はじめて会った日の事を憶えていますか?
あれは、桜の花が舞う季節。
鎮守府の正面玄関の前に植樹された『ソメイヨシノ』の下で、私はあなたと出会いました。
私を見るなり、あなたは「君のような幼い子が戦場にでるのか?」と、言いました。
それを聞いた私は、少しムッとしてしまいました。
たしかに歳はようやく12になったところでしたが、面と向かって「幼い」と言われれるといい気分はしません。
むくれる私に、あなたは「すまんすまん。悪気はなかったんだ」と謝り、ソメイヨシノを見上げて「もう5~6年もすれば、君はこのソメイヨシノのような女性になりそうだな」と、おっしゃいました。
当時の私はあなたが何を言っているのかわからず、「それは何かの暗号でしょうか?」と返してしまいました。
そんな私を見て、あなたは笑っていました。
その日から、あなたと私の日々が始まりました。
たくさん傷つきました。
たくさん泣きました。
仲間もたくさん失ないました。
だけど、同じくらいたくさん笑いました。
たくさんの仲間に出会えました。
あなたはいつも私のそばにいてくれました。
泣いてる時も、笑ってる時も。
嬉しい時も、悲しい時も。
あなたはいつでも、私のそばにいてくれました。
不謹慎かもしれませんが、私はそんなあなたとの日々が、幸せでした。
ーーーーーーーーーー
「司令官、ご命令を!」
この台詞を言うのは何度目でしょうか。
着任してから、何度も私は司令官にこの台詞を言いました。
これは私の、司令官への想いをすべて込めた台詞です。
だって、あなたの命令なら私はなんだってできる気がするんです。
だけど、あなたはこの台詞があまり好きじゃないのも、知っています。
私を死地に送り出すたびに、傷ついてるのも知っています。
これが最後の命令になる事も、承知しています。
ですが命令してください。
あなたの命令なら、例え相手が戦艦だって沈めて見せます。
例え、刺し違えてでも。
「何を言ってるんだ朝潮君!いくら君でも、駆逐艦一人で戦艦の相手ができるわけがないだろう!」
左近司中佐、それは言われなくてもわかっています。
私はけっして強くはありません。
贔屓目に言って並。
ここにはいない『彼女』に、何度も「今まで生き残れたのが不思議」と言われたくらい弱いです。
ですが、今は敵旗艦が艦隊を放り出して単艦で接近中。
普通ならあり得ない事ですが、動かせる艦隊は迎撃で手一杯。艦隊が交代し、帰投したタイミングでの迂回、そして強襲。
そんな状況で、迎撃に出れる艦娘は私だけです。
ならば、行くしかありません。
鎮守府を……いえ、司令官を守れるのは私だけなのですから。
「ですが、現状で打てる手段が他にありません!司令官!ご決断を!」
表情には出ていませんが、司令官は迷っています。
この人は、死ぬとわかっている命令を出すのを嫌います。優しすぎるんです。
ですが、このままではあなたの命が危ないのですよ?
この状況で私を出撃させないのは、私にみすみすあなたを殺させろと仰るのと同じです。
「朝潮君、君は来月には退役の予定だろ?それに退役後は提督と……」
ええ、来月には退役して司令官と入籍する予定でした。しぶる『姉』も説得しましたし、『彼女』にも任せろと宣言しました。
ですが、このままでは司令官が死んでしまうかもしれません。
そうなっては本末転倒です。
司令官がいない人生に意味などありません。
彼がいない人生に興味もありません。
「左近司中佐、それは今関係ありません。どのみち敵戦艦に攻撃されれば、退役どころではなくなります」
「それは、そうなのだが……」
「時間がありません司令官!私に出撃させてください!」
ごめんなさい司令官。
あなたを苦しませているのはわかっています。
これが、私のただの自己満足という事も、私が死ねばあなたが苦しむという事も。
それがわかっていても、私はあなたが死ぬのが堪えられない。
あなたが居ない世界で生きていても、仕方ないんです。
私が死んでも、あなたが生きていてくれるなら私は満足なんです。
あなたのためなら、私は命なんて惜しくはないんです。
「わかった。駆逐艦朝潮に、敵旗艦の迎撃を命じる」
「了解しました!駆逐艦朝潮、出撃いたします!」
ああ、司令官を悲しませてしまいました。
だけど司令官、ありがとうございます。
私はあなたのために死ねる。
この命に代えても、あなたを守って見せます。
「それでは司令官、私は『いきます』」
だから私は、私を止めようと手を伸ばしかけたあなたに向かって、『いってきます』ではなく『いきます』と言いました。
ーーーーーーーーーー
空は晴天なれども波高し。
と、言ったのは誰でしたっけ。
そんな青空の下、私が向かう方向から、砲撃音が響いてきます。
鎮守府を出港して約20分ですから、そろそろ敵旗艦を目視で確認できてもいいはずなのですが……。
『駆逐艦朝潮、聞こえますか?こちら艦隊司令部。聞こえていたら応答してください』
司令部から通信?何か、状況の変化でもあったのでしょうか。
「こちら朝潮、どうぞ」
『先ほど、重巡ネ級1隻が艦隊を離脱したとの報告が入りました。敵旗艦を追っているようです』
重巡がこちらに向かっている?しかも旗艦を追って!?
