転生した羊の姫は,あの日の勇者に憧れる 作:ふふ歩
この先メルちゃんが仰ぎ見る事になる、憧憬の一端をご覧下さい。
僕とルゥシィの前に助けに来てくれた両親と村長さんは、普段からは想像も出来ない程剣呑で、煌びやかな姿をしていた。
「ーーさて、こうして出会うのは100年ぶりだな。魔神よ」
父は見事な意匠があちこちに施された、僕が両腕を回しても届かない程に巨大な斧頭を持つ戦斧を手にし、体の要所要所を分厚く守る、黒く鈍く光る甲冑を身に纏っている。
「…貴様らが現れたという事は、また世界が揺らぐという事なのだろうな」
ギチリ、という音を立てて、戦斧の柄を握りしめた父から、陽炎のように魔力が溢れ出る。
「だが、今そんな事はどうでもいいーー」
その表情は僕からは見えないけれど、これだけは分かる。
「よくも、僕の愛する娘を…その親友を…好き勝手に甚振ってくれたな…!!」
「絶対に許さんっ!! この世に再び現れた事を後悔させてやるわこの塵屑がぁっ!!」
ーー父は、怒っていた。見た事も無いような、空間を歪める程の怒りが怒号と共に迸る。
思わず身震いしてしまう程の、初めて見る父の姿ーーしかし、それが今の僕には物凄く頼もしかった。
「ガ、ガァァ…!?」
それを一身に受けた化け物ーー魔神は、怯えたかのように後退る。
今までの狂乱ぶりが嘘のような無様な姿を父は鼻で笑うと、母と村長さんに向かって声を掛ける。
「ーーモリー、100年ぶりの実戦だが、鈍ってはいないだろう?」
「当たり前でしょ? そっちこそ、ヘマをしないで頂戴ね、バフォメット様?」
父の言葉に軽口で応える母も、普段とは全く違う煌びやかで豪奢な姿をしていた。
金糸で縁取られた黒いベルベットと、白いレースで飾られたエキゾチックな衣装を身に纏い、腰には見た事も無いくらいに大粒の宝石を何個も嵌め込んだ宝冠を提げている。
「言ってくれるな…ならば、遅れず付いて来いグレモリー公」
「ええ、合点承知よーー私も、コイツを消炭にしなきゃ気が済まないんだから…!!」
言うが早く、母もまた父に勝るとも劣らない怒気を放つ。
その熱さは、まるで全ての生き物を焼き尽くす灼熱の砂漠を思わせる。
「ーー村長殿、いやナベリウス侯。メルとルゥシィは任せる」
「お任せを。指一本、チリ一つ触れさせませぬ。お二方は、存分にお力を奮いなされ」
そうにこやかに笑う村長さんもまた、今までに見たことが無い程に
身に纏うのは、複雑な紋様を全身に刻まれた上質なローブに、鴉のような翼と尾の意匠が入ったマント、そして雄々しい狗の頭を象った金色の肩当て。
そして手には身の丈程もある長さを持つ、先端に
そのどれもが、目に見える程の凄まじい魔力が込められているのが分かった。
「さて、では取り急ぎーー少しリラックスしていて下さい、メルリアさん」
言うが早く、村長さんは
「えっ…?」
思わず、声を上げる。
あれ程までに傷ついていた僕とルゥシィの体が、まるで巻き戻すかのように癒えていく。
そして傷だけではなく、身体中に纏わり付いていた疲労も、消し飛ぶように無くなっていった。
体だけでは無く、心までも癒す最上級の回復魔法ーーそれも、途方も無く次元の高い領域の魔力と属性変換による超絶技巧。
それを村長さんは、あの
「ふふふ、久々の全力ですーー上手く行ったようで何より」
「え…っと…その、ありがとう…ござい、ます…」
突如自分の身で体験する途方も無い大魔法に現実感が湧かず、何処か間の抜けた返事をしてしまった。
だが、その自失も一瞬だった。
「…っ…そうだ!! ルゥちゃん!!」
