艦隊これくしょん ~愛を込めて、花束を~   作:哀餓え男

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いよいよ出撃。
今回は提督さんの演説回です( ・ω・)


第百七話 私の朝潮

 

 

 

 横須賀鎮守府の沖合、約2kmの地点に停泊させたワダツミの後部出撃ドック内に、後部ハッチを背にするようにして艦娘が各艦隊に別れて整列し、その後ろに奇兵隊と海兵隊の人たちが並んでいます。

 その人たちの視線を一身に受けるのは、艦娘達の3メートルほど上方、スロープ状になっている後部カタパルトの最上段に立った司令官。

 その三歩ほど後ろで、横一列に並ぶ私と各提督補佐の方々はオマケのようなものですね。

 みんな、出撃前の演説が司令官の口から発せられるのを、固唾を呑んで待っています。

 

 「本日、我々は敵、中枢棲姫を打倒するためハワイ諸島へ向け出撃する」

 

 司令官が眼下に居並ぶ一同を見渡しながら、ゆっくりと語り始めました。

 緊張しているのでしょうか。

 後ろで組んでいる手に、力が入っている気がします。

 

 「敵は強大だ。ここに居る多くの者が命を落とすだろう。だが、我々は成し遂げねばならない。国を、多くの国民の命を守るために、君たちはその命を散らすのだ。国のために戦う。国のために死ぬ。それが、君たちに与えられた使命だ」

 『はい!』

 

 みんな返事はしたものの、場が少し騒めいています。

 ある者は動揺し、ある者は逆に闘志を燃やしています。

 場を静めるべきでしょうか。

 司令官は気にしていないようですが、まだ演説は終わっていませんよね?

 

 「と、ここまでが()()()()()、私が最低限言わなければならない事だ」

 

 そう言うなり、司令官が視線で左門提督に合図を送りました。

 

 「総員!回れ!右ぃ!」

 

 左門提督の号令で、全員が後ろを向きました。

 ですが、みんな意味がわかっていないらしく、周りをチラチラ窺ってる人が何人かいます。

 まあ現時点では、目の前には壁しかないのですから仕方ありません。

 ですが、ガ…コン……と言う鈍い音とともに、後部ハッチが開いて横須賀鎮守府……いえ、鎮守府だけじゃありません。少し沖に出たこの位置からは横須賀の海岸沿いが一望できますし、遠目にですが、見送りの艦娘や一般職員の方々が手を振ってるのも見えます。

 それらを目視したであろう艦娘から順に、口を閉ざしました。

 

 「君たちに、最後のチャンスを与える。死にたくない者は今すぐワダツミを降りろ。なぁに、心配しなくていい。敵前逃亡とは見なさない。責任も一切負わさないから遠慮はするな」

 

 奇兵隊の方々は動揺すらしていませんが、海兵隊や艦娘達は目に見えて狼狽えています。

 まあ、それはそうですよね。

 いくら責任を負わされないと言われても、ワダツミから降りるという事は逃げる事。

 しかも、寝食を共にした仲間を置いて……。

 そして数十秒の沈黙のあと、誰かが「バカにするな」と言いました。

 それに釣られたのか、別の誰かが「ここで逃げるなら死んだ方がマシ」だと言いました。

 その声は徐々に艦内に広がり、僅かに残っていた死への恐怖を塗りつぶしたように感じます。

 降りようとする人は、皆無のようです。

 

 「誰も、降りなくていいんだな?」

 『はい!』

 「わかった。ならばここからは提督としてではなく、()個人の言葉で君たちに話そう。そのままで聞いてくれ」

 

 艦娘達は、一瞬司令官を振り返ろうとしましたが、再び横須賀の方へと向き直りました。

 これから司令官が紡ぐのは、きっと命令じゃあありません。司令官個人の頼みであり、願い。

 そして、司令官本人の決意です。

 

 「君たち、大半の者の目的は深海棲艦への復讐だろう?

 俺もそうだ。

 俺は9年前に妻子を殺され、それからも大勢の部下をバケモノ共に殺された。

 瓦礫の中から妻子を引っ張り出し、原型を留めていない亡骸を目にして、それまで経験したことがないほど絶望した。

 だが不思議と、俺は深海棲艦を憎いと思わなかった。

 俺が憎んだのは俺自身だ。

 何故、俺はそばにいなかった。何故、俺は何もしなかった。と、自分自身が憎くてたまらなかった。自殺しようとも思った。腹でも切れば、妻子と同じ痛みや苦しみを、少しでも味わえると思った。

 だが、俺はそうしなかった。

 そんな楽過ぎる方法で復讐を遂げるなど、俺にはできなかった。

 それから、復讐のためになんでもした。

 泥水も啜った。木の根もゴボウと思い込んで食った。弾がなければ竹槍を担いで突撃し、机上でしか戦場を語れないバカな上官共に土下座もした。

 それでも、俺の復讐はまだ終わっていない。

 どれだけ奴らを沈めれば気が済むのか、自分でもわからない。

 何が提督だ。何が周防の狂人だ。俺はただの復讐鬼だ!

