転生した羊の姫は,あの日の勇者に憧れる 作:ふふ歩
…少々はっちゃけさせ過ぎました。
「ーーさぁ、始めましょうかメル!!」
「…………うん、お母様」
そして母が担当する日の特訓は、村長さんから借りてきた学術書を読み解きながら、母がそれに対して幾つか質問をしたり、時に軽く実演も交えながら行う座学だ。
ーーだが、毎回問題が発生する。
今日も屋根裏の机に座った僕の目は、少しじっとりとした視線を母の目元の辺りに向けていた。
「ーーあら何メル? お母さんに見惚れちゃって♪」
「……その眼鏡は何なのお母様?」
そこには、何故かいつもは付けていない三角形のフレームを持つ眼鏡が身に付けられていた。
ーーちなみに母の視力は、部屋の端に落ちている埃を逃さない位に良い。
明らかに伊達眼鏡だった。
「ふふん、まるで学校の先生みたいでしょ? 私、昔は教師に憧れていたのよね〜」
「……そう」
「さぁ、今日もビシビシ始めるザマスよ!!……なんちゃって♪」
「…………そう」
授業が始まる前に、毎回こうして寸劇を繰り広げるのが恒例になっていた。
ーーちなみに前回は、わざわざ手作りしたカレッジ帽を被って来た。
教鞭を持って来たり、別に理科や科学を学ぶ訳でも無いのに白衣を着て来た事もある。
上機嫌に背中の羽をパタパタとはためかせる母に気づかれないように、僕は溜息を吐いていた。
……ちなみにバレてしまうと、暫く拗ねてしまうので中々に気を使う。
幼い頃から僕の一挙手一投足に一喜一憂している時のはしゃぎ振りを見ていたけれど、特訓が始まってからもう一段階『タガ』が外れたようだ。
最初は少し面白かったが、こうして毎回続くと正直鬱陶……もとい、困ってしまう。
『……すまんなメル、お母さんは昔からそうなんだ。その、何だ…かなり…いや、多少、はしゃぎ過ぎるきらいがあってな…』
何度か父に相談した事があるのだが、その度に何重にもオブラートに包んだ物言いをしながら、額に冷や汗を浮かべて盛大に目を逸らされたのは記憶に新しい。
出会った頃はそんな風には見えなかったんだが…そう呟きながらの長い溜息ーーそこに僕は、父の長年の悲哀を見た。
正直他人事とは思えなかった…思い返せば、妻も交際を始めた頃は正しく清楚なお姫様然とした立ち振る舞いをしていたのだが、僕の趣味を聞き、打ち解けていく度に、生来のお転婆ぶりを発揮し始めたのだ。
僕の半生は、終始振り回されっぱなしだったとも言って良い。
ーー勿論、僕自身楽しんでいたのは事実だし、そんな妻が大好きで愛しかったと言う事実は決して変わらない。
が、それでも、思い出すだけでも頬が引き攣りそうな事態に陥ったのも一度や二度では無い。
ーー僕は肩を落とす父の背中を、ただ黙って慰めるように撫でた。
その時父の目元に滲んだ光を、見て見ぬ振りをする優しさが僕の中に存在した。
「お母様…はしゃぐのはそこまでにして、早く始めよう?」
「うふふ、そうね。じゃあ、この前にやった最後のページからーー」
僕の言葉に悪戯っぽく笑みを浮べると、母はようやく特訓を開始してくれた。
ーーしかし一度始まると、どんなに難しい学術書でも、全てを知り尽くしているかのような解説と考察に舌を巻く。
しかも分かりやすいように、ある程度噛み砕いた表現や言い方に変えてくれるため、まだまだ幼く、この世界の文化や技術に疎い僕でも、するり、と頭に入って来てくれる。
そして僕が1つ質問をすれば、それに対する的確な答えと共に、応用や例外などが4つ5つ帰ってくる。
「ーーこのページの第4項の記述だけれど、現在の研究ではまた別の方向からの解釈が主流になってるから、あくまで参考程度に覚えておいて頂戴ねメル?」
「うん、分かった」
更に、若干古い学説や記述に関しての修正まで加えてくれる。
……もし前世における予備校や塾に母がいれば、間違いなく筆頭の名物講師になっていただろう。
そのおかげで、元々本が好きな僕のモチベーションは鰻登りだ。
このようにして読み解いた本は既に十冊を数え、僕の魔力に関する知識は、下手な大人顔負けだと自負出来るほどになっていた。
「さっ、じゃあ座学はここまでにして、さっき読み解いた所の実践をやってみましょうか」
「うん、お母様」
そして、一通り本を読み解くと、今度は母の手本の通りに軽い魔力の使い方の実践が始まる。
「まずさっきの所の、放出した魔力の属性変化だけど、これは自分の魔力をそのまま火水土風に変える訳じゃ無いわ」
母の解説によれば、この世界の魔法とは、前世においては誰しもがイメージするような、自分の体から炎や雷、風などを放っているのではないらしい。
この世界のありとあらゆる場所に満ちている、『精霊』と呼ばれる存在を魔力に纏わせる事で変化させているのだと言う。
ただし、『精霊』とはよくあるファンタジーにあるようなモンスターみたいなものではなく、大気中に漂う見えない小さな粒のようなものを指す…僕の認識で最も近いのは、元素や原子といったものが近いだろうか?
