転生した羊の姫は,あの日の勇者に憧れる 作:ふふ歩
特典貰うのも楽じゃないのよって事を書きたかった話。
そして生まれ変わってから、6年が経った。
昼下がりの村の一角に、高らかに鐘の音が響き渡る。
ーーそれは村の中央にある村長さんの家を改装した、小さな私塾の授業が終わった事を告げる合図だった。
この歳になると、村の子供達は太陽が天頂を過ぎる時間まで、ここで読み書きや計算、簡単な魔力の扱いを学ぶ事になっているのだ。
僕を含めて十数人ほどの村の子供たちは、待ってましたとばかりに筆記用具や羊皮紙の束を、手提げ鞄に押し込んで、思い思いの方向へと散っていく。
「ーー村長さん、また明日」
「はい、メルリアさん、気をつけて帰って下さいね」
子供たちの中で級長的な役割を与え得られていた僕は、黒板の白墨や、教卓の上の掃除を終えると、教師でもある村長さんにペコリと頭を下げる。
毛足の長いレトリバーのような顔を持つ、獣人と呼ばれる魔族である彼は、鎖のついた片眼鏡を光らせて、ニッコリと笑みを浮かべて手を振ってきた。
この村一番の知恵者と言われる彼の知識は、僕にとっては値千金の存在と言っていい。
「あ、そうだった…村長さんーーこれ、ありがとうございました」
その時僕は用事をふと思い出し、鞄の中から分厚い装丁の、金糸で彩られた表紙を持つ一冊の本を取り出した。
そのタイトルは、『魔力運用における四大精霊への干渉』ーー噛み砕いて言えば、体から放出される魔力に、火や水、土や風といった自然界の四大要素を付与するための方法を記した学術書だった。
「おおーーもう読んでしまったのですか? 相変わらず、メルリアさんは優秀な生徒で鼻が高いですね」
「そんな事、ないですーー僕なんて、お父様やお母様、それに村長さんと比べたら…」
そう謙遜しながらも、僕の顔は微かな喜びで紅潮していた。
相も変わらず、僕はどうにも自分に自信が持てないままだったけれど、褒められたら嬉しいものは嬉しいのだ。
「はっはっはーーこれでも数十、数百と齢を重ねていますからね。まだまだ若い者には負けませんよ」
まぁ、6つの貴女と張り合っている時点でお察しですが、と村長さんは笑った。
そこには何の嫌味も感じられなかったため、僕もただ純粋に微笑み返す事が出来た。
「では、これが次の課題ですーーこれは更に難しくなりますが、出来ますか?」
渡されたのは、更に上級の内容の学術書だったーーわかりやすく言えば、大学レベルの内容くらいの難易度のものだと言う事が分かった。
「ーーやります。出来なくても、出来るようになるまでやります」
「ふふ、いい答えですね。大人でもそんな立派な答えを返せる人はいませんよ。
まるで、遥か年上の子を相手にしているのかと時々錯覚してしまいますね」
僕の核心を突くような冗談に、内心ドキリ、とさせられながら、両親の教えのおかげだと返す。
「ははは、ご立派な両親のいる君は正しく幸運ですね…本来ならば、このような田舎にいる人ではありませんから」
「……?」
何処か含みを感じる村長さんの言葉に、どう言う事か問い質そうとしたその時、外から僕を呼ぶ声が聞こえてきた。
「メルちゃーん!! まだー!? もう行っちゃうよー!?」
それは近所に住む幼なじみの、フェアリィ族のルゥシィだった。
僕と一緒に帰ろうと待っていたが、どうやら痺れを切らしたようだ。
「おっと、時間を取らせてしまいましたねーーそれでは改めてさようなら」
「はい、さようなら村長さん」
ペコリと頭を下げて、手提げ袋に渡された学術書を入れると、僕は未だにあまり伸びない小さな足をバタつかせながら、ルゥシィに追いつこうと外へと駆け出した。
そこには、あまり大きいとは言えない僕よりも更に一回り小さく、蝶のような翅で宙を飛ぶ、御伽噺の妖精そのものな姿をした少女がいた。
「もー、メルちゃんおそーい!! お腹と背中がくっついちゃうよ」
「うん、ごめんねルゥちゃん…村長さんに、また新しい課題を貰ってたから…」
「へー見せて見せてー」
興味津々とばかりに、ルゥシィは僕の鞄を覗き込んでくる。