慌てて、腕の中のルゥシィの様子を確認する。
そこには、安らかな表情で穏やかな寝息を立てる彼女の姿があった。
あれ程までに傷だらけだった体は、まるで何事も無かったかのように綺麗な肌を晒している。
体内の五行も、すっかり安定しているようだ。
「あぁ…」
だが、千切れてしまった揚羽蝶のような翅は、傷口こそ綺麗になっていたがそのままだ。
その瞬間、表情が曇った事に気付いたのか、村長さんはそんな僕を励ますように頭を撫でてくれた。
「ーー安心して下さい。フェアリィ族の翅は殆どが魔力で出来ています。
暫く安静にしてさえいれば、その内元通りになってまた一緒に飛べるようになりますよ」
「あぁ…良かった…良かったよぉ…」
それを聞いた僕は、安堵のあまり泣き出していた。涙が、止め処なく溢れて来る。
そんな僕を、村長さんは優しく見つめてくれていた。
「ーーさて、ここは戦場。気を抜いては…と言いたい所ですが、その心配はしなくとも宜しい。
あのお方達だけでも十分に過ぎますが、更にこの老骨もおりますからな」
そう言って、村長さんは再び
これもまた、途方も無い強度だとはっきりと分かる。
僕が仮に作ろうとしても、全力で魔力を込めても恐らくは数秒と保たないだろう。
それを村長さんは一切の揺らぎも無く、まるで結界のように維持し続けているーー相変わらず、涼しい顔のままで。
ーー途方も無い…本当に途方も無い高みだった。
「
ゆっくり休んで欲しい所ですが、この際ですから授業の代わりと致しましょう」
僕の様子を見て悪戯めいて微笑みながら、村長さんは
「魔力を通し、良く見て目に焼き付けなさいーーあれこそが高み。
魔族に伝わる伝説の一端、貴女が教えを乞うていた者の真の力を刻み付けなさい」
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「ーーさて、では行くか」
ズシリ、と父が一歩を踏み締めるーー質量すらも感じさせる圧力と共に。
「ギ、ガ…アアアアアアアッ!!」
その圧力に耐えきれずに、魔神が悲鳴のような怯え混じりの雄叫びを上げながら突進する。
高々と振り上げた腕を、父の頭目掛けて振り下ろす。
父はそれを見つめるだけで、避ける素振りすら見せない。
「危なーー!?」
僕がそう叫びそうになった瞬間ーー瞬きの間に、父が先程まで構えていた戦斧は高々と振り上げられ、その先にあった魔神の腕が宙を舞っていた。
「…………え?」
まるでコマ送りのように、過程が全く見えなかったーーあまりの早さに、脳が追いつかない。
僅かに遅れて、戦斧が巻き起こしたのであろう豪風が、周囲の木の葉を音を立てて吹き飛ばした。
「ギ、アアアアアアアッ!?」
そして自らの腕が地響きを立てて地面に落ちてからようやく、魔神が傷を受けた事を認識し、痛みに悲鳴を上げる。
「ーー喧しい、喚くな」
身悶える魔神を冷たく睥睨すると、父はその腹に砲弾のような前蹴りを叩き込んだ。
痛みに身動き出来なかった魔神は、鈍い轟音と共にそれを成す術なく受け入れた。
「ゲ、アーーーー!?」
腹からメキメキと肉と骨が潰れる耳障りな音を立てながら、巨体が紙屑のように吹き飛ばされる。
そして、木々を何本も薙ぎ倒しながら、ようやく止まった。
だが、それだけでは終わらないーー父は今や遥か彼方となったその倒れた魔神に向かって、その場から動かないまま戦斧を振り上げる。
「ーー
父が呟いた呪文と共に馬鹿げた程の魔力が吹き上がり、斧頭が形を失ったかと思うと、瞬時に形を変える。
