艦隊これくしょん ~愛を込めて、花束を~   作:哀餓え男

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今日は焼き肉を食べたのでゲリラ投稿二発目!



第二十話 強くなります。絶対に……

 

 

 時刻は12:00(ひとふたまるまる)を少し過ぎた頃でしょうか。

 急遽決まった哨戒任務のため、私たち第八駆逐隊の四人は第六駆逐隊の4人と交代で出撃して、鎮守府から南に20海里ほど離れた海域を哨戒しています。

 

 「海の底が見えないって、やっぱり怖いですね」

 

 真っ暗で、まるで引きずりこまれそうな不気味さです。

 浜から1海里ほどしか沖に出たことのない私にとっては、初めて見る光景です。

 でも、怖がってばかりではなく、早く慣れないといけません。

 ここはまだ鎮守府の近海ですが、本格的な作戦になればここよりもっと沖に出ることになるのですから。

 

 「足元ばっかり見てると、荒潮にぶつかるわよ。潜水艦の警戒は私がしてるし、アンタは今日が初出撃なんだから大潮と荒潮について行くことに集中しなさい」

 

 今日だけで何度もされた注意を、満潮さんにまたさせてしまいました。

 でも、私だけそんな事でいいのでしょうか。

 ついて行くのがやっとなのは確かですが、私も相応に警戒していた方がいいのでは?

 

 「そうよぉ。こんな近海じゃぁ、会敵したって知れてるんだから安心してついて来てぇ」

 「で、ですが」

 「朝潮ちゃんの心配ももっともだけど、荒潮の言う通りだよ。今日は隊列を維持してついてくる事だけ考えて」

 「は、はい!」

 

 出発前に満潮さんからも言われました。

 今日、私がするべきことは三つ。

 一つ、隊列を維持して三人に付いて行くこと。

 二つ、数時間に及ぶ航海での体力の減り具合を体で覚えること。

 そして三つ目。会敵した場合は、実戦の空気を覚える事に専念すること。

 会敵しても敵を撃つ事なんて考えるな。とも言われました。

 

 「はあ……。でもぉ、久々の出撃が哨戒だなんて退屈ねぇ。戦艦とか出てこないかしらぁ」

 

 恐ろしいことを心底望むように言わないでください。

 荒潮さん達はともかく、私は艦娘になって一度も深海棲艦を見たことがないんですよ?駆逐艦すら見た事がない私が戦艦なんて見たら、きっと腰を抜かしてしまいます。

 

 「やめなさい荒潮。冗談でも、そんな事言わないで」

 

 そう言った後ろの満潮さんの口調は普通ですが、怒っている時と同じ空気を背中に感じます。

 そういえば、3年前の事件で鎮守府に迫った戦艦を迎撃に出て、先代は戦死したんでしたっけ。

 

 「ごめんなさい。今のは、私が悪かったわぁ」

 

 荒潮さんが素直に謝るところを初めて見ました。

 いつもならここから口論が始まるのですが、今日はその片鱗すら見えません。やっぱりあの事件は、三人にとって忘れられない出来事になっているんですね。

 それからしばらくの間、私たちは最低限の報告以外の会話をせずに航行し続けました。

 春とは言え、日陰のない洋上での日差しは眩しいです。

 艦娘が纏う『装甲』と呼ばれている力場は、温度と湿度を一定に保ち、紫外線もカットしてくれるのですが、さすがに光までは遮れないようです。

 

 「ん?あれは……」

 

 今、右舷の方向に何か見えたような気が……。

 いや、やっぱり何かいます。波で見え隠れしていますが、何かが確実にこちらへと近づいて来ています。

 

 「何?なんか言った?」

 「2時……いえ、3時の方向から何か近づいて来ています」

 

 距離は4500くらいでしょうか。色は黒。数は……6ですね。

 明らかに人ではありませんし、大きさ的に船の類でもありません。あの異形は、教本で見た敵軽巡洋艦と駆逐艦によく似ています。

 あれ?似ていると言う事は……。

 

 「大潮!!」

 「こっちでも確認した!距離4500、敵の水雷戦隊です!」

 

 やはり深海棲艦。つまり敵。

 え?これは会敵したってことですか?こんなに急に?

