艦隊これくしょん ~愛を込めて、花束を~   作:哀餓え男

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あうあうあうあう( ;∀;)


第百十七話 さよなら。神風

 

 

 

ーーーーPM 12:45

 

 

 一斉砲撃開始15分前。

 マウナケア山とマウナロア山の中間、島のほぼ中心に座する中枢棲姫は、真上に艦力の柱を放出している怪物のような艤装に身を預け、外の戦闘は自分とは関係ないと言った感じで北の空を見つめている。

 その周りには砲台小鬼が6に、PT小鬼が多数。さらに、リ級三隻。

 そいつらが中枢棲姫を中心に、輪形陣を形成してるわ。

 

 「ここまでは、予定通り」

 

 私たちは今、中枢棲姫を中心とした、半径200メートルの範囲を包囲しつつ、身を潜めて突撃の瞬間を待っている。

 軽く観察したところ、中枢棲姫自身に装甲は皆無。

 お父さんの予想通り、中枢棲姫が艦力を収束して結界を張ってたみたい。

 これなら、結界の起点となっている艤装はともかく、中枢棲姫自身は倒せそうに見える。

 ()()()だけなら。

 だけど不安が拭えない。

 いや、不安と言うより恐怖かしら。

 装甲を張ってない深海棲艦なんか通常兵器でも倒せるのに、アイツは倒せる気が全くしない。

 又左や他の隊員たちも、同じ事を感じているようね。

 怖い物知らずのコイツらが、冷や汗流して腰が引けてるわ。

 

 「でも、たぶん……」

 

 中枢棲姫を倒すことはできる。

 首を刎ねる事もできる。

 私達が不安に思っているのは、そんな物理的な事じゃない。

 アイツの存在が異常過ぎるのよ。

 文字通りこの世のモノとは思えない。

 アイツよりグロテスクな深海棲艦は山ほど見てきたけど、アイツほど気持ち悪いと思ったことは無い。

 怖いと思った事は無い。平伏したいと思った事は無い。逃げたいと思った事も無い。

 見ただけで、こんなに絶望させられたのは初めてだわ。

 

 「あ、あれ?」

 

 不安を少しでも紛らわそうと、未だ鞘内にある刀身に艦力を流してみたんだけど、違和感がある。

 艦力がスムーズに流れない。それどころか、出力も安定しない。

 まるで、艤装が怯えてるような気さえするわ。

 いや、少し違うわね。

 怯えてる事は怯えてるんだけど、少し違う気がする。

 どちらかと言うと……。

 

 「ねえ、不安を感じてる奴って、もしかして同調式を使ってる?」

 「ええ、そう言われてみれば、僕を含め同調式を使ってる奴ばかりですね」 

 

 やっぱり。

 艤装や内火艇ユニットに使われてる深海棲艦の核が、アイツに反応してるんだ。

 自分たちの母とも呼べる中枢棲姫を前にして歓喜し、そして畏怖してるのよ。

 例えるなら、子供が親に怒られるのを恐れるのと同じ。

 母親の前で萎縮してる。

 そして喜んでる。

 その感情が同調者にフィードバックされたせいで、私達は言いようのない不安に駆られてるんだわ。

 

 「予定を変更する。同調式の使用を禁止。装備者には今すぐ降ろさせて」

 「了解、他に変更は?」

 

 さすがは歴戦の奇兵隊員。

 説明無しでも、私の考えに気づいてくれた。

 手間が省けて助かるわ。

 

 「他は予定通りよ。又左たちは雑魚を処理して。無線封鎖の解除も予定通り、突撃と同時よ」

 「了解。取り巻きどもに邪魔はさせませんから、お嬢は中枢の首を取ることだけに注力してください」

 「ええ、又左も久々の実戦なんだから、思う存分チャンバラしてきなさい」

 

 これで、対策は一応取った。

 私もさっさと艤装を降ろさないと、一斉砲撃が始まっちゃうわ。

 

 「艤装無し……か。別の不安が出て来ちゃったわね」

 

 艤装を降ろした事で、さっきまでの不安はなりを潜めた。

 けど、艤装無しでバケモノに肉薄するなんて、さすがにやった事が無い。

 お父さんは、こんな気分で戦ってたのかな……。

 

 「今の私は、何なんだろう」

 

 艤装を降ろした私はただの女。

 ちょっとばかし剣の腕前に自信があるだけの、ただの小娘。

 艤装無しじゃあ、神風とは言えない。

 艤装無しじゃあ、駆逐艦にだって敵わない。

 そんな私が、中枢棲姫の首を獲る?

