艦隊これくしょん ~愛を込めて、花束を~   作:哀餓え男

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第一部序章 朝潮、轟沈
第一話 私は彼女に、死ねと命じた


 

 

 

 俺は一生、あの日を忘れることができないだろう。

 

 皆は、他に手がなかったと言った。

 

 彼女もそれを望んだのはわかっている。

 

 けれども俺は、あの命令を後悔せずにいられない。

 

 もしかしたら家族を失ったあの日以上に、後悔したかもしれない。

 

 『奴』の影に、もっと早く気づくべきだったと。

 

 俺が出るべきだったと。

 

 例え、街や民間人に甚大な被害を出そうと、昔のように陸に誘き寄せて俺が直接斬れば良かったと。

 

 俺には力が有るのに。

 

 俺は結局、あの日と同じく何もできなかった。

 

 忘れもしない正化26年の3月3日。

 

 俺は彼女に、「死ね」と命じることしかできなかった。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 「敵の数は?」

 「哨戒していた第九駆逐隊の報告によりますと、駆逐10、軽巡4、重巡6、正規空母3、戦艦が2。戦艦の内1隻は、姫級と思われます」

 

 横須賀鎮守府の地下に設けられた艦隊司令部施設。

 そのほぼ中央の提督席から投げかけられた私への質問に、私こと雪代 深幸(ゆきしろみゆき)は端的に答えました。

 

 「24隻……大艦隊じゃないか」

 

 私からの報告を吟味し始めた提督の横で、私と同じ提督補佐の一人である左近司 門戸(さこんじもんど)中佐が冷や汗を流しながら息を呑みました。

 無理もありません。

 なにせ、この鎮守府が陥落するかどうかの瀬戸際なのです。私だって、鎮守府に残されている戦力で撃退できるのか?と、疑問しか浮かびません。

 

 「敵の射程圏内に入る前に発見できたのは幸いだった。左近司中佐、動かせる艦娘は?」

 「軽巡那珂、由良。及び第五、第六駆逐隊。軽空母鳳翔、祥鳳。それと満潮が入渠中ではありますが、第八駆逐隊。補給が済み次第、第九駆逐隊も出撃可能であります」

 

 軽巡洋艦二人に軽空母が二人。駆逐隊が四つ。

 たったこれだけで、空母と戦艦を含む倍近い敵艦隊を迎撃ですか……。

 今現在、呉が主導しているグアム島奪還作戦に出向させている艦娘……いや、長門か陸奥のどちらかが居てくれればまだ何とかなったのに。と、どうしても考えてしまいますね。

 

 「敵艦隊、50海里まで接近」

 

 私の手元のモニターに送られて来る哨戒用ブイからの情報を、顎に右手を添えて思案している提督に伝えました。すると提督は……。

 

 「雪代少佐。各鎮守府へ救援要請。それと、関東全域に避難命令を出せ。と、大本営に通達」

 

 と、伝えられた私は即座に言われた内容を打診。

 ですが各鎮守府はともかく、面子に拘る大本営が素直に避難命令を出すとは思えません。

 もっとも、やらないよりはマシでしょうが。

 あとは一番近い舞鶴あたりが救援を送ってくれるのを期待しつつ、遅滞戦闘に徹して時間を稼ぐ。と、いったところでしょうか。

 

 「左近司中佐、那珂と由良にそれぞれ駆逐隊と軽空母を率いて出撃しろと伝えろ。軽空母は制空維持を優先。敵がこれだけとは限らん、索敵機も飛ばしておけ。水雷戦隊は遅滞戦闘に努めさせ、敵を40海里以内に近づけさせるな」

 「了解であります」

 

 正解かな。

 本音を言えば、敵艦隊を爆撃して数を減らしたいところなのでしょうが、軽空母2人では出来ることが知れています。

 いくら鳳翔さんでも、あの数が相手では敵艦載機の迎撃で手一杯のはずです。

 ですが、引っかかりますね。

 なぜ、これ程の艦隊が前触れもなく現れた?

 他の鎮守府、特に第二海軍区を預かる呉からはなんの報告もありませんでした。

 それにあの艦隊の編成、どこかで……。

 

 「左近司中佐。この敵艦隊の編成、どこかで見た覚えはないか?」

 「敵の編成でありますか?はて……少なくとも、当鎮守府で行った作戦では、ああいった編成は見た覚えがありません」

 

 各艦隊への指示が終わった中佐に、提督が私と同じ疑問を投げかけました。

 私も見た覚えがあるのですが……記憶違い?