 

 「軽巡1駆逐5!こっちに向かって来てる。あっちも気づいてるわ!」

 「全艦、砲雷撃戦用意!同時に面舵!最大戦速で反航戦!後に反転して同航戦に持ち込みます!」

 「「了解!」」

 「りょ、了解!」

 

 心の準備はしてきたはずなのに、いざ戦闘になったら鼓動が跳ね上がりました。

 心臓の音が大きすぎて、周りの音が聞こえないほどです。視界も狭くなった気がします。

 敵を見なければならないのに、荒潮さんの背中しか見えません。

 いや、遠ざかっている?頭では大潮さんに言われた通り動こうとしているのに、どうしてだか二人が遠ざかっています。

 

 「朝潮!何ボケっとしてるの!」

 「え……?」

 

 満潮さんの怒号で、少しだけ視界が広くなりましたが、すでに大潮さんと荒潮さんは敵水雷戦隊に向けて突撃して行った後でした。私は速度を落とすだけではなく、舵を取ることも忘れてそのまま直進していたようです。

 気づいた時には、前の二人と完全に離れてしまっていました。

 

 「朝潮、アンタは私の後ろにつきなさい。間違っても砲撃しようなんて考えるんじゃないわよ。今のアンタじゃ、二人に当てかねない」

 「で、でも……」

 

 私は戦うために艦娘に、あの人のお役に立つために艦娘になったのに、こんな近海の敵相手に何もできないようでは艦娘になった意味がありません。

 

 「でもじゃない!言う通りにしなさい!大潮!!」

 『わかってる!』  

 

 通信装置を通して、距離が離れていく大潮さんの声が聞こえました。

 やっぱり足を引っ張ってしまいました。敵は6隻が一塊で襲ってくるのに、私が駆逐隊を分断してしまった。

 

 「こんなはずじゃ……」

 

 ありませんでした。

 もっと上手くやるつもりでした。

 それなのに、大潮さんと荒潮さんが敵と砲火を交え始めたのに、私は何も出来ません。

 満潮さんの後ろをついて行けているのかもわかりません。

 

 『イ級を一隻仕留めたわぁ。大潮ちゃん、これからどうするぅ?』

 

 荒潮さんが、最大戦速でのすれ違いざまに、敵を一隻仕留めた報告をして、次の指示を大潮さんに求めています。

 私はどうする?

 このまま怯えてるだけ?私も撃った方が良いんじゃ……。

 

 『敵は満潮たちを狙う気みたいだね。だったらこのまま、後ろから一隻づつ仕留めるよ!満潮、軽巡の『脚』を止めて!』

 「OK!しくじんじゃないわよ!」

 

 こちらに向かってくる敵の軽巡洋艦を斜めに横切るように満潮さんが舵を取り、そのまま砲撃を始めました。満潮さんの砲撃は敵軽巡の脚元に着弾し、敵艦隊全体の速度と落としています。

 私も、私も砲撃を。

 ああでも、満潮さんには撃つなと言われてたんでした。私はいったい、どうすれば良いのでしょう。

 

 「敵が撃ってくるわ!いい?朝潮。奴らの砲撃は私たちに比べたら大した精度じゃない。アンタなら、敵が撃った後からでも避けられるから、当たると思った弾だけ避けなさい!」

 「は、はい……」

 

 満潮さんがそう言った直後に、敵が砲撃してきました。着弾点は……私の左方50mほどの位置。ならば、舵を切る必要はありません。ありませんが……。

 

 「ひぃっ……」

 

 敵の砲弾が上げた水柱と音に驚いて、自分の意思とは関係なしに情けない声が出てしまいました。

 大丈夫。当たってない。だから動かなきゃ。動かなきゃいけないのに……。

 

