転生した羊の姫は,あの日の勇者に憧れる   作:ふふ歩

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恐らくはこの作品唯一の予定のメルちゃんの現代知識と、この世界における転生者の立ち位置の一端を語る話になります。


天の星からの贈り物

 

 

 

ーー魔力を高める。

 

 

 

 

 集中しながら、僕はポケットから木の葉を一枚を取り出した。

 

 

 

 

「ーー木生火(きはひをしょうず)

 

 

 

 

 それを見つめながら魔力を通わせ、イメージするのは落ち葉焚きーー火の『精霊』が木の葉に纏わり付き、程なくして燃え上がった。

 

 

 

 

ーー勢いはそれ程強くは無いが、燃え尽きた木の葉が白い灰となって床に零れ落ちる。

 

 

 

 

「ーー成程、木の葉を触媒にする事で精霊を纏わせ易くしたのか」

「考えたわねメル…でも、これだけじゃ無いんでしょ?」

「うん、勿論!! 見ててお母様」

 

 

 

 

 母の言葉に応えると、今度は『床に落ちた灰(・・・・・・)』に魔力を纏わせる。

 

 

 

 

「ーー火生土(ひはつちをしょうず)

 

 

 

 

 今度は灰がモゾリ、と動き出したかと思うと、まるで消しゴムのカスを集めるかのように纏まり、固まり、一塊の土くれへと変わった。

 

 

 

 

「ーー土生金(つちはきんをしょうず)

 

 

 

 

 そして間髪入れず、魔力を纏ったかと思うと、土くれは金属の光沢を放ち始める。

 

 

 

 

「ーーこれは…!?」

「メル…貴女って子は…!!」

 

 

 

 

 

 両親から驚きの声が漏れる。

ーー当然だろう。これは『精霊』による魔力の属性変換とは更に上の段階。

 『精霊』を混ぜ込んだ魔力を纏わせる事による、物体の物質変換。

 属性の変換で躓いていた今の僕では、本来ならば到底辿り着けない領域だからだ。

 

 

 

 

 が、僕はそれに応える程の余裕は無かった。

 

 

 

 

ーー昼間のルゥシィとの会話で切っ掛けは掴めたが、僕の『精霊』を集める力はまだ未熟だ。

 

 

 

 

 事実、先ほどの土くれは完全には金属に変わらず、土と混ざった斑模様になってしまっていた。

 少しでも気を抜けば、崩れてしまって台無しになってしまうーー僕は額の汗を拭うと、更に集中する。

 今度は金属片を魔力の手で拾い上げて、今度は寒い夜に金属の表面を濡らす夜露をイメージする。

 

 

 

 

「ーー金生水(きんはみずをしょうず)

 

 

 

 

 すると、金属の部分が結露し始め、みるみる内に水滴となり、小指の爪先程の大きさの滴となって床板に向かって零れ落ちる。

 ここで仕上げだーー僕はより一層、イメージを強くする。

 

 

 

 

ーー思い浮かべるのは、昼間にルゥシィと共に飛び回った木々のざわめき。

 

 

 

 

 種は水を吸い上げ芽吹き、芽は水を吸い上げ大樹となる。

 そしてその木々の枝葉をさやさやと鳴らす、優しく吹き抜ける微風ーー風は、木と共にある。

 

 

 

 

「ーー水生木(みずはきをしょうず)

 

 

 

 

 僕の言葉と共に、水滴は床板に落ちる前に渦巻く風となり、僕の服と髪の毛を一瞬はためかせて消えた。

 

 

 

 

「はぁーー」

 

 

 

 

 僕は深い溜息を吐いて、ようやく集中を解く。

 

 

 

 

ーーこれが僕が思い出した、前世の知識。

 

 

 

 

 五行思想というものがあるーー古くは古代の中国で生まれたこの思想曰く、この世の万物は、木、火、土、金、水の五つの元素から成り立っているのだという。

 そして、この5つは互いに影響を与え合い、常に循環している。

 

 

 

 木は燃えて火を生み、

 火は灰となり土を生じ、

 土は蓄え金を生み、

 金は表面に露を集めて水と成し、

 水は雲となり、雨となり、吸い上げられて木を育む。

 

