艦隊これくしょん ~愛を込めて、花束を~   作:哀餓え男

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第百十二話 三年越しのおかえり

 

 

ーーーーAM 06:00

 

 

 夜が明ける。

 もうすぐ、オレンジ色に染まり始めた水平線から朝日が顔を覗かせる。

 そうすれば、米軍による攻撃が開始されます。

 それと同時に、こちらも行動開始です。

 不気味なほど敵の索敵機や哨戒する艦隊に出遭わないのが気になりますが、気にしすぎても詮無いだけなので、ただ幸運だったと思うことにしましょう。

 そして感謝しましょう。

 ミッドウェー、ジョンスン両島の中間、20海里の位置まで、一切捕捉されなかったのですから。

 

 「緊張してんのかい?」

 

 艦長席に座る沖田艦長が帽子の鍔をクイッと上げながら、隣の席に座る提督に問いました。

 まあ、いくら提督でも緊張くらいするでしょう。

 なにせ今回の作戦は数年がかりで準備し、装備と人員を整え、万全を期して挑める贅沢な作戦です。

 おそらく提督は、贅沢すぎて逆に不安になってるんだと思います。

 そして、わずかな可能性すら潰したつもりでも、安心など片時も出来ない。と、気を引き締めているでしょう。

 それでも、沖田艦長はああ言いましたが、提督の顔に浮かぶ緊張は微々たるもの。

 本当に親しい者にしかわからないレベルです。

 

 「そう、見えますか?」

 「いんやぁ?ワシが知っとる太々しいお前ぇさんだよ。今のはまあ……社交辞令って奴だ」

 

 へぇ、沖田艦長が社交辞令とは驚きました。

 そういうのはしない人だと思っていたんですが、意外と社交性があるんですね。

 

 「雪代君。米軍の様子は?」

 「未だ、連絡はありません」

 

 会話を打ち切るためか、はたまた時間だからか、提督から見て左前方の通信席に座る私にわかりきった質問をしてきました。

 

 「機関出力を上げとけよ。米軍の攻撃開始と同時に、こっちも動くからなぁ」

 

 提督の意を汲んだ艦長が、機関室と連絡を取り出力を上げさせました。

 作戦開始の予定時刻まで、あと10分足らず。

 米軍が先に仕掛け、東側に敵の目を向ける当初の予定が上手くいきそうなのは僥倖です。

 ですが妙です。

 作戦開始までに、こちらも捕捉くらいはされると思っていたのに、その様子が微塵もない。

 まさかとは思いますが、西はまったく警戒されていない?

 米軍は捕捉されるのを前提で、艦娘100名と輸送艦や護衛のイージス艦十数隻からなる大艦隊で動いていたから捕捉されて当然なのですが、そんな艦隊が正面から堂々と来れば、私なら背後や側面からの奇襲を警戒するんですが……。

 

 「敵さんは慢心してるのかねぇ。ハワイ島を攻めるのは、これが初なんだっけか?」

 「ええ、ですがハワイは太平洋側最大の棲地です。慢心して、警戒を怠っているとは考え辛いのですが……」

 

 もしかすると、西側は攻められないと、本当に慢心しているのでは?

 だって、今もワダツミは航行を続けています。

 速度は上げていないですが、そろそろ15海里を切ります。

 それなのに、敵索敵機が一機も見当たらない。

 護衛艦隊から潜水艦発見の報告もありません……っと、そうこうしている内に……。

 

 「米軍より入電。米艦隊、攻撃を開始しました」

 「艦長、10海里までワダツミを進めろ。同時に艦内、及び護衛艦隊へ、第二種戦闘配置から第一種戦闘配置への移行を通達。作戦開始だ」

 「おうよ!ワダツミ、最大戦速!かっ飛ばせ!」

 

 艦内に警報が鳴り響き、私は提督の命に従って、第一種戦闘配置への移行を告げる放送を流しました。

 あとは、カタパルトを展開して出撃命令を出すだけ。

 今頃 待機ルームでは艦娘達が出撃の合図を今か今かと手ぐすね引いて待っているでしょう。

 

 「ミッドウェー、ジョンスン両島の中間位置まで、およそ11海里です」

 「よぉっし!ワダツミ減速!15ノットまで速度を落とせ!」

 

