転生した羊の姫は,あの日の勇者に憧れる   作:ふふ歩

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プロローグの中の最後のエピソード、その前編となります。
少しだけ成長したメルちゃんの近況と、とうとう忍び寄る不穏な空気の話となります。


成長と不穏の足音

ーー僕が父と母から、天の星からの知識について教わってから、特訓は更に複雑で、厳しいものに変わっていった。

 

 

 

 

 五行によるイメージの確立は驚くほどに上手く行き、属性の変換に関しては最初の躓きが嘘のようにスムーズに習得する事が出来た。

ーーが、だからこそ、両親や村長さんは更なる課題を課していく。

 

 

 

 属性の変換を更にスムーズにするための、思考と、魔力の練り上げや放出の高速化と並列処理。

 変換する魔力の規模を更に大きく、複雑にし、日常生活に使えるようにするための反復練習。

 魔力による物質変換や、自己及び他者への魔力の付与や強化の方法。

 基本的な属性を重ね合わせたり、解釈や要素を発展させる事により生み出される、属性変換の派生。

 

 

 

 

 更にこれらの応用だけではなく、基本基礎の反復練習に関しても同様に複雑になっていく。

 

 

 

 

 当初父とやっていた特訓の動作は、日常生活の中でも出来るレベルになった。

 そのため、僕は友達と遊ぶ時や食事の時間等を除けば、常に体内で魔力を高め、循環させるという…分かりやすく言えば、スポコンものに出てくるような、常に重りを身に纏うような生活が義務付けられた。

 更に加えて、村長さんからは受けていた日常生活に密接した魔力の運用に関しても、常に宙に浮いて生活したり、全ての動作を魔力で行ったり、料理洗濯等の家事を、薪や水を使わずに全て属性変換した魔力で行ったりと…代わる代わるに、他の子供達が見たら物凄い勢いで引かれるようなーー実際何度か引かれたーー課題が出される。

 

 

 

 

 勿論それらは膨大な労力と時間を要し、あまりの厳しさに泣いたり、心折られそうになった事も二度や三度では足りない。

 しかし、何とか耐えられたのは、両親や村長さん、ルゥシィたちとの安らぎの時間があったから…というのは当然の事だが、もう一つ理由がある。

 

 

 

 

ーーそれは、この世界には僕のように転生した人物が今までに間違いなく存在していたという事実と、彼らが今も何処かにいるかもしれないという希望だ。

 

 

 

 

 僕のような鈍臭い人間でも、世界の壁を越えられたのだ。

 何事も器用にこなし、自分の中で『こう』と決めたら、ひたすらに一直線に向かっていく情熱を持っていた妻が、超えられないという道理は無い筈だ。

 

 

 

 

ーーそれに、彼女は言ったのだ…僕を追いかけると。

 

 

 

 

 あの妻が、こんな自分を生涯をかけて愛してくれた女性が、そう約束したのだーーそれは最早確約だ。

 少なくとも、僕はそう信じている。僕もまた、そんな彼女を生涯愛したのだから。

 だからこそ、僕は待つーー僕の憧れた勇者(ひめ)が、いつの日か迎えに来てくれるのを。

 その時に、ただ守られているだけのか弱い姫のままでいるなど真っ平だーー僕は、妻と一緒に並んで冒険がしたいし、彼女もそう望んでいるに違いない。

 

 

 

 

 だから、僕は来るべきその時が来るまで、何処までも自分を高め、強くならなければならないのだ。

 

 

 

 

 

 それは何年後か、何十年後かは分からない。もしかしたら、何百年後かもしれない。

 けれど、今の僕は悪魔だーー魔力が高まれば高まるほど、寿命はそれに応じて伸びていく。

 もしも今の時代で会えなかったとしても、次の時代、その次の次の時代ーーいつまでも待つ事が出来るのだ。

 だから、己を鍛える事に僕は、もう何の躊躇いも無かった。

 

 

 

 

ーーそして辛かった特訓が日課となり、村中の書物の全てを読み切り、(そら)んじる事が出来るようになった頃、

 

 

 

 

 僕は、10歳の誕生日を迎えようとしていた。

 

 

 

 

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「ーーはい、お疲れ様でしたメルリアさん。いつも助かりますね」

 

 

 

 

 その日、僕はいつものように村長さんの家に行き、家の中の全ての掃除を家の外にいながら(・・・・・・・・)、ほぼ同時に行うという最早作業と化した特訓を終えた。

 

 

 

 

「はい、村長さん…ですけど、確か掃除はこの前やったばかりですよね?

