艦隊これくしょん ~愛を込めて、花束を~   作:哀餓え男

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一部ラストです!

二部開始は……目標は夏!


第百二十五話 いつかまた、この場所で

 

 

 

 私は、あの日を忘れる事ができません。

 

 記憶にうっすらと残る、私の生まれ育った町が焼かれたあの日。

 あなたは特撮やアニメのヒーローのように、私の前に現れました。

 

 カーキ色の軍服に、肩に掛けた抜き身の日本刀。

 深海棲艦を前にして一歩も怯まないどころか笑っていたあなたを目にした私は、正義の味方は本当に居たんだと、幼心に思ってしまいました。

 

 あなたは今でも気づいてくれませんが、私はあの日、あなたに助けられた女の子なのです。

 私の目と心には、今でもあなたの後ろ姿がハッキリと刻み込まれています。

 強くて逞しい、鋼の精神を持った無敵のヒーロー。

 それが、あなたに抱いた第一印象でした。

 

 けど、実際のあなたは少し違っていました。

 強くて逞しいのは思った通りでしたが、あなたは心の弱い人でした。

 あなた大切な人を失い過ぎて、自分の本心がわからなくなってしまった悲しい人。

 

 そんなあなたと過ごすうちに、私はあなたのそばに居たいと思うようになりました。

 あなたの事を、支えたいと思いました。

 あなたの事を、守りたいと思いました。

 

 一年前の3月3日。

 桜の木の下で再会した時、私はそう思ってしまったんです。

 

 

ーーーーー 

 

 と、執務室で書類仕事をこなしながら、司令官の代わりに提督用の席に座る満潮さんに話して聞かせたんですけど……。

 

 「はいはい、ご馳走様」

 

 これですよ。

 左手をヒラヒラさせながら「もういいわ」と言わんばかりのジェスチャーを返してくれました。

 なんですか?その呆れたような態度は。

 満潮さんが、司令官との出会いを教えてくれって言うから話したのに、その態度はあんまりです。

 

 「馴れ初めを聞かせろとは言ったけど、ポエムを聞かせろとは言ってないわ。舌まで甘ったるくなってきたから、コーヒーでも淹れてくれない?」

 

 ポエムと言う程ではないと思うんですが……。

 まあ、休憩には少し早いですけどいいですよ。コーヒーを淹れてあげますよ。

 すっっっごく!苦くしてあげますから。

 

 「あ、そうだ。私、砂糖もミルクもいらないから」

 「んな!?」

 

 バカな!

 超甘党の満潮さんが、砂糖もミルクもいらないですって!?

 どうした事でしょう。まさか、病気ですか?

  

 「そんなに驚かなくてもいいじゃない。何か、問題でもあるの?」

 「それは……」

 

 大ありですよ。

 これでは、仕返しが出来ないじゃないですか。

 これは迂闊でしたね。

 まさか満潮さんが、苦い物を克服していたなんて思いもしませんでした。

 まさか、辛い物も平気になってるんじゃ……。

 

 「なによ、マヌケな顔しちゃって」

 「いえ、別に……」

 

 もしかして、私が知らない内に大人の階段を昇ったのでしょうか。もちろん、味覚的な意味で。

 よくよく考えると、満潮さんは司令官とよくお食事をしてるみたいですから、大人の味を覚えていても不思議じゃないですね。

 司令官と夜のデートかぁ……。

 羨ましいなぁ……。

 

 「あ、これは先生じゃないと無理だわ。そっちに置いといて」

 「はい……」

 

 そしてこれですよ。

 先月くらいから、満潮さんが司令官の事を先生と呼び始めました。

 まったく……羨まけしからんですよ!

 神風さんがお父さんって呼びだしたから、いつかは私が先生と呼んで差し上げようと思っていたのに先を越されました!

 司令官の下で提督業の勉強をしてるのはお聞きしましたけど、今まで通り司令官と呼べばいいじゃないですか。なのに、どうして先生なんです?