 

 

 

 この循環こそ、五行相生ーー陰陽の陽、生々流転を示す互いが互いを生み出す螺旋。

 

 

 

 

 そして、その対となるものも存在する。

 木は根を張り土を締め付け、奪い。

 土は水を濁らせ堰き止める。

 水は火を消し、

 火は金を溶かし、

 金は刃となり木を傷つけ切り倒す。

 

 

 

 

 その名は五行相克ーー陰陽の陰、一方が一方を滅ぼし合う、自然における厳しい掟の具現化だ。

 

 

 

 

 しかしそのバランスも重要で、相生でも片方の力が偏ってしまうと、水のやり過ぎで木が腐ったり、火が強過ぎれば木は火を生み出す前に燃え尽きてしまう。

 

 

 

 一方で、相克は滅ぼすだけではなく、何かを生み出す事も出来る。

 木は土を奪うだけではなく、根が張る事で山の土が流れ出す事を防げるし、火で溶かされた金属は鍋釜や鋤に鍬、様々な武器などの道具に加工される。

 

 

 

 この相生と相克のバランスが保たれ、淀み無く巡る様に、昔の人々は四季や水の循環といった自然界のサイクル、人間の中にある血液や呼吸の循環といったこの世の神羅万象の事象に当て嵌めたのだ。

 全ては繋がり巡っている。

 だからこそ、そのバランスを保てるように、自然や人々の摂理の中で自らを律し生きていかねばならない。

ーー五行とは、そんな思想だ。

 

 

 

 

 物語を書くにあたって、様々な文献を読み漁ったけれど、不思議としっくり来たのを覚えている。

 僕自身、どちらかというとあまりリーダーシップが取れず、周りに合わせるような生き方ーー言ってしまえば、事勿れ主義と言っても良いけれどーーをしていたから、このように生きられればいいなぁ、と少し憧れたものだ。

…そんなものを、ルゥシィと昼間に会話する今の今まで忘れていたのだから情けない話ではあるが。

 

 

 

 

「メル…これは一体…?」

 

 

 

 

 ようやく驚愕から立ち直ったのか、父が今しがた見せた魔法について聞いてくる。

 流石に前世の知識だーーとは口が裂けても言えない。

 いくら魔力や魔法といったものが溢れている世界とは言っても、自分の子供が突然そんな事を言い出したら、何かの遊びか、熱にでも浮かされているのかと思うだけだろう。

 

 

 

 

「えっと…ルゥちゃんと一緒に遊んでた時にーー」

 

 

 

 

 僕は昼間に森で遊んでいた時に、ふと頭に浮かんだーーと誤魔化しつつ、五行についてざっくりと説明した。

 ふとした思いつきというのは、誰にでもあるものだ。

 ただでさえ僕は、大人と同じくらいの難易度で魔力について学んでいたのだから不思議では無いーーそんな風に簡単に考えていた。

 

 

 

 

ーーしかし、父の顔は僕が説明を進めるたびに、見る見る険しい表情となっていった。

 

 

 

 

「ーーメル!! その思いついた知識を誰かに話したか!? 誰かに見せたりしていないか!?」

 

 

 

 

 そして説明が終わると、父は今まで見た事の無い勢いで僕に詰め寄り、物凄い力で僕の肩を掴んで問いただしてくる。

 そのあまりの剣幕に、僕は体を硬直させて、目を白黒させるしかなかった。

 

 

 

 

「お、お父様ーー? え、あの、その…」

「どうなんだメル!? はっきりと答えるんだーー!!」

「……っ!?」

 

 

 

 

 その言葉に込められた熱量は、父の体格と力も相まって凄まじい。

 体が震え、舌が張り付いたかのように声が出ないーー僕は、この世界に生まれてから初めて、父を怖いと思った。

 

 

 

 

「ーー落ち着いて貴方!! 気持ちは判るけど、メルを怯えさせてどうするの!!」

「……っ!!」

 

 

 

 

 母の声に、父ははっとした表情を浮かべると、僕から手を離し、ヨロヨロと後退りながら椅子に腰掛けて項垂れる。

 