ーーなのに、もう同じくらい散らかってるのは、どうかと思います」

 

 

 

 

 僕はジトっとした目で村長さんを見つめながら、苦言を呈する。

 もう彼との付き合いも5年近くになるーー僕は大分遠慮が取れ、物言いも大分砕けたものになっていた。

 

 

 

 

「ははは、何の事やら。老骨のこの身、日々の生活をするにも一苦労なのですよ」

「そんな事言って…自分が面倒臭いと思った事を、特訓と称して僕にやらせてた事、もう気付いてますよ?」

「むむむ…」

「何がむむむですか。お父様に言いつけますよ?」

 

 

 

 

 長い付き合いになって分かった事だけれど、村長さんは知識や魔力の使い方、村を円満に治める調整力、統率力は凄いけれど、プライベートに関してはかなりぐうたらだ。

 勿論、村長としての仕事は忙しいし、僕を教えるために様々な魔力や魔法に関する文献を、何処かから取り寄せてきて読み込んでいるので時間があまり無いのは分かるけれど、物にも限度というものはある。

…まぁそのおかげで、僕の魔力の使い方はここまで成長することが出来たのも事実なので、肝心な所で強くは出れないのだが。

 

 

 

 

「…所でメルリアさん。今日のご褒美なのですがーー」

「話を逸らしましたね村長さん」

「オホン!! 実は、魔王領産のいい茶葉が入りましてね」

「えっ…!?」

 

 

 

 

 自分のぐうたらを誤魔化すための賄賂だとは分かっていても、僕はその言葉に思わず反応してしまった。

 それほど高級ではない茶葉の紅茶でも絶品な村長さんの紅茶が更に美味しくなると聞けば、すっかり毒されて紅茶好きとなった僕としては聞き捨てならない。

 

 

 

 

「そして今日は大分興が乗りましてねーーアップルパイも用意してありますよ。勿論、焼きたてです」

 

 

 

 

 そして続く二の矢に、僕の心は完全に陥落した。

 

 

 

 

「し、仕方ないですね…今日の所は見逃します」

「ははは、結構結構」

 

 

 

 

 僕もやはり甘いなぁ、と内心嘆息しつつも、心は既に紅茶とアップルパイの虜だ。

 もう勝手知ったる他人の家と化した村長さんの家の中に入り、パイを乗せる皿や、ティーカップを取り出して準備を手伝う。

 そのついでに棚や部屋の隅を確認ーーうん、埃一つ落ちていない。

 自らの成果に満足げに頷くと、僕は今日のご褒美にありつこうと、パタパタと食堂へと急ぐのだった。

 

 

 

 

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「けぷっ…ご馳走さまでした」

「はい、お粗末様でした」

 

 

 

 そして暫くして、素晴らしい香りの紅茶と、サクサクのアップルパイに舌鼓を打った僕は、パンパンに膨らんだお腹をさすっていた。

 やはり、村長さんの淹れる紅茶と、作るお菓子は相変わらず絶品だ。

 それを微笑ましそうな表情で見届けた村長さんは、台所へ食器を片付けていく。

 その背を見送っていた時に、ふと気付いた。

 

 

 

 

「あれ? 村長さん、この前腰を痛めたって言ってませんでしたか?」

 

 

 

 

 以前の日課の際には少し曲げ気味にしていた腰が、今日は真っ直ぐになっている。

 所謂ぎっくり腰的なもので、そう簡単に治るようなものでは無かった筈なので、治療魔法でも使ったのかと思ったのだが、どうやら違うようだ。

 

 

 

 この世界の治療魔法と呼ばれるものは、基本的に他者が怪我をしている者に対して、治療を促す『精霊』を纏わせた魔力を流し込む事で行われるのだが、体内の魔力は常に循環しているため負傷部位にのみ魔力を留める事が難しく、はっきり言って効きはそんなに良くは無い筈である。

 

 

 

 目に魔力を通して村長さんの体を見通すーーこれも、数年に渡る特訓の成果だーーと、体の中に巡る魔力に、複数の属性の『精霊』が込められ、循環しているのが見える。

 

 

 

 

「これって…僕の五行のーー」

「ええ、メルリアさんの言う通りですよ。少し研究して、応用させて貰いました。

いや、医者(せんせい)の所まで通うのも億劫だったものですからね」

 

 

 

 