ただでさえ僕が全く歯が立たなかった魔神の体を易々と切り裂く頑強さと、途轍も無い質量を持っているであろう戦斧を、父は猛烈な魔力を注ぎ込む事で
そして注ぎ込まれた魔力は物質変換で鋼へと変えられ、元の戦斧を遥かに超える巨大な質量の物体へと生まれ変わる。
ーー現れたのは、大木と見紛うばかりにそそり立つ、鉄の柱の如き大剣。
「ーー錬金術…!?」
それは1から2を生み、鉄から金を生むと言われる前世においては架空の、それでいて全ての科学の基礎となったと言われる学問。
まさかそれをまさかこの目で目にするとは思わなかったが、それ以上に僕を驚愕させたのは、その何処までも精妙で、繊細な魔力操作の技術。
崩した砂粒のパズルに、更にピースを追加してもう一度全く違う形を作り出すという途方もない作業を、父はあの嵐の如き荒々しい魔力の放出と収縮によって成し遂げたのだ。
しかし、父の規格外はそれで終わらなかった。
ギチリ、と言う巨大な岩が擦れ合うかのような音と共に、魔力の奔流が注ぎ込まれる。
それはともすれば、一般的な魔族の一生分とも思えるような魔力量。
ーーそれ程の、途方も無い魔力の篭った大剣を、
「ぬぅぅぅぅぅぅぅんっ!!」
ーー父は、裂帛の気合いと共に振り下ろした。
地面に叩きつけられた大剣は地面を砕き、地響きと共に込められた魔力が一気に解き放たれる。
魔力の斬撃…などと言う生優しいものでは無い。
まるで津波の如き奔流が、立ち塞がるものを打ち砕きながら突き進み、魔神の体の半分を跡形もなく消し飛ばした。
「やっーー」
ーーた、と快哉を叫ぼうとした僕の喉を、次に見えた光景が押し留める。
「…ガ、ギィ……ガ、ガギガゴゲ…グ…」
残った魔神の半身から黒い魔力の奔流が吹き出したかと思うと、その肉体が不気味に蠢き、ゴボゴボと声を上げる。
更に歪み、捩くれながら、肉体が再生しているのだ。
数秒後、そこには再び肉体を再構築した、五体満足の魔神が立っていた。
ーー正に、不死身とも言えるような馬鹿げた再生能力。
「ふん…生き汚なさは、100年経っても変わらんか」
父は不愉快そうに吐き捨てると、再び大剣を構える。
「グルルルルル…ガァッ!!」
魔神は再び活力を取り戻し、再び父に飛び掛からんと地を蹴る。
だが、数歩地を蹴った時ーー上空から金属が激しく擦れ合うような音と共に、赤い光が走り抜けた。
その直後、魔神の体がガクン、とつんのめり、勢い良く転倒した。
「ア、ガ…アアアアアアアッ!?」
再び耳障りな悲鳴が上がる。
その両足は、傷口から煙を上げながら両断されていた。
「ーー何を意気込んでるのかしら? 貴方如きに、戦いなんて贅沢な事させる訳無いでしょう?」
それを成したのは、空中に浮かぶ母。
魔神を睥睨しながら紅蓮の炎を纏うその姿は、まるで灼熱の太陽のように美しく、全てを焼き尽くすかの如き苛烈な輝きを放っている。
赤い光の正体は、極小の粒にまで圧縮し尽くされた炎の糸。
まるで、SFの世界に登場する光線銃の如き一閃だった。
「貴方は皮袋よ。ただ、私達に殴られ、焼かれ、砕かれるだけの皮袋」
母から溢れ出た魔力が魔神の周囲を取り囲む。
腕を滅茶苦茶に振り回し、地面を這い蹲り逃げようとするが叶わない。
「ただ、簡単には壊れるんじゃないわよ? 可愛いメルとルゥシィを痛めつけた罪、キッチリ償って貰うわ」
魔力の熱さとは裏腹に、母の眼差しと宣告は、血の気も凍りつくかのように冷たく鋭い。
母の腰に提げられた宝冠が唸りを上げる。
それが最高潮に達した時、母は魔神を指差しーーただ一言、告げた。