 私の報告を聞いて艦長が指示を出すと、ワダツミがゆっくりと速度を落とし始めました。

 このままゆっくりと進みつつ、10海里に到達する前に艦娘を出撃させる。

 おっと、その前に……。

 

 「ワダツミ、鎮守府形態へトランスフォーム開始」

 

 提督が命じた鎮守府形態。

 これは、両舷の第一、第二カタパルトと、帰還用ドックを兼ねた船尾の第三カタパルト及び、通常形態では収納してある対空兵装を展開したワダツミの戦闘形態です。

 これだけだと、大して変形してないんじゃない?と、思うかもしれませんが、変形が完了するとかなり見た目の雰囲気が変わります。

 具体的に言うと、辰見さんの言葉を借りると、ラー・カイラムの出来損ないみたいなフォルムのワダツミがホワイトベースみたいになるんです。

 ただし、この形態になると速度が著しく下がり、最高でも20ノット程度しか出せなくなります。

 なのに何故、変形させるのかと言いますと……。

 

 「やっぱ、変形は(おとこ)浪漫(ろまん)だな」

 「艦長に同意します。明らかに無駄だとわかる変形でも、出来るならするのが漢です」

 

 だ、そうです。

 正直、女の私にはその気持ちが欠片も理解できませんが、税金を納めている身として税金を無駄使いするな、と思うくらいは許してください。

 は、冗談として、変形させる本当の理由は、通常時は船体の形の関係で狭い通路を通るしかなく、しかも数珠繋ぎ状態になっている医務室や工廠、及びカタパルトなどが、待機ルームを中心に配置が放射状になって行き来がしやすくなり、後部カタパルトが使用可能になるんです。

 だったら最初からそう作れ、と思わないではないですが、そこは大人の事情があるのでしょう。

 

 「左近司中佐。第一前衛艦隊、及び対潜部隊を指定のカタパルトから出撃させろ。鳳翔、後部カタパルトから、第一機動部隊を」

 「了解であります」

 「承知しました」

 

 変形が完了するなり、左近司中佐と鳳翔さんが通信を通して提督の命令を各艦隊旗艦に伝え始めました。

 それなのに、まだ敵艦載機が見えません。

 未だギミックが居座る両島は水平線の向こう側ですが、ここまで堂々と動いているのに敵の反応がないんです。

 まさか、本当の本当に、警戒すらしていない?

 

 「レーダーに反応は?」

 「ありません。敵からのレーダー波も皆無です」

 「おいおい、マジかよそりゃあ」

 

 艦長が驚くのも無理はありません。

 実際、見てる私自身も驚愕しています。

 だって、艦隊の第一陣が出撃してすでに30分。

 敵が哨戒していれば、とっくに捕捉されて良い頃合いなんです。

 それなのに、ここまで無警戒なのは異常。

 もし相手が人間なら、歴史に刻まれるレベルの無能指揮官でもない限り有り得ない事態です。

 

 「左近司。前衛艦隊から会敵の報告は?」

 「ありません。報告ではすでに5海里を切っているとの事ですが……」

 「鳳翔、機動部隊は何と言っている?」

 「現在、索敵機を両島上空に向かわせて……あ、少々お待ちください!」

 

 なんでしょう?

 鳳翔さんの顔が、驚愕しているように見えますが……。

 まさか、すでに我が方は包囲されている?

 無警戒を思わせての包囲殲滅が、敵の狙いだったとか?

 

 「ええ、それは本当なのね?……いえ、信じないわけではないの。ええ、念のために索敵範囲を広げて。うん……お願いね」

 「どうした?すでに包囲でもされていたか?」

 「いえ、それが……」

 

 鳳翔さんにしては、歯切れが悪いですね。

 彼女が動揺するほどの報告とは、いったいどういった内容なのでしょう。

 

 「信じられない事ですが、敵は艦隊を展開していませんでした。こちらの索敵機に気づいてようやく、展開を始めた様子です」

 「んなバカな!哨戒すらしてなかったってぇのか!?」

 

 開いた口が塞がらない。

 それは艦長だけでなく、私を含む第一艦橋にいる全ての者が同様です。

 

 「事実です。念のため索敵範囲を広げさせましたが、おそらく、報告の内容はさほど変わらないかと」

 

 敵は本当に慢心していた?