 五行においては、体の様々な部位には、その働きに応じた属性があるとされ、それが偏ったり乱れが生じた時に、病気や不調が起こると言われている。

 前世では東洋医学や鍼灸等に使われ、広く知られているものの基本の考えだ。

 今の村長さんの体の中に強く流れているのは、骨や腎の働きを強める水の属性と、それを助ける肺…つまりは体の血液の循環を強める土の属性ーーこれによって、痛めた腰の回復力を強めたのだろう。

 

 

 

 

「お父様から、人に教えたりはするなって言われてるんですけど…?」

「ええ、勿論貴女からは教わってはいません。貴女の魔力の流れを研究して、私が勝手にこの世界の四大属性で応用しているに過ぎませんよ」

 

 

 

 だから、気にする必要はありませんよーーと彼は言う。

 だけど、僕としては村外れにある唯一の医院に通うのが面倒だからと屁理屈を捏ねる事に呆れるのと、理外の法則とも言える天星識であるこの力を、独学でこの世界の理屈の中に落とし込んだ事に対する驚愕と称賛の思いとで微妙な表情を浮かべる他無かった。

 

 

 

 

ーー勿論、この人が悪用したり、外に広めたりはしないという事はわかっているけれど、それすらもきっと織り込み済みなのだろう。

 

 

 

 

「ーー大人ってずるい」

「だからこそ、大人なのですよ」

 

 

 

 

 口を尖らせる僕に対して、村長さんは悪戯めいた笑みを浮かべて答えた。

…魂だけだったらお前も大概だろう、とは言わないで欲しい。

 

 

 

 

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「ただいま!!」

「お帰りなさいメル、お疲れ様」

 

 

 

 

 家に帰ると、いつものように母が出迎えてくれて、マグカップに牛乳を注いで差し出してくれた。

 僕はそれを受け取ると、コクコクと喉を鳴らしながら一気に飲み干す。

 

 

 

 

「相変わらず、牛乳が好きねぇ…なかなか成果は上がらないみたいだけど」

「…それは言わないでお母様」

 

 

 

 

 僕の飲みっぷりを見て母が茶化すように笑い、僕はそれに対して深い溜息を吐きながら答える。

 僕にも幼いながら成長期がやってきたようで、歳を追う毎に、僕の体は少しずつ女性らしい丸みを帯びてきたのだが…身長は、6歳の頃からあまり伸びていない。

 村の子供達の中で僕より小柄な子は、とうとうルゥシィだけになってしまった。

 しかもフェアリィ族は種族的な特徴として、1mほどにしか大きくならないので、実質僕はもう同年代の中では最も背が低い事になる。

 まぁ、前世の頃からあまり身長が高い方では無かったが、このような狭いコミュニティの中で、歳下の子たちに追い抜かれるというのは中々に胸に去来する複雑な思いがあった。

 

 

 

 

ーー原因としては、恐らくは幼い頃から魔臓と魔血管の鍛錬をし続けていたので、成長する力がそちらに回ってしまっているのかもしれない。

 

 

 

「まぁ、焦る事なんか無いわよ。だって私とあの人の子供なんですもの。

その内、ボンキュッボン!!って感じで、世の男の人が放って置け無いくらいに大きくなるわ」

「とは言っても…」

 

 

 

 

 そう言って、自分の体をなぞるようなジェスチャーをする母だったが、その容姿は大きい街の通りを歩いたら、100人は振り返るくらいに美しい。

…事実、村の中で買い物をすると、度々若い衆からの熱っぽい視線がよく集まっているし、月に何度か来る市場の商人達からは、よくおまけを貰う事も多かった。

 僕が母のようになるには、魔力と同じくらいに体作りに時間を掛けない限り無理だろう。

 

 

 

 

ーーだが、以前仲の良い村の子供達にこの事を相談したら酷い目に遭った事があるので、普段は胸に秘める事にしている。

 

 

 

 

 あの時は大変だった。

 

 

 

 

 男子は口々にそんな事無い!! 十分に可愛い!! と熱弁を振るいながら僕の魅力を蕩々と語った。

…若干目が血走って、息も荒かったので少し怖かった。

 

 

 

 

 女子からは、私たちの前でそんな贅沢を吐かすのはこの口か!! と掴みかかられ、口の端をグイグイと引っ張られた。

 痛かったし、憤怒の表情を浮かべる彼女たちの迫力は凄まじく、普通に怖かった。

 しかもその後罰と称して、髪の毛をいじられたり、着せ替え人形のように僕を使ったファッションショーを開催させられたりと散々だったのを覚えている。

 

 

 

 