 深海棲艦が現れてから9年以上、誰も倒せなかった中枢棲姫の首を私が?

 悪い冗談だわ。

 お父さんがやった方が絶対に上手くいく。

 だって、お父さんは凄いんだから。

 今でも、私は覚えてる。

 私を殺そうと砲を向けた深海棲艦を、正面から一刀両断にしたお父さんの後ろ姿は、今でも目に焼き付いてる。

 だから私は、お父さんみたいになりたいって思った。

 お父さんみたいに、見知らぬ誰かを助けるヒーローになりたいって思った。

 だけど、私には力がなかった。

 力がないのは、艦娘になっても変わらなかった。

 私は非力な駆逐艦。

 しかも、最弱の駆逐艦。

 

 「だから、私は諦めた……」

 

 いつの頃からか、私は死なない事だけ考えるようになっていた。

 誰かを助ける?

 そんな事してる余裕なんてなかったもの。

 自分が死なないようにするだけで、私には精一杯だった。

 自分以外の誰かを守りたいなんて、強者だけに許された特権よ。と、自分に言い訳しながら、生きてきた。

 

 「その言い訳も、止め時かな」

 

 今から私が出るのは死出の旅。

 挑むのは絶望の具現。死、そのもの。

 刀を持つ手が震える。顔から血の気が引いていくのがわかる。今すぐ、背中を向けて逃げ出したくてしょうがない。

 だけど、逃げちゃダメ。

 アイツは艦娘じゃあまともに倒せない。倒そうとすれば、間違いなく甚大な被害が出る。

 ハッキリ言って、外の艦隊はただのオマケだわ。

 きっとアイツ一隻で、外の全深海棲艦に匹敵する。

 相手が馬鹿でも、予定通り慎重に事を進めたお父さんの判断は正しかったわ。

 正攻法に切り替えてたらきっと負けてた。

 全滅は免れても、撤退は必至だった。

 結果論ではあるけど、結界自体が罠なのよ。

 結界がある状態じゃあ攻撃は届かない。

 かと言って、ギミックである姫級を相手にした後じゃあ中枢棲姫を落とす程の戦力を保てない。

 だって、いくら補給と入渠が可能なワダツミと言っても限界があるもの。

 真っ当に攻略しようと思ったら、最低でも今の倍は戦力が必要だわ。

 ただ、想定外だったのは、アイツの前じゃ艤装がまともに使えない事。

 艤装なしで戦える艦娘は私だけ。

 そう、アイツを倒せる艦娘は、私しかいない。

 そうこうしている内に雲が出て来たのか、霞が掛かった北の空を未だに見上げ続けてるアイツを倒すのは私。

 その、我関せずと言ってるような顔のまま首を刎ねてやる!

 

 「お嬢、始まったようですよ」

 「ええ、見えてるわ」

 

 空に、次々と花が咲き始めた。

 炎の花びらと煙の葉。

 地獄の空は、こんな感じなのかしらと思わせる光景が、私の視界を埋め尽くした。

 

 「気分がいいわね」

 

 およそ9年前に、私の故郷を焼いた炎と同じ色の業火が、今は憎き相手の本拠地の空を焼いている。

 敵を直接、この炎で焼き尽くしてあげれないのが残念だわ。

 そうすれば、今よりもっと気分が良くなるのに。

 

 「さて、タイムスケジュール的にはそろそろ……」

 