 

 

 

「……すまないメル、取り乱してしまった。怖がらせてしまって、済まない」

 

 

 

 

 父は冷静さを取り戻して謝ってくれたが、僕は腰が抜けて尻餅を突きながら、涙を浮かべてこくこくと肯く事しか出来なかった。

 そして母の手を借りて、体を預けて、ようやく立ち上がる。

 母は僕を優しく抱き締め、背を撫でながら、真剣な眼差しで僕に問いかけてきた。

 

 

 

 

「メル、あの人が怖がらせてしまってごめんなさいーーでも、これは大切な事なの。

貴方がさっき見せて、説明してくれた理論と魔法、誰かに見せたり、話したりはした?」

「うん…その時思いついただけで…ルゥちゃんにも話してないし、見せても無い…」

 

 

 

 

 ようやく落ち着きを取り戻した僕は、ポツリ、ポツリ、とようやく絞り出すようにではあるが、答えることが出来た。

 僕の答えを聞き、父と母はほっ、と肩を撫で下ろしたように見えた。

 

 

 

 

「メルーーお前のその理論と魔力の使い方は、この世界では異質なもの…いや、はっきりと言おう。この世界のものでは無い」

 

 

 

 

 その言葉に、思わずドキリ、とする。

 僕の出自がバレたのかと一瞬思ったが、僕を見る2人の目は今までと同じように、自分の娘に対するものと変わらないのを見るに、どうやら違うようだ。

 震えそうになる言葉をどうにか抑えながら、どういう事かと問い返した。

 

 

 

 

「ーー長く続くこの世界ではね、今まで誰も思いつかなかったり、生み出す事が出来なかった知識や技術を突然、天啓のように閃いたり、何かの偶然で発見したりする事が数多くあったの。

それは決して偶然じゃないーーそれは必ず、世が乱れ、人々が苦しみ、新たな時代が始まる時に、必ずのようにもたらされたと言われているの」

 

 

 

 母の、まるで語り部であるかのような蕩々とした言葉に聴き入る。

 

 

 

 

 それらは例えば不便な生活を一変させる程の画期的な技術。

 

 

 

 

 

 病気に苦しむ人々を救うための治療法や薬。

 

 

 

 

 

 不公平な身分を正すための先進的な制度。

 

 

 

 

 

 永遠に続くかと思われた泥沼の戦争を、一気に終わらせる程の兵器や戦略。

 

 

 

 

 

ーーそれらは日常生活から、文化、戦争に至るまで多岐に渡る。

 

 

 

 

 

「ーーそして、それらを思いつき開発した人々は、その切っ掛けを聞かれた時、必ずと言って良い程こう言ったそうだ」

 

 

 

 

 

 

「天の星を見ていた時に、ふと頭に思い浮かんだのだ、と」

 

 

 

 

 

 

 母の言葉を引き継ぐように、今度は父が語るーーその目は、遠い昔を懐かしむように、悲しげに細められていた。

 

 

 

 

 

「人々はそれらの知識をこう呼んだーー天の星がもたらした知識…『天星識(てんせいしき)』とーー」

「天星…識ーー」

 

 

 

 

 僕は父の言葉を茫然としながら繰り返した。

 その言葉の響きに、僕は全く別のものを連想した。

 

 

 

 

ーー天の星、天星………転生。

 

 

 

 

 変だと思っていたのだーーこの世界は魔力を使った技術が発展しているとは言え、総合的な文明のレベルは中世や近世と言った程度だ。

 にも関わらず、僕の前世の国ではつい百年程前にようやく普及した筈の、燃料を使ったガラスのランプが、このような田舎の村にも当たり前のように存在している。

 そして僕のような子供でも見れるような物語がしっかりとした装丁をされて、手書きでは無くて活版印刷らしいもので綴られている。

 農村でもしっかりとした教育が行き届き、上水道に下水道、糞便の処理に至るまで、遥か未来の技術にしか触れていない僕でも、少しの苦労さえ払えば順応出来てしまうーーそもそも、それ自体が異常なのだ。

 

 

 

 