 「『脚』を止めるんじゃない!死にたいの!?」

 

 体が前に進んでくれません。

 進みたいのに、私の『脚』は言う事を聞いてくれません。動かない私なんて格好の的だって頭では理解しているのに、私は停止して『脚』の上に膝まで突いています。

 

 「や…だ……。嫌だ。撃たないで……」

 

 そんな私の事などお構いなしに、敵は砲撃してきました。

 弾道は見えています。どこに着弾するかもわかります。

 なのに、やっぱり私の体は動いてくれません。当たらないとわかっているから動いてくれないのでしょうか。

 いや、違う。

 私は怖いんです。体が恐怖で竦んでしまって動けないんです。

 

 「このバカ!」

 

 敵が再度、私に砲を向けているのがわかりました。

 その射線に割って入ろうとしている満潮さんも。

 どうして私を狙うの?動いてないから?何もしてないから?何もしてないんだから狙わないでくださいよ。その角度で撃たれたら当たります。

 確実に直撃します。そうなったら私は……。

 

 「朝潮!」

 

 敵が砲撃したと同時に、私は目を瞑ってしまいました。

 きっともうすぐ私は死ぬ。何も出来ないまま轟沈します。

 そう思って歯を食いしばっているのに、いつまでたっても痛みを感じません。どうして?あの砲の角度なら、確実に当たるはず。実際、私のすぐそばで爆発音が聞こえました。それなのに、どうして私はまだ沈んでいないの?

 

 「痛いわねぇ。まったく、面白いことしてくれるじゃない」

 

 目を開けると、目の前に背中から煙を上げている満潮さんがいました。もしかして被弾した?狙われたのは私のはずなのに、どうして満潮さんが被弾して……。

 

 「さてと、歯ぁ食いしばれ!」 

 

 満潮さんは私を睨むなり、そう言って私の左頬を平手打ちしました。

 口の中に血の味が広がるにつれて視界が広くなっていくような気がします。それだけではありません。さっきまで自分の鼓動と敵の砲撃音しか聴こえなかったのに、今は波や風の音も聞こえます。

 

 「これで、少しは正気に戻った?」

 「え?あ、私……」

 「寝ぼけてるんなら、もう一回殴るわよ?」

 

 言葉のわりに、満潮さんの口調は柔らかい。

 まるで、子供をあやすような優しい口調です。

 でも、その顔に浮かべた笑みは、痛みを堪えているようにぎこちなく歪んでいます。これはもしかしなくても、私を庇って被弾したんじゃないですか?

 

 「満潮さん……背中から煙が」

 「あん?こんなのかすり傷よ。小破にも届いてないわ」

 

 そんな訳ありません。

 だって額が脂汗でいっぱいですし、太ももに血が流れています。

 

 「言ったわよね。アンタは私たちについて来る事だけ考えなさいって。私たちがそう言った以上、アンタは()()()()()()だけ考えればいいの」

 「でも、そのせいで満潮さんが!」

 「でもじゃない!よく覚えておきなさい朝潮。私たち第八駆逐隊のモットーは『有言実行』。アンタについて来る事以外考えるなと言った以上、例え直撃弾がアンタに向かって飛ぼうと、魚雷が向かってこようと、アンタの行動は私たちが、私が絶対に邪魔させない!」

 

 そのために自分が傷ついても?

 私にそこまでしてもらう価値なんてないのに、どうして満潮さんはそこまでしてくれるんですか?

 

 「アンタの一番悪いところは、その根拠のない自己評価の低さよ。もっと自信を持ちなさい。アンタは並の駆逐艦よりずっと強いんだから」

 「でも、こ、怖くて体が……」

 「怖いのは当たり前よ。でも、それ以上怖い怖い言うようなら、アンタの尻の蒙古斑のことを鎮守府中にバラしてやる」

 

 え?蒙古斑?い、いや、それはやめてください!そんな事されたら鎮守府にいられなくなります!