 師匠でもいいと思いますよ?

 ほら、満潮さんが好きなロボットアニメみたいに「流派!提督業は!」とか叫びながら人間離れした運動をしたあとに変なポーズを決めてれば良いと思います。

 

 「よし、先生じゃないと無理な書類以外は終わったわ。休憩にしましょ」

 

 そう言って、満潮さんはソファーに移動しました。

 司令官宛の書類、けっこうありますね。

 今日は残業になりそうです。

 ならば、お夜食を用意……できませんね。何せ私は、先代と一つになった今でも、21時には寝てしまいますから。

 

 「ねえ、先生は何時に帰ってくる予定なの?」

 「え~とたしか。17時までには戻ると聞いてます」

 

 だから、あと3時間は帰ってこないです。

 ちなみに、司令官は朝早くから神風さんと一緒に大本営にお出かけ中です。

 なんでも、神風さんの事で元帥さんに呼び出されたんだとか。

 

 「神風さんの件だっけ?あ、もう神風さんって呼べないんだった」

 「本人も、本名で呼ばれるのに慣れてませんから問題ありません。本名で呼んでも気づかないことの方が多いですし。はい、どうぞ」

 

 苦さを克服したと言っても、限界はあるでしょう?

 だから、かなり濃いめに淹れてやりました。

 フフフ、砂糖とミルクは出してあげませんよ?自分の分には、予め砂糖とミルクを入れてきましたから。

 

 「ありがと。そんなに酷いの?」

 「ええ、無視されてるって思ってしまうくらい、反応しません」

 

 面と向かって呼んでも、頭にクエスチョンマークが飛ぶくらいです。

 退院してすぐなんて「ねぇ、私の本名ってなんだっけ?」と、心底不思議そうな顔をして司令官に聞いてましたから。

 でもその癖、神風って呼ぶと怒って訂正させるんですから(たち)が悪いです。

 

 「あの人らしいっちゃあらしいけどね。あ、丁度良いわこれ」

 

 なん……だと!?

 司令官に淹れて差し上げる時の2倍(朝潮比)の苦さのはずなのに!

 ええい!満潮さんの舌はバケモノですか!

 私なんて、ちょっと味見しただけでギブアップだったんですよ!?

 

 「フ……まだまだね」

 

 しかも鼻で笑われたぁぁぁ!

 たぶん見透かされてます。

 私がコーヒーを濃くして仕返ししようとした事が見透かされてます!

 

 「ところであの人って、まだ先生と同じ部屋で生活してるんだって?」

 「はい。本人は出て行くつもりだったみたいなんですが……司令官が許さないんです」

 「はあ?なんでよ」

 「えっと、実はですね……」

 

 あれは、神風さんが退院する前日だったでしょうか。

 司令官と一緒に神風さんのお見舞いに行ったら、頭をボウズどころかスキンヘッドにしたモヒカンさんと神風さんが、キスしようとしている場面に遭遇したんです。

 ええ、その後が大変でした。

 狼狽える元モヒカンさんと神風さんを見て、激怒した司令官が元モヒカンさんを殴り飛ばしたり、「お父さんは許しませんよ!」と、涙を流しながら神風さんをお説教したりで病室は騒然としてましたね。

 

 そして元モヒカン……ハゲが立ち上がると、今度は「表に出ろ……俺より弱い奴に娘はやらん!」とか言いだして決闘を始めちゃいました。

 もちろん、結果は司令官の圧勝です。

 それからというもの、毎日のようにハゲが「娘さんを自分にください!」と、部屋を訪ねて来てるんですが、その度に殴り飛ばされてます。

 それはもう、見事な飛ばされっぷりですよ?

