っ!!」
乱れた息を、少しでも整えようとするが、早鐘のように打つ心臓のせいで中々上手く行かない。
最大の問題は僕のスタミナだ。
流れ出た汗は僕の服を水に浸したかのように濡らし、攻防の度に出来る傷口からの出血と混ざり斑模様を描いている。
その上、ルゥシィを抱えたままの僕の腕は、もう感覚も鈍る程に疲れ切っていた。
(ーーここは、さっき通った道…戻ってきてる…!!)
だというのに、僕は未だに森の出口まで抜ける道に出られないでいる。
道を塞がれては別の道を、そちらも塞がれたら、また別の道を…と何度も何度も繰り返し、僕達は森の中をぐるぐると回る堂々巡りを続けていた。
そして木々の間から頭上を見れば、先ほど村長さんの家を飛び出した時から、太陽は殆ど傾いていない。
ーーその僅かな時間で、ルゥシィの状態は明らかに悪くなっていた。
息が荒く、身体中が熱い。
血脈の巡りが強くなった事で傷口が熱を持ち、全身を苛んでいるのだ。
痛みも、相当なものに違いない。
体の中の五行もバランスを崩し、今にも連鎖反応を起こして体内に致命的な不順を起こす寸前なのが分かった。
「このままじゃ…!!」
焦りのあまり思わず眉根が寄り、言葉が漏れるーーふと、手の中でモゾリ、とルゥシィが身じろぎする。
「ーーメ、ル…ちゃ、ん?」
「…っ…ルゥちゃん!?」
僕の言葉に反応したのか、ルゥシィが目を覚ました。
しかし、逃げ始める前に意識を失った時よりも、明らかにその声は弱々しい。
「メルちゃ、ん…? だ、い…じょ…ぶ…?」
それなのに、ルゥシィは僕を気遣ってくれた。
それが不甲斐なくて、僕は思わず化け物を見るフリをして目を逸らす。
怖かったのだ…僕が抱く不安を、見透かされてしまいそうでーーそれでも、精一杯の虚勢を張って、彼女に笑いかける。
ーー笑いかけようと、した。
「大丈夫だよルゥちゃん!! まだきっと手はーー」
「ーーもう、いいよ」
「…………え?」
優しく微笑みながらのルゥシィの言葉に、僕の背筋が凍り付く。
「ーー何、言ってる…の…?」
「このままじゃ…2人とも…食べ…られ、ちゃう…よ…?」
「だから…置い、て…行って…?」
ルゥシィから、魔力と共に彼女の心がまた流れ込んでくる。
今にも気絶しそうな位に痛くて、苦しい筈なのに。
僕が来るまで、想像も出来ない位に怖かっただろうに。
ーーそれでも、ルゥシィが思うのは、僕の事ばかりだった。
「ルゥ、ちゃんは…凄い子、だか…ら…私、なんかより…ずっと、凄い子…だから…」
ーーだから、メルちゃんが、生き残って。
そう言って僕を見つめてくる新緑のように鮮やかな瞳は、凄く綺麗だったーーそこには、僕が映っている。
酷い顔だーー血と泥と汗に塗れて、疲労と不安、焦燥のあまり歪んでいる。
側から見たら、思わずこちらも不安になってしまうようなーー。
ーーその瞬間、僕の脳裏にある記憶が蘇った。前世の頃、僕が絵本作家としてのデビューが決まった日の事だ。
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『ーーそんな顔するんじゃないわよ』
開口一番、まだ妻では無かった彼女は僕にそう言った。
『ーーえ?』
大手を振って喜んで貰えると思っていた僕は、そんな彼女の言葉に戸惑う事しか出来ない。
『ほらまたその顔…喜びよりも、僕不安ですー怖いですーっていうのが先に伝わっちゃうわよ?」
『そう…かな…?』
『そうよ。
こういう時はね、どんなに不安で、駄目かもって思ってたとしても笑うの。ふてぶてしい顔して、俺に付いて来いっ!!って顔してれば、ちょっとは周りの不安も無くなるもんだよ?』
だから、ほらーーそう促されて、僕はぎこちなく笑おうとした。
けれど、何処か引き攣って、抽象画のような不細工な顔になってしまう。
『ぷっ…くくく…あははははは!! 何その顔!! せめてもうちょっと上手く笑えばいいのに!!』
そんな僕の顔がツボに入ったのか、手を叩いて転げ回らんばかりに腹を抱える彼女。
『そ、そこまで笑わなくたっていいじゃないかぁ…』
『ふふふっ…ごめんごめん』
少しむくれる僕に一言謝ってから、彼女は言うーーほら、ちょっとは私も、貴方も元気になったでしょ? と。