 

 「蒙古斑のことをバラされるのと、あのマヌケ面ども、どっちが怖い?」

 「それは、どちらかと言うと蒙古斑の方ですけど……」

 「じゃあ、もう平気ね。今は大潮と荒潮が押さえてくれてるけど、もう少ししたらこっちにも砲撃してくるわ。アンタは、どうする?」

 

 どうする?

 私がこれ以上怯えていたら、また満潮さんが守ってくるはず。でも、それは絶対にダメです。満潮さんを傷つけないためにはどうすればいい?そんなの……わかりきっています。

 

 「避けます!避けて、満潮さんについて行きます!」

 「よろしい。じゃあ、行くわよ」

 

 私たちが動き出すのを待っていたのか、大潮さんと荒潮さんが敵軽巡への砲撃を緩めました。

 その直後に、敵軽巡は私たちに向けて砲撃を再開。

 着弾点は私と満潮さんの間くらいですね。

 さあ、どう避ける?速度を上げれば満潮さんと接触。かと言って、左右に避けるのは間に合いません。ならば……。

 

 「後ろ!」

 

 私は推力を落とさずに、体重を後ろにかけて艦首を上げ、水の抵抗でブレーキをかけました。

 でも、まだこれでは避けたことにはなりません。

 次は、敵の砲弾が海面と接触するかしないかというタイミングで面舵。私の眼前、数メートルに着弾して上った水柱で敵から身を隠しつつ、右に迂回して、再び満潮さんの後ろに戻りました。

 

 「いいわ!その調子よ!アンタはその調子で回避に専念。でも、私から離れないように!」

 「はい!」

 

 初めて満潮さんが褒めてくれました。嬉しさと、実戦で上手く回避できた高揚感で、恐怖が若干和らいだ気がします。

 

 『駆逐艦、さらに一隻撃破を確認!このまま雷撃戦に移るよ!満潮、行ける?』

 「行けるわ!そっちに合わせるからいつでも撃って!」

 

 満潮さんが、左腿の魚雷発射管を先頭の敵軽巡に向けました。大潮さんたちが敵艦隊の左斜め後方から、満潮さんが左斜め前方から狙う形です。

 

 『いきますよ!それ!ドーーン!!』

 「その掛け声、いい加減なんとかならないの!?」

 

 文句を言いつつも、満潮さんは魚雷を発射。

 三人が放った魚雷は、敵の速度と進行方向に合わせた位置に向かって猟犬のように向かって行きます。

 そして……。

 

 「凄い……。魚雷の命中率は高くないはずなのに」

 

 三人が放った計12発の魚雷は全て命中。

 花火より大きく、お腹にまで響く轟音とともに炎と水が入り交じった柱を上げました。

 これが第八駆逐隊……。

 私が戦力外ですから、実質倍の数の敵を、しかも私のせいで隊列が乱れ、満潮さんは私を庇って被弾までしたのに、三人でほとんど苦も無く倒してしまいました。

 

 『楽勝だったわねぇ』

 「まだよ。ちゃんと撃破できたか確認しなさい」

 

 結果だけ見れば圧倒的な勝利なのに、念には念を入れる満潮さんはさすがですね。慢心など、この人には関係ないように思えてしまいます。

 

 『満潮の言う通りだよ、荒潮。倒したつもりで倒しきれてなくて、油断したところで逆襲を食らった例は枚挙にいとまがないんだから』

 「朝潮も、警戒を解いちゃダメよ。敵がこれだけとは限らないんだから」

 「りょ、了解しました!」

 

 そうですよね。

 敵がこれだけなんて保証はないのですから、私は戦闘で役に立てなかった分、周囲の警戒に専念しましょう。

 

 『敵の撃沈をかくに~ん。問題なしよぉ』

 『了解。じゃあ、二人と合流するよ』

 