 私でさえ、ハゲに味方してあげたくなるくらいです。

 

 「あの2人ってそういう関係だったんだ……。意外だわ。でも、そんなに毎日殴られてたら、顔の形が変わっちゃうわよ?」

 「もう、手遅れです」

 

 すでに原型を留めていません。

 何かに例えるなら、ジャガイモが一番近いでしょうか。所々青アザにもなってますので、見ようによってはゾンビにも見えます。

 

 「うわぁ……神風さんは、何も言わないの?」

 「言いますよ?ハゲが殴り飛ばされた後は、司令官と2人で喧嘩してます」

 

 喧嘩してても、神風さんはどことなく嬉しそうですけどね。

 いくら司令官が反対してても、出て行こうと思えば出て行けるのにまったく出て行く気配がありませんし。

 

 「ハゲってアンタ……。もうちょっとマシな呼び方してあげなさいよ」

 「だって、あの人の名前を私は知りません」

 

 頭がツルツルな人を、他になんて呼べばいいのですか?

 ああ、そう言えば、冗談なのか本気なのかはわかりませんが、ハゲが「アレキサンダー先輩でいいっすよ!」と、言ってたような……。

 あの人って、外人さんなのでしょうか。

 でも神風さん……じゃなかった。

 桜子さんが、「どっちかって言うと海坊主でしょうが、サングラスかけてちょび髭生やしてろ!」って言ってましたね。

 よし、今度から、海坊主さんと呼んであげましょう。

 

 「そういえば、付き合いはけっこう長いはずなのに私も知らないや……。あ、名前と言えば、アンタの本名も聞いたことないわよね?なんて言う名前なの?」

 「教えてあげません」

 

 ふんだ。

 私と司令官の馴れ初めをポエム呼ばわりした事を、私は許していませんよ。

 土下座して、どうしてもって言うなら教えてあげてもいいです。

 

 「あっそ、ならいいわ」

 「え……」

 

 そんなにアッサリ引き下がるんですか?

 聞いてくださいよ。

 もう一押しで、私の本名が聞けるんですよ?

 知りたくないんですか?先代と同じ名前で字まで同じなんですよ?

 あ、コーヒーカップ片手にニヤニヤしてます。

 きっと、私が自分から折れて言うのを待ってるんです。

 

 「あ、あの……」

 「なに?言いたくなったの?」

 

 まずい。

 完全に満潮さんのペースです。

 このままでは負けてしまう。

 満潮さんの「さあ、言っていいわよ?聞いてあげるから」的な態度に屈してしまいます。

 何かいい手はないでしょうか。

 本名を教えるのは良いのですが、せめて一太刀。痛み分けにできるような手は……。

 

 「そ、そうだ!満潮さんの本名を教えてくれたら教えてあげます!」

 

 これです!

 お互いに本名を教え合うなら、引き分けと言い張れます!負けた気がしますが、引き分けって言い張ります!

 

 「え?やだ」

 

 おぉぉのぉぉれぇぇぇ!

 やだって何ですかやだって!

 私だけに本名を名乗らせて、自分は名乗らない気ですか?

 私だけに名乗らせようなんて卑怯です!

 

 「冗談よ。来月には教えてあげるから、それまで我慢しなさい」

 「来月?」

 

 べつに、今教えてもいいじゃないですか。

 どうして、来月まで待たなきゃいけないのですか?

 

 「私、来月で艦娘辞めるの。だから、その時に教えてあげる」

 「艦娘辞めちゃうんですか!?」

 

 そんな……。

 桜子さんだけでなく、満潮さんまで辞めちゃうだなんて……。

 まあ、桜子さんの場合は仕方なかった面もありますが、満潮さんはどうして?

 提督業を学ぶため?