 砲撃開始から約5分。

 今度は、南西の方から爆音が鳴り響いた。

 空を覆う砲撃の豪雨に比べたら、聞き逃してしまいそうなほど微かな音だけど私の耳は聞き逃さない。

 だって、これは愛の告白(ラブコール)だもの。

 角ちゃんから私への、一世一代の愛の告白。

 受け取ったわよ角ちゃん。

 だから、あとは私が中枢棲姫を討ち取れるよう祈ってて。

 

 「お嬢!」

 

 又左が催促してきた。

 わかってる。

 心配しなくても突撃するわ。

 中枢棲姫は今も変わらず上の空。取り巻きどもは、どうしていいのかわからず右往左往。

 ギミックの破壊は無理して行う必要なかったかもね。

 だって、アイツは今も北のお空に夢中だもの。

 でも、それで良い。そのまま、北の空を見上げてろ。

 そうしてる内に、その白くて憎らしい首を刈り取ってあげるわ。

 

 「第一分隊!突撃開始!同時に通信開け!伝令!トラ、トラ、トラァァァァ!!」

 

 私の合図とともに、又左を筆頭に第一分隊が一斉に斬りかかった。

 流石は又左ね。

 一気に敵陣深くまで潜り込んで、神速の抜刀でリ級を一隻屠ったと思ったら、振り抜いた慣性と太刀の重さすら利用した回転からの大上段で、さらに一隻撃破したわ。

 

 「さて、私も行きますか」

 

 私は左手に持った日本刀を腰の位置まで引き上げ、右手を柄に当てて突撃開始。

 艤装は降ろしてるから装甲は0。馬力も使えない。

 正真正銘、生身での突撃よ。

 でも大丈夫。

 私にはお父さん仕込みの技がある。

 私が、お父さんから一番最初に教えられたのは歩法だったわ。

 前に出ている足の膝の力を抜き、体が前に倒れる力を使って前足を滑らせるように前進させ、後ろ足は前足に沿う形でひきつける『滑り足』。これを左右交互に行う移動法。

 一瞬で凄い距離を移動する事は出来ないけど、膝の倒れる向きを変えれば横にも移動できるし、大きな筋肉運動が発生しないので動き出しが分かりにくく、構えた状態で行えば頭も上下しない。

 お父さんが初めてこれを見せてくれた時は心底驚いたっけ。だって姿勢はそのままに、まるで地面を滑るかのように移動するんだもの。

 しかも凄い速度で。

 驚いたと言うより……正直、気持ち悪かったわね。

 そして、次に教えられたのは抜刀術。居合術とも呼ばれるわね。

 刀を鞘に納めた状態で帯刀し、鞘から抜き放つ動作で一撃を加えるか相手の攻撃を受け流し、二の太刀で相手にとどめを刺す技術を中心に構成された武術。

 まあ簡単に言うと、敵が至近距離にいる時に、自分が刀を抜いてなかったらどうする?って感じで考えられた武術らしいわ。

 あ、ちなみに。

 抜刀術は速いと思われがちだけど、実際はそんな事はないの。異論は認めるけどね。

 普通は、『刀を抜く、構える、振りかぶる、斬る』という動作をするんだけど、抜刀術は『刀を抜きながら斬る』

 つまり、「構える」と「振りかぶる」という動作を端折ってるから、斬るまでのステップだけ見ると速く見えるの。

 実際、斬りかかる速度は普通に斬るより速いんだけど、肝心の剣速は振りかぶってからの方が速い上に威力も段違い。

 抜刀術のメリットは、ぶっちゃけ太刀筋が読みづらい事だけ。

 それだけなら普通に斬った方がいいじゃない?って、お父さんに言った事があるんだけど……。

 お父さんはなんて言ったと思う?「そっちの方がカッコええじゃろ?」ですって!

 ハッキリ言って呆れたわ。

 だって、実利より見た目を取るんだもん。

 まあ、気持ちはわかるわよ?