 いや、これはもう慢心と言っていいレベルじゃありません。ただの馬鹿です。

 両島は太平洋側最大の棲地、その城門とも呼べる場所ではなかったんですか?

 その棲地がここまで無防備だった事実は、この戦争が始まって以来の珍事です。

 

 「……左近司。第二前衛艦隊も出せ。鳳翔、第二機動部隊もだ。ただし、艦攻を優先装備に変更。第一機動部隊で制空権を確保しつつ、第二機動部隊で前衛艦隊を支援だ。出撃して来る敵を端から叩き潰せ。余裕があるなら、ハワイ島方面へ偵察機を飛ばさせろ」

 

 左近司中佐と鳳翔さんは提督の命令に即座に応えて、各々が受け持つ艦隊へと指示を飛ばし始めました。

 まあ、提督ならそうしますよね。

 敵が艦隊を出していないからと言って、遠慮してやる義理は無いのですから。

 しかし、未だに動揺が収まりません。

 深海棲艦が性能と数に頼った力押ししかしないのは今や周知の事実ですが、戦力の逐次投入に近いことまでするほど馬鹿だとは思っていませんでした。

 ですが、その馬鹿な行為が我が方にとっては好機。

 あちらはワダツミのような艦隊を即時に展開できるカタパルトがありませんから、序盤は展開しようとする端から潰す事も十分可能です。

 

 「辰見、予定変更だ。第一、第二水上打撃部隊を出せ。両島の姫級の艦種を確認後、牽制しつつ、雑魚を片付けさせろ」

 「了解、思ったより楽にいけそうですね」

 「油断するのはまだ早い。敵の総数は不明だからな」

 

 とは言ったものの、想定外ですが奇襲は完全に成功。ギミックさえなければ、そのままハワイへと侵攻できたな。と、言いたげな面持ちですね。

 まあ、そう言いたくなる気持ちはわかります。

 だって今の状況では、敵はまともに反撃できないどころか、艦隊を展開することも出来ないのですから。

 

 「第二機動部隊より入電。我、敵第一陣ノ掃討ニ成功セリ。です」

 「対潜部隊からも入電であります。潜水艦ノ影、未ダ無シ。指示ヲ乞ウ。で、あります」

 「対潜部隊にはそのまま警戒を続けさせろ。鳳翔、敵の索敵機はどうだ?」

 「上がってくるのは艦戦と艦攻ばかりのようです。ハワイ島まで飛ばした偵察機からの報告によりますと、島の南側まで敵影、及び敵航空機無し。本当に信じられません」

 

 まったくですね。

 しかも、一撃目で敵の第一陣を掃討?

 上手く行き過ぎて、逆に恐ろしくなるじゃないですか。

 さて、提督はどんな采配をなさるつもりでしょうか。

 南側に敵影はないと鳳翔は言っていたが、奇兵隊を出すなら今か?

 まったく予期していなかった状況で、攻撃を受けたらどうなる?

 我々は城門の正面から堂々と攻撃している。

 ならばまずは、城門前をどうにかしようとするはずだ。

 攻撃されて、慌てて艦隊を展開してるような奴が側面からの奇襲、ましてやハワイ島への侵入を警戒するだろうか。

 いや……、しない。

 と、考えているでしょう。

 

 「左近司、敵の抵抗は?」

 「艦載機の攻撃をすり抜けた敵が艦隊を組みなおして抵抗していますが、前衛艦隊だけでどうにかなっています。潜水艦の影は未だ無し」

 「ふむ、鳳翔。機動部隊の方は?」

 「制空権は確保。敵の目は一つ残さず潰すように指示しています。第二機動部隊も、前衛支援を継続中です。姫級、鬼級も確認されていますが、今のところ完全にこちらが有利です」

 「辰見、水上打撃部隊はどうだ?」

 「確認された両島に居座ってる姫級、ミッドウェー島の飛行場姫、ジョンスン島の北方棲姫共に、装甲が通常の個体より硬い以外は問題ありません。ただ、随伴艦隊の子達が暇を持て余しています。前衛艦隊の支援に向かわせますか?」

 

 はて?両島に居座る姫級の艦種を聴いた途端、鳳翔さんが神妙な顔になりましたが、何か思うところがあるのでしょうか。

 それとも単に、なぜこんな所に北方棲姫が?と、訝しんだだけ?