 それなら、艦娘をやりながらでも学べるじゃないですか。

 

 「そうよ。私、提督になるから。艦娘と二足のワラジなんて無理だもん。それに、艦娘は辞めても鎮守府には残るんだから、お別れするわけじゃないわよ?」

 「それは、そうですけど……」

 

 満潮さんが居なくなっちゃうことに変わりありません。

 だって鎮守府に残ると言っても、満潮としての満潮さんは居なくなっちゃうじゃないですか。

 新しい満潮さんが、来ちゃうじゃないですか……。

 

 「新しい満潮が来たら、仲良くしてあげてね」

 「上手く、打ち解けられるでしょうか」

 

 満潮さんも、私が着任する前はこんな気分だったのでしょうか。

 知らない新しい姉妹艦。

 名前は同じでも、中身はまったくの別人。

 そんな見ず知らずの子と、打ち解けられる自信が私にはありません。

 どう接して良いのか、まるっきりわかりません。

 

 「私ね。アンタが着任する前日に、アンタの嚮導役を頼まれたんだけど、最初は断ろうとしたの」

 「どうして、ですか?」

 「今のアンタと同じよ。仲良くできる自信がなかったの」

 「じゃあ、どうして……」

 

 私の嚮導役を引き受けたんですか?

 あの頃の私は、浮くこともできない落ちこぼれでした。満潮さんにいっぱい迷惑かけましたし、いっぱい怒られました。

 私にとっては良い思い出ですが、満潮さんからすれば、厄介な役回りだったでしょうに……。

 

 「アンタに救って貰おうと思ったの。あの頃の私は、今より荒んでたから」

 

 「私は何もしてません。いつも救われてたのは、私の方です」

 

 満潮さんが厳しくしてくれたから、今の私があるんです。満潮さんが背中を押してくれたから、窮奇を倒せたんです。満潮さん居なければ、私はきっと駄目な私のままでした。

 そんな私が、満潮さんを救えただなんて思えません。

 

 「そんな事ないわ。私はアンタに救われた。大潮と荒潮もそう。アンタに自覚はないでしょうけど、アンタと過ごしてる内に、私たちは救われていったの。だって、放っておけない位バカなんだもん。アンタを見てたら、自分の悩みなんて忘れちゃったわ」

 「バ、バカは酷くないですか?」

 「そう?将来が心配になるレベルで酷いけど?」

 「そ、そんなにですか!?」

 

 また将来を心配されてしまいました。

 これで何度目でしたっけ?

 あんまり心配され過ぎると、自分が本当にバカなんじゃないかと思えてしまいます。

 

 「アンタは頭お花畑だから悩みなんてないだろうけど、新しい満潮はそうじゃないかも知れないわ。新しい環境に適応しようといっぱいいっぱいかもしないし、不安を感じてるかも知れない。そんな時に、助けてあげて。今度は姉として、朝潮型の長女としてね。無理に仲良くしようなんて思わなくてもいいの。アンタなら、自然と仲良くなれるわ。私と仲良くなれたみたいにね」

 「わかりました……」

 

 引き受けたものの、自信はありません。

 でも、仲良くしたいとは思っています。

 そうだ、満潮さんに貰ったモノをその子に返してあげよう、私が満潮さんからしてもらって嬉しかったことを、その子にしてあげよう。

 そのためにはまず、お姉ちゃんと呼んでもらうところからスタートですね。 

 あ、そう言えば、満潮さんと大潮さん、荒潮さんはほぼ同期でしたね。

 と、言うことは……。

 

 「まさか、大潮さんと荒潮さんまで辞めちゃうって事はないです……よね?」

 「あの2人は、もうしばらく続けると思うわ。まあそれでも、アンタの任期が終わるまで続けるかはわかんないけど」

 

 そう……ですよね。

 満潮さんと同じくらい、大潮さんと荒潮さんも艦娘歴が長いのですから、私が艦娘を辞めるまで居てくれるとは限らないですよね。

 でも、よかったです。

 急に1人にされたらどうしようかと思いましたよ。

 いきなり3人の妹に囲まれたら、私は絶対にパニックになってしまいますから。

 

 「でもさ。いっそ全員いなくなったら、アンタも司令官の部屋に転がり込みやすいんじゃない?神風さんがまだいるって言っても、そのうち出て行くでしょ?」

 「そんな寂しい事を言わないでくださいよ。そ、それに、まだ告白もしてないのに同棲だなんて……」

 「はぁ!?まだ告白してなかったの!?あんだけイチャイチャしてるのに!?」

 

 いや、別にイチャイチャはしていませんよ?