 カッコ悪いよりカッコ良い方がいいもんね。

 

 「ここまで接近して、ようやくか」

 

 私と中枢棲姫の距離はおよそ5m。

 突撃の合図から5~6分と言ったところかしら。

 そこまで接近してようやく、中枢棲姫が艤装ごと私に向き直ったわ。

 

 (ヤット、ココニ辿リ…ツイタノカ……)

 

 中枢棲姫が虚ろな目で私を捉えた次の瞬間、私の頭に聞き覚えのない声が聞こえて来た。

 これは、中枢棲姫の声?

 いいや、構うな!

 少しは情報が得られるかもしれないし、もしかしたら命乞いが聴けるかもしれないけど構わない!

 

 (ナンダ、紛イ物カ……)

 

 再び聞こえた声に構わず私は地面を踏み切り、中枢棲姫の首の高さまで跳躍。首を狙って真横に刀を抜き放った。

 うん、間違いなく抜き放った。

 だって、刀身は中枢棲姫の首を捉えているもの。

 なのに、刀が届かない。

 いや、時間が止まってる?

 私は宙に浮いたまま身動き一つとれない。眼球すら動かせない。きっと、息もしていない。

 認識できるのは、目の前の中枢棲姫だけ。

 かろうじて目の端に映る周りの景色が、真っ黒に塗り潰されているようにも見える。

 いや、それだけじゃない。

 それだけなら良かった。

 艤装を降ろす前まで感じてた不安がぶり返した。恐怖が蘇った。

 

 (ああぁ……ごめんなさいお母さん。これは違うの。お母さんを傷つけようとしたんじゃ……違う!こいつはお母さんなんかじゃない!)

 

 私の胸中を、私じゃない誰かの感情が支配していくのがわかる。必死に抑え付けてるけど、徐々に侵食されてるわ。 

 どうして?艤装は降ろしたのに、どうして影響を受けるの?

 

 (本物ヲ、連レテ来ナサイ)

 

 本物?本物って何?

 いや、それよりも今は、私を支配しようとしているこの感情をどうにかしなきゃ。

 じゃないと、そう時間を置かずに頭が乗っ取られそうだわ。

 

 (紛イ物ニ用ハナイ。失ロ) 

 

 私は相変わらず動けないのに、中枢棲姫の艤装が鎌首をもたげて、砲の狙いをつけようとしている。

 ヤバイ。このままじゃ死ぬ。

 死にたくないけど殺される。

 だけど、私の深海棲艦への憎しみと、艤装から流れて来る中枢棲姫への恐怖と平伏したいと言う思いがごちゃ混ぜになって頭が混乱して、解決策が見いだせない。

 考えが甘かった。

 艤装を降ろしても、艦娘として艤装と同調してる状態じゃあ、コイツの影響を受けてしまう。

 つまり、解体されて来るべきだった。

 そしたら、きっと今頃コイツの首を刎ねる事ができていた。

 ん?解体?

 そうよ、強制的に同調を切れば良いんだわ。

 そうすれば、艤装から流れ込んで来る感情も止まるはず。

 でも……大丈夫?

 出来る出来ないで言えば、私から艤装との同調を切るだけならたぶん出来る。

 だけど、ただでさえ私は艦娘歴が長いのに、それをやって大丈夫?

 軽巡以上なら影響は少ないだろうけど、正規の手順以外で解体を行ったら、どんな影響が出るかわからないのよ?

 9年分の成長が一気に来たら、私の体はどうなるんだろう。

 干からびちゃうのかな。

 それとも、破裂しちゃったりするのかしら。

 どちらにしても、体に良くないのは確かだわ。

 でも……。

 それでも、コイツを殺せるんなら、私の体がどうなろうと知った事じゃない。

 だから、私はイメージした。

 背中から、200メートル後方に置いて来た艤装と繋がる不可視のラインを頭に思い浮かべた。

 9年間共にあった駆逐艦神風の艤装。

 私を神風たらしめた、神風の艤装。

 同調を切ったら、きっともう神風に戻れない。

 そう思うと、少し寂しくなるわね。 

 だけど、コイツを倒すためには神風のままじゃ倒せない。

 神風を辞めないと倒せない。

 ならば、答えは決まっている。

 

