転生した羊の姫は,あの日の勇者に憧れる 作:ふふ歩
まだまだ主人公の世界は狭いので、得られる知識には限界があります。
もう少し詳細な説明は追々していく予定。
ーー二度目の生を認識してから、僕はまず何とかしてこの世界や自分自身についての情報を集めようと試みた。
どうやら僕の立場としては、魔族と呼ばれる種族の、ゴート族の父、インプ族の母の間に生まれた悪魔…と言ったモノらしい。
成る程、このフワモコの髪と角は、どうやら父の血を色濃く継いでいる証のようだ。
…少し目が半目で目つきが悪いのは、あまり感情の起伏が激しく無かった前世故の影響だろうか?
「ねえ貴方見てーーこの子ったら、また鏡の前でおめかししてるわ」
「ははは!! 随分とおしゃまな子だ。きっと将来美人になるぞ」
姿見の前で、未だに慣れない髪と角を鏡で確認していたのを見て、今生の父と母が微笑ましいものを見るように笑った。
最初こそ自分の中の人間像からかけ離れたその容姿に面食らったものだが、今ではすっかり慣れたものだ。
やはり子供の本能というものなのか、愛情を以て接されていると、警戒心が薄れるらしい。
今ではすっかり僕は甘えん坊だーー父の丸太のように逞しい脚に縋り付き、抱っこをせがむ。
「ん? はは、抱っこか!! そうれ!!」
父は機嫌良さそうに僕を両手で包み込むと、頭上高く抱え上げる。
一度目の生涯の中でも中々に無かったスリルな感覚に、何だか楽しくなり、思わずケラケラと笑ってしまう。
「ふふ、相変わらずお父さんの抱っこが大好きなのねーー何だか嫉妬しちゃうわ」
「おいおい、実の娘に焼きもちを焼かれちゃ困るぞ」
2人ではしゃぎ回っているのを見て、頬を膨らませながらわざとらしくそっぽを向いて見せる母に、苦笑して見せる父。
勿論、父にだけじゃれつくのは不公平なので、今度は母に向かって身を乗り出す。
ーーそしてそのまま僕の身体は
「まぁ…!? この子ったら、もう宙に浮けるなんて…!!」
「凄いなぁ!! 魔力の才能は君譲りだ!!」
これも、一度目の生涯の中では、創作や伝説の中でしか存在しなかったものーーどうやら、この世界では科学技術の代わりに魔力と呼ばれる力を使った技術が発達しているらしい。
まだしっかりと文字が読めず、自分の体感でしか学び取ることは出来ていないが、どうやら体の中に、『もう一つの心臓』とも言うべき『何か』があり、それが『もう一つの血管』の中を巡って身体中に流れているようだ…この力の流れを、魔力というらしい。
それに何かしらの方向性を持たせながら、体外に放出する事で、様々な形や現象に変化させることが出来るようなのだが、自分はまだこうして自分の体を宙に浮かせたり、少し離れた場所にあるおもちゃを引き寄せる程度の事しか出来ない。
「ぇへ〜…きゃう〜」
「あらあらこの子ったら、魔力を上手く使えたのが嬉しいみたいよ」
「ーーこりゃ将来有望だ。今からでも鼻が高いなぁ」
ーーでも、このような息を吐くように出来る事でも、それなりに才能がある水準らしく、両親は手放しに喜んでくれる。
一度目の生涯においては、ついぞ生来の才能といったものに恵まれなかった僕としては、何だかこそばゆく、それでいて誇らしかった。
魔法に、魔族…正にファンタジーな世界。それまでの人生の中では、自分自身の作品や、娯楽作品の中でしかお目にかかれなかったものが、ここには目白押しだ。
(ーーいつか妻に会えたら、大いに自慢してあげよう)
いつになるかも、もしくは会えるかどうかも分からないのに、この時の僕は呑気にそんな事ばかり考えていた。
妻は一体どんな姿になっているんだろうか…そんな事を夢想しながら、いつしか僕は目を閉じ、母の腕の中に身を委ねていた。
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ーー魔族領と呼ばれる魔王が支配する国に、1人の悪魔が生を受けた。
名を、メルリア・メリーシープーーその少女は、幼い頃からその溢れ出る魔力の才能を如何無く発揮したと言われている。
何と、普通ならば初等教育になってから学ばねばコントロール出来ないとされる魔力の制御を、まだ歩き始めて間もない頃からやってのけたという。
両親にじゃれつくための戯れに、
しかもそのような大魔術を使った後にも関わらず、魔力酔いすらも起こさず、ただ楽しげに笑っていたという文献も残っており、表舞台に姿を表す前にも既に、その力の一端を窺い知ることが出来る。
しかし、そんな彼女もこの時点では一辺境の村に暮らす無冠の悪魔の1人としか認識されておらず、その名が世間に知られるのはこの数年後となる。
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「ーーメルー、ご飯よ、降りてらっしゃーい!!」
「……うん、あともうちょっとー」
階下からの母の言葉に、僕は半ば生返事のような言葉を返した。
ここは屋根裏部屋にある、父の書物庫ーーと言えば聞こえはいいが、ただ雑然と本を本棚へと詰め込んだだけの物置のような場所だ。
蔵書の数自体も、一度目の生の時の若い頃と比べても大分少ない。
それでもこのような田舎村では、貴重な書物には違いなかった。