『あ…』
『だから、不安な時や、怖い時は、こういう風に笑うの。自分もちょっとは空元気が出るし、それを見た人も、私みたいにちょっとは安心してくれるからさ』
『そういう、ものかな?』
『そういうものよーー小さい頃から、仮面被ってた私が言うのよ? 間違い無いわ』
それにねーーと、彼女は続ける。
『ーー大好きな人の笑顔を見たら、不安なんて吹き飛んじゃうわ。女の子ってそんなものよ』
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うん、そうだったーー思い出したよ。こんな酷い顔を見ていたら、不安になるに決まってる。
今この場で、一番怖くて、痛くて、苦しいのはルゥシィだ。
そんな彼女の前で、さも疲れて不安塗れな表情を浮かべて、何だお前は。
ーー笑え。
ーーせめて、笑え。
ーールゥシィが、僕の大好きな一番大切な友達が抱く不安なんて消し飛ばしてしまえるように、笑え。
「ーーーールゥちゃん、そんな顔しないで?」
「…え?」
精一杯、ふてぶてしく、何の事なんて無いって顔で、口の端を吊り上げる。
大丈夫だ、心配するなーーそう言い聞かせるように、僕は精一杯笑った。
「ルゥちゃんを置いてなんか行かない。僕も食べられたりなんかしない」
「逃げてなんかやらない。あんな化け物なんかに、これ以上好き勝手になんかさせない」
「ルゥちゃん見ててーーあんな奴なんかに、僕は負けないから。僕が、ルゥちゃんを絶対に守るから」
はっきり言って、虚勢もいい所な、強がりだらけで、不細工な笑顔だったに違いない。
「うん……うんっ…!!」
だけど、ルゥシィは笑ってくれたーーそれまでのような崩れかけの、儚い笑顔では無い。
それは弱々しいけれど、普段の彼女のような、お日様の匂いのする笑顔だ。
ーー心が奮い立つ。
思い出すのはあの日の憧憬ーー化け物を前にして、弱きものを守るために立ち向かう勇者の姿。
ーーならば、なってやる。
男だろうが女だろうが関係ないーー
不謹慎かもしれないけれど、この時僕はそう思った。
「ガアアアアアアアッ!!」
ーー化け物が、とうとう僕の作った最後の刃を叩き落とす。
けれど、全く焦燥感など無かった。
僕の心は静かで、体の中の芯がズシン、と定まる。
「ーー認めるよ。鬼ごっこは僕らの負けだよ」
一歩一歩近づいてくる化け物に語りかけながら、魔臓の鼓動を、抑えるのではなく更に強くする。
魔力を回すーー
「ーー
そして上空に向かって、地面の腐葉土から赤々とした火の玉を打ち上げるーーそれはシュルシュルと白い煙の尾を上げながら、破竹のような音を立てて爆ぜる。
ーー魔法を使った即席の信号弾。父と村長さん達はこれで気付いてくれる。
後はもう、やるだけだ。
「じゃあ、今度は違う遊びをしようよ」
「ゲェェェェェェェェェッ!!」
僕が観念したとでも思ったのだろうーー化け物がニヤニヤと笑いながら、僕に向かって腕を振り下ろす。
ーーしかしそれは、僕に届く直前に、魔力の壁によって革を打つような音をたてて弾き返されていた。
化け物やすぐにもう一方の腕を振り下ろすけれども、それもまた僕の魔力の壁が弾き返す。
「ゲェッ…!?」
戸惑うように呻く化け物の目を正面から睨み返し、声の限り宣言する。
「我慢比べだっ!!日が傾いても、暮れても、いくらでも付き合うから覚悟しなよ!!」
僕は叫びながら、最早魔力の属性変換など一切考えずにひたすら魔力を回す。
やる事はひたすら単純だーーただひたすら、化け物の攻撃を防御して、弾き返す。
ーーそもそも、発想が間違っていたのだ。
戦いの素人の僕が、相手に攻撃を仕掛けながら撤退戦をやるなど、生兵法にも程がある。
所詮僕が人並み以上に出来るのは、両親や村長さんが鍛えてくれた、魔力のコントロールくらいしか無い。
なら、
「グエッ…!? グエエエエエエエッ!!」
殴って来たら、それを受け止め弾き返す。
掴みかかってきたら、掴まれないように壁を作って弾き返す。
酸を吐いてきたら、魔力の壁で蒸気すらも通さずに、弾き返す。
ーー弾き返す、弾き返す、弾き返す、弾き返す。
ーー弾く!!
ーー弾く!!
ーー弾く!! ひたすらに!! ただ弾く!!