 「さよなら。神風」

 

 背中の方で、張り詰めた糸を切る様な音が聞こえた気がした途端に、時間が再び動き始めた。

 音が戻り、硝煙の匂いが鼻孔を擽り、真っ黒に染まっていた景色が元に戻った。

 そして私は……。

 

 「その首……!貰ったぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 刀を一気に振り切った。

 肉と骨を切り裂く嫌な感触を、刀を通じて感じる。

 中枢棲姫の右横を通り抜ける私の左目が、斬られても虚ろな目のままの中枢棲姫の首を目の端に捉えた。

 

 「ぐっ、うぅぅ……」

 

 首に見惚れた訳じゃないのに、跳躍した勢いのまま右肩から地面に倒れ込んでしまった。

 着地がまともに出来なかったと言うよりは、体が言う事を聞いてくれなかった。

 

 「か、体……が……」

 

 体の節々が異常に痛む。

 呼吸もしづらい。

 手足が引っ張られてるような気がする。これはたぶん、成長が再開したんだわ。

 9年間止まっていた成長が、艤装との同調を切った途端に再開したんだ。

 

 「ふ…ぅ……ふ…ぅ…」

 

 なんとか息を整えようとするけど上手くいかない。

 苦しい。

 それと体に、何か生暖かいものが降り注いでる気がする。

 これはもしかして、中枢棲姫の血?

 なんとか眼球を動かして中枢棲姫を見上げると、首の切り口から鮮血が噴き出していた。

 

 「あ、蒼い……血だ」

 

 私たちの血とは違う色。

 深海棲艦の血を見るのは初めてじゃないけど、ここまで鮮やかな蒼は初めて見る。

 こうして見ると、現実味がなさ過ぎて綺麗に見えるわね。

 蒼い飛沫がキラキラ輝いて、中枢棲姫の人間離れした容姿も相まって美しいオブジェのように見えるわ。

 

 「お嬢、大丈夫ですか?」

 「だい、じょばない……」

 

 周囲を警戒しながら私に近づいて来た又左が、私の前に膝をついて聞いてきたけど見たらわかるでしょ?

 痛すぎて気絶も出来ないくらいよ。

 

 「任務完了です。首は、持って帰るんでしょう?」

 「ええ……」

 

 あんまりいい趣味とは言えないけど、大将首だからね。

 学者にも高く売れそうだし。

 

 「仕留め損ねた……敵は?」

 「全て仕留めましたからご心配なく」

 「わかった。じゃあ、後の指揮は任せるわ……」

 

 喋るのもしんどい私は、又左に指揮と私の運搬を任せて空を見上げてみた。

 結界が頂点から徐々に消えていってる。

 外の戦闘音も激しくなってるわね。

 きっと、私が中枢棲姫を討ち取ると信じて、私の合図で総攻撃を命じたんだわ。

 

 「あとちょっとですお嬢、揚陸艇が結界の端まで来ています!」

 

 ここは……ボルケーノビレッジ?

 もうそんなに戻って来たんだ。

 意識が朦朧としてたから、全然気づかなかったわ。

 又左が言った通り、上陸して来た黒砂海岸の沖に揚陸艇が見えてるわね。

 と、言うことはもうすぐ帰れる。

 お父さんが待つワダツミに、もうちょっとで帰れる。

 帰ったらいっぱい褒めてもらおう。

 頭も撫でてもらおう。

 だって、敵の大将を討ち取ったんだもの。それくらいして貰たって罰は当たらな……。

 

 「敵襲ぅぅぅぅ!」

 

 呑気に妄想を膨らませていた私の後方を警戒していた隊員の警告と同時に、砲撃音が響いた。

 砲弾は、私と私をおんぶした又左の後方、100メートル付近に着弾したわ。

 

 「いっ、たぁ……」

 

 爆風で吹き飛ばされ、地面に打ち付けられた私の目に映ったのは中枢棲姫の艤装だった。

 なんで?