ーーまぁ、そんな事を気にするのも詮無い事だ。

 

 

 

 

 僕は気を取り直すと、マグカップを片付けると、いつものように屋根裏で本を読もうと階段を上がろうとするが、母が不意に呼び止めてきた。

 

 

 

「あ、メル。そう言えばさっきルゥシィが来てたわよ? まだ帰ってきて無いって伝えたら、先に東の森で待ってるって言ってたわ」

「ーーそれ、早く言ってよお母様!!」

 

 

 

 

 ごめんごめん、と謝る母から、急いでスカーフを受け取ると、僕は再び家を飛び出す。

 すると、丁度用事を終えたらしい父と玄関先で鉢合わせになった。

 確か、明後日にやる予定の僕の誕生日の宴で出す子牛を、市場に持っていって屠殺士(ブッチャー)に捌いて貰う算段を付けに出かけていた筈だ。

 

 

 

 

「あっ、お帰りお父様!!」

「ああ、ただいまメル。そんなに急いで何処に行くんだ?」

「うん、ルゥちゃんと東の森で待ち合わせ!!」

 

 

 

 

 するとそれを聞いた父は、ふむ、と顎の毛を撫でながら何やら思案する。

 どうしたのかと聞くと、どうやら心配事があるらしい。

 

 

 

 

「ーーさっき市場で狩人衆から聞いたんだが…どうやら、森向こうの狩場で洞窟狼(ケイブウルフ)が出たらしくてな…」

洞窟狼(ケイブウルフ)…」

 

 

 

 

 洞窟狼(ケイブウルフ)とは、その名の通り洞窟で群れを成して暮らして狩りを行う、一般的な魔物だ。

ーー魔物とは、魔族と同じように体内に魔臓を持つ動物たちの総称で、一般的なものよりも大型かつ凶暴な事で知られる。

 彼らは縄張りに入り込んだ人間に襲いかかる事もあり、尚且つ人の血肉の味を覚えてしまうと、積極的に人里へと近付いて来るようになってしまうため、見つけた場合狩人たちが積極的に討伐を行うのが慣例となっている。

 しかし、先日見つかった群れを討伐する際、その内の一匹を仕留め損ない、東の森の中へと逃がしてしまったのだそうだ。

 

 

 

 

 幸運な事に僕はまだ魔物に出会った事は無いが、そんな存在が自分の境界の近くにいる、と考えると少し身震いしてしまう。

 そんな僕の不安げな様子を感じ取ったのか、父は安心させるように頭を撫でてくれた。

 

 

 

 

「安心しなさい。かなりの手傷を与えたそうだから、その内息絶えるだろう。生き残って定着する事はまず無いと言って良い。

…だが、万が一の事もある。魔物除けの境界線には、なるべく近付かないように注意しなさい」

 

 

 

 

 魔物除けとは魔力を纏わせた香木で、その魔力の持ち主が強ければ強いほど、魔物や動物が警戒する強い臭いを発する。

 この作業はいつも父が定期的に行っており、そのおかげかこの村は魔物に襲われる人は全くと言って良いほどいない。

 東の森の魔物除けは、確かつい先日父が変えたばかりだった筈だから、下手に近付いたり、越えたりすることも無ければ大丈夫だろう。

 

 

 

 

「うん、分かったーー行ってきます!!」

 

 

 

 

 不安の晴れた僕は、早速宙へと浮かび、行き慣れた道を急いた。

 僕の空を飛ぶ速さは、本気で急げばもう下手な馬車よりも速い。

 歩いていくよりも数倍速い時間で、いつもの森の広場へと辿り着いた。

 

 

 

 

「あー、メルちゃんだー。速かったねぇ」

 

 

 

 

 ルゥシィは原っぱの真ん中に浮かんで、クルクルと踊っていたが、僕の姿を見つけると、相変わらずお日様のような笑顔で笑いかけてきた。

 銀色の髪の毛と、フェアリィ族の伝統衣装だという木の葉を模した緑のドレスを身に纏う姿は、御伽噺に出てくる森の妖精そのものだ。

 その明るくて天真爛漫な性格は変わらないけれど、出会った頃は僕の体の半分ほどしか無かったルゥシィの身長は、もう僕の胸下ほどに伸びている。

 どうやら成長期が早めに来たらしく、ただでさえ小柄だった僕の身長にどんどんと迫られ、当時はもしかして彼女にすら抜かされるのでは無いかと戦々恐々としたものだ。

 

 

 

 

ーー閑話休題(それはさておき)

 

 

 

 

