駆逐艦寮は、上空から見ると『
その中でも第八駆逐隊に割り当てられている部屋は、私の先代が秘書艦だったこともあって寮の真ん中にあり、艦娘が使用する施設のすべてにアクセスしやすくなっています。
広さは20畳ほどでしょうか。
部屋には最低限の収納と勉強机が人数分置かれ、私たちは畳の上に布団を敷いて寝ています。生活空間としてはちょっと手狭ですが、基本的に寝に戻るだけですからこれくらいで丁度いいですね。
「あ、起きた?今日は休みなんだから、もっと寝てても良いんだよ?」
「大丈夫です。おはようございます」
時刻は
枕の向こう側を見ると、私より早く起きていたと思われる大潮さんが着替えている最中でした。
青みのかかった髪を二つに結ったお下げと、私とは違う黒いサロペットスカート型の改二の制服。
昔は無駄にテンションが高いバカだった。と、満潮さんは言ってましたが、今の大潮さんは落ち着いた雰囲気の優しいお姉さんと言った感じですね。
ちなみに荒潮さんは、相も変わらず私の横で寝息を立てています。ええ、もちろん全裸で。
「体の調子はどう?満潮から、飛魚を使ったって聞いたけど」
「はい、ぜんぜん平気です」
大潮さんの問いに、私の布団は荒潮さんに占領されてますから代わりに荒潮さんの布団を畳みながら答えて、続いてあずき色のジャージに着替え始めました。
あれ?そう言えば満潮さんの姿が見えませんね。
部屋でのんびりするって言ってたのに……。
「満潮なら、とっくに出掛けたよ?」
「こんなに早くからですか?」
「うん。たぶん、工廠じゃないかな。あの子、暇さえあれば工廠に行ってるから」
なぜ工廠に?
どこか、体の調子がおかしいのでしょうか。それとも、艤装の整備を手伝ってるとか?
「満潮はね。病気なんだよ」
「病気……?満潮さんがですか?」
前者が正解でしたか。
ですが、訓練中はもちろん、部屋でも体調が優れない様子はなかったのですが……。
「頭がちょっとね。本人も見られたくないと思うから、できれば行かないであげて」
「わかりました……」
あの満潮さんが頭の病気だなんて……。
でも、頭の病気ってなんなんでしょう?
あ、もしかして、満潮さんが怒りっぽいのは病気のせい?
う~ん、違う気がします。
まさか、ツンデレを拗らせているとか?いやいや、ツンデレは病気ではありません。
「ホント、朝潮ちゃんって見てて飽きないね」
「飽きない……ですか、」
「うん。表情がコロコロ変わって面白いよ」
そんなに変わりますか?
自分では、変えているつもりはまったくないのですが……。
「あれ?どこか行くの?」
「はい。日課のジョギングに行こうかと」
「休みなのに真面目だね~。朝ご飯までには戻って来るんだよ?」
「了解しました!朝食までには戻ります!」
そう言い残して部屋を出た私は、早く走りたい気持ちを抑えて寮の入り口へと向かいました。
本当はすぐにでも走りたいのですが、準備運動がまだですし、そもそも廊下を走ってはいけません。
「あ、意外とジョギングしてる人が多い……」
寮から外に出るなり準備運動を始めた私の目に映ったのは、10人くらいの人が海辺を走っている光景でした。
大人から子供まで年齢層が幅広いです。
あ、子供と言いましても、鎮守府に子供が立ち入れるはずがないので、あの子たちは私と同じ駆逐艦ですね。
大人の方々は、全てが艦娘ではないと思うのですが、まだここに所属している艦娘全員と会った事がある訳ではないので庁舎の職員さんなのか、それとも海兵さんたちなのかは区別がつきません。
「ん?朝潮じゃないか。こんな朝早くに、どうしたんだ?」
「え?あ、司令官!?」
準備運動を終え、さあ走ろうと思ったら私から見て右手、工廠の方から歩いて来たと思われる司令官に声を掛けられました。
こんな朝早くからキッチリと士官服を着熟し、後ろで手を組んで歩く姿が朝日に照らされて素敵すぎます。
おっと、見惚れている場合ではありません。
問われたからには、ちゃんとお答えしないと。
「朝のジョギングです!」
「敬礼はしなくてもかまわないよ。今日は休みだろう?」
「ですが……」
私はお休みですが、司令官はそうではないのでしょう?