 中枢棲姫は倒したわよ?

 なのになんで、中枢棲姫の艤装が動いてるのよ。

 

 「もしかしなくても、ヤバイわね」

 

 中枢棲姫が寄り添っていたバケモノの様な艤装が、鎌首を私に向けて口から伸びた砲を向けている。

 まさか、艤装の方が本体だったの?

 いや、そんなはずはない。

 だって、結界が消え続けてる。

 頭上から傘のように島を覆っていた結界は、もう半分近くまで減ってる。

 じゃあ、これは最後の抵抗?

 それとも、主人の敵討ち?

 どちらにしても、あの砲が火を噴いたら私は簡単に消し飛ばされちゃうわね。

 

 「く、クソ……動いてよ!」

 

 そんな状況なのに、体は相変わらず言う事を聞かない。第一分隊の隊員が応戦してるけど、全く足止めになってない。

 私を背負っていた又左は打ち所が悪かったのか、私の少し前で気絶してる。

 

 「い、嫌だ……」

 

 死にたくない。

 だって、倒したのよ?

 ちゃんと倒したのよ!?

 お父さんからの命令を完遂して、あとは帰るだけだったのよ!?

 

 

 「たす……たすけ……」

 

 助けて?

 私は誰に助けを求めてるの?

 他の隊員が艤装を攻撃してくれてるけど、止められそうもない。

 下手に私を助けようと近づいたら巻き込んじゃう。

 艤装は滅多斬りにされ、蜂の巣にされてもジワジワと私に近づいて来てる。

 まさか、至近距離から確実に殺す気?

 

 「そうだ……アイツは?」

 

 私を出迎えるはずの角ちゃんはどこ?

 まさか、ギミックと心中したんじゃないでしょうね?

 角ちゃんは私が好きなんでしょ?だったら、私を助けに来なきゃダメじゃない。

 私以外の女と心中なんて、許した覚えはないわよ!

 

 「何してんのよ……。早く助けに来てよ!」

 『了解したっす!』

 「え……?」

 

 今のって、角ちゃんの声?

 その声が無線を通して聞こえたと思ったら、50メートル先まで迫っていた艤装の頭部の右半分が吹き飛んだ。

 アレは、RPG?

 いや、手榴弾を投げつけたっぽいわね。

 でも……。

 

 「ど、どこから……」

 

 角ちゃんがいたのは、私から見て10時の方向の斜面。

 飛車丸が運転するカブの後ろに乗った角ちゃんが、狙撃銃を連射しながら山の斜面を駆け下りて来てるのが見えた。

 

 「お嬢、生きてるっすか?」

 「い、生きてるけど……」

 

 角ちゃんはカブから降りるなり、狙撃銃を投げ捨てて

私に駆け寄り、優しく抱き起こしてくれた。 

 服があちこち破けたり焦げたりしてる様子を見るに、だいぶ苦戦したみたいね。

 まあ、それはともかくとして……。

 

 「遅いじゃない!片膝突いて出迎えろって言ったでしょ!」

 「いやぁ~取り巻きどもの処理に思ったより時間かかっちゃって……。でも、結果オーライじゃないっすか」

 

 それで遅れたの?

 まあ、そのおかげで艤装の死角から攻撃できたんだろうけど……。

 でも、私にあんな情けない叫びを上げさせた罪は重いんだから!

 

 「相棒!まだ生きてんぞ!」

 「あぁん?」

 

 飛車丸の警告を聴いた角ちゃんは、艤装が動いてるのに気づくと私から離れた。

 戦うつもり?

 狙撃銃を投げ捨てたってことは、弾がもうないんでしょ?