「ーーそこで渇いて逝きなさい」
ーー瞬間、陽炎の柱が噴き上がった。
「ーー!?ーーーー!!!!」
魔神が転げ回り、喉を掻き毟る。
目が内部から泡立ち破裂し、肉がかさかさと音を立てて罅割れていく。
声は出ないーー出る訳が無い。最早叫ぶ為の喉ごと、体の中が焼け爛れていっているのだから。
ーー陽炎の正体、それは熱だった。
魔力をひたすら高速で振動させ、その摩擦によって空間自体が熱を放っているのだ。
それは炎すらも上がらない、無色の煉獄ーー一欠片の命すらも許さない、灼熱の太陽の地平だ。
「『精霊』も何も使わずに…魔力、だけ…で……?」
正にこの世の地獄のような光景ーーしかし、僕が戦慄するのはその現象では無い。
魔力は、波であり粒でもある。
しかし、普通ならばどんなに訓練しても、干渉し、形を変えたり方向性を与えられるのは波である場所だけだ。
訓練を積んだ僕でも、『精霊』という外的要因を用いなければ、粒としての魔力を制御する事など到底出来ない。
それを母は、
魔力の波の中に一体幾つの粒があると認識出来ていなければ、そんな事は出来ない。
それは謂わば、海の浜辺の砂粒のような天文学的な数の人数を使った、一糸乱れぬ集団行動。
それを成すためには、一体どれほどの研鑽を積む必要があるのか…僕には最早想像する事すら出来なかった。
「ーーーー!!ーー……」
そして、僕の驚愕の間にも、魔神への蹂躙は止まらない。
体が灰になっては再生し、灰になっては再生しーーその光景は、咎人が永遠の責め苦を受けるという地獄そのものだった。
最早踠き苦しむ事すら出来ず、黒い魔力の噴出と再生も次第に遅くなっていく。
とうとう枯れ木のような姿のまま、それ以上再生する事すらも出来なくなった時、不意にその身を蹂躙していた地獄が姿を消す。
「……ィ……ァ……」
肉体の殆どが隅と灰の塊となったまま、それでも地面を掻いて逃げようとするその姿は、もう哀れとすら思える程に弱々しかった。
その彼の下に影が差すーー灼熱の地獄が消えた後に現れたのは、更なる絶望だった。
「ーー正直、まだ気が晴れた訳では無いが…せめてもの慈悲だ。これで終わりにしてやろう」
父が介錯をするかのように、ゆっくりと大剣を振りかぶる。
「……ィ…ニ…ァ……ゥ…ァ……ィ…」
か細く、魔神の喉が震え、焼け崩れた目からは一粒涙が溢れる。
黒い魔力が消えて残ったのは、どんな生き物でも持つ、当たり前の感情。
それを聞いた父の顔が、ふ、と哀れみを帯びた穏やかなものに変わる。
「ーー恨むならば、魔神に魅入られた己を恨むがいい。
…汝の哀れなる魂に、星の輪廻の加護よあれ」
そして、大剣が振り下ろされた。
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「…………」
最早蹂躙とも言える戦いをーーあの日の憧憬のままの勇者達の姿を、僕は全て見ていた。
しかしそこに歓喜は無い。
「あれが、勇者…あれが、姫…」
いざ、ただ憧れていた存在を目の当たりにした時に僕に去来したのは、途方も無い程の焦燥と自分自身への不甲斐なさだった。
ーー僕は、この世界で姫になろうと思った。勇者と共に並び立つ、僕と妻が描いた物語のままの姫に。
しかし、今日
彼らが立っているのは、雲に隠れて見えない程の高みーー地に這いつくばる僕の目の前に現れた、断崖絶壁のような壁の如き高みだ。
今や現実となった憧れに、僕は打ちのめされていたのだ。
「ーー感じましたか? 貴女の未熟と、遥かな高みの凄まじさを」