ーーつまり魔法とは、体内から放出された魔力に、様々な要素を持つ大気中の粒をコーティングさせたり混ぜ込ませたりして引き起こす現象の総称なのだ。
「じゃあ、その『精霊』を引き寄せるにはどうすればいいの?」
特訓を始めてから、ようやく僕にとって魔力は身近なものに感じられるようになっていた。
ーーが、前世においては創作の中でしか存在しなかったものなので、どうにも頭の中で具体的な例を想像出来ず、僕は素直に母に質問した。
「うーん、そうね…魔力をわざと密度を薄くして拡散させてから集め直したり、魔力孔から取り込んで、体の中で混ぜ込んだり…技術的には色々方法があるけど、まず特定の要素を持つ『精霊』を引き寄せる手っ取り早い方法は…ズバリ、イメージよ」
「イメージ?」
僕の鸚鵡返しの質問ににっこりと笑いながら頷くと、母は人差し指をぴっ、と立てて見せた。
「例えば、家の中の埃は、窓を開けて風を入れれば吹き飛んでくれるでしょう?
だから私はこうやってーービュッ〜!!って感じでーー」
母の指から僅かに魔力が漏れ出る…かと思うと、屋根裏の中の空気が、そこに螺旋を描きながら集まっていく。
ーー一瞬にして、母の指先には小さな旋風が生み出されていた。
「わぁ…!!」
それは正しくイメージしていた魔法そのもので、僕は感動と驚きで目を輝かせる。
「ふふふ、まだまだこんなものじゃ無いわよ?」
そう得意げに微笑むと、今度は母はその旋風をまるで鞭のように細く長く変化させ、部屋の隅に溜まっていた埃を、巻き取るように吸い込ませながら集めていく。
旋風が一通り部屋の床を舐め回す頃には、母の指先には、まるで中身の見えるタイプの掃除機のように埃が集められていた。
「はい、お掃除完了!!」
そう言うと、部屋の隅に置いてあった屑籠の中に集めた埃を放り込み、指を鳴らすーーその瞬間、旋風は嘘のように霧散し、屋根裏は再び静寂を取り戻していた。
「す、ごい…」
ーー僕は感動を通り越して戦慄していた。
初めて目にするイメージ通りの魔法の姿に圧倒されていたのも勿論だが、特筆すべきは母の魔力のコントロールの巧みさ。
あれだけの強さの旋風を伴う魔力の渦を、床の埃以外の本や調度品を一切揺らす事なく、部屋の隅から隅まで、指先からの僅かな魔力の動きのみで制御して見せたのだ。
…それも、鼻唄を口ずさむ程の気軽さで。
ーー僕も少しは魔力のコントロールを出来る様になってきたと思っていたが、それが井の中の蛙であったと思い知らされた。
僕が慢心に顔を赤面させているのを他所に、母の解説は続く。
「ーー魔力っていうのはね、メルがいつもやっているように、意識して操る事が出来るけど、実は自然と体から滲み出ているものなの。
その時やっている何気ない動きや考えに影響されながら、ね」
母の言葉を頭の中で整理しつつ、ええっと…と、僕は自分の中で整理したざっくりとした内容を伝える。
「……つまり、僕が火を起こしたいって強く思うと、火の『精霊』を引き寄せやすい魔力が体から出て、早く駆けっこしたいって思えば、足を強くするための力を持つ『精霊』を、体の中に取り込み易いような魔力が作られるって事?」
「その通り!! メルったら相変わらず理解が早くって偉いわ!!」
どうやら正解だったようで、母は誇らしげに僕の頭をわしゃわしゃと撫でてくれた。
「そうと分かれば話は早いわ!! じゃあやってみましょうか? まずは、魔力に火、水、土、風の『精霊』を纏わせてみて」
「ええっと…うーん…」
母はそう促してくるけれども、そうは言ってもイメージ、と一言に言っても中々に難しい。
「そうね…これは私のやり方だけれど、普段の生活に関するものを意識してみたらどうかしら?