 大潮さんと荒潮さんが、敵の撃沈を確認してこちらに戻って来てます。

 ど、どうやって謝りましょうか。

 三人の時間を奪ってまで訓練してもらったのに、私は危うく、満潮さんの命まで奪ってしまいかねないことをしてしまいました。

 そう考えたら……。

 

 「う、ぐす…。ううぅぅぅ……」

 

 情けなさと悔しさで涙が出てきました。

 着任初日の新米でもこなせるような任務で醜態を晒し、それだけならまだしも、私を庇って満潮さんに怪我までもさせてしまいました。

 やっぱり、私が艦娘になるなんて間違ってたんです。きっと先代も、やっと適合したのが私みたいな出来損ないでガッカリしているはずです。

 

 「こら、『装甲』が消えてる」

 「痛い!」

 

 何!?何かが頭に落ちてきた?

 どうして?あ、本当に『装甲』が消えています。

 涙を拭うのに気をとられて『装甲』を維持していなかった私を、満潮さんは殴って注意してくれたんですね。

 

 「あー!満潮、何してるんですか!」

 「朝潮ちゃん大丈夫ぅ?あらあら、泣くほど強く殴られたのねぇ。あぁ!コブができてるぅ!満潮ちゃんったら、連装砲で殴ったのねぇ」

 

 ち、違います。泣いてたのは悔しくて、情けなくて、申し訳なくて、それで泣いてたんです。殴られたからじゃありません。

 

 「酷いじゃない満潮!失敗なんて誰にでもあるでしょ!殴らなくったっていいじゃない!」

 「手が滑ったのよ。それより手当させてくれない?私、被弾してるんだから」

 

 違うんです大潮さん。

 私が泣いてるのは満潮さんのせいじゃないんです。だから満潮さんを責めないでくださいって、言いたいのに、荒潮さんの胸に顔が埋まって声が出せません。

 

 「満潮ちゃんが被弾なんて珍しいわねぇ。どうしたのぉ?」

 「哨戒に飽きてきたから、早く帰るための口実作りに軽く怪我しただけよ」

 

 違う。

 どうして嘘をつくんですか?私のせいで被弾したって言えばいいじゃないですか。

 これではまるで、私のミスをうやむやにしようとしてるみたいです。

 

 「艤装は中破未満だけど、出血が多いからこれ以上は無理そうだね。荒潮、鎮守府に連絡して、代わりの駆逐隊を出させて」

 「えぇ~、他の駆逐隊に借りを作りたくないんだけどぉ」

 「私が持ってる間宮羊羹を一棹あげるって伝えて。そうすりゃあ、喜んで代わってくれるわよ」

 「なんでそんな高価な物持ってるの?しかも一棹ってことは、まだあるんじゃない?」

 「うるっさいわねぇ。アンタたちにもあげるから安心しなさい」

 「連絡ついたわぁ。七駆がすぐに出るってぇ。羊羹は後で徴収するって、漣ちゃん言ってたわよぉ」

 「それじゃあ、七駆と洋上で申し送りを済ませて帰投しよう。荒潮、朧ちゃんに合流地点を伝えて」

 

 一連の流れに口を挟めませんでしたが、このままでは満潮さんが悪者のままです。

 せめて、被弾したのは私を庇ったせいだって二人に伝えないと……。

 

 「アンタは余計な事言わなくていい。いいわね」

 「ですが……」

 「いいのよ。こういうのは慣れてるから」

 

 少し寂しそうな顔の満潮さんと、二人に聞こえないようにやり取りした後、私たちは大潮さんを先頭にして帰投を開始しました。

 途中、七駆の四人と合流して大潮さんが朧さんと申し送りを済ませて鎮守府に帰投したのですが、結局、大潮さんと荒潮さんの誤解を解く機会はありませんでした。

 

 「じゃあ、ちょっと行ってくるわ」

 

 満潮さんは、そのまま工廠の隣にある医療施設。通称『病院』に入ることになりました。

 艤装は妖精さんと整備員さんで修理しますが、艦娘本人の怪我はそうはいきません。

 なので、整備場と併設してある医療施設へ直行。入院するほどではなかったですが、治療に少しかかるそうです。

 