 それに告白はしていませんが、私と司令官は相思相愛ですから焦らなくてもその内……。

 

 「告白しなさい」

 「へ?」

 「へ?じゃない!アンタどうせ、私と司令官は相思相愛だから~とか甘い事考えてるんでしょ!」

 「で、でも実際……」

 「言い訳無用!いい?心でわかりあってるから~なんて呑気な事を言ってたら持ってかれるわよ?あの人って、アレで意外とモテるんだから」

 

 それは嫌です!

 他の誰かに司令官を盗られちゃうなんて我慢できません!

 でも、だからと言っていきなりと言うのは……。

 

 「それとも、貰っていいの?」

 「え……?」

 「アンタが告白しないなら、アンタの司令官を私が貰うわよ」

 

 い、いきなり何を言ってるんですか?

 満潮さんが司令官を貰う?

 満潮さんも、司令官の事が好きだったんですか?

 

 「み、満潮さん……も?」

 「ええ、私はあの人が好きよ。しかも、アンタと違って私は結婚可能な年齢、あの人が受け入れてくれたら、即入籍可能よ。だから貰っていい?」

 「ダ、ダメ!ダメです……!」

 

 そうだ……。

 よく考えたら、私と司令官は上司と部下の関係でしかありません。

 告白したわけでもない。

 恋人同士でもない。

 私が勝手に、好きって思ってるだけです。

 これなら、ストレートに感情をぶつけて来た窮奇の方が遥かにマシじゃないですか。

 私は窮奇みたいに、好きって言ったことがありませんし、愛してるって言ったこともありません。

 あの人に、想いを言葉にして伝えていません。

 

 「だったらケジメをつけなさい。アンタの気持ちを言葉にして、あの人に伝えなさい。そして、私を諦めさせてちょうだい」

 「満潮さん……」

 「アンタとあの人は両想いよ。断言してもいいわ。でもね、言葉にされたら嬉しいでしょ?アンタはあの人に、好きって言われたくない?愛してるって言われたくない?」

 

 言ってほしい。

 あの人に好きって言って欲しい。愛してるって言って欲しい。

 言われるまで気づきませんでしたが、考えなくてもわかりきったことでした。

 私がそうであるように、あの人も当然そうなんですよね。

 

 「今日告白しろとは言わない。だけど、時間はかかってもいいから必ず伝えなさい。アンタの気持ちを言葉にしてね」

 「わかりました……」

 

 厳しいですね。

 満潮さんは相変わらず厳しいです。

 満潮さんにとって私は恋敵のはずなのに、それでも厳しくしてくれるんですね。

 背中を押して……くれるんですね。

 

 「じゃあ、お説教はこれでお終い、仕事を再開しましょ……って言っても、後は書類を運ぶだけだけどね」

 「ありがとう。お姉ちゃん……」

 「うん、わかればよろしい。散歩がてら、事務課に書類を届けて来なさい。私は留守番してるから」

 

 そう言って私に書類を押し付けた満潮さんは、窓の外へと視線を移しました。

 ガラスに映った満潮さんは、スッキリしたような顔をして微笑んでいました。

 

 ありがとう。

 そして、ごめんなさい。

 満潮さんは、自分が傷つくのも構わずに私の背中を押してくれました。

 だから、私は満潮さんの気持ちに応えます。

 満潮さんを失望させないように、どれだけ時間がかかっても司令官に気持ちを伝えます。

 あなたの想いを、無駄にしないためにも。

 

 「さて、気を取り直し……て?」

 

 書類を届け終わって、気分を一新して仕事を再開するために執務室へ戻ろうと階段に足をかけようとした時、私の顔の横を何かがヒラヒラと通り過ぎました。

 さっきのはなんでしょう?