まずいですね。
もし合流されたら、私一人では手の打ちようがないじゃないですか。
『敵旗艦と重巡の合流は、速度差と距離を考慮して約10分後と思われます。留意されたし』
「了解。要は、合流前に敵旗艦を撃破すればいいわけですね?」
『それは、そうなのですが……』
わかっています。
たとえ合流されなくても、あちらは戦艦。しかも姫級。
対するこちらは、ただの駆逐艦。
『彼女』と違って才能の欠片もない落ちこぼれ。戦力差は圧倒的です。
『提督が、由良艦隊の補給が終わり次第向かわせると仰っています。ですからどうか……』
「ご心配ありがとうございます。ですが安心してください。由良さんたちが到着するまで、保たせて見せます」
『了解しました。ご武運を』
通信が終わり、自分が言ったことの虚しさに思わず苦笑してしまいました。
味方が来るまで保たせる?
無理でしょうね。なんとなくわかります。
私はこの一戦で、たぶん死ぬ。
ただの勘ではありますが、何年もの間戦場で培ってきた勘がそう言ってるんです。
だけど!
「ただでは死にません!アイツも道連れにします!」
私は速度を上げました。
早く見つけなければ。重巡と合流されたら、相打ちもままならなくなります。
そろそろ鎮守府から10海里ですが……どこ?どこにいる?
「発砲音?2時の方向!」
焦る私を嘲笑うかのように聴こえてきた砲撃音から方向を特定した私は、咄嗟に『跳んで』着弾点から逃れました。
数秒前まで私がいた地点に水柱があがる様を見るに、敵戦艦の砲撃は驚異的な精度です。
ですが逆に、高精度故に発射元の特定も容易。
「見つけた!距離4000!!」
私が敵戦艦を発見し、船首を向けるなり彼女は第二次砲撃を開始しました。
砲撃音は三回。
弧を描いて飛んでくる砲弾も三つ。
一発はこのままの速度で進んだ先。二発目と三発目は、私が選択可能な左右の回避地点に向かっているように見えます。
「でも、私なら!」
回避可能。
砲弾が正確に私の未来針路上を狙ってくるのですから、普通の駆逐艦ができないことができる私なら回避可能です。適当に乱射される方が、よほど躱しづらかったです。
「距離3000!主砲!てぇ!!」
敵の主砲に比べれば豆鉄砲みたいな私の主砲。
ですが、接近さえすれば相応のダメージは与えられます。
今は、目くらましになれば十分です。
「『
今の状況、と言うより、同じくらい射撃精度が高い相手との戦闘経験があって助かりました。
あとは
そう決めた私は、あえて回避運動をせずに真っすぐ敵に向かいました。
敵の砲撃は恐ろしいほど正確。
私の未来位置へと確実に撃ち込んで来るのですから、発砲と同時に本来なら取らない針路へと変えればそれだけで避けられます。
これが私の唯一の武器。
弱い私が、それでもあの人の力になろうと考え出した悪あがき。
経験したことがある戦況を全て記憶し、客観的に攻略法を模索し、攻略済みの状況に自分を型にはめる『戦闘勝法』です。
「そろそろ、副砲での攻撃も交ぜてくるはず……」
やはり副砲での砲撃が始まりました。
ですが、少しだけ想定と違いますね。手数が増えたのに、射撃精度は相変わらず正確です。
敵ながら感服いたしました。
私が知る限り、これほどの数の砲撃を全て狙った場所に着弾させられる人は、艦娘にも深海棲艦にもいませんでした。
でも、当たってあげません!
私は主砲で牽制しながらさらに距離を詰めました。目標との距離、残り1000!
「あと少し……。あと少し!」
私の周りに、まるで林の如く水柱が何本も立ち上がって針路を塞いでくる。でも大丈夫、まだ行けます。あと500!
水柱の林を抜けると、うっすらとですが敵戦艦の表情が見えました。でもあの表情、あれは……。
「笑ってる?」
そう笑っています。
でも、何が可笑しいのでしょう?矮小な駆逐艦が抗ってるのが、滑稽だからですか?
だとするなら……。
「バカにするな!」
私は怒りにまかせ、連続で五回『跳んで』一気に50メートルほど距離を詰めました。
これで、目標との距離は300。
この距離ならば!
「今!」
私は目標の主砲の砲身を狙って発砲しました。
結果は大成功。
弾は敵主砲の砲身に吸い込まれ、敵主砲が誘爆を起こして敵の顔が驚愕に歪みました。
300メートル以内に限定はされますが、その範囲内での射撃精度の高さは『彼女』にも誉められたことがあるんです。
「一発必中!肉薄するわ!!」
目標との距離は100メートルを切りました。
正しく必中の距離。
この距離ならば、例え新米でも外しません。
私は、左腕の魚雷発射管を構え、魚雷を発射……いや、発射しようとしました。
だけどその時、敵旗艦が私の方を見ていないのに気付きました。
彼女はどこを見ている?