「ああああああああああああああああっ!!」
無論、加減なんてしない全力だーー魔臓が、魔血管が、魔力孔が、全身が悲鳴を上げる。
衝撃を殺し損ねて、凄まじい衝撃に頭が揺れて、意識が飛びそうになる。
魔力を回しすぎて、ブツリ、という音と共に、目から、鼻から、耳から血が零れる。
痛くて、苦しくて、吐き気が酷すぎて胃が裏返るかのようだ。
「そんなもんかっ!? 全然っ!! 効いてなんか無いっ!!」
それでも、僕は笑った。
ごぼり、とせり上がって来る、胃液か血かも分からない液体を飲み干して、何て事は無いと全力全開の虚勢を張る。
そしてルゥシィに精一杯魔力を送るーー僕は大丈夫なんだ、安心していいんだと言い聞かせるように。
「メル、ちゃん…」
魔力を通じて心が届いているのだから、ルゥシィも僕のこれが虚勢ということは分かっている筈だ。
だけど僕の笑顔に、今あらん限りの全力で応えてくれた。
「がん、ばれ……!!」
「うんっ!!」
ーーそれだけで、今にも崩れ落ちそうな体に活が入る。
姫からの声援に答えずして、何が勇者だ!!
「うあああああああああああああああっ!!」
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」
弾いて、弾いて、弾いてーーそれを何回、何十回、何百回繰り返しただろうか?
「…かはっ…はぁっ…はぁっ…!!」
僕はもう立つ事すら出来ず、膝を突いていたーーそれでも、真っ直ぐに化け物を睨み付ける。
「グルルルルルルルルルルルル…!!」
化け物は、指が折れ、拳が砕けたのか、ボタリ、ボタリ、と血を流す。
顔中に生えた目は、心無しか何処か怯んでいるように見える。
「どうしたの…? これで…終わり…!?」
「ギッ…ゲッ…ガアアアアアアアアアアッ!!」
僕の挑発に、ビクリ、と体を震わせたかと思うと、化け物は悲鳴のような声を上げたかと思うと後退り、傍にあった大岩に両手をかけた。
それは化け物が力を入れる度に、鈍い音を立てて持ち上がっていく。
「嘘…でしょ…?」
あまりの光景に、思わず呆然とした声が漏れ出る。
今や化け物の頭上に抱え上げられた大岩はあまりにも巨大で、下手な小屋程もある。
重さはーー最早想像も出来ない。
ーーもしあれをぶつけられたら、例え受け止められたとしても、その重さまでは逃せずに間違いなく生き埋めになる。
木の属性の相克や、魔力の拳で砕こうにも焼け石に水だろう。
そして最早今の僕には、あの岩が落ちて来る前に、飛んだり、身を避けたりする程の体力も魔力も残っていなかった。
ーーでも、絶望なんてしない。してやらない。
僕はなけなしの魔力で、周囲の空気を取り込んだまま球状に壁を作り出す。
これならば生き埋めになったとしても、すぐに死にはしない。
「メルちゃん…!!」
声を震わせるルゥシィの手を、力強く握るーー確かな温もりが、伝わって来る。
それだけで、力が湧いて来るような気がした。
ーー影が差す。
「ウガアアアアアアアアアアアアッ!!」
化け物が両腕を振るう。
ーー巨大な絶望が、頭上から降って来る。
それでも僕は、最後まで力を込めた。
「絶対、諦める、もんかーー!!」
少しでもルゥシィを守れるように、体全体で覆い被さる。
そして大岩が作り出す影が、僕達を覆い尽くそうとした瞬間ーー、
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
ーー雄叫びと共に、黒い風が走り抜けた。
途方も無い大きさの斧が、この世のものとは思えない程の轟音を立てて、大岩を粉々に打ち砕く。
砕けた礫は、全て魔力の拳によって弾き返され、僕達に砂粒一つすら当たる事は無い。
続けて、まるでレーザーのように凝縮された途轍も無い熱量の炎が、化け物に突き刺さり、悲鳴すら上げることを許さずに吹き飛ばした。
「ーー遅くなった。よく、耐えた。よく、守った。よく、生きていてくれた」
「あ、あぁ……」
ーーそして、僕達を守るように、3つの影が目の前に降り立つ。
「ーー頑張ったわねメル。凄く、凄く頑張ったわね」
「あぁ…あぁぁぁぁ…」
僕の目から、安堵の涙が溢れ出る。
「ーー少し、待っていて下さい。何、紅茶を飲む時間ほどで済みますとも」
「うぁぁ…あぁぁぁぁ…」
僕はもう、声すら出せずに泣き叫ぶ事しか出来なかった。
それは、僕がこの世界に生まれてから、誰よりも僕を愛し、誰よりも僕を守ってくれていた背中だった。
ーー大きな、とても大きな背中だった。
それは正しく、あの日の憧憬のままの光景だった。
悲劇など簡単に吹き飛ばしてしまう、誰よりも強く優しい、ハッピーエンドの体現者ーー。
「ーー後は、任せろ」
「………う゛ん゛っ!!」
何処までも力強い
後2話程で、第一章を書ききれればと思います。