だったら私も相応の態度をとらないと、と思って敬礼したのですが……。
「ああ、すまない。君なりに、気を使ってくれたんだな」
「いえ、お気になさらないでください!私の癖みたいなものですから!」
無表情なので何をお考えなのかはわかりませんが、どうやら私の下手な言い訳のせいで、司令官に気を使わせてしまったようです。
「ジョギングが終わった後、よかったら朝食でも一緒にどうだ?」
「ふぇ!?わ、私とですか!?」
「ああ、君の都合が良ければ。なのだが……」
こ、これはデートのお誘いでしょうか。
いやいや、落ち着きなさい朝潮。
私と司令官は会ってから間もないです。会話なんてほとんどしていません。
司令官にとって私は数いる駆逐艦の一人でしかない。そう思って行動しないと、下手をすると自意識過剰な痛い子だと思われてしまう危険性があります。
なので、今のお誘いもデートではなく純粋に食事。
まだ知り合いが少ない私を気遣って、お食事に誘ってくださったんだと考えましょう。
「いや、デートと思ってくれてかまわない」
「ふぁっ!?」
ちょ、ちょ待っ……。ええ?
司令官はなんとおっしゃいました?デ、デ、デ、デートとおっしゃいませんでしたか!?
ど、ど、ど、どうしましょう。
まだ準備運動くらいしかしていませんからたいして汗はかいてないですが、それでも火照るくらいには温まっています。しかも、今の私はジャージ姿。
とてもデートをするような恰好ではありません。
「ああ、急がなくても良い。私も用があるから、
「は、はい!わかりました!」
「敬礼はいいよ。では、またな」
そう言って司令官は、緊張でガチガチになった私を置いて浜辺の方へと去って行きました。
あの方向には、たしか慰霊碑くらいしかなかったはずですが……。
「慰霊碑に参拝するのが、司令官の日課なのよ」
「へえ、そうなんですか……って、満潮さん!?」
いつの間に背後に?
大潮さんの話では、満潮さんは工廠に行っていたはずでは……。
あ、もしかして、さっきまで司令官と一緒に居たとかですか?だから、司令官も工廠の方から……ん?待ってください。と、言う事はさっきまで、満潮さんは司令官とデートしてたんじゃ……。
「してない。あんなオッサンは守備範囲外よ」
「オッサンって……」
たしかに司令官は、私や満潮さんからしたらオジサンの類です。
ですが、敬意を払うべき司令官をオッサン呼ばわりするのはいかがなものでしょう。お仕置きされても文句は言えないのでは?
「そっちの方が喜ぶから良いの。それよりアンタ、とっとと走ってお風呂に入った方がいいんじゃない?」
「あ、そうでした!」
いつも通りの距離を走るのは無理になってしまいましたが、それでも日課は熟さないと。
それプラス、いつもより念入りに体を洗っておかねばなりません。間違っても、汗臭いままでお会いする訳にはいきません。
「着替えは持って行ってあげるから、走り終わったらそのままお風呂場に行きなさい」
「はい!ありがとうございます!」
満潮さんのご厚意に甘えて、不意に訪れた司令官とのお食事デートに胸を高鳴らせながら、私は浜辺へと駆け出しました。
司令官がどうして、毎朝慰霊碑に赴くのかなど疑問にも思わずに。
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これは司令官と親しい人しか知らない事なんだけど、このオッサンはヘタレだ。
ええ、ヘタレよ。
女々しいと言い換えても良いわね。
今だって、このオッサンにしては珍しく朝潮をデートに誘ってたから、「やる時はやるじゃん」と、少しだけ感心したからからかってやろうと思って追いかけて来てみたんだけど、私が来たのに気づくなりベンチに腰掛けて、「何を話したら良いと思う?」って、縋りつくような顔で聞いてくれやがった。
だから私は……。
「知るか」
って、答えたわ。
だって、もう何年かで40になろうかってオッサンが、小学生くらいの少女をデートに誘ったはいいけど何を話せば良いのかわからないってほざいたのよ?
そんな情けない姿を見せつけられたら、呆れてものが言えなくなるのが普通でしょ。
「せ、戦術について話せば良いのだろうか」
「戦術のせの字も知らない子供に、そんな話をしてどうすんのよ」
「じゃ、じゃあ、最近ハマってる酒について……」
「アホか。そんなの、戦術以上に興味ないでしょ」
「なら、この間手に入れた刀の話なんかどうだ?あれはかなりの業物で、かの上杉家秘蔵の……」
「刃物チラつかせながら迫るの?憲兵さん呼ぼっか?」
本当にどうしてやろう。
からかってやろうなんてイタズラ心を起こすんじゃなかったって、凄く後悔してるわ。
「適当に世間話でもしたら?ほら、最近どうだ?って感じで切り出して……って、何してるの?」
「何って……メモ」
あ、そう。
そうね。メモは大切ね。覚えきれないと思ったらメモを取る。社会人の常識ね。
でも、メモする必要なんてある?