 

 「今は向かわせるな。この状況が続くようなら、随伴艦隊を前衛艦隊の交代に回す」

 「了解しました」

 

 これは困りましたね。

 順調すぎて、逆に計画が狂いそうです。まさかとは思いますが、東側もこのような感じなんじゃないでしょうね。

 

 「どうすんだい提督。奇兵隊に、首まで狙わせる必要はねぇんじゃねぇかい?」

 

 艦長の言う通り。

 このままなら、奇兵隊にはギミック破壊だけさせて真っ当に攻略した方が早い気がします。

 ですが、だからと言って油断して痛い目を見るのはご免だ。と、提督は考えているでしょう。

 

 「雪代中佐。米軍側の状況はわかるか?」

 「詳しい事はまだ。ただ、攻撃開始前に送られて来た情報によりますと、敵東側艦隊は米軍の二倍近く。こちらと違って、迎撃態勢も整えていたようです」

 

 私が伝えた報告が事実なら、敵は米軍の陽動に見事に引っかかった事になります。

 今時点では結果論にすぎませんが、敵は戦力を東側に集中し、西側からも攻められる可能性は、可能性レベルでしか考えていなかったのでしょう。

 ですが、米軍が二倍の戦力を相手にしているなら、万が一が起こり得ます。

 ならば提督は、米軍が負けた場合、三方から攻撃を受けることになる可能性を考慮し、作戦は予定通り行うはずです。

 

 「雪代中佐。神風に、予定通り出撃しろと伝えろ。長門と金剛、それと米軍にも通達。『島への一斉砲撃は予定通り』とな」

 「了解しました」

 

 提督の指示を、私は即座に指定された者へと伝えました。

 この調子なら、島への侵入はすんなりと行くでしょう。島内の敵の数が気がかりではありますが、今の状況なら東、もしくはこちら側へ戦力として投入している可能性が高い。

 提督が判断した通り、奇兵隊は予定通りの時刻に突入させるのが最善ですね。

 

 「鳳翔、ワダツミ後方に索敵機を飛ばす余裕はあるか?」

 「出撃中の機動部隊にはありませんが、私か海上で指揮中の龍驤なら可能です」

 「ならば、龍驤にやらせろ。窮奇を捕捉するまで、ワダツミ後方30海里の範囲を索敵だ」

 「承りました」

 

 さて、現状で打てる手段は全て打った。

 と、言ったところでしょうか。

 ですが、提督の表情が微塵も崩れていない。

 きっと、敵の数に底が見えないことと、物量戦に持ち込まれる可能性が不安なのでしょう。

 元帥閣下の考えも理解しないではないですが、やはりアレの護衛につけた呉艦隊が惜しまれます。

 

 

ーーーーAM 08:00

 

 

 「左近司、前衛艦隊の状況は?」

 「依然、有利に戦闘を続けておりますが、単純に数が厄介です。押されはしていませんが、押し込む事も出来ないと言った感じでしょうか」

 

 作戦開始から約二時間。

 戦線が膠着してきました。

 結界などと言う厄介な物さえ無ければ、奇襲が成功した時点で詰みだったのにと、どうしても考えてしまいます。

 

 「前衛艦隊に、余裕がある内に補給と休息をさせろ。辰見、随伴艦隊との交代は可能か?」

 「可能です。すり抜けて来た敵の数を考えても、主力艦隊だけでの牽制、及び迎撃も可能です」

 「わかった。第一、第二前衛艦隊を第一、第二随伴艦隊と交代させて、補給に下がらせろ」

 

 作戦開始から2時間も経てば、敵もさすがに態勢を整えますか。

 なんとも歯痒いですね。

 それでも艦隊をローテーションさせる余裕があるのは良い事ですが、どうにも踊らされてる感があります。

 有利な事が不安で仕方ない。

 物資も人員も、ギリギリ以下の作戦の方が落ち着くような気さえします。

 提督のコピーである私がそうなのですから、提督もきっと同じでしょう。

 