ーー恐らくは居たのだろう…この世界に産み落とされた、僕のような魂の異邦人が。

 

 

 

 

 彼らはきっと、時代を超えてこの世界に現れては、かつての世界の文化や知識を伝えたに違いない。

 自分の出自を明かさぬように、天啓を得たのだと誤魔化しながら。

 

 

 

 

 しかし、この世界にとってはそれらは確実に異質な存在だ。

 受け入れられ、根付くまでには、きっと数多の争いや混乱を生み出したに違いない。

 

 

 

 

「それを、お父様と、お母様は不安に思ってるんだね…?」

「ああ、そうだーー天星識(てんせいしき)が舞い降りる時、それは世の乱れの切っ掛けと言われているからな」

「貴女に、そんなものに巻き込まれて欲しくは無いの…だからこそ、取り乱してしまったわ。ごめんなさいメル」

 

 

 

 

 2人の謝罪に、僕は頭を振ったーー当然の事だ。

 この世界には、この世界の発展の形があり、それは決して外からの干渉によってもたらされて言い訳が無い。

 そも、前世で得た知識の数々も、偉大なる先人の血と汗と涙の結晶ーーそのほんの一端しか知らない個人が、軽々しく奮って良いものでは無い筈だ。

 

 

 

 

ーー僕はこの時、この知識を、技術を、決して他言せず、濫りに振るわない事を誓った。

 

 

 

 

 

「でも誤解しないでメルーー今回の貴方の知識は確かに、天星識(てんせいしき)なのかもしれない。

…けど、それを駆使して、今まで出来なかった事を成し遂げて見せたのは、貴方の才能と努力のあっての事よ?」

「ーーそれを濫りに振るわない限り、その知識が人を傷つける事に使われない限り、僕達は何も言わない。

それはメルだけが辿り着いた、メルだけの力だ…誇りに思いなさい」

 

 

 

 

ーー父と母からの温かい言葉に、僕の目から自然と涙が溢れ出る。

 

 

 

 

 その涙は、ただ父と母に良い所を見せたいという幼稚な思いで、前世の知識を使おうとしてしまった自分を恥じるものと、前世から続く僕の知識と研鑽が、認められた事の嬉しさによるものだった。

 すすり泣く僕の心情を理解してくれたのか、2人は僕が泣き止むまで、優しく抱きしめてくれた。

 

 

 

 

__________________________________________________

 

 

 

 

 

 それから暫くして、メルリアは泣き疲れたのかベッドで眠りについた。

 

 

 

 

ーー娘の安らかな寝顔を見届けると、父と母はリビングのテーブルに付き、向かい合う。

 2人の表情は険しい…しかしその目には、昔を懐かしみ、同時にそれが戻らない事を悲しむような光があった。

 母は肩を落とす夫の手を取り、励ます。

 

 

 

 

「ーー貴方。気をしっかりと持って。まだ…『そう』と決まった訳じゃないわ」

「分かっている…分かっているさ…だが、どうしても想像してしまうんだ…」

 

 

 

 

 思い浮かべるのは、かつて2人が忠誠を誓い、生涯守ると誓った偉大なる主の顔だ。

 

 

 

 

「ーー魔王陛下」

 

 

 

 

 常人の数十倍とも言われる最強の魔力を振るい、常識に囚われず、悪しき先例を打ち砕き、新しきを次々と取り入れる、天の星の知識を最も有効に使ったとされる、偉大な魔族の王。

 

 

 

 

ーーその幼い頃の姿が、どうしても自分の娘に重なってしまうのだ。

 

 

 

 

「天星識の舞い降りる時代に、必ずこの世の乱れありーー」

 

 

 

 

 先ほど娘に語った言葉を、もう一度口に含むかのように繰り返す。

 窓の外を見るーーその空は厚い雲に覆われ、天に輝く星を窺い知る事は出来ない。

 

 

 

 

「このまま、何も起きなければ良いのだがーー」

 

 

 

 

 そこに己の願望が多く含まれていることに気付きながらも、父ーーバフォメット・メリーシープは呟かずにはいられなかった。

 

 

 

 

 




あと3話くらいで、第1章的なものを描き切れればと思ってます。
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