 「満潮さん、大丈夫でしょうか」

 「平気平気。それより、今日はよく頑張ったね」

 「本当にねぇ。ハゲるまで撫でてあげるから、こっちにいらっしゃぁい?」

 

 入浴を済ませて部屋に戻った私はといいますと、大潮さんと荒潮さんの褒め殺しにされています。

 失敗したのに、二人はどうして怒らないんでしょう。

 そうだ。

 今こそ、満潮さんの濡れ衣を晴らす絶好のチャンスじゃないですか。

 

 「あ、あの!」

 「それ以上はダぁメ。満潮ちゃんの想いを、無駄にする気ぃ?」

 「それじゃあ、二人とも気付いて……」

 「長い付き合いだからね。()()()()()()()なんとなくわかるよ。だから、朝潮ちゃんも気にしちゃダメ。次、上手くやればいいんだから」

 

 じゃあ二人はワザと満潮さんを責めるふりを?満潮さんの演技に合わせて?

 

 「やり方が不器用なのよねぇ。あんな演技しなくたって、朝潮ちゃんを責めたりなんてしないのに」

 「満潮らしいけどね。まあ、大潮たちが気づいてるのにも、気づいてるんだろうけど」

 

 三人はわかり合ってるんですね。

 それこそ、言葉を交わさなくても隠した想いに気付けるほど。

 

 「そろそろ出てくるかな?そうだ朝潮ちゃん、満潮を迎えに行ってあげてよ」

 「そうねぇ。そうしてあげてくれるぅ?」

 「は、はい!行ってきます!」

 

 荒潮さんから解放された私は、駆逐艦寮を飛び出して庁舎の西へ向かいました。

 早く満潮さんに会いたい。

 二人はああ言いましたが、満潮さんには一言謝っておきたいです。

 

 「朝潮?何してんのよアンタ。部屋に戻ったんじゃないの?」

 

 工廠の前に着くと、ちょうど満潮さんが出てきたところでした。

 平気そうな顔をしていますが、きっと制服の下は包帯が巻かれているんでしょうね。

 

 「あ、あの、そろそろ出てくるだろうからお迎えをと……」

 「ああ、どうせ大潮あたりの差し金でしょ?別にいいのに……」

 

 満潮さんは照れたのか、そっぽを向いて頭のフレンチクルーラーを弄んでいます。

 この様子を見るに、喜んではくれてるみたいですね。

 おっと、満潮さんの仕草に癒されている場合じゃありませんでした。

 

 「きょ、今日は、本当に申し訳ありませんでした!」

 

 私は下がるだけ頭を下げて謝罪しました。

 土下座した方がよかったでしょうか。

 いや、やっぱりそっちの方が良いですよね。だって怪我をさせてしまったんですもの。土下座するべきです。そうしま……。

 

 「痛っ!」

 「頭をあげなさい。じゃないと、殴るわよ」

 「も、もう殴ってますぅ……」

 

 私が土下座をしようと、一旦頭をあげようとした動作に合わせて、満潮さんが拳を私の頭に振り下ろしました。

 戦闘後に殴られてコブになっているところを殴られたからか、頭全体が痛いです。

 

 「謝まんなくったっていいわよ。アンタにしてはよくやったわ」

 「でも……」

 「でも、じゃない。もう一発いっとく?」

 「いえ、遠慮します……」

 

 満潮さんが左拳に「はぁ~」と息を吹きかけて威嚇してきましたが、これ以上殴られるのはちょっと……。

 ほら、罰として殴られるのは構いませんが、あまり殴ると満潮さんが拳を痛めてしまうかもしれませんから。

 

 「じゃあ、さっさと寮に戻りましょ。お腹空いちゃったし。今日の献立って、何だったかしら」

 

 満潮さんが歩き出したので慌てて付いて行こうとしたら、破れた制服から見える背中の包帯がうっすらと赤く染まっているのに気付きました。

 やっぱり謝りたい。

 でも、謝ったら怒らせてしまいます。

 だったら謝るのではなく、何かお礼をしたらどうでしょう。

 何か、今この瞬間だけでも、満潮さんを喜ばせられることはない?