そんな僕の内心を見透かしたかのように、茫然とする僕へと村長さんが語りかける。
「その遥かな高みを見て、どう思いましたか?」
「…途方も無いと、思いました。届く訳がない、と思いました…思って、しまいました」
僕を試すかのような言葉に、僕はただ正直な思いを吐き出していた。
「ならば、もう諦めますか? 今の貴女でも、魔族としては十分過ぎる力を持っています。
この先、それなりに鍛えれば、それなりに良い地位に就き、それなりに良い伴侶を見つけ、それなりに良き人生を送ることが出来る筈です」
そう続ける村長さんの言葉ーーそれは、偶然にも僕の前世がまだ灰色に覆われていた頃を象徴する言葉だった。
常識で考えれば、それで良い筈だ。
けれど、僕は頭を振っていた。
「ーーそれでも、僕は目指したいです。
ーー腕の中を見る。そこにはルゥシィがいた。
穏やかな表情で、スゥスゥと寝息を立てて眠っているーーそれは僕が今日、守りきれなかった生命だ。
父が、母が、村長さんが、こうして駆けつけてくれなかったら、彼女は僕と一緒に間違いなく死んでいた。
ーーけれど、僕が憧れ続けて、目指そうとしていたからこそ、ここまで繋ぐ事が出来た生命だ。
それだけは、否定してはいけないと思った。
「ならば、力を求めますか? あのお方達のように、何にも寄せつけない、圧倒的な存在になろうと思いますか?」
「はいーー僕は、力が欲しいです」
続く村長さんの言葉に僕は肯いた。それと同時に「でもーー」と続ける。
「ーーそれは戦うためじゃありません。
もしまたこのような事があった時に、今度こそは守れるように…僕がこの先求めるのは、そんな力です」
「守護者か…それは、ある意味何よりも過酷な茨の道だ。守るためには、誰よりも強くあらねばならない」
そんな僕の決意の言葉に答えたのは、魔神との戦いを終え、歩み寄って来ていた父だった。
「ーー手の届く限りの人を守り抜く…それは、私達でも出来なかった事よ?
手が届かなかった人達の生命が失われるのを、手が届いても守りきれなかった人達の生命が失われるのを、目の当たりにする事になる。
メル、貴女にその覚悟はあるの? 覚悟する事が、出来るの?」
その側に寄り添う母からの厳しい言葉ーーでもそれは、僕を咎めているのではなく、心から心配しているからこそだ。
だからこそ僕は、3人の目を正面から受け止めながら答えた。
「ーー分からない。
それは、まだ亡くしたものが無い僕が、簡単に抱いちゃいけないものだと思うから」
「けど、目指す事は止められない。止めたくなんかない」
「…やるよ、僕はやるーー出来なかったとしても、出来るようになるまでやるよ」
ーーこの時、僕は自分の将来をはっきりと決めた。
それは自分でも言っていて恥ずかしくなるような、何処までも無謀で、青臭い決意表明だった。
けれど、そんな僕の言葉に、父と母は、僕の体をただ優しく抱きしめる事で答えてくれた。
「ーー頑固な子だ。だが、それでこそ僕達の娘だ。僕達のメルだ」
「そこまで言うなら、何も言わないわ…頑張りなさい、メル」
「うんーー!!」
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「ーーさて、ではそろそろ村に帰るとしましょう。
顕現した魔神も討伐する事が出来た以上、魔力溜まりも浄化されている筈ですからな…対応するのは明日で宜しいかと」
そして暫くして、僕達は一旦帰路に着くことになった。
村長さんの言う通り、先ほどまで周囲に満ちていた淀むような魔力は嘘のように晴れ、戦いの爪痕こそあれ、森はいつもの姿を取り戻していた。