しかし、その表紙に書かれた内容を見た瞬間、ゲンナリとした表情を浮かべた。
「うぇぇ…見てるだけで気分悪くなりそう…」
「う、うん…これ、魔王領の学園のと同じくらいに難しい奴だから…」
「へぇー、やっぱりメルちゃんは凄いねぇーーあ、でも課題が出たって事は、今日はもしかして遊べない?」
ちょっと残念そうに首を傾げる彼女に、僕は慌てて頭を振った。
「う、ううんーー? 今日は取り敢えず読むだけだから、陽が落ちるまでは遊べるよ」
「やった!! じゃあ、ご飯食べたら東の森に探検に行こっ!! 本のムシなメルちゃんを今日こそカゲボシするのだー!!」
「ぼ、僕はお布団じゃないよぅ…」
インドア派な僕と違って、彼女は絵に書いたような、外で泥んこになってはしゃぎ回るようなーー言わば風の子そのものだった。
その小さな体の何処にそんなエネルギーが込められているのか信じられないほどに、僕を振り回すこともしばしばだ。
でも、前世でもそんな友達は1人もいなかったから、凄く新鮮だったし、彼女の溢れんばかりのストレートな好意は隣にいて凄く心地良かった。
ーーこれが、今の僕の日常だった。
凄く満ち足りた、楽しい日々ーーでもそれは、何処か綱渡りな危なかっしさも孕んだ物だったのだ。
理由は、僕が身に纏う魔力ーーそれは、日に日に大きくなっていた。
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ーーこうして画一的な教育を受ける歳になって分かった事がいくつかある。
この世界において魔族は、一般的に長寿の存在とされている。
短くても100年近く、長ければ、それこそ数百年どころか、中には創世神話ーーつまりは数万年!!ーーの頃から生きている者もいるらしい。
ただ、全員が全員そこまで長く生きていられる訳では無い。
まぁ当然だろう…魔族領で暮らしている人々は、凡そ数十万人ーーそれだけの人数の人々がそこまで長寿だったならば、あっという間に人口爆発と食料の不足で滅んでしまう筈だ。
ならば、その人によってマチマチな寿命の基準はとは一体何かーー?
ずばり、それは一人一人が持つ魔力の総量で決まる。
魔族と呼ばれる者たちは、その特異な容姿に似合わず、基本的な体の構造は、前世における人間や動物達と殆ど変わらない。
ただし、違うものがあるとすれば、『魔臓』と呼ばれる機関を持つこと。
ーー幼い頃の考察の通り、もう一つの心臓とも言えるその臓器は、体の中で常に脈動しながら魔力を常に生み出しており、『魔血管』という通路を通って身体中に循環している。
そしてそれらを手足や体の各所にある、汗腺のような『孔』を介して体外に放出され、それらに力の方向性を与える事で、魔術は発動するのだという。
そして体に流れる魔力は、魔族の生命力に密接に関わっており、これらが尽きた時が、即ち魔族の寿命である。
ただし、特殊な修練を積んで魔蔵と魔血管を強化したり、大気中に漂う魔力を逆に体内に取り込むなどの方法で魔力を補充することも出来るので、魔族にとっての寿命とは、ただ単に魔力の量の総量を指し示す指標であるだけでなく、魔術にどれだけ精通しているかーー有り体に言ってしまえば、『どれだけ強いのか』というステータスでもあるのだ。
ーー話を戻そう。
何故僕がこのような初等教育を受け始めて間も無いにも関わらず、難解な学術書を読んで魔力の運用を学んでいるのかは、勿論理由がある。
ーーどうやら僕の魔力は、一般的な魔族と比べたら、途方も無い総量であるらしいのだ。
しかも、幼い頃から息を吐くようにやっていた、宙に浮いたり、物を手を使わずに動かしたりする芸当は、普通の魔族ならば、実行する事すら不可能だと言うのだ。
それを両親に告げられた時は、正直驚いた。
そして父は、戸惑いの表情を浮かべる僕に真剣な表情でこう言った。
「メルーー本当ならばお前は、魔王領直属の学校に通うべきだと思う」
曰く、まだ僕が幼い間は魔力を放出する孔がまだ小さく、少ないため、そこまで支障は来していなかったが、歳を重ねるにつれてその力は大きくなってしまい、制御不能に陥ってしまうかもしれないと言うのだ。