 

 「作戦指揮中失礼します!入室してよろしいでしょうか」

 

 艦隊司令部の外で、提督の秘書艦が入室の許可を求める声が聞こえてきました。

 律儀に提督の許可を求めてくるところは、何年経っても変わりませんね。秘書艦なのだから気にする必要もないのに……。

 

 「許可する。入りなさい」

 「駆逐艦『朝潮』入室いたします!」

 

 入室してきたのは、駆逐艦朝潮。

 蒼い瞳に長い黒髪をなびかせた少女。

 艤装の成長抑制効果で見た目は11~2歳位の幼さですが、今年で16になる子です。

 彼が提督になってから、何年もそばで支え続けてきた優秀な秘書艦。

 真面目を絵に描いたような子ですが、長く艦娘をやっているせいか一般常識に疎いところがあるのが玉に瑕ですね。

 

 「司令官、第八駆逐隊はいつでも出撃可能です。ご命令を」

 「わかった。だが、敵がこれだけとは限らん。鳳翔と祥鳳の索敵が済むまで待機だ」

 「はっ!では、出撃ドックで待機します!」

 「いや、少し待て。朝潮、この敵編成に見覚えはないか?」

 「敵の編成ですか?」

 

 提督が退室しようとする朝潮を引き留めて、先ほど中佐にぶつけたのと同じ疑問を投げ掛けまあした。

 彼女は記憶力がいいから、もしかしたら私たちが忘れている内容でも覚えているかもしれません。

 

 「私たちが参加した作戦では見た覚えはありません。ですが……」

 「ですが。なんだ?」

 「数は少ないですが……。現在、呉が行っている大規模作戦の事前偵察の報告書で、似たような編成を見た覚えがあります」

 「それだ」

 

 私も報告書で、確かに読んだ。

 だから、どこかで見た覚えがあったのですね。

 いや待って。

 そうであるならば、新たな疑問が浮上します。

 仮に、鎮守府に迫っている艦隊がグアム島の艦隊だと仮定すると、グアム沖で呉が相手取っているはずの艦隊が北上して来たということ。

 だとするなら……。

 

 「で、ですが、それはおかしくありませんか?もし敵艦隊が北上してきているのなら、呉の艦隊は一体何と戦っているのでありますか?」

 

 中佐の疑問はもっとも。

 事前偵察では、この7割増し程の戦力がグアム沖で確認されています。

 仮に、グアムの敵主力艦隊がほとんど北上して来ていたとしても……。

 

 「呉の哨戒網に引っかからずに、第一海軍区のそばまで接近できるとはとても思えない。だな」

 

 そう、1隻2隻ならともかく、空母や戦艦まで含んだ大艦隊を見過ごすなど、普通ならありえません。

 

 「哨戒に回す艦娘すら、攻略に回したのでしょうか?」

 「バカな。そうだとしたら慢心にもほどがあるぞ朝潮君」

 「ですが左近司中佐。そうでも考えないと、敵艦隊の北上に説明がつきません」

 

 朝潮の意見も、あり得ない話ではない。

 むしろ、その可能性が高い。

 此度の大規模作戦前に、呉提督は神経質とも言えるレベルで呉近海の掃討を行ったと、呉に所属している()()()から聞いています。

 つまり、近海の掃討作戦は後顧の憂いを断つためではなく、呉に所属している艦娘のほとんどをグアム攻略に投入するための前準備だった。

 いやいや、この想像が合っていたとしたら大失態どころか大間抜け。

 敵の主力を取り逃がすばかりか、近海を掃討したからと担当軍区の哨戒を疎かにして素通りさせ、手薄な横須賀まで敵の進行を許した事になるのですから。

 おっと、そうこうしている内に……。

 

 「鳳翔より入電。提督に繋いでくれとのことです」

 「わかった。繋いでくれ」

 『提督、ご報告が』

 「何があった」

 『新たな敵艦は発見できず。ですが、少々おかしなことが』

 「ふむ、新手がいないのは良い知らせだ。で、おかしなこととは?」

 『敵の旗艦と思われる『戦艦棲姫』が、単艦で不自然なほど艦隊から離れているのです。こちらの索敵機に気づいても、撃墜すらしません』

 

 確かに妙ですね。

 旗艦が鳳翔さんに不自然と言わせるほど艦隊から離れ、索敵機を撃墜もしない?どういうこと?