 桜の花びら?まだ三月になったばかりなのに、早すぎませんか?

 でも、玄関の方から確かに……。

 

 「わぁ……」

 

 正面玄関の扉を開いて外に出ると、ロータリーに植えられた桜がこれでもかと花を咲かせていました。

 目が離せない。

 吸い寄せられるようにロータリーの縁まで行った私は、誰に言われるでもなく桜の木を見上げました。

 目が眩みそうな程の色彩の暴力……とでも言えば良いのでしょうか。このままずっと見ていたいと思ってしまいます。

 そういえば……。

 

 「たしか去年も……」

 

 私が着任した日も、この桜は咲いていました。

 自惚れが許されるなら、まるで私を歓迎してくれてるかのようにです。

 そしてこの木に導かれるように、私はあの人と再会しました。

 私が大好きな、あの人と。

 

 「今年も狂い咲きか。桜子みたいな気分屋だな、コイツは」

 「し、司令官!?」

 

 何の前触れもなく、桜の木の反対側から司令官が出て来ました。

 お帰りはもう少し先のはずなのに、どうしてここに!?

 

 「予定より早くジジ……元帥殿から解放されてね。急いで帰ってきたんだ」

 

 ど、どうしましょう。

 今度は、司令官から目が離せなくなってしまいました。

 だって舞い散る花びらと、白い士官服を着た司令官が凄く絵になってるんですもの。

 

 「どうかしたか?」

 「い、いえその……」

 

 満潮さんにちゃんと告白しろって言われたせいで、妙に意識してしまいます。

 そりゃあ、私も面と向かって好きです!とか、愛してる!とか言いたいですが……。

 いざ言おうと思うと、恥ずかしくて……。

 

 「ちょうど1年前に、この木の下で君と会ったな。今でも、ハッキリと思い出せるよ」

 「はい、私もです……」

 

 懐かしむように桜を見上げる司令官につられて、私も再び見上げました。

 忘れた事なんてありません。

 この木が、私とあなたを会わせてくれました。

 あなたと再会できたのは、この木のおかげです。

 

 「君を怒らせてしまったのも、今では良い思い出だな」

 「ふふ、そんな事もありましたね」

 

 あの時は大げさに怒ってしまって、申し訳ありません。

 でも、年頃の女の子に幼いなんて言った司令官がいけないんですよ?

 それはそうと、桜から私に視線を戻した司令官が、妙にソワソワしています。

 上着の右ポケットに手を入れていますが、ポケットに何か入っているのでしょうか。

 

 「あ、朝潮、君に渡したい物があるんだが……」

 「渡したい……もの?」

 

 なんでしょうか。

 書類の類は持っていないようですが……あ、ポケットから、何か箱の様な物を出しました。

 司令官がゆっくりと開いた箱には、青い宝石が填められた指輪が収まっています。

 こ、これはどう言う事でしょうか。

 指輪を差し出す司令官の顔は真剣そのもの。

 これではまるでプ、プロ……。

 

 「受け取ってほしい。私には、君が必要だ」

 

 やっぱりプロポーズです!

 指輪を出してこんなセリフを言われたら、プロポーズと思っていいですよね!?

 と言うか、そうとしか思えません!

 

 「わた、私なんかでよろしいのです……か?」

 

 嬉しすぎて泣いちゃいそうです。

 こんな綺麗な指輪を私なんかにくださるなんて、光栄すぎて失神しそうです。

 左手を差し出せばいいのかしら、手の平は上向き?下向き?