「じゃあ、今日は何して遊ぶー?」

「うーん…蜂蜜集めは昨日やったし…魔法の練習しながら、ちょっと探検してみようか?」

「おー、良いねー、さんせーい。じゃあ早速行ってみよ〜」

 

 

 

 

 言うが早く、ルゥシィから魔力が溢れたかと思うと、凄まじい勢いで風が巻き起こり、僕は思わず目を覆った。

 次の瞬間には彼女の姿は僕の目の前から消え、十歩先くらいの木の枝の上に移動していた。

 

 

 

 

「えへへ〜、こっちだよ〜。鬼さんこちら〜」

 

 

 

 

ーー風の『精霊』を纏わせた魔力による旋風に乗って、高速移動したのだ。

 

 

 

 

 ある日、何の気紛れか僕に魔法を教えて欲しいと言って来たので、一番簡単な方法での魔力の鍛錬や属性変換の方法を教えた所、ルゥシィはみるみる内にそれを身につけ、今ではこうして遊び半分に魔法を振るえるほどになっていた。

 荒削りではあるが、魔力の放出の速さと属性変換の巧みさは僕でも舌を巻くほどだ。

 自分で言うのも気恥ずかしいが、僕がコツコツと身につけていくような秀才タイプであるとしたならば、ルゥシィは紛れもなく天才だ。

…ただし、座学に関してはからきしで、本を読んでいると頭を痛くして、程なくしてそれを枕に居眠りしてしまうくらいに苦手なのは珠に瑕だが。

 

 

 

 

「待てー!! 負けないよルゥちゃん!!」

 

 

 

 

 ルゥシィに負けじと、僕も体に風を纏わせて後を追う。

 それから暫く、僕らは森の中で魔法を使った鬼ごっこに興じたのだった。

 

 

 

 

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「ん〜?」

 

 

 

 

 そうして暫く遊んでいると、不意にルゥシィが辺りを見回しながら、すんすんと鼻を鳴らし始めた。

 

 

 

 

「どうしたのルゥちゃん?」

「何だか、変わった匂いがしない〜?」

 

 

 

 

 そう言われて初めて僕も気付いたーー風に乗って、嗅ぎ慣れない花の匂いが漂ってきていた。

 しかもそれは、今までに無いほどの魔力を纏っている。

 

 

 

 

「何だか気になるねぇ。ちょっと行ってみようよ〜」

「えっ? でもこっちの方角は…」

 

 

 

 

 風上の方角は確か魔物除けの境界線に近く、今まで近づいた事の無かった場所だった。

 僕の脳裏に、家を出る前に受けた父からの忠告が過ぎる。

 

 

 

 

「でもこんなに良い香りだから、きっと綺麗なお花だよ〜? ちょっとだけだから、ね?」

 

 

 

 

 それもルゥシィも分かっている筈なのだが、この日は珍しく食い下がってきた。

 いつも自由気ままではあるが、普段は我侭を余り言わないのだけれど…。

 

 

 

 

「う〜ん…分かった。ちょっと遠くから見るだけだよ?」

「わ〜い!! メルちゃんありがと〜!!」

 

 

 

 

 あまり見ない彼女の必死さに折れた僕は、魔力の篭ったその香りを辿り、森の奥へと向かっていった。

 

 

 

 

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ーーその場所は、小高い丘の上にポツンと広がった野原だった。

 色取り取りの花が咲き誇り、ちょっとした花畑のようだ。

 

 

 

 

「わぁ〜…」

「綺麗…」

 

 

 

 

 それ以上に僕達の目を奪ったのは、野原の中央の地面の裂け目から溢れ出る、虹色の輝きを放つ魔力の渦だった。

 その魔力は辺り一面に降り注いて花に活力を与えており、周囲は何処か厳かな空気に満ちている。

 

 

 

 

「魔力溜まりだ…初めて見た…」

 

 

 

 

 僕達魔族や魔物が生み出す魔力は、暫く空気中を漂ってから、地面へと吸収されていき、木や水、そして再び魔族や魔物へと還っていく。

 しかし、そのサイクルが乱れたり堰き止められる事で、地中に魔力がガスのように溜まってしまう事がある。

 それらは魔力溜まりと呼ばれ、何かの拍子でこうして地表に溢れ出すのだ。

 

 

 

 

「ふわぁ〜…気持ちいいねぇ…ここでお昼寝したら、凄く元気が出そうだねぇ…」

「うん…こんなに綺麗な魔力、僕も初めてだぁ…」

 