 

 「お嬢、ちょっと待っててください。すぐ片づけるんで」

 

 角ちゃんは丸腰のまま、私と艤装の間に立ち塞がった。

 敵を前に悠然と立つその姿は、まるであの時のお父さんみたいだわ。

 悔しいけど、ちょっとカッコいいじゃない……。

 

 「せっかくの再会に水差しやがって。人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて三途の川っすよ?」

 

 角ちゃんはそう言うと、次の瞬間にはピーカブースタイルで艤装の懐に潜り込んでた。

 ああ、そういえば角ちゃんは、奇兵隊では珍しいお父さん並みのオールラウンダーだったわね。

 

 「10馬力……!ガゼルパンチ!」

 

 角ちゃんが振り上げた右拳が艤装の腹に埋まると、なぜか背中部分が盛大に吹き飛んだ。

 内火艇ユニットの馬力を利用してるとは言え、角ちゃんに左門兄みたいなことが出来るなんて今の今まで知らなかったわ。

 

 「さあ、帰るっすよ。お嬢」

 

 舞い落ちる肉片を背にして右手を差し出す角ちゃんと、あの日のお父さんが重なって見えた。

 なによ、角ちゃんの癖にカッコつけちゃって……。

 角ちゃんがお父さんの真似をするなんて10年早いわ。でも、今は……。

 

 「動けないから、抱っこして……」

 「抱っこ?こうっすか?」

 

 私がリクエストすると、角ちゃんは慣れた手つきで私をお姫様抱っこした。

 お姫様抱っこはこれで二度目ね。

 一度目は、お父さんと初めて会った時。

 二度目は今。相手は、モヒカン頭のチンピラ。

 カブ(白馬)に乗って颯爽と現れて私を助けた、モヒカン頭のチンピラ王子。

 

 「背、少し伸びたっすか?」

 「これからもっと伸びるわ。艦娘、辞めちゃったから……」

 

 変な気分ね。

 角ちゃんの体温が心地いい。

 硝煙混じりの匂いを嗅いでると、気分が落ち着く。

 他の奴らの目もあるのに、角ちゃんから離れたくないって思っちゃってる。

 きっと、急激に成長が再開して意識が朦朧としてるせいね。

 

 「それじゃあ、帰りましょうか。帰ってオヤジに挨拶しねぇと」

 「その前に脱毛でしょ?まさか、賭けを忘れてたんじゃないでしょうね」

 

 いや、間違いなく忘れてたわね。

 だって「あ……」って顔してるもの。

 私ってその辺はキッチリしてるから、確実に取り立てるわよ?

 

 「責任、取ってくださいよ?」

 「それ、私の台詞なんだけど?」

 

 そう、私の台詞よ。

 惚れさせたんだから、ちゃんと責任を……って、周りに集まって来た隊員たちがニヤニヤしながら角ちゃんを小突き始めたわ。

 そんな事してる暇があるなら、又左を助けてあげなさいよ。今も気絶したまんまよ?

 でもまあ……。

 

 「これで、本当に任務完了ね」

 

 誰にともなくそう呟きながら、浜に乗り上げた揚陸艇に乗り込んで西の戦域を見ると、ジョンスン島に砲撃と爆撃が降り注いでるのが微かに見えた。

 島の東西では今も戦闘は継続中のようね。

 だけど、大将首は獲ったんだから、後は消化試合をこなすだけ。

 お父さんなら問題ないわ。

 だって、お父さんは最後まで気を抜かないもの。

 ワダツミの後方だって大丈夫。

 そもそも、どれくらいの規模で襲って来たのか、本当に襲って来てるのかもわからないけど、あの子ならきっと大丈夫。

 あの子は私の弟子であり、お父さんの犬。

 お父さんのためなら、味方にも噛みつきかねない狂犬だもの。

 その朝潮が、お父さんの背後をむざむざと襲わせたりするはずがない。

 必ず窮奇を討ち果たすわ。

 心配することなんて何も無い。そう思ったら……。

 

 「はぁ、疲れ……た」

 

 私は微睡み始めた頭で、今日の戦果を頭に思い浮かべてみた。

 正化29年12月30日。

 午後3時過ぎ。

 駆逐艦 神風を隊長としたハワイ島潜入部隊は、中枢棲姫討伐に成功。後に、ワダツミに帰還。

 そして同時に、私の駆逐艦 神風としての艦生は、幕を下ろした。

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