 

 「君でなければダメだ。私がそばにいて欲しいのは、君だけだ」

 

 悩む必要なんてありません。

 私が愛してやまない人が、私を求めてくれてるんですから、悩むなんて時間とカロリーの無駄使いです。

 ならばと私は、無言で左手を差し出しました。

 だって、嬉しすぎて言葉が出ないんですもの。

 泣きそうになるのを堪えるので、精いっぱいなんですもの。

 

 「ありがとう……朝潮」

 

 司令官はそう言って、私の左手の薬指に指輪をはめてくれました。

 お礼を言わなければならないのは、私の方です。

 私の瞳のように蒼く透き通った宝石と、花の彫刻が彫られた素敵な指輪。

 あなたの、私への想いが詰まった素敵な指輪を頂けたんです。

 貰ってばかりで、申し訳なくなってしまいます。

 

 「朝潮、私は……」

 「司令官……」

 

 司令官が、私を見つめています。

 私も、司令官から目が離せません。

 いや、離しちゃいけない。

 だって、今なら言えます。

 指輪を頂いて、心身ともに昂ぶっている今なら言えます。

 今の私では、司令官に何もお返しは出来ません。

 だからせめて、言葉だけでも伝えるのです。

 伝えなさい朝潮。

 ハッキリと言葉にして伝えるんです。

 あなたの事が大好きだって。

 あなたの事を愛してるって。

 私を、あなたのモノにしてくださいって。

  

 「わ、私……私は!」

 「おっと、すまん。電話だ」

 

 言葉を紡ごうとした瞬間、変な躍りを踊りたくなるような電子音が、司令官の胸ポケットから流れました。

 何もこんなタイミングで、電話がかかってこなくてもいいと思うのですが……。

 口をパクパクさせる事しかできない私が、凄く惨めです。

 

 「「……」」

 

 完全に水を差されました。

 司令官も、ガッカリしたようにスマホの画面を見つめてます。

 告白のチャンスを潰してくれたのは、いったい何処の誰なのでしょうか。

 

 「私だ。どうかしたのか?満潮」

 

 満潮さん……。

 告白しろと煽っておいて、邪魔をするとは何事ですか。

 司令官も、私と同じく軽くため息を吐いてます。

 

 「わかった、すぐに戻る。ああ、玄関までは戻っているんだ。なに?朝潮?ああ一緒だ」

 「何か、あったのですか?」 

 「横浜を出たフェリーが、浦賀水道から10海里程進んだ辺りで敵艦隊に襲われているらしい」

 「大丈夫なのですか?」

 「護衛していた第九駆逐隊が応戦しているが、救援要請が入った。行けるな?」

 

 行けるな?

 当たり前です。

 私は何時(いつ)、いかなる時でも、あなたのために出撃できます。

 だから……。

 

 「はい、いつでも出撃可能です」

 

 と、答えるんです。

 何故なら、私は朝潮だから。

 あなたの剣である朝潮だから。

 だから、遠慮など無用です。

 必要とあらば、躊躇なく私を解き放ってください。

 

 ですが、少しだけ勇気をください。

 私を送り出してください。

 そうしてもらうために、あなたが私を送り出しやすいように、私はあなたにこう言います。

 あなたへの想いを込めた、このセリフを。

 

 「司令官、ご命令を!」

 「わかった。駆逐艦 朝潮に、出撃を命じる」

 

 司令官の命令を受けて、敬礼を返した私は、工廠へと駆け出しました。

 結局、告白は出来ませんでしたね。

 せっかく言えそうだっただけに、少し残念です。

 でも、私とあなたには時間があります。

 だって私は帰って来ます。

 何があっても、あなたの元に帰ります。

 そしてあなたは、待っていてくれる。

 何があっても、私の帰りを待っていてくれます。

 

 待っていてください司令官。

 どんなに時間がかかっても、必ず伝えます。

 私の気持ちを、言葉に乗せて伝えます。

 

 あなたと出会ったこの場所で。

 

 私とあなたが始まったこの場所で。

 

 いつかまた、この場所で。

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