私から向かって3時の方向……。
「しまっ……」
右舷装甲に激しい衝撃と、装甲を貫通されたのか意識が刈り取られそうなほどの痛みが右半身を襲い、私は海面を衝撃の勢いに任せて転がりました。
3時方向から砲撃してきたのは、おそらく重巡ネ級。
私は目標への接近と回避に集中し過ぎて、ネ級の存在を失念していたんです。
「いや、そんな事は今どうでもいい!」
目標を!
そう思い上半身を起こした時、私は自分の体の異変に気付きました。
振り上げたはずの連装砲が無い。
いや、右腕が……無い?
どうして?さっきまであったのに……。
「あ……あああ……」
無いと自覚した途端、激しい痛みが私を襲ってきました。
痛い。
あの人と繋いだ右手が無くなった。
痛い、痛い。
背伸びをしてあの人の左腕に回した右腕が無くなった。
痛い、痛い、痛い。
照れ臭そうに、あの人が抱き寄せてくれた私の右肩が無くなった。
「腕が…私の右手……。ああ……ああああぁぁぁぁぁっぁぁ!」
痛みに意識が持っていかれそうになる。
もう少しだったのに、あと一息だったのに。あと一息で、奴に一太刀浴びせる事が出来たのに!
「思っていた以上に、小さいな」
痛みに堪えていると、聴いたことのない声が頭上から聴こえてきました。
さらに、目の前には見覚えのない足が見えます。
目標がトドメを刺しに、そばまで来た?
「あうっ!!」
襟元を掴まれ、私は目標の目の前まで持ち上げられました。
綺麗な人。
悪魔的な美しさと言ったらいいのでしょうか。
もし、彼女が敵でなかったら見惚れていたかもしれません。
「すまなかったな。こんな形での決着は、望んでいなかった」
何を言っている?決着?あなたは、勝負でもしていたつもりなの?
「散々誘って出てきたのが駆逐艦だった時はガッカリしたが、貴様は駆逐艦にしておくのが惜しいほど強かったぞ」
誘っていた?
では、彼女が艦隊から孤立していたのも、単艦で突撃して来たのも、全て艦娘と一対一で戦うためだったとでも言うのですか?
「ふ、ざける……な!」
コイツはそんなことのために鎮守府を、あの人を危険にさらしたのか!
「ふざけてなどいない。私は貴様のような強者と戦うことが何より好きだ」
強者と戦うのが好き?なんですかそれは。あなたの趣味なんてどうでもいい。
許さない……。
自分の欲求を満たすためだけに、あの人を危険にさらしたお前を絶対許さない!!
「う、うう……」
魚雷は大丈夫、撃てる。
それに、ここは奴の
『脚』が海面から離れていますが、ここならば十分仕留められます。
「諦めろ。勝負はついた。横槍でだがな」
彼女の視線を追うと、そこには申し訳なさそうに縮こまっているネ級がいました。
「もう、貴様には私もろとも魚雷で自爆するくらいしか、手段はないだろう?」
ええ、私の左手を注視しながらあなたが言った通りです。
私にはもう、唯一無事な魚雷であなたごと自爆するしか手段がありません。
「あな……たは、この後鎮守府を襲うので……しょう?」
「ああ、あの施設が私たちにとって目障りなのは確かだからな。そもそも、『渾沌』の奴からあの施設を潰せと言われている」
彼女が忌々しそうに顔を歪めて口にした『渾沌』とは、深海棲艦の名前?
「ああ、名乗っていなかったな。私は『
『窮奇』。それがこの戦艦棲姫の個体名?
深海棲艦にも名前つける習慣があったんですね。新発見かもしれません。
だけど、今は……。
「あなたの名前なんかどうでも……いい!鎮守府は、あの人はやらせない!」
「あの人?ではどうする?私が撃たせると思うか?」
窮奇が目を細め、私の左手を掴もうとしてきました。発射管を向けようとすれば妨害される。
でも!
「あなたに向けて撃たなくたっていい!」
私は、自分の脇腹に向かって魚雷を発射しました。
やっぱり生きて戻れませんでした。
だけど、これであの人を守れます。
私が死んでも、あの人が死ぬことはありません。
だから出て行ってもらいます。私と一緒に退場してもらいます。
魚雷4発分とは言え『装甲』の内側です。仕留めそこなったとしても、大破以上は確実でしょう?
「この海域から……!出ていけぇぇぇぇ!!」
何故か、自分の体が弾けるのがわかります。
意識が何処かに、引っ張られている感じもします。
ああ、死ぬってこんな感じなんですね。
朝潮、最後の最後で勉強になりました。
ごめんなさい、司令官。
私はあなたに、私の死を背負わせてしまいました。
でも、あなたが苦しむのがわかっているのに、私は少し満足してしまっています。
私は、最低な女ですね。
だってあなたを苦しめるだけ苦しめて、自分は満足してしまっているんですから……。
ああでも、最後にもう一度あなたに会いたかった。
会って、抱き締めて、褒めて貰いたかったです。
愛してるって、言ってもらいたかった。
それが私の、唯一の心残りです。
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