 

 

 

 一般的に魔力溜まりが溢れ出た場所は、所謂パワースポットのようなもの。

 大地によって濾過された純粋な魔力は、取り込むだけでそのまま瑞々しい活力となる。

 古来よりこう言った場所は神殿になったり、騎士や戦士たちの修行場になったりと、魔族や人を問わず特別な意味を持つのだ。

 

 

 

 

「でも、村の人達からはこんな場所、聞いた事も無かったねぇ」

「うん、もしかしたらこの前の大雨で、土が流されたせいかもね」

 

 

 

 

 もしこれが新しい魔力溜まりだとしたら、村にとっては大きな財産になる。

 家に帰ったら、早速父と母に話し、明日になったら村長さんに伝えなければなるまい。

 

 

 

 

「いいものが見れた事だし、そろそろ帰ろっか?」

「ええ〜? もう少しいようよぉ。お花も摘んでいきたいし〜」

「ダメだよルゥちゃん。約束でしょ?」

 

 

 

 

 ぶぅぶぅと不満を漏らすルゥシィの手を引いて、僕は来た道を引き返していく。

 確かに綺麗な場所ではあるけれど、ここが魔物除けの境界線の境目である事には変わり無いのだ。

 僕は一瞬だけ振り返り、魔物除けの貼られた木立の間を見つめる。

 

 

 

 

ーーそこは陽の光が遮られ、仄暗い影が口を開けているかのようだった。

 

 

 

 

 僕の背筋に、冷たいものが過ぎるーーけれど、僕はすぐに頭を振ってそれを打ち消した。

 きっと魔力溜まりの綺麗な魔力を見たから、そのギャップを感じただけだし、父から魔物のことを聞いていたからに違いない。

 でもその不安は、森を抜けるまで消えてはくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー僕はその時の判断を、この先ずっと後悔する事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕はこの時、自分の中の不安にばかり目を向けてばかりで、先ほどまで文句を言っていた隣のルゥシィが、何も言わなくなった事に気付かなかった。

 そして彼女が、一度決めたら絶対に引き下がるような子じゃないという事をすっかり忘れてしまっていたのだ。

 

 

 

 

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ーー森の中を、一匹の魔物がよろよろと歩いていく。

 

 

 

 

 

 その度に、彼の足元には夥しい血が零れ落ち、地面を紅に染めた。

 体の裂け目からは、まろび出た臓物が縄のようにズルズルと音を立てる。

 身体中を矢で貫かれた彼の体はとっくの昔に死に絶え、最早魔臓の鼓動だけで生き永らえていた。

 

 

 

 

 

ーーハラガ、ヘッタ…。

 

 

 

 

 

 彼の思考にはもう、正常な理性は残っていない。

 ただあるのは、ひたすら原始的な生存本能だけだ。

 

 

 

 

 

ーーノドガ、カワイタ…。

 

 

 

 

 

 それらを満たすための(はらわた)も存在しないのに、ただひたすらに彼は生きるために足掻いていた。

 もう何も見えず、もう何も聞こえず、もう鼻も利かない(・・・・・・・・)

 しかし彼はただひたすらに一点を目指して歩いていくーー清浄で、活力溢れる魔力を生み出す源へと。

 

 

 

 

 

ーーそして辿り着いた先に、それはあった。

 

 

 

 

 

 聞こえず、匂わず、見えないが、目の前から漂う魔力に、精一杯首を、舌を伸ばす。

 

 

 

 

 

ーーモウスコシ…。

 

 

 

 

 

ーーモウスコシデ…!!

 

 

 

 

 

 しかし、それが舌先に触れた瞬間、ぐらり、と彼の体は落下していった。

 落ちていけば落ちていくほど濃くなっていく魔力に、彼は自分の体が溶けていくのを感じる。

 

 

 

 

 

ーーイヤダ!!

 

 

 

 

 

ーーイヤダ!!

 

 

 

 

 

ーーシニタクナイ!!

 

 

 

 

 

ーーニクイ!!

 

 

 

 

 

ーーコロス!!

 

 

 

 

 

ーー飢、渇、憎、怖、怒、死。

 

 

 

 

 

ーー死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死…

 

 

 

 

 

 溶けていく彼から溢れ出た、強く、ドス黒い感情は、かき乱され、うねり、純粋であったはずの魔力を、じわり、じわりと染めていった。

 

 

 

 

ーーそれはメルリアが誕生日を迎える、2日前の夜の事だった。




とうとう、大きな山場を迎えます。
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