 

 「敵の連携はどうなっている?」

 『最低限の連携は取れているようですが、旗艦の指示で動いてるようには見えません。搦め手もなく、真正面から砲雷撃を繰り返すだけです』

 

 訳がわかりません。

 確かに、深海棲艦が基本的な陣形を取るだけで戦略、戦術の概念が稀薄なのは今や常識ですが、それでもこちらが展開しているのはたったの2艦隊。

 遅滞戦闘に努めさせてるとは言え、力押しで突破できない戦力差ではありません。

 嫌な予感がしますね。

 

 「鳳翔、味方艦隊の被害状況は?」

 『由良が小破、暁、雷が中破。他は小破にも届いていません』

 「わかった、交代の駆逐隊を送る。交代が到着しだい、由良旗艦の艦隊を補給に下がらせろ。敵旗艦からは目を離すな」

 『了解、通信終わり』

 

 ですが、敵が連携していないのなら、変わらず救援到着まで持ちこたえるのみ。

 と言うか、現状ではそれしかできません。

 

 「左近司中佐、『奇兵隊』は?」

 「鎮守府、及び首都圏沿岸部にて、迎撃態勢で待機しております」

 「士気は?」

 「上々……いえ、最高潮………。申し訳ありません。暴走寸前であります」

 

 ちなみに『奇兵隊』とは。

 鎮守府西側に広がる『倉庫街』の一角に陣取っている提督の私兵です。

 中佐の天井を仰いで呆れる様を見るに、言葉通り暴走寸前なのでしょう。

 普段は愉快なだけの人たちですが、見た目どおり血の気が多そうな人たちですから、当然と言えば当然ですね。

 

 「秋津洲は?」

 「他のメンツと同様であります。出しますか?」

 「……少し待て」

 

 飛行艇母艦 秋津洲。

 海軍所属の艦娘でありながら、扱いは奇兵隊と同じという変わり種。

 元々、奇兵隊の一員だったという話も聞いたことがありますが……。

 

 「よし、ならば大潮、荒潮、第九駆逐隊で艦隊を組んで、由良艦隊と交代させろ。秋津洲も出せ」

 「了解しました」

 「朝潮、由良艦隊の入渠と補給の準備を」

 「了解しました」

 

 現状で打てる手は打った。と、言った感じですね。

 あとは、みんなが持ちこたえてくれるのを祈るだけ……。

 いつもの事ながら、この時間が一番辛いです。

 命令を下した後は祈ることしかできない。

 少女たちを戦場に送り出し、無事に帰ってくるのを祈るだけ……。

 直接命令していない私がそうなのですから、提督は私なんかより余程辛いはずです。

 

 「やはり私は、提督にはむいていないな」

 

 誰ともなく言った提督の独り言が、私の耳に微かに届きました。

 たしか、提督は元陸軍の軍人で、妖精が見える事が発覚して海軍元帥から乞われる形で陸軍から移籍したんでしたか。

 それ以前は……本当かどうかは知りませんが、上陸した深海棲艦を相手に切った張ったの大立ち回りをしてたとか。

 

 「失礼します!入室を許可願います」

 

 おっと、提督を観察している間に朝潮が戻ってきましたね。

 

 「許可する。入りなさい」

 「はっ、入室いたします」

 「由良達の状態は?」

 「暁が大破寸前でしたが、3名とも命に別状はありません。ただ、由良はともかく、暁、雷両名の再出撃は難しいかと」

 「ふむ、救援の方はどうなっている?」

 

 提督が朝潮から私の方へ視線を移すのを待っていたかのように、その件の連絡が私の耳に飛び込んで来ました。

 

 「現在、呉から海路で1艦隊、舞鶴から空路で2艦隊。さらに佐世保と大湊からも、こちらに二艦隊が海路で急行してるとの連絡が入りました」

 

 呉、佐世保、大湊は論外。

 恐らく、到着までこちらが保ちません。

 舞鶴艦隊が到着まで1~2時間と言ったところですね。それくらいの時間ならまあ……なんとかと言ったところでしょうか。

 ですが、向かって来てくれているのなら希望はある。

 敵の旗艦が指揮を放棄している現状なら、遅滞戦闘を徹底させれば救援が来るまでは保つ。

 あら?これは鳳翔さんからの……。

 

 「鳳翔から緊急入電!」

 

 さっきまで淡々とした口調を心掛けていたのに、鳳翔さんからの報告を聴いてそれどころではなくなりました。

 

 「なんだ?」

 「離れていた敵旗艦が戦闘海域を迂回。こちらに向かっています、と!」

 

 先ほどの希望が一瞬で打ち砕かれました。

 敵旗艦が戦闘海域を迂回?自分の艦隊を放棄して?