 「奇兵隊からの連絡は?」

 「ありません。今も無線封鎖を継続中の模様です」

 「お嬢たちは、そろそろ隊を分けてる頃だな。やっぱり心配かい?」

 「愚問ですよ艦長。アレでも、大切な娘です」

 「お前ぇさんが心配ねぇ……。しばらく見ねぇ間に、随分と人間らしくなったじゃねぇか。いや、戻ったと言った方が良いか?」

 

 そうでしょうか。

 私は鎮守府の提督になってからの彼しか知りませんが、その限りで言えば変わっていません。

 彼は、相変わらず人でなし。

 人の情すら利用し、己の目的のために邁進する復讐鬼のまま……。

 

 「それとも、好きな女でもできたか?」

 

 だと、艦長の問いに赤面する彼を見るまでは思っていました。

 

 

 

ーーーーAM:09:30

 

 

 

 「提督、第一機動部隊が補給を求めています。下がらせてよろしいですか?」

 

 第一陣が出撃して3時間ほどですか。

 確かに、補給が必要になる頃ですね。

 

 「わかった。左近司、前衛艦隊は出れるか?」

 「第一、第二共に出れます」

 「ならば、両前衛艦隊と両随伴艦隊を交代させろ。鳳翔、機動部隊の補給が済むまで龍驤に指揮権を委譲し、護衛艦隊が動ける範囲内から制空を支援しろ」

 「承知しました」

 「暴れすぎるなよ?あくまで、支援が君の役割だ」

 「わかっております。ですが、艦載機と間違えて敵艦を沈めてしまった時はご容赦を」

 

 間違える?

 間違えたふりをして、沈める気でしょう?

 だって、鳳翔さんの瞳は昔のようにギラついています。

 普段の彼女しか知らない子が見たら、きっと泣いてしまうでしょうね。

 

 「構わん、君の裁量で好きにして良い」

 「ありがとうございます。それでは、少々出かけて参ります」

 

 鉄火場の血生臭さなどとは縁が無いような丁寧なお辞儀をして、鳳翔さんはブリッジを出て行きました。

 ですが、その身に纏っていたのは私ですら寒気を感じるほどの殺意。

 その姿を久方ぶりに見て、『つるべ落とし』と呼ばれた日本最強の空母に食い散らかされる敵に、少し同情してしまいました。

 

 

ーーーーAM 10:30

 

 

 「対潜部隊に、まだ余裕はあるか?」

 「潜水艦の数が少ないので、弾薬は余裕があります。燃料も……あと1時間は楽に戦闘が継続できるほどあります」

 

 全艦隊による一斉砲撃開始は13:00(ひとさんまるまる)。それまでに、ローテーションを一巡させておきたいところですね。

 この際、こちらの状況を少しまとめておくとしますか。

 

 まず、ミッドウェー、ジョンスン及びハワイ島から出撃して来た敵の総数はおよそ100隻。

 内、約二割は第二機動部隊の初撃で撃破済み。

 第二機動部隊と鳳翔さんのおかげで、第一機動部隊を下がらせた今でも制空権は我が方にあります。

 

 第一、第二主力艦隊は飛行場姫と北方棲姫、及びその直衛の艦隊と交戦中。

 燃料、弾薬はまだ保つはずですが、早めに補給をさせたいところではあります。

 

 第一、第二前衛艦隊及び対潜部隊は、両主力艦隊のほぼ中間地点で、両島から出撃して来た艦隊と交戦中。第二機動部隊の支援はありますが、ほぼ拮抗状態。

 

 現在補給中の第一、第二随伴艦隊及び第一機動部隊は補給が済み次第、それぞれ第一、第二主力艦隊、第二機動部隊と交代させる予定になっています。

  

 これ以上、敵の増援がなければ問題ないですね。

 問題は背後、提督が虎の子の第八駆逐隊を宛てがう程の脅威である、窮奇による襲撃がいつ行われるかです。

 ん?この通信は……

 

 「龍驤より入電!ワダツミ後方、20海里付近にて敵艦隊を捕捉。こちらに向け、進攻中です!」

 「数は?」

 