 あ、ありました。

 少し恥ずかしいですが、満潮さんが喜んでくれるのなら……。

 

 「あの、満潮……お姉ちゃん。手をつないでもいいですか?」

 「な!?」

 

 満潮さんが耳まで真っ赤にして「バッ!」っと振り返りました。

 うん、良いわ。

 予想通り、これなら行けそうな気がします。

 

 「ダメ……ですか?」

 「い、いや、あの……」

 

 満潮さんは目に見えて狼狽えています。

 目は泳いでいますし、頭のフレンチクルーラーの先っぽがピンと立ってます

 司令官に教えていただいた例のポーズで追撃です。

 

 「お願い!お姉ちゃん!」

 「ぶふっ!」

 

 あ、鼻血が噴き出ました。やり過ぎたのでしょうか。

 

 「しょ、しょうがないわね……。寮までだからね。あ、アンタがどうしてもって言うから、仕方なくなんだから!」

 

 そう言って左手を差し出す満潮さんの顔は……、なんと言いますか、一言で言うと変です。

 目は笑ってるのに、への字になった口の端がピクピクしています。それプラス、鼻血を垂らしています。この表情は笑顔以上に貴重かもしれません。

 

 「お姉ちゃん。鼻血、大丈夫?」

 「へ、平気よこんくらい!舐めときゃ治るわ!」

 

 鼻の中を舐める?どうやってですか?それはそれで見てみたい気がします。

 

 「そ、それより!今日の献立ってなんだったっけ?」

 

 照れ隠しなのかはわかりませんが、満潮さんが鼻血を拭いながら強引に話題を変えました。ええと、今日はたしか……。

 

 「麻婆豆腐だったかと」

 「げっ!か、辛いのかしら……」

 「甘口と普通のがあるみたいですよ?私が甘口を注文しますから、満潮さんは普通の頼んでください。交換しましょう」

 「べ、別に普通のも食べれるし!で、でも、アンタがそう言うなら、交換してあげる!仕方なくだからね!?」

 

 はいはい、満潮さんが変なところで意地を張るのはわかっています。

 だからあえて、交換しようと持ち掛けたんです。

 

 「でも、その……ありがと」

 「ぶふっ!!」

 

 今度は私が鼻血を噴いてしまいました。

 これは凶器です。

 普段ムスッとしてる満潮さんが、顔を真っ赤にして上目遣いでこちらをチラッと見ながら「ありがと……」って言ったんですよ?すっごく可愛いです!

 これはもう、凶器では生ぬるいですね。兵器……そう!兵器です!

 

 「ちょ、ちょっと大丈夫!?」

 「だ、大丈夫です。舐めとけば治ります」

 「どうやって鼻の中を舐めるのよ。もしかして強く殴り過ぎたのかしら。バカだバカだとは思ってたけど、まさかこれほどとは……」

 

 いや、さっき満潮さんも同じこと言ってましたよ?

 と、頭の中でツッコミつつも鼻血を拭いながら、私と満潮さんは手を繋いで寮まで歩きました。

 少しでも長く、こうしていられるようにゆっくりと。

 私の初任務は失敗に終わってしまいましたが、満潮さんとの距離は縮まったような気がします。

 それに、自分が死ぬこと以上の恐怖があることを、私は知りました。

 私はみんなに傷ついてほしくありません。みんなが傷つく恐怖に比べたら、もう敵なんて怖くありません。

 だから……。

 

 「強くなります。絶対に……」

 「……そう、頑張りなさい」

 

 私は寮へと続く短い道の半ばで、誓いを口にしました。だって、第八駆逐隊のモットーは有言実行なのですから。

 

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