ーーそれに何と言っても、新しい世界の新しい世界、歴史、科学、文学…それらの全てが僕にとって未知のもの。
2歳、3歳、4歳と歳を重ねる毎に、言葉を喋れるようになり、少しずつ魔力で出来る事が増え始めると、僕は両親にこの世界の文字と言葉を教えて欲しいとせがんだ。
ーー何故なら、言葉が解れば文字が読める。
ーー文字が解れば、本が読める。
ーー本が読めれば、物語が読めるのだ。
運がいいことに父は荒々しい見た目に反して、非常に勤勉家であったらしい。
神話、伝説、御伽噺、寓話に歴史小説、戦記物に恋愛小説(これは恐らく母のチョイスだろう)と、その内容は物語のジャンルだけでも多岐に渡り、他にも魔力や魔術に関する書物、学術書や参考書の類も多くあった。
それを一日中、何時間とかけて、一冊一冊大事に読んでいく。
古びた表紙に装丁された、セピア色に焼け付いた古びたページを一枚一枚捲り、その中に踊る今では見慣れた言語の文字列を一文字一文字追いかける。
そして、この屋根裏部屋の唯一の光源である天窓から差す暖かい陽の光は暖かく、僕の動作によって巻き上がった微かな埃が、僕の周りに雪のように漂っているのを浮かび上がらせる。
ーー今の僕の周り全ての環境の心地よさに、口元は自然と綻び、滑らかな曲線を描いていた。
おっと危ないーー本に夢中になってしまうのは僕の悪い癖だ。
陶酔に浸りそうになる心に喝を入れて、僕は改めて本の内容について頭を巡らせた。
やはりこうして文化を形にした物語に目を通すと、やはり人間とはまた違う価値観に満ちているのが解る。
今読んでいるのは、太古の昔から伝わっているとされる御伽噺だった。
その大まかなストーリーとしては、平和に暮らす魔族の国の王様である『魔王』を倒すという名目で、敵対する天界の神々に唆された人間たちの尖兵である『勇者』が侵略してくる、という内容だった。
挿絵には、魔族の血で染まったおどろおどろしい鎧と剣を構えた恐ろしい力を持つ勇者に、魔族の騎士たちが立ち向かう姿が描かれている。
「……ちょっと、フクザツだなぁ」
僕が描いていた絵本とはまるで逆の内容ーーやはり悪魔からすれば、僕の大好きな英雄譚は逆の意味を持つらしい。
正義の反対は悪では無く、また別の正義とはよく言ったものだ。
このような形で両者の隔たりを見せつけられると、二度目の生を受けた直後は簡単に考えていた妻との再会は、より難しいものになったと言える。
「…きみが、ぼくとおなじアクマだったらいいのになぁ」
僕が思わずポツリと漏らした言葉の通り、もしも妻が無事にこの世界に生まれ変わり、そのまま人間として生を受けていたとしたら…。
もしかしたら、敵同士になってしまうかもしれない。
その上、前世の世界とは違って、今の自分は悪魔ーー人種どころか種族自体が違うのだ。
人種や宗教、文化、思想といったものの違いだけでも、争いが起こっていたのだ…種族すら違うとしたら、その隔たりは如何ばかりだろう。
ーーそんな考えに没頭していた僕の頭に、ポカリ、と痛みと衝撃が走る。
驚いて目を本から離して見上げると、そこには目を吊り上げながらこちらを睥睨する母の姿があった。
どうやら、かなりお冠のようだ。
「…メ〜ル〜…何回呼んだと思ってるのかしら〜?」
「あう…ごめんなさいおかあさま…」
「全くもう…相変わらず本の虫なんだから…たまには、お外で遊んで来ないと、髪の毛にカビが生えちゃうわよ?」
「ごめんなさい…でもぼく、かけっこよりも、ほんをよむのがすきだから…」
思わず、僕はそう呟きながら、本を縋り付くように抱きしめていた。
どうにも母に本のことで叱られると、前世の同じ年頃のトラウマが刺激されてしまう。
本が取り上げられないように、どうしても身構えてしまうのだ。
ーーちょっぴり情けない気分になる。
前世と比べたら100年近く生きているというのに、これではまるで駄々っ子だ。
やはり魂は成熟していても、肉体の方に引っ張られてしまうのかもしれない。
「……そんな顔しないの。取り上げたりなんかしないからーーさ、ご飯にしましょう。折角のお昼が冷めちゃうわ」
「ーーうん」
仕方ないわね、と苦笑をしながらこちらの頭を撫で回す母の手の感触にこそばゆさを感じながら、僕は椅子から飛び降りると、本に自分の体の中の魔力を纏わせて、少しだけ力を込める。
ーーすると、本は独りでに宙へと浮き上がり、まるで人の手で行っているかのような自然な動きで、本棚の1番上へと収まった。
何年か前にはぎこちない動きでしか出来なかったこの行為も、今では文字通りかつて自分が行っていたかのように出来るようになっていた。
少し自慢げに見上げると、母は半ば諦めたように溜息を吐いて、苦笑いを浮かべる。
「はぁ…メルったら…将来が安泰過ぎて逆に心配だわ」
「なぁに?」
「……何でもないわ。さ、下に降りましょ」
ボソリ、と呟かれた母の言葉を、僕は聞き取る事が出来なかった。
ーーともかく、ご飯だ。
この世界においても、母の料理が絶品なのは非常に嬉しい。
こんな日常を送りながら、僕ことメルリア・メリーシープはすくすくと成長していった。
若干の勘違い要素も追加。
個人的に、転生モノの醍醐味だと思ってますので。