 国の命運など知った事か!

 民間人がどれだけ死のうが構わん!

 俺は復讐がしたいだけだ!

 俺から大切な者たちを奪っていった、あのバケモノ共に復讐が出来るなら、非情だろうと非道だろうと構うものか!出来ることは何でもやってやる!

 そう思って、戦い続けてきた」

 

 由良さんが止めようかどうか迷っていますが、それを左門提督が目で制しています。

 辰見さんの方も似たようなものですが……。

 あちらは、司令官の怒号に怯え始めた叢雲さんを辰見さんが慰めています。

 下に居る艦娘達も、表情は見えませんが司令官の嘘偽りない狂気を背中に感じて、身をすくめている人が居ますね。

 ここまで感情的になっている司令官を見るのは初めてですが、私にはまるで、司令官が泣き叫んでいるように見えます。

 今まで我慢していた苦しみや悲しみの一部を、解き放っているように見えるのです。

 

 「ふぅ……」

 

 司令官が言葉を区切り、自分を落ち着かせるために深く息を吐きだしました。

 ある者は司令官に共感して己を鼓舞し、またある者は、復讐心に身を任せるとはどういう事かを実感したのでしょう。

 死を望む者と、生きて帰る事を望む者、そのどちらもが、司令官の次の言葉を待っているようです。

 

 「この中にも、俺と同じような考えの者もいるだろう。何がなんでも生きて帰りたいと思う者もいるだろう。

 復讐のために、その命を散らす者を俺は止めない。

 守りたい者のために、その命を燃やし尽くす者を止めはしない。

 どんなに惨めな事をしても生き残ろうとする者を、俺はけっして蔑まない。

 だから、これから俺が言う事をけして忘れるな。

 今、君たちの目の前に広がる光景は、俺たちが守るべき国である前に、俺たちの戻るべき場所であり故郷だ。家だ。そして、俺たちが骨を埋める場所だ。

 死んでもいい。

 だが、()()()()ここに戻って来い!

 ここが俺たちが終わる場所だ!

 ここが俺たちが生きていく場所だ!

 生きていようが死んでいようが、ここが俺たちの帰るべき場所だ!

 それを忘れるな!」

 『はい!』

 

 艦娘たちの返事を聞いた司令官が再び左門提督に目配せをすると、後部ハッチがゆっくりと上がり始めました。

 横須賀鎮守府が徐々に見えなくなっていく。

 私たちが帰る場所とは、これでしばしのお別れ。次にあの光景を見るのは、ここに帰って来てからです。

 

 「総員!回れ!右ぃ!」

 

 少佐さんの号令で、ザッ!ザッ!ザッ!という音と共に再び全員が司令官に向き直りました。

 ここから見えるみんなの目に、もう迷いは感じられません。

 それぞれがそれぞれの覚悟を決めて、司令官を見上げ、司令官も一人一人の覚悟を確認するかのように見渡しています。

 死ぬ覚悟を決めた者。

 必ず生きて帰ると決意をした者。

 その想いは三者三様、十人十色ですが、みんなは同じ想いを胸に抱きました。

 必ずここに、戻ってくると。

 

 「全員、覚悟は決まったな?」

 『はい!』

 「よろしい!ならば合戦用意だ!己が磨いて来た牙を解き放て!敵はハワイ島に巣食う中枢棲姫!これより我らは、この戦争最大規模の殴り込みをかけるべく出撃する!」

 『はい!』

 「大本営の定めた勝利条件は中枢棲姫の撃破のみ!

 だが、俺はそんな簡単な条件じゃあ満足しない。

 俺はここに居る全員を連れ帰る!生きていようが死んでいようがだ!

 だから、君たちも仲間は意地でも連れ帰れ!

 動けない者は引きずって、動ける者は這ってでも戻って来い!