「ナベリウス侯…いや、村長殿。
自分が面倒だからと、それらしい理由を付けるのはどうかと思うぞ?」
「昔っから変わらないわよねナーベは…いつも特訓にかこつけて家事とか雑用やらせてるってメルからしっかり聞いてるんだからね?」
しかし、そんな村長さんの言葉に、父と母がジトっとした目を向ける。
その視線から逃れるように、村長さんはわざとらしく咳き込んだ。
「ーーうおっほん!! それに、メルリアさんとルゥシィさんの体の事もありますからな。
疲れ切っている事でしょうし、ゆっくりと休ませてあげなければなりません」
「…まぁ、確かにその通りだな。ここは折れておいてやるとしようか村長殿」
「全く、こういう時の口は良く回るんだから」
昔馴染みらしい軽口の応酬ーーいつもの日常が戻ってきたようで、何だか嬉しくなる。
ようやく終わったんだと思ったら、つい力が抜けてふらついてしまった。
「ーーっと、大丈夫かメル!? 何処か、痛む所や調子の悪い所は無いか!?」
「一番疲れてるのは貴女なのに、はしゃいじゃってごめんねメル!!」
「うん、大丈夫ーー村長さんの魔法で、すっかり元気だよ」
魔神と戦っていた時の雄々しさは何処へやらーーすっかり、いつもの子煩悩な父と母に逆戻りだ。
「ーーでは、帰ろうか。ルゥシィは僕が背負おう。メルは、母さんに背負ってもらいなさい」
「本当にお疲れ様…頑張ったわねメル。念の為、帰ったら
「ありがとうお父様、お母様。でもーー」
父がこちらに手を差し出すけれど、僕は頭を振った。
そしてルゥシィを起こさないように、そっと持ち上げ、背中に背負う。
「ーールゥちゃんは、僕が連れて行くよ。せめて、これだけは僕にやらせて欲しいんだ」
そうじゃなきゃ、格好がつかないからさーーそう言うと、母と村長さんが高らかに笑った。
反面、父はこそばゆそうに目を逸らす。
「はっはっは!! 血は争えませぬな!! まるで若い頃のバフォメット様のようです」
「そうそう、懐かしいわねぇ…助けに来てくれたナーベに向かって、同じような事言ってーーあの時の貴方、素敵だったわぁ…」
「止めてくれ!! 未だに思い出すだけで背中が痒くなる!! あの頃は僕も若かったんだ!!」
その仲睦まじい姿は、本当に心を通じ合わせた者達ならではの気安さと親しみに満ちている。
きっと3人には、僕には想像も出来ないような波乱万丈の冒険や人生があったのだろう。
ーーいつか僕が妻に出会い、そして同じように冒険と人生を重ねたら、ああいう風になれるのだろうか。
「なれると、いいなーー」
『ーーメルちゃんだったら、なれるよ』
そう呟いた僕の心に、ルゥシィの声が響く。
ーー起こしてしまったのかと、慌てて振り向くがその瞳は閉じられたままだ。
もしかしたら、夢現のまま僕の言葉が聞こえて、魔力を通じてそれに答えてくれたのだろうか?
…考えてみたら、これも不思議な現象だ
何故村の中にいながらルゥシィの助けを求める声が聞こえたのか、魔神に追われている時に心を通せる事が出来たのかは皆目見当も付かない。
でも、深く考えるのは今日の所は止めだ。
その力のおかげで、背中から伝わる温もりを、守る事が出来たという事実は変わらないのだから。
「ありがとうーー」
だから僕はそのルゥシィの声に、囁くように答える。
ーー穏やかな寝顔に、ほんの少し桜色が咲いたような気がした。
次回は一連の事件の後日談にして第一章の最終話になります。
その後妻サイド等の番外編をいくつか挟んで、新章に突入する予定です。