私、大層な事言うつもりなんてないのよ?ハッキリ言って、在り来りなアドバイスしかするつもりはないわ。
って言うか、15歳になって間もない小娘に恋愛のアドバイスを求めるな。
司令官って不細工な訳じゃないし、話下手って訳でもない。そんないい歳したオッサンなんだから、恋愛経験の一つや二つあるでしょ?
え?もしかしてないの?
左門提督が恋愛経験0で彼女いない歴イコール年齢の素人童貞だって噂は聞いた事があるけど、司令官も同類だったの!?
「お前、ものっそい失礼な事考えちょらんか?」
「考えてないから素に戻るな」
してたけどね。
は、置いといて。
さて、どうやって面倒くさい状態になってる司令官を落ち着かせて逃げようかしら。
あ、そうだ。
「参拝は終わったの?いつもの日課でしょ?」
「あ、ああ。終わったよ」
ちなみに各鎮守府、各泊地には、その時所属していた艦娘が戦死した場合に名前を刻まれる慰霊碑が
理由は主に二つ。
一つ目はそのまんまで、戦死した者たちの霊を慰めるため。
そして二つ目。
艦娘になる者。
特に駆逐艦や海防艦などの肉体年齢が幼い者しかなれない艦種の場合は、物心がつくかつかないかの頃に戦火に焼け出されて親と離別した者がほとんど。
故に、自分が入れるお墓はおろか、酷い子になると自分の苗字すら知らない子がいるわ。
私もその類いね。
ここ数年は戦況が落ち着いてるのもあって、艦娘になった者たちの戸籍調査も進んではいるけど、激しい制海権争いが続いた正化23年までに戦死した者たちは、入れるお墓も戦死を告げる者が生きているのかもわからなかった。
それが、二つ目にして最大の理由。
そういった者達が艦名と本名を刻み、万が一遺体が残った場合は火葬して遺骨を納めるために、慰霊碑が建立されたの。
「前々から気になってたんだけどさ。これ、誰が名前を彫ってるの?」
三年前も、気がついたら姉さんの名前が彫られてた。
最初は司令官が彫ってるんだと思ったんだけど、姉さんの名前のあとに彫られている十数名とは筆跡……で、良いのかな?が違う。
姉さんを境に、彫る人が代わってるのは間違いないわ。
「以前は、雪代君が彫っていた」
「雪代さんが?」
「ああ。これが彼女なりの、戦い方の一つだったんだろう」
姉さんが戦死してから鎮守府を去った雪代 深幸少佐。
彼女の噂は色々と聞いてるわ。
私が知ってる限りだと、彼女は初めて生きて解体された第一世代の元艦娘で、横須賀鎮守府が設立されてから程なくして提督補佐になった人。一度も戦場に出たことがない艦娘だとも聞いたことがあるわね。
そして、姉さんと最後に会話した人。
その人が選んだ戦い方が、慰霊碑に戦死者の名前を彫ること?
「お前は養成所で、訓練中の事故について色々と注意されなかったか?」
「されたけど……。それと雪代さんが関係あるの?」
「ある。様々な事故事例を教えられただろうが、その中でも衝突については、特に注意しろと教えられたはずだ」
確かにそうだった。
司令官が言った通り、衝突については耳にタコができるくらいしつこく注意されたわ。
たしか、艦娘が運用され始めたくらいの時期に起きた事故で、訓練中に駆逐艦同士が衝突して、片方が胴体切断なんて目に遭ったんだとか。
幸いその子は高速修復材による治療が間に合って一命は取り留めたけど、艤装を背負うだけで発狂するほどのトラウマを負ってしまった。その結果戦場に一度も出ないまま、解体されたそうよ。
ん?もしかして、その艦娘が雪代さん?
あ、間違いないわ。
司令官がそれ以上は口にするなと言わんばかりに、人差し指を口元に当てて「しー」って言ってるもの。
「で、朝潮とのデートの事なんじゃけど……」
「この流れで話を戻すな」
せっかくシリアスな雰囲気だったのに台無しじゃない。
まあ、それがこの人らしいっちゃらしいんだけどね。
それから時間ギリギリまで、司令官に当たり障りのないアドバイスをして、オマケに朝潮に着替えを持って行ってあげたりとお節介を焼いてあげたんだけど……。
折を見て様子を見に行ったら、二人とも終始無言で目も合わせようとせずに黙々と朝食を食べてたわ。
投稿時間は何時くらいが良いですか?
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朝 6:00~7:00
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昼 11:00~12:00
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夜 19:00~20:00
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何時でも良い