 でもどうして……。

 単艦で鎮守府を叩く気?このタイミングで?

 私からの報告を聞いても、提督は相変わらず無表情なままですが……。

 

 「このタイミングだからか。してやられた」

 

 提督がおっしゃるには、おそらく艦隊を交代させた事でこちらの戦力の上限に察しがつき、交代はあってもこれ以上の戦力追加はないと見込んでの突撃だろう。とのことです。

 しかし何故?

 確かに鬼級や姫級は人語を介す。

 ですがそれでも、戦略、戦術の概念的を理解している深海棲艦は確認されていません。

 

 「まさか、『奴』の息がかかった艦隊だったのか?」

 「敵旗艦、さらに接近!鎮守府まで20海里を切りました!」

 

 提督の独り言が気にはなりましたが、哨戒用ブイが敵の接近を報せて来たので報告を優先しました。

 これはマズいですね。

 敵旗艦を迎撃できる戦力は……。

 

 「左近司中佐、由良艦隊の補給と修理は?」

 「さきほど作業にかかったばかりです!間に合いません!」

 

 やはりないですか。

 戦艦、しかも姫級の相手ができる戦力など他には……。

 あるとするなら、即時出撃可能な朝潮だけ。

 入渠中の満潮に高速修復材(バケツ)を使うという手も……。

 ん?入り口付近で待機いていた朝潮が提督に歩み寄っています。まさか、朝潮は……。

 

 「司令官。現在、出撃できる艦娘は私だけです」

 

 やはり。

 彼女は出撃する気です。

 駆逐艦一人で姫級の戦艦に挑むなど自殺と同義なのに、あの子は構わず出撃しようとしています。

 

 「司令官、ご命令を!」

 「何を言ってるんだ朝潮君!いくら君でも、駆逐艦一人で戦艦の相手ができるわけがないだろう!」

 

 中佐の言うとおりです。さすがに無理。

 いくらあなたが並の駆逐艦より強いと言っても、あくまで常識の範囲内。『彼女』ならともかく、あなたでは……。

 

 「ですが、現状で打てる手段が他にありません!司令官!ご決断を!!」

 「朝潮君、君は来月には退役の予定だろ?それに退役後は提督と……」

 「左近司中佐、それは今関係ありません。どのみち敵戦艦に攻撃されれば、退役どころではなくなります!」

 「それは、そうなのだが……」

 「時間がありません司令官!私に出撃させてください!」

 

 ああ、あなたはいつもそうね。

 いつも提督の目をまっすぐ見つめ、提督の命令を待つ。

 私は、あなたほど提督に忠実な艦娘を知らない。

 あなた以上に、提督を守ろうとする艦娘を知らない。

 そんなあなたは、もう行くと決めてしまっているのね。

 例え提督が命令を出さずとも、たとえ待機を命じようとも、あなたはきっと行ってしまうのでしょうね。

 この鎮守府を、いや、提督を守るために。

 

 「わかった。駆逐艦朝潮に、敵旗艦の迎撃を命じる」

 「了解しました!駆逐艦朝潮、出撃いたします!」

 

 時間にして数分。

 感情を感じさせない瞳で朝潮を見つめていた提督は、冷たいとさえ感じられるほど抑揚のない声で出撃を命じました。

 そんな提督に、朝潮は見事な最敬礼で応え、瞳には一片の迷いもありません。

 

 「それでは司令官、私は『いきます』」 

 

 朝潮は『いってきます』ではなく『いきます』と言って微笑み、艦隊司令部を出ていきました。

 そんな朝潮を、無感情に見つめる提督に少し怒りが湧いてきました。

 この人は表情と同じように、何も感じていないの?何も想うところがないの?

 

 「本当に、よろしかったのですか?」

 「他に手はない」

 「ですが……!」

 

 いや、何も想ってないわけじゃない。

 提督は必死で無感情を装っていただけ。

 きっと朝潮が求める、理想の提督を演じていただけなんでしょう。

 それは、尚も食い下がろうとする中佐を宥めるように挙げた右手の白手袋が、赤く染まっていることでわかりました。

 そして提督は……。

 

 「私は彼女に、死ねと命じた」

 

 と、誰に言うでもなく、虚空を見上げて呟きました。

 

 

 

 

 

 

 

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