 皆で勝利の雄叫びを上げながら、中枢棲姫の首を引っ下げて鎮守府に凱旋だ!」

 『はい!』

 「敵中枢殴り込み艦隊、総旗艦ワダツミ抜錨!暁の水平線に、勝利を刻みに行くぞ!」

 『オオオオオオオオオオオオオォォォ!!』

 

 司令官が飛ばした檄に応えたみんなの歓声が、艦内を震わせるほど響き渡りました。

 本来なら耳を塞ぎたくなるほどの音量なのに、不思議と耳を塞ぎたくなりません。

 それはきっと、私も一緒に叫んでいたからでしょう。

 

 「お疲れ様です。司令官」

 「やはり、こういうのは慣れないな。変じゃなかったか?」

 「いえ、とてもカッコ良かったです」

 

 正直、惚れなおしました。抱き着きたい衝動を抑えるのに必死でしたし、今も必死に堪えています。

 

 「朝潮にそう言われると自信がつくな。最後の方は勢いだけで喋っていたんだが……。そのせいで、艦隊名を間違ってしまった」

 「それでいいと思いますよ?殴り込み艦隊の方が、私は好みです」

 

 いっそ、正式にそっちに変えちゃえばいいんじゃないかと思うほどです。

 ただ、勢いとはいえ奥さんと娘さんの事を口にしたのが意外でした。

 司令官が元妻帯者だった事が皆に知れてしまったのが、少しだけ残念です。

 だって、私と司令官の秘め事が一つ減ってしまったんですから。

 

 「左近司。私と朝潮はブリッジに行く。後は任せるぞ」

 「はっ!了解であります」

 

 左門提督と由良さんに敬礼で見送られて、私と司令官は艦橋への直通エレベーターに向かいました。

 あ、そう言えばお二人の左手の薬指に、指輪がはめられていたような気がします。いつの間にそのような仲になったのでしょう。

 

 「辰見、鎮守府近海を抜けるまでの護衛を指揮しろ。近海を抜けたら、鎮守府に戻していい」

 「了解。なんなら、私も護衛に出ましょうか?提督の演説聞いてたら滾っちゃって」

 「お前が出ると叢雲が寂しがる。大人しく、指揮だけしていろ」

 「りょ~かい。じゃあ行こっか叢雲」

 

 叢雲さんは「別に寂しくなんかないから!」とか言ってますが、辰見さんの手を握ったままついて行きました。

 その様子を、雪代所長……じゃない。雪代中佐が微笑ましそうに見送っています。

 

 「雪代君は、夜に備えて仮眠をしておいてくれ」

 「了解しました。交代は予定どおり、21:00(ふたひとまるまる)でよろしいですか?」

 「ああ、それでいい」

 

 短いやり取りを終えて、雪代中佐は艦内へと消えて行きました。

 これで邪魔者……もとい。

 他の人は全て自分の持ち場に就いたので、この場にいるのは私と司令官だけです。

 

 「では、私たちも行こうか」

 「はい、何処までもお供致します」

 

 そして私は、司令官が差し出す右手を取って、後部ドックを後にしました。

 艦橋で発進の命令を出せば、本当にもう戻れません。

 艦橋への直通エレベーターまでの廊下が、まるで処刑台へと続く十三階段のように感じます。

 

 「震えて、いますね」

 「ああ、情けないことにな。恐ろしくて仕方ないんだ」

 

 繋いだ手を通して、司令官の感情が流れ込んでくる気がします。

 自分が死ぬ事が恐ろしいんじゃない。

 自分の命令で部下を死なせてしまう事が恐ろしいわけでもない。

 司令官は歯痒いんです。

 自分は死など恐れたりしないのに。

 自分なら、他の者たちを使わんなくても敵を殲滅することができるのに、司令官はその力を振るうことができない。

 それが歯痒くて、苛立たしくて、やるせないんです。

 

 「安心してください司令官。少なくとも、私は死にません。私が死ぬ時は、あなたが死んだその後です」

 

 それまで、傍に居続けます。

 それまで、あなたを支え続けます。

 あなたが満足して、未練なく死ねるその時まで、私が守り続けます。

 

 「こんな情けない男で、本当にいいのか?」

 「司令官が情けない?だとしたら、日本には誇らしい男性が居ない事になってしまうではないですか」 

 「はははは、随分と買い被られたものだ。だが……ありがとう、朝潮」

 

 買い被ってなどいません。

 あなたは私の、自慢のご主人様です。

 私はあなた以外に仕えない。私を使えるのはあなただけ。

 私はあなたのために、朝潮になったのですから。

 

 「礼には及びません。私は、あなただけの朝潮なんですから」

 「ああ、これからもよろしく頼むよ。私の朝潮」

 

 前言を撤回しなければなりませんね。

 この道は十三階段なんかじゃありません。たった今、そうじゃなくなりました。

 この道は、私と司令官が初めて一緒に歩く道。

 ここが私と、司令官のヴァージンロードです。

 

 正化29年12月26日。

 私たちは決戦の地へ向け、船を漕ぎ出しました。

 敗北の可能性など微塵も考えず、ただ未来()だけを見つめて。

投稿時間は何時くらいが良いですか?

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