身近なものをイメージすれば、少しはやり易いと思うわよ」
「身近なもの…ええっと…」
まご付きながらも、僕は母のアドバイスの通り、普段の生活の中での火、水、土、風、をイメージしてみる。
ーーまず火は…ランプや蝋燭の火だろうか? 台所の竈門の火も当てはまるが、屋根裏で起こすにしては強過ぎるのでやめておく。
指先を立て、魔力を少し漏れ出させ、そこに蝋燭の火を灯すようにーー。
すると、僕の魔力が次第に燐光を帯び、ポッ、ポッ、と音を立て始めた。
……しかし、それはしっかりとした灯火にはならないまま、煙を上げながら消えてしまう。
「あっ…うーん…」
…気を取り直して、今度は水ーー水瓶の中に、ポツリ、と落ちる水滴をイメージして集中する。
今度は少し上手く行き、指先が湿り気を帯び、僅かな水滴が生まれるが、それもあまり大きくならないうちに蒸発した。
「え、えいっ!!」
続けて、風は窓から吹き込む微風、土は父が耕す畑の匂いを思い浮かべて行うが、風は霧吹きのように一瞬だけ、土は指先に埃のようなものが付着するだけという結果に終わってしまう。
「全然、出来ない…」
「うーん…ちょっと上手くいかないみたいね…魔力の操作の繊細さは十分なんだけど」
ちょっと困ったように苦笑しながら、しょんぼりとする僕の背中を母が撫でて慰めてくれる。
母が言うには、僕くらいの年齢で、普段から手足のように魔力そのものの操作が出来るのは相当稀らしく、通常ならば最初はこのような結果になるのが普通なのだと言う。
しかし、この特訓以外では上手く行っていた分、僕のショックは大きかった。
「落ち込む事なんか無いわーー出来ないなら、練習あるのみよメル。じゃあ残りの時間は、練習にしましょうか」
「うんっ!!」
それから暫く、試行錯誤を繰り返しながらの悪戦苦闘が続く。
ーーその内、少しずつではあるが、魔力が『精霊』を帯びる時間が増えてきたが、どの属性もはっきりとした形にする事は出来ないでいた。
「うぅーん…!!」
今日はこれで最後にしましょう、と言う母の宣言を受けて、僕はこの日一番の集中力で指先に念を込める。
属性は火ーーその一念が通じたのか、燐光は次第に火花となり、辺りに火薬のような臭いが立ち上り始めた。
「もうちょっと…!! もうちょっとよメル!! 頑張って!!」
拳を握り締めながらの懸命な母の応援を受けて、僕は更に集中する。
ーーちり、ちり、と火花が散る。
それは、まるで前世で見た線香花火のようだった。
(線香花火……懐かしいなぁ)
その弾けるような儚い光を見ている内に、僕の脳裏にとある思い出が走り抜けた。
ーーそれは、妻と交際を始めてから、初めて計画した泊まりがけの旅行。
夏の海辺の街で宿を取り、海水浴をし、夜にはその浜辺で花火をやった。
その〆は、勿論線香花火ーーその光が、浴衣の妻を淡く照らし、その艶かしい美しさに目を奪われたのを覚えている。
そしてその夜ーー僕に初めて体を預けてくれた彼女の躰と肌は、とても柔らかくて綺麗でーー。
(…………って、何て事を思い出すんだ僕は!!)
ボッ!!っと顔中が真っ赤に染まる。
心臓がバクバクと脈打ち、まるで顔から火が出そうなほどに熱くなる。
ーーん?
「…………あっ」
と言う声は、母のものだったか、それとも僕のものだったか。
ーー次の瞬間、くぐもった爆発音と衝撃を受けて、僕の意識は途絶えた。
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「きゃー!? メル大丈夫!? 貴方ー!! 貴方すぐに来てー!!」
突如響き渡った爆発音と、続けて慌てふためく妻の悲鳴に、メルの父は階段を駆け上がって屋根裏部屋に飛び込んだ。
「ーー何事だ!?」
そこには、髪の毛先をチリチリに焦がしながら目を回して床に伸びたメルリアと、そんな彼女にきゃあきゃあと騒がしく水をかける妻の姿があった。
「……きゅう〜〜」
「あ、貴方どうしましょう!? め、メルの髪の毛がチリチリの羊みたいにー!?」
「お、落ち着け!? 羊なのは元々だ!! まずは治療と気付けをーー!!」
初めて見る娘の惨状に、父もまた慌てふためき混乱し、普段の特訓の威厳など何処かに吹っ飛んでしまっていた。
ーー結局騒ぎを聞きつけて村長が駆けつけてくるまで、2人の狂乱は続いたのだった。
火を扱っている時に、他の事に気を取られてはいけないと言う話でした(違
なお、夫妻は揃って村長さんから「もう少し年相応に落ち着きなさい」と説教を喰らった模様。
次回は、一旦特訓をお休みして現地ヒロイン(?)とのイチャイチャパートとなる予定です。
追記
何と研修先の先輩のお子さんが、メルちゃんの素晴らしいイメージ画を書いてくれました。
正にイメージ通り!!是非ご覧下さい。
【挿絵表示】