基本的に、そのような大魔力を持つ悪魔は、爵位と呼ばれる強さに応じた階級を持っている事が殆どだ。
そして、彼らの殆どが貴族のような高貴な階層の者達であり、そんな権威ある彼らを教え導くことの出来る教育機関は、この村から遠く離れた魔王領にしか無いのだと言う。
彼らはただ魔力の運用と学ぶだけではなく、高貴なる者としての責務を学び、知識と教養を身につけるために、俗世間から切り離されて寄宿舎のような場所で生活する事となる。
ーーつまりそうなったら、僕はこの村を去る事となり、両親からも別れて生活しなければならなくなるのだ。
仲良くなった友人達と遊ぶことも、数こそ少ないけれど、大好きな物語を自由に読む事は出来なくなる。
「学園の関係者に、僕の昔の縁で知己の者がいてね…今からでも、紹介状を書けば、お前を推薦する事が出来るんだ」
分かってくれるな? と僕に語りかけてくれる父。
ーーその顔は寂しげではあるけれど、僕の将来の幸せを思ってくれているのははっきりと分かった。
母は何も言わないが、その表情を見るに、父と同意見のようだ。
ーー僕も、理屈だけを考えたらその選択肢が正しい物なのだと理解は出来る。
「……いやだ」
でも僕は、その言葉に頭を振っていた。
思い出すのは、前世の記憶ーー厳しい家庭、厳しい教育、厳しい躾。
友達とも満足に遊ぶことも出来ず、憧れた物語を読むことも出来ない、自分を誤魔化し、励ましながら耐えるしか無かったあの日々の記憶だ。
しかし、それもまだ不器用ながらも両親の愛を感じ取れたからこそ耐えられたのだ。
ーーそんな環境に、両親が傍にいないと言う状態で1人放り込まれるなど、想像もしたくなかった。
勿論、こんなものは僕の完全な我儘だ。
制御の出来ない力を抱えたままなんて、いつか誰かを傷つけることになってしまうーーそんな事、耐えられない。
それでもーー。
「ぼくは、いやだよ……おとうさまとも、おかあさまとも、ルゥちゃんたちとも、はなればなれになるなんてーー」
ーーようやく叶った数十年来の幸せを手放すなんて、絶対に嫌だ。
その時の僕の顔は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃな酷い物だったに違いない。
体も、まるで瘧のようにガクガクと震えていた。
「ーーぼく、がんばるから…もっともっといい子にするから…」
その後は、最早言葉にならなかった。
沈黙の降りた食卓に、僕のすすり泣く声だけが響き渡る。
「ーー分かった」
そうして暫くして、僕が少し落ち着くのを待ってから、父は一言そう言って、僕を優しく抱きしめてくれた。
「村長殿に相談してみようーーお前の魔力を、どうにかコントロール出来るように特別な授業や課題を出して貰うんだ」
その言葉に、僕は弾かれたように顔を上げる。
「……いい、の?」
「ああーーただし、条件があるーー」
父が出した条件は3つ。
ーー1つ目は、毎日欠かさず魔力をコントロールするための修練を行う事。
ーー2つ目は、父と村長さんが与える課題を必ずクリアする事。
ーー3つ目は、魔力で誰かを傷つけるような事態を決して起こさない事。
もしこれらを守れなかったならば、その時は僕の意思など関係なく、魔王領の学園へと行って貰うーーそう告げる父の目は、本気だった。
しかし、それは決して無慈悲なものではなく、千尋の谷へと我が子を突き落とす獅子のように、巌のような厳しい優しさに満ちている。
「ーー貴女には辛い思いをさせてしまうけど…精一杯私たちもメルを支えるわーー一緒に、頑張りましょう」
母もまた、震える僕の手を両手で優しく包み込み、真剣な眼差しで僕を真正面から見つめてくれる。
ーー嗚呼、僕はなんて幸せ者なんだろうか。
この人たちの何処までも厳しい
「うんーーやる…僕は、やるよーー!!」
前世では決してあり得なかった、異世界の洗礼ーー僕はこの時真正面から受け止める決意を固めた。
僕ことメルちゃん、覚悟完了。