 噂をすればこれですか。

 しかも艦隊規模。

 数によっては、ローテーションを崩してでも艦隊を増員する必要が出てきますが……。

 

 「戦艦水鬼・改1、重巡ネ級・改1、駆逐棲姫2のようです」

 「改だと?水鬼の間違いではないのか?」

 「間違いありません。隻腕の戦艦水鬼・改。との事です」 

 

 隻腕と言うことは、あの時朝潮を屠った窮奇でほぼ確定。

 タウイタウイの一件で、窮奇が戦艦水鬼になっていたという情報は予備知識として得ていましたが、まさか改にまでなっていたとは驚きです。

 

 「左近司、艦隊を回す余裕は?」

 「残念ながら、補給が間に合いません。奇しくも、3年前と似たような状況であります。間に合ったとしても、背後に艦隊を回すと作戦が滞る可能性が出て来ます」

 

 やはり、迎撃に向かわせられるのは第八駆逐隊だけですか。

 まったく、相変わらず嫌なタイミングで襲撃してくる奴ですね。

 八駆を向かわせるにしても、数は同数でも性能に差が有り過ぎるのが大問題です。

 

 「雪代中佐、朝潮に繋いでくれるか?」

 「了解しました。お手元の受話器に繋ぎます」

 

 提督は私に言われるがまま、肘掛けに取り付けられた白い受話器を手に取り、耳に当てました。

 私が着けているヘッドフォンにも、朝潮を呼び出す電子音が響いています。

 このまま、朝潮が出てくれなければ良いのに……と、考えるのは、あの子に対する侮辱になるのでしょうか。

 ですが、朝潮が出てしまったら、私はまた……。

 

 『はい、朝潮です』

 

 3コール目で、朝潮は出ました。

 何の用件かわかっているようですね。

 何故なら声に、確信と決意がこもっています。

 

 「窮奇がネ級・改1隻、駆逐棲姫2隻を伴って背後から進攻中だ。窮奇自身も水鬼・改に強化されている」

 『……想定の範囲内です。問題ありません』

 

 へぇ、姫級を伴って来ることも、窮奇が強化されている事も想定していたんですか。

 まあ、想定したのは満潮でしょうが、養成所にいた頃のあの子からは想像できないくらい、凛々しく自信に満ちた声で提督に返しました。

 

 「補給が終わり次第、援護の艦隊を出すことも出来るが……。必要か?」

 『必要ありません。むしろ、邪魔です』

 

 ああ、なんという成長っぷりでしょう。

 今のは慢心からの自信じゃあない。

 涙を流しながら努力して、その努力が報われない度に泣いていたあの子が、自分と仲間たちなら勝てると信じてる。

 きっと、次はあのセリフを言うのでしょう?

 あなたが自分を鼓舞し、提督のために戦う決意を再確認する、あのセリフを。

 

 『司令官、ご命令を!』

 

 3年前、提督は彼女が死ぬ事をわかった上で出撃を命じた。

 彼女が生きて帰る事を諦めていたように、提督も彼女が生きて帰って来る事を諦めた。

 私は、そんな彼女によく似たあの子に同情して、限界まで養成所にいられるようにしました。

 あの子が朝潮になった日に、いつかこんな日が来るんじゃないかと思っていましたが、何故か私は安心しています。

 だってあの日みたいに、戻らない背中を見送るんじゃない。

 朝潮は必ず帰ってくる。

 窮奇を倒し、随伴艦も倒し、第八駆逐隊の4人で勝利を引っ提げて帰ってくるんですから。

 

 「第八駆逐隊に、窮奇艦隊迎撃を命ずる。行って来い!」

 『了解しました!いってきます!』

 

 いってきます。ですか……。

 あの日とは逆ですね。

 ですがその一言を聴いて、卑怯な手を使ってまで提督が私を呼び戻した理由がわかりました。

 おそらく提督は、あの子が帰ってくる時にブリッジを空けるつもりなんです。

 迎えに行くつもりなんです。

 その一時(ひととき)を作るためだけに、私は呼び戻されたんです。

 三年前に言うことができなかった、『三年越